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警視庁オカルト係の盲犬  作者: 千秋 颯@6/18「一途に溺愛されて~」アンソロ発売!


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第3話 オカルト課

 安達は慧を助手席に乗せてから自分も運転席に乗る。


「慧」


 それから、先ほど買ったココアのプルタブを開け、慧へ握らせた。

 慧は礼を言ってそれを一口飲んでから微笑む。


「ココアだ。……全然あったかくないけど」

「仕方ねーだろ、本部で買ったんだから」

「そーゆーのは直前で買うものでしょ。全く。気が遣えるのか、遣えないのか」

「うるせー」


 安達は慧の文句に言い返しながら車を動かす。

 向かうのは都心から外れた住宅街だった。


「それで、仕事入ったんだっけ」

「そ。早乙女さんが押し付けてきて」

「いつもの奴かぁ。これだから下っ端は」

「おい、クソガキ」


 年上相手に容赦ない言葉を向ける慧に安達は顔を顰める。

 鋭い言葉が投げられるも、慧は無邪気に笑っていた。


「まあ、わざわざ一番後輩の義一に押し付けるくらいだから、そんなに面倒な案件ではないんでしょ?」

「言い方は気に入らねーけど、まあそうだな。事前の調査では現状の危険性は低いものの、今後脅威に変わる可能性がある怪異……ってとこか」

「ん。りょーかい。お腹減ったし、さっさと終わらせよ」

「おー」


 車は目的地へ向かって道路を走っていく。




 空が橙から藍色へ染まり替わる頃。


「うわー、大きいね。まあ別に珍しいサイズ感って訳じゃないけど」


 人気のない路地裏で剣を持つ慧は三メートルは頭上を見上げる。

 白杖の代わりに、車に乗せていた剣を持った彼は目元を隠した顔を上げる。

 その様子は、視界は塞がれているというのに、確かに何かを『視ている』ようであった。


 そしてそんな彼の目の前には事実、『何か』がいた。


 粘土で成功に象った女性の顔を、適当に伸ばして歪めたような不気味な頭。

 不自然に細く、関節を無視して伸びる人の腕のようなものがその顔の目や口に相当する部分から伸びている他、数え切れない程に集合して獣の体のようなものを築いている。


「うーん……腕が沢山あるし何か触手っぽくも見えるから、腕触手さん? 普通っぽくて可愛くないな……あの腕、伸びそうだからのびのびさんでもいいかも」

「おい。ふざけた命名はせめて終わってからに――」


 悍ましい姿の怪物を前にしても怖気づかず、どこか呑気に独り言を言う慧。

 それを安達が咎めた次の瞬間。

 怪物の口から腕が伸びる。


 凄まじい速度で飛び出したそれは安達の頭目掛けて伸ばされ、彼の頭を大きな掌が握り潰そうとする。

 しかし次の瞬間。

 その腕は動きを止めた。


「ああ、ほら。やっぱり伸びた」


 のんびりとした口調の少年。

 彼はいつの間にか抜かれていた剣を抜いている。


 薄暗い視界の中、銀色に輝く刃は枝のような腕を簡単に斬り落とす。

 切断された腕は、落とされた箇所から指先へ向けてゆっくりと黒い灰へと変化していく。


「危なかったよー、今。ちゃんと気を付けなきゃ」

「どうやって気を付けるってんだ」


 目と鼻の先に脅威が迫っていたというのに安達は瞬き一つしない。

 彼の鼻先では、黒い灰が散って消えていくところだった。

 しかしその様子は、義一の瞳に一切映らない。


「――見えもしないってのに」


 悍ましい化け物の姿、迫る脅威。

 慧が当然のように感じているその存在を、安達は一切感じることが出来ていなかった。


「ま、それもそうだね」


 その事実も慧は理解しているのだろう。

 寧ろだからこその冗談であったとでも言うように、彼は変わらない笑みを湛えたまま怪物へ向き直る。


「じゃ、行くよ」

「おう」


 慧は剣を構える。

 そして背後から短い返事が聞こえると同時、慧は怪物へ向かって走り出した。

 怪物までの道筋は真っ直ぐ。

 しかしここは路地裏。

 道幅は非常に狭く、またゴミや室外機などの障害物が多い。


 先程のような怪物の攻撃を避けるのも一苦労だ。

 ――周囲の状況を視認できないのであれば、猶更。


 慧は一直線に怪物へ向かって進む。

 彼の脅威を感じてか、怪物はいくつもの腕を慧へ向かって伸ばした。

 それを剣で斬り落とし、裁き切れない腕は小柄な体を駆使して回避する。


 刀で受ける事が間に合わない腕が眼前に迫った慧は右へ飛び退こうとした。

 しかしそのすぐ脇には長年停められたまま放置された自転車がある。

 慧はそれに気付いていないようであった。

 このまま彼が自身の判断に従って動けば、自転車と衝突し隙が生まれるだろう。


 そんな折。


「――左上!」


 背後から鋭い声が飛ぶ。

 安達の声だった。


 それを聞いた慧は瞬時に思考を切り替え、右へと傾きかけていた体勢を修正。

 左へ大きく飛んだ。


「おっ」


 怪物の腕は慧のこめかみを掠めて通り過ぎる。

 跳躍と共にふわりと浮いた体は室外機の上に器用に着地し、慧は左手で壁に触れる。


「おーけー、ここが壁ね……っと」


 更に迫りくる腕を斬り落とし、慧は室外機から飛び降りると改めて怪物との距離を詰める。


「上!」


 足元に転がる酒瓶を前へ飛びながら避け、空中で怪物の攻撃を往なす。


「右下」


 敵の攻撃を右に飛び退きながら回避する。

 身を屈めた事で、路地裏右端の、頭上付近にある配線ボックスとの衝突を避けることが出来た。

 また回避行動の際に右肩が壁に触れた事で、慧は凡その道幅を理解した。


 右、左、また高低。

 敵と相対する最中に飛ぶ指示を聞いては的確に従う慧は、無傷であっという間に怪物との距離を詰める。


 そして彼は刀を空中から大きく振り下ろし、怪物の体を深く斬り付けた。

 脳を揺さぶるような、耳障りで恐ろしい断末魔が響く。


「はい、終了。――お疲れ様」


 刃を鞘へしまい込み、慧は穏やかな笑みで安達へ振り返る。

 その背後では巨体を持つ怪物が黒い灰となって消えていくのだった。



***



 警視庁刑事部捜査一課。

 その裏には警察内でも限られた者しか知らない、特殊な組織が存在する。


 ――特殊事件・怪異捜査係。


 一般人の技術では対処できない『怪異』絡みの事件を担当するその組織は政府に黙認する形で非倫理的な体制を取っている。

 それが、強い霊感を持つ子供を利用する事。

 子供と刑事がバディを組み、危地へ赴き、前線に子供を立たせる。

 

 大勢の民と国の安全の為。

 合理的判断の下、少数の子供を利用するという、仄暗い実態を持つ部署。

 それこそが、この部署を公にできない大きな理由でもあった。


 この組織を知る者は倫理を重んじるが故にこの存在を忌むか、成果を公表できないが故に必要性を感じることが出来ず、窓際部署と見做して笑い者にする。


 特殊事件・怪異捜査係。

 通称「特怪」、もしくは揶揄の意を込めて


 ――「オカルト課」と呼ばれている。

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