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警視庁オカルト係の盲犬  作者: 千秋 颯@9/9「泣き虫で欲しがりな妹に私の婚約者が〜」配信中!


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第11話 恐怖

 安達は慧を抱いたまま住宅街を駆け抜ける。

 通行人からの注目は避けられないが、過ぎ去るのは一瞬。

 悪目立ちするよりも怪異を逃がさない事を優先した。


「義一、次を左!」

「ああ!」


 怪異が見える慧の指示に従い、安達は突き進む。

 そして細い道へ入り込み、更に路地裏へ差し掛かった頃。


「下ろして」

「ああ。周りに人はいない。刀も抜いていい」

「了解」


 路地裏へ繋がる曲がり角の前に立った慧は正面のある一点に顔を向けながら刀に手を掛ける。

 彼の視線の先、建物の壁には確かに怪異が留まっていた。

 それのと距離を慧が詰めようとした、その時。


「待った、慧――」


 何かに気付いた安達が制止の声を漏らす。

 そしてそれを掻き消すようにして、鼓膜を激しく振動させるような、重低音が通り過ぎた。

 速度を出したバイクが通り過ぎる音だった。


 安達が制止したのも、自分達の傍を通過する一般人の目撃を阻止する為だけの意図によるもの。

 この出来事そのものに危機感を持っていたわけではなかった。


 慧もまた安達の声に反応して動きを止め、バイクの音が過ぎ去ったのを確認してから改めて刀を抜く。

 そして数歩前へ飛び出したその時。


 微かに吹いていた追い風が、異臭を運ぶ。

 煙の臭い――オイルが焦げた臭いだった。


 刹那、慧の脳裏にある光景が過る。

 昨晩見た悪夢であり、かつての自分の体験。

 それがフラッシュバックする。


 彼の口から、隙間風にも似た掠れた呼吸の音が漏れた。

 同時に足から力が抜け、慧はその場に組膝から崩れ落ちる。


「なっ、慧……!」


 バイクの通過をきっかけに、改めて一般人の視線を確認していた安達の意識は後方に傾いていた。

 彼は刀を取り落として座り込んだ慧の異変に遅れて気付き、駆け寄ろうとする。


 しかしそれよりも怪異が動く方が早かった。

 いつの間にかマンションの一室を平気で埋める程に膨らんだ黒い淀みは大きな三日月型の口を作り、けたたましい笑い声を上げる。


「あ……」


 過呼吸を繰り返しながら震えていた慧が、何かに気付いたように顔を上げる。

 彼の目には、眼前に迫る大きな口が見えていた。


 ――人の恐怖は怪異の格好の餌食となる。


 慧が抱いた恐怖心を糧とした怪異は先程までとは比べ物にならない速度で彼との距離を詰めたのだ。

 己の危険を悟った慧は後ろから近づく安達の気配を感じ、手を伸ばそうとする。

 しかし、その動きは途中で留められた。


 彼の判断を鈍らせたのは、またもや過去の記憶だった。


 大きな恐怖と激しい痛み。

 いつ気が触れてもおかしくない状況で、自分は何度だって助けを叫んだ。

 しかし、その声に応える者は現れなかった。


 誰かの助けを期待し、求め、叶わなかった時の絶望を味わった事がある彼にとって『助けを呼ぶ事』そのものが拒絶の対象であった。

 当時の経験はあんな経験をもう一度するくらいならば、はなから諦めたふりをしている方がよっぽどましだという感情を彼に植え付けたのだった。


 故に、彼は手を伸ばすことが出来なかった。

 一方で安達は慧を助けるべく手を伸ばしていたが、怪異の動きは伸ばされた手が届くよりも速かった。


「……よしかず」


 諦めたようなぎこちない笑みと、恐怖から震える声。

 それを残し、怪異は慧を頭から一飲みにした。


 安達の伸ばした手は空を切り、怪異を視認できない彼の視界からは慧が消える。

 身近な人物の突然の消滅。

 その衝撃的な瞬間に安達は鋭く息を呑み、唖然とした。


 怪異はそんな彼を嘲笑うように口角を釣り上げてから、路地裏の奥へと姿を消すのだった。



***



 自分の親戚が『変』だと明確に悟ったのは、中学生の頃だった。


 定期的に開催される父方の親戚の集まりで常に『視えない』『出来損ない』といった罵倒や嘲笑を受け続けてきた安達はそれまで、本当は存在する『何か』を全く感じられない自分がおかしいのだと思っていた。


 そのくらい当然に、親戚たちは『人ならざるもの』や『霊感』の話をしていたのだ。


 親戚の殆どは『霊感』がある一族と子を作るが、お前の母親は完全な『余所者』だからお前も一族の血を引き継がなかったのだろうと。

 そんな話は嫌という程聞かされていた。


 父を含む親戚達の態度には辟易としていたし、まだ子供だった安達は大人達の心無い言葉を鵜呑みにし、自分が出来損ないなのが悪いのだと考えていた。


 親戚中から白い目を向けられる疎外感に耐えられなかった彼は、そうして心を閉ざしていった。


 そんな彼の心を救ったのが慧だった。


 彼が生まれてからというもの、誰よりも『視える』、特別な存在である彼と安達は良く比較されてきた。

 だからこそ初めは彼自身にも不快感を抱いていたのだが、当の本人は親戚内の腫れ物である安達にとてもよく懐いていた。

 初めは適当にあしらっていた安達だったが、一人っ子だった事もあってか、年の離れた弟が出来るような感覚は悪くないと次第に感じるようになり。

 気が付けば二人は集まりの度に共にいるようになった。


 ちょっとした反抗心から、夜に大人の目を盗んで外を探検するようになった安達にもたった一人、慧だけが気付き、一緒に行きたがった。

 慧は星に興味があったから、よく星を見てはなけなしの知識を披露して兄貴ぶったりもした。


 そしていつしか、親戚の集まりがあった夜は慧と共に星空を見る事が日課になっていた。

 しかしその関係も長くは続かなかった。




 ある日、怪談やオカルトの話がクラスで流行った時。

 自分が当然だと思っていた話を同級生に打ち明けた時に安達は理解した。


 おかしいのは自分ではなく――周りの大人なのだと。


 周りは安達の話を気味悪がったし、幽霊などは視えないのが当たり前だとか、そもそも本当には存在すらしないのだとか言い出す友人もいた。

 それ以降、安達は親戚から何を言われても気にする事をやめ、寧ろ彼らを軽蔑するようになったのだ。


 そしてその蔑みの対象には、『視える』話をする慧も当然に含んでいた。

 こうして安達は慧と関わる事を避けるようになった。


 そんな折、親戚との柵を断つ機会が安達に訪れる。

 高校に入って程なくして、両親が離婚する事となったのだった。

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【アルファポリス版】警視庁オカルト係の盲犬


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