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誰も呼んでないのに、地下の受付が返事をした


魚鍋は、きれいに消えた。


鍋の底を見た牧人が、深く頷く。


「よし」


「何がよしなんだ」


とザガ。


「足りた」


「そこだけは毎回完璧だな」


列も散った。怪我人も寝た。相談は途中から半分くらい雑談だった。


牧人が鍋を持ち上げた。


ザガが横から取った。


「親分、それは俺がやる」


「いいよ、別に」


「いいからよこせ。親分が鍋洗ってると列の連中が変な顔する」


「変な顔?」


「"親分が自分で洗ってる……"って顔」


「別に普通だろ」


「普通じゃないんだよ、ここでは」


牧人には分からなかったが、ザガが本気だったので渡した。


ザガが鍋をごしごしやっている横で、牧人は階段の方を見た。


地下は静かなまま。

でも、静かすぎた。


地下で聞いたあの音が、まだ頭に残っている。ほっとけばいい気もする。

でも、ほっとけない性分だった。怪我人を見たら治したくなるし、音が鳴れば確かめたくなる。

損な性格だと思うが、直す気もない。


「……行くか」


「飯の後に見に行くって、ほんとに行くんだな」


とベロ。


牧人がそう言った瞬間、クロが先頭へ出た。

ぷるが足元に収まり、イシコが最後尾へ回る。

誰も指示していないのに、並びが勝手に決まった。


ベロが眉をひそめる。


「……親分が動くって言うと、なんで毎回こうなるんだ?」


「何が」


「隊列だよ。誰も打ち合わせてねえのに、勝手に噛む」


まめじいが小さく頷いた。


「親父殿が先に決めると、流れが揃いますな」


「そういうもんか?」


「たぶん、そういうもんではありませんな」


結局、地下へ行くことになった。


牧人。クロ。まめじい。ぷる。イシコ。


ザガたちは地上待機だ。


「なんで俺らだけ留守番なんだよ」


「夜でも列が来るから」


「来るなあ」


とザガ。


「来るんだよなあ」


とベロ。


---


地下は昨日より暗かった。


保全休憩室を抜ける。保護帰還点の刻印を越える。その先、昼間に音がした通路へ入る。


カチ。

カチ。

カチ。


音はもう、隠れる気がなかった。


「ほんとに鳴ってるな」


「鳴っておりますな」


と、まめじい。


クロが先へ出る。右が唸る。左は壁の匂いを取る。中央だけが、まっすぐ前を見ていた。


通路の奥に、扉があった。


昨日の保管庫のさらに奥。今度のは細い。だが、きちんと閉まっている。


扉の横には、壊れた灯りと、小さな箱みたいなものが埋まっていた。


イシコの赤い目が光った。


「この系統……知っている」


「知ってるのか」


「少しだけ。古い」


その瞬間、箱の灯りが点いた。


ぴっ。


全員が止まる。


箱から声がした。


「応答確認。帰還点付近に生体反応。責任者として仮登録します」


牧人が振り向いた。


「仮登録? 何の」


「帰還点責任者です」


「なった覚えないんだけど」


「仮登録済みです」


「勝手だな!?」


まめじいが感心した顔で頷いている。


「有能ですな」


「有能じゃなくて勝手だろ」


声は続けた。


「本日の収容数を報告してください」


牧人は黙った。


「……え」


「聞かれておりますぞ」


「何を?」


「上の状況ではないですかな」


受付端末は、待った。変な間だった。黙っていると気まずくなる種類の間だった。


牧人は仕方なく答えた。


「ええと……寝てるのが、十人ちょい」


「曖昧です」


と、端末。


「細かいな!」


「怪我人は」


「七……いや、今朝の二人を入れて九か?」


「重傷三、中傷四、軽傷二」


と、まめじい。


「なんで即答できるんだ」


「帳場ですので」


ぴっ、と端末が鳴った。


「収容超過を確認。臨時寝台区画を開放します」


ごご、と音がした。


全員が振り向く。


通路の横壁が、ずるっと下がる。その向こうに、部屋があった。


寝台が並んでいる。しかもちゃんとしている。藁じゃない。板でもない。"寝台"だった。


牧人は止まった。


「……増えた」


「増えましたな」


「寝床が、勝手に」


ぷるが、すっと寝台へ飛び乗った。弾んだ。


ぷるるん。


「気に入ったな」


「寝心地、よろしいのでしょう」


と、まめじい。


イシコが部屋を見渡す。


「臨時寝台区画。旧系統、まだ生きている」


「お前と同じ系統か」


「近い。たぶん」


「たぶんって何だ」


「古すぎて、確信がない」


端末がまた鳴った。


「次。食事供給の安定度を報告してください」


牧人が顔をしかめる。


「お前、質問多いな」


「受付です」


と、端末。


「受付のくせに主張が強いな」


まめじいが帳面を開く。


「根菜、やや回復。乾燥肉、少。塩、危」


ぴっ。


「食事供給、不安定。補給候補を提示します」


扉の上の灯りが、別の通路を照らした。今まで暗くて見えなかった横道だ。


端末が言う。


「補給培養区画、接続可能。ただし長期停止中。稼働状態不明」


牧人がゆっくり振り向く。


「……畑?」


「培養区画ですな」


と、まめじい。


「畑ってことでいいか」


「動くかどうかは分かりませんが」


「動かないかもしれないのか」


「長期停止中、と申しておりますぞ」


つまり、あるかもしれないし、ないかもしれない畑だった。

あっても使えるか分からない。でも、あるだけで少し気が楽になる。


今日の採集場で食材は確保できた。でも毎日あてにできるとは限らない。

地下に畑があるなら、それは天気にも縄張りにも左右されない食料源になる。

列に並んでる連中に、安定して飯を出せる。


それだけで、確かめに行く理由としては十分だった。


クロが短く言った。


「増える」


「何が」


「仕事」


それはそうだった。


牧人は受付端末を見た。


「お前さ」


「はい」


「ずっとここで受付してたのか」


「はい」


「誰も来なかっただろ」


「長期間、来訪なし」


「寂しかった?」


「該当する感情データはありません」


まめじいが小さく笑った。


「隙がありませんな」


クロが端末をじっと見て、鼻を鳴らした。犬が理解できないものを前にした時の顔だった。


まめじいが咳払いした。


「親父殿。問題が一つ」


「何だ」


「寝台が増えたのは地下です。上に運べるわけではありません」


「……あ」


全員がちょっと黙った。上はもう狭い。寝る場所も足りない。


つまり。


「下に寝かせるのか」


「自然ですな」


「夜に階段の上り下りが要るぞ」


「要りますな」


「怪我人もいるぞ」


「おりますな」


「面倒だな……」


「面倒ですな」


受付端末が、ぴっ、と鳴る。


「導線整理の必要を確認。案内表示を設置してください」


まめじいが呟いた。


「案内の板、ですな」


全員が同時に黙った。


牧人が顔を覆った。


「……ニコに聞かせたら余計なもの増やすぞ、これ」


「地下にまで板が増えますな」


と、まめじい。


「増える未来しか見えない」


その時だった。


地上の方から、かすかに声がした。


「親分ー!」


ザガだった。階段の上から叫んでいる。


「列が増えた!」


「何の列だ!」


と牧人。


「分からん! でも増えた!」


牧人は寝台区画を見た。培養区画への横道を見た。受付端末を見た。


問題が一気に三つ増えた。


「……今日はもう寝かせる場所だけ使う」


「培養区画は?」


「明日!」


「受付は?」


「明日!」


「案内の板は?」


「……ニコに任せる」


上から歓声が聞こえた。たぶんニコが勝手に聞いていた。


「やるぞー!」


「聞いてたな、あいつ」


受付端末が言った。


「明日の業務予定を登録しますか」


「しない」


「登録します」


と、まめじい。


「するな!」


ぴっ。


「登録完了。明日、培養区画確認。導線整理。収容移管」


牧人は天井を見た。


「……勝手に明日が決まった」


「受付とはそういうものですぞ」


「受付こわいな」


---


地上へ戻ると、本当に列が増えていた。


怪我。飯。相談。その他。


そして、列の一番後ろに、新しい板が立っていた。


地下寝台、たぶん開始→


「増やすな!」


ニコが胸を張る。


「もう遅い」


ザガが駆け寄ってくる。


「どうだった!?」


「寝床が増えた」


「は?」


「受付が喋った」


「は?」


「あと、地下に畑がありそう」


「は??」


ベロが真顔で言った。


「親分」


「何だ」


「いよいよ家じゃないか、ここ」


「やめろ。家って言ったら掃除と管理が増える」


「もう増えてるだろ」


「……言うな」


列の後ろで、小型種がひそひそしていた。


「地下まで開いたらしい」


「寝床が増えたって」


「次は畑だって」


「もう帰る場所じゃん」


ザガが顔を覆った。


「また噂が育ってる」


牧人はもう鍋のことしか考えていなかった。


明日は培養区画を見に行く。使えるなら使う。使えないなら別を考える。

どっちにしても、飯は出す。怪我は診る。追い出さない。


それだけだ。それ以上のことは、たぶん考えなくていい。


牧人は寝た。


地下では、受付端末の灯りだけが、静かに点いていた。


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