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食材を探しに行っただけなのに、兵站線ができた


「親父殿。今日で底ですな」


まめじいが帳面を見たまま言った。


「何が」


「だいたい全部です」


牧人は鍋を見た。

次に列を見た。

もう一度、鍋を見た。


軽い。

音が軽い。

中身も軽い。


「……足りないな、これ」


「足りませんな」


「根菜、危。塩、危。乾燥肉、少。米のような何か、残り心細い」


「“米のような何か”って書くなよ」


「実際そうですので」


列は今日も長い。


怪我。

飯。

相談。

その他。


「“その他”が定着してるの嫌だな」


「便利だぞ」


とニコ。


「便利さで雑を押し切るな」


昨日は列の最後まで粥が回った。

今日は分からない。

明日はもっと分からない。


飯が止まると困る。

理由は簡単だ。

腹を空かせたやつが増えるからだ。


それは嫌だった。


「地下の前に飯だな」


「飯の前に地下だったのでは」


と、まめじい。


「飯が先。絶対飯が先」


「親父殿らしい」


「褒めてるのか」


「だいぶ」


ザガが腕を組んだ。


「じゃあ採りに行くか」


「採る?」


「食えるもんだよ。旧保全路の縁に根菜、崩れ棚に菌株、水路に苔魚」


「苔魚?」


「苔みたいな顔した魚だ」


「食欲がわかない……」


ベロが鍋を覗いた。


「でも食うだろ」


「食うけど」


「だったら行け」


「正論だな」


---


結局、調達隊ができた。


牧人。クロ。ザガ。ベロ。ニコ。ぷる。


まめじいは帳場番。


「私も行ける」


と、イシコ。


「行けるのは知ってる。でもお前まで行くと留守が不安だ」


「そのとおり、イシコ殿は本家番です」


まめじいが言った。


「本家番?いつから本家になった?」


牧人はあきれた。


「そう、了解」


イシコは構わずに答えた。そして少しだけ胸を張った。

本家番が気に入ったらしい。


出発前、まめじいが帳面を見ながら言う。


「親父殿。今日の目標は三つ」


「根菜、菌株、魚だろ」


「はい。普通の顔をした兵站確保ですな」


「兵站って言うな。飯だ」


ザガが鼻を鳴らした。


「その感覚で動けるのが親分なんだよな」


「褒めてるのか?」


---


旧保全路の外れは、昼でも薄暗かった。


崩れた石。

半分埋まった配管。

湿った風。

ところどころに、食えるらしい草や、食えるか怪しいきのこが生えている。


牧人はしゃがみ込む。


「これ?」


「腹壊す」


とザガ。


「こっちは?」


「もっと壊す」


とベロ。


「難しいな」


ニコが得意げに土から丸い根を引っこ抜いた。


「これは食える」


「見分けつくのか」


「つく。前に三回間違えた」


「四回目で成功したのか……」


クロは少し前を歩いている。

何もしていない。

ただ歩いているだけだ。


なのに、その前後だけ採集がしやすい。


「なんか逃げてくな」


「そりゃ災厄級が近いからな」


とザガ。


「便利だな……」


「便利って言うな。贅沢な採集だ」


ぷるが地面をぺたぺた進む。

急に止まる。

震える。

ぺっと土を吐く。


その下から、白い根が何本も出てきた。


「お前、地面の中まで分かるのか」


「ぷるん」


「もう床係って呼べないな」


最初の一時間で、かなり集まった。


根菜。

菌株。

苔魚のいそうな水路。

今日の鍋は足りそうだ。

明日もたぶん持つ。


「いけるな」


「いける」


とベロ。


だが、その時だった。


高いところから声がした。


「おい!」


全員が顔を上げる。


崩れた見張り台の上に、ゴルム側の下っ端が三匹いた。

昨日の使いの顔も混じっている。


ザガが舌打ちした。


「見張ってやがったか」


蜥蜴頭が緊張した声で叫ぶ。


「そ、そこは旧保全路側の採集場だ! 勝手に掘るな!」


ニコが小声で言った。


「怒られた」


「そりゃあそうだろ。勝手に掘ってるからな」


とベロ。


牧人は土のついた手を払った。


「ごめん。飯が足りなくて」


「ごめんで済むか!」


「じゃあどうすればいい? そっちの上に話を通すとか?」


「お、俺じゃ決められねえ! 親分を呼ぶ!」


ザガがぼそっと言った。


「ゴルムか」


牧人が顔を上げる。


「ゴルム? ああ、昨日のご近所さんか」


ザガが頭を抱えた。


「いや、その言い方やめろ……」


だが牧人は気にしない。

手を叩いた。


「ちょうどいい。昨日、境界の品まで届けてもらったんだ。お礼言いたかったんだよな。よし、こっちから挨拶に行こう」


空気が凍った。


ザガが振り向く。


「……今、何て言った」


「お礼参りに行こうって」


「親分。“お礼参り”って言葉、意味分かってるか」


「お礼を言いに行くんだろ?」


「世間ではな。ここではちょっと違う」


「何が違うんだ?」


説明する前に、蜥蜴頭の一匹がもう走っていた。


---


旧保全路の奥。


鉄顎のゴルムは、喉の傷を舐めながら寝そべっていた。

昨夜の痛みはまだ残っている。


そこへ、下っ端が転がり込む。


「た、大変です親分!」


「なんだ」


「あの廃墟の人間が!」


「……何をした」


「お礼参りに来るそうです!」


ゴルムの体が跳ね起きた。


「何!?」


「“ちょうどいいからこっちから行こう”って! 笑ってました!」


笑っていた。


余裕の笑みだ。

深層の災厄を連れて、笑いながら来る。


部下たちが騒ぎ始める。


「やばいですよ親分!」


「迎え撃ちますか!?」


「馬鹿か! 昨日のを見てなかったのか!」


「見ました! だからやばいって言ってるんです!」


ゴルムは歯を食いしばった。


昨夜、あの黒に三手で喉を取られた。

下っ端はまとめて沈んだ。

あれに正面から当たるのは、死にに行くのと同じだ。


しかも相手は“お礼参り”と言った。


借りを返しに来る。

昨夜の借りを。


ゴルムの思考が暗く沈む。


「来させるな!」


部下たちが飛び上がる。


「どうするんですか親分!」


「伝えろ! 採集場は好きに使え! 東も西も掘っていい! 水路の魚も全部持っていけ!」


「全部!?」


「全部だ!」


「で、でも親分、それだと」


「いいから行け!」


ゴルムはさらに言った。


「俺は今日は体調が悪い。会えない。会わなくていい。挨拶は不要だと伝えろ!」


部下が走った。

残った蜥蜴頭が恐る恐る聞く。


「……親分、本当に体調悪いんですか」


「悪いに決まってるだろう! 昨日喉を噛まれたんだぞ!」


---


採集場。


牧人たちが出発の準備をしていると、蜥蜴頭が息を切らして戻ってきた。


「お、お伝えします!」


全員が振り向く。


「ゴルム様より! 採集場は全て自由に使ってよろしいと! 東も西も! 水路の魚も全て!」


「全部?」


とザガ。


「全部です!」


蜥蜴頭はさらに続ける。


「それと! ゴルム様は本日体調不良のため、お会いできません! 挨拶はご不要とのことです! お気遣いなく!」


沈黙。


牧人は少し考えて、頷いた。


「そうか。体調悪いなら仕方ないな。無理させちゃ悪いし、今日はやめとくか」


ザガが信じられない顔をしている。


「……受け取るのか。全部」


「くれるって言うんだから、もらうだろ。しかも体調悪いのにわざわざ伝言くれたんだぞ。いい人だな、ゴルムさん」


ベロがぼそっと言った。


「いい人……」


牧人は本気でそう思っていた。


気前がいい。

礼儀もある。

近所としてかなり当たりではないか。


「今度、体調戻ったら鍋持ってくか」


「やめろ」


とザガ。


「またお礼参りするつもりかよ……」


「お礼言いに行くだけだろ」


「そこが怖いんだよ……」


採集は、嘘みたいにはかどった。


東も西も自由。

水路も自由。

誰にも止められない。


ニコが魚を追いかけて水路に落ちた。


どぼん。


「……冷たっ!」


「魚いたか?」


と牧人。


「いた! 顔に当たった!」


「かぶりつけよ」


「無茶言うな」


とザガ。


ぷるが水路の縁にぺたりと張りつき、逃げた苔魚を一匹吸い上げた。


「おお」


「お前、魚もいけるのか」


「ぷるん」


「もう完全に床係じゃないな」


ベロが菌株を袋へ詰める。

ザガが根菜を掘る。

ニコは濡れたまま魚を追う。

クロは座っている。


遠くから、ゴルムの部下たちがこちらを窺っていた。

手を出す者は誰もいなかった。


---


袋がぱんぱんに膨らんだ頃、ようやく戻ることになった。


根菜。

菌株。

苔魚。

境界の品でもらった乾燥肉と薬草。


今夜は鍋の底が見えない。

その一点だけで、牧人はかなり満足だった。


「いい場所だな、あの採集場」


「いい場所っていうか、全部もらっちまったんだよ」


とザガ。


「もらったんじゃないだろ。使っていいって言われただけだ」


「同じだよ」


本家に戻る。


列はさらに伸びていた。


まめじいが帳面を見ながら頷く。


「親父殿。大漁ですな」


「ゴルムさんが全部使っていいって」


「おお。太っ腹ですな」


まめじいはにこやかに書きつけた。


『旧保全路採集場。全面使用許可。ゴルム方面、完全譲歩。』


「ご近所さんが、いい人で良かったな」


イシコが屋根の上から言う。


「地下、今は静か」


「そうか」


「今は」


牧人は袋を置いた。


「……今日は地下なしだな。飯が先だ」


「賢明ですな」


ニコが魚を抱えて叫ぶ。


「今日は魚鍋か!?」


「薄めるなよ」


とベロ。


「根菜も多めだ」


とザガ。


牧人は鍋に手をかけた。


「よし。今日は豪華にするか」


列の後ろから歓声が上がった。


その中で、小型種の一匹がぽつりと言った。


「……ここ、飯だけじゃなく、採集場まで持ったのか」


別の一匹が答えた。


「鉄顎が全部差し出したらしい」


「差し出した?」


「お礼参りが怖くて」


ザガが顔を覆った。


「噂が最悪の形になってる」


「何が?」


と牧人。


「もう全部だよ」


牧人はもう聞いていなかった。

鍋しか見ていない。


---


その頃、旧保全路の奥で、ゴルムは頭を抱えていた。


「……例の人間、“また行く”と言ったか」


「はい。“何回だって行く”と」


「……お礼参りを何回もする気か」


蜥蜴頭が首を縮める。


「“ご近所付き合い”だそうです」


「鍋も持ってくると言っていたな」


「はい。体調が戻ったら、と」


「……鍋か」


「はい」


「毒か」


「たぶん普通の鍋です」


「普通の鍋を持って災厄級と来る奴が普通に見えるか」


「……見えません」


ゴルムは長い溜め息を吐いた。

喉が痛んだ。

体調不良は、もう嘘ではなくなっていた。


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