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水越、強硬派を切る


都市防衛局の会議室は、朝から冷えていた。


空調のせいではない。


机の上に並んだ押収品のせいだった。


毒針。

細い刃。

合図笛。

偽装荷の残骸。

臨時避難整理補助札の写し。

襲撃者四名の供述抜粋。


それから、本家側の現場記録。


まめじいの帳面の写しだった。


水越篤臣は、それを一枚ずつ見た。


隣に立つ副官が、硬い声で言う。


「守谷牧人への襲撃未遂です」

「本家側の被害は、ありません」


水越は押収品から目を離さなかった。


「被害がなかったのは、本家が止めたからだ」


副官は口を閉じた。


水越は続けた。


「こちらが防いだわけではない」


会議室の奥で、誰かが息を呑んだ。


都市防衛局の幹部。

警備担当。

内部監察担当。

そして、強硬派と呼ばれていた者たち。


全員が、同じ机を囲んでいる。


水越は、合図笛を見た。


「これが、都市防衛か」


誰も答えなかった。


水越は、毒針を見た。


「これもか」


誰も答えなかった。


水越は、臨時避難整理補助札の写しを指で押さえた。


「これを使った理由を、今日聞く」


そこで、ようやく一人が口を開いた。


「確認中です」


水越は、その男を見た。


「その言葉で時間を稼ぐ段階は終わった」


男の顔が固くなる。


水越は、机の上の記録を軽く叩いた。


「四人が動いた」

「毒物が出た」

「合図笛が出た」

「偽装荷が出た」

「都市側の補助札が出た」


声は荒くなかった。


だからこそ、会議室の温度が下がった。


「確認中ではない」

「発生済みだ」


---


副官が、襲撃時の整理を読み上げた。


「一名、武器置き場前で停止」

「その後、糸により拘束」


少しだけ間が空いた。


副官は続けた。


「一名、毒物入り偽装荷を搬入」

「粘体種により毒物分離」

「一名、合図笛を喪失」

「一名、守谷牧人へ接近前に、灰色線および本家構成員により制圧」


読み上げている副官の顔も、少しだけ変だった。


内容は深刻だった。


だが、文字面だけ見ると、どこかおかしい。


水越は何も言わない。


副官は、さらに紙をめくった。


「なお、本家側では、事件後の追加掲示として」


そこで、副官の声が一瞬止まった。


水越が見た。


「読め」


副官は、諦めた顔で読んだ。


「暗殺もだめ」

「鍋に毒、だめ」

「変なものは受付へ」


会議室が、わずかに揺れた。


笑いではない。


どう反応していいか、誰も分からなかっただけだ。


水越は目を閉じた。


「読むな」


副官が固まる。


「はい」


水越はすぐに言い直した。


「いや、記録には残せ」


「はい」


「正式文書の本文には入れるな」


「では、補足に」


「入れるな」


副官は筆を止めた。


「では」


「覚えておけ」


会議室の何人かが、水越を見た。


水越は短く言った。


「あの板は、馬鹿より正確だ」


強硬派の男が、口元を歪めた。


「板に都市防衛を判断させるのですか」


水越はそちらを見た。


「少なくとも、毒針を持ち込むな、という判断はできている」

「君たちよりは正確だ」


男の顔が消えた。


---


強硬派の一人が、椅子を引いた。


「本家の拡大は、現実の危険です」


水越は頷いた。


「ああ」


男は少し勢いを得た。


「守谷牧人を中心として、人間、魔物、避難者、封環層由来の存在が一か所に集まっています」

「右奥には、都市側が直接確認できない寝床もある」

「旧石門も反応している」

「このまま放置すれば、都市側の主導権は失われます」


水越は黙って聞いた。


男は続けた。


「我々は、その前に」


「毒針を使ったのか」


水越の一言で、男の言葉が止まった。


水越は続けた。


「主導権を取り戻すために、毒針を使ったのか」


「それは、実行者が」


「合図笛は」


「現場が」


「偽装荷は」


「……」


「臨時避難整理補助札は」


男は黙った。


水越は机の上の札を押さえた。


「この札は、避難者整理のために出す」

「民間人を脅し、動かし、襲撃者を通すための札ではない」


別の局員が言った。


「本家は、通常の民間区域ではありません」


「それはそうだ」


水越は即答した。


「だが、守谷牧人個人を非公式に襲撃してよい区域でもない」


言葉が落ちた。


会議室に、誰もすぐ返せなかった。


水越は淡々と続ける。


「都市防衛局は、毒針と偽装荷で民間人を襲う組織ではない」

「そう説明しなければならない時点で、君たちは終わっている」


強硬派の男が、低く言った。


「都市を守るためです」


水越は見た。


「都市を守るために、都市防衛局の信用を壊したのか」


男は黙った。


「本家を危険視することはできる」

「監視もできる」

「評価もできる」

「封じる準備もできる」


水越は、一つずつ区切った。


「だが、毒針で襲うな」

「偽装荷を使うな」

「保護制度を道具にするな」

「局の名前を、私的襲撃に使うな」


男の頬が引きつった。


「私的ではありません」


水越は短く聞いた。


「命令書は」


男は答えなかった。


「承認記録は」


答えない。


「危険評価会議の議事録は」


答えない。


「実行者四名の任用記録は」


答えない。


水越は、そこで初めて椅子の背に体を預けた。


「私的だ」


男の手が震えた。


「違います」


「違うなら、記録を出せ」


沈黙。


水越は副官へ言った。


「今の沈黙も記録しろ」


副官が短く答えた。


「はい」


---


内部監察担当が、慎重に口を開いた。


「水越統括官」

「関係者の扱いは」


水越は即答した。


「職務停止」


会議室がざわつく。


水越は続けた。


「通信記録を保全」

「臨時避難整理補助札の発行経路を封鎖」

「外部協力者との接触記録を洗い直せ」

「毒物の入手経路も追う」

「襲撃者四名の供述は、監察局へ正式共有する」


強硬派の一人が立ち上がった。


「水越統括官、それはやりすぎです」


水越は言った。


「座れ」


男は止まった。


「まだ、命令を聞く気があるなら座れ」


男は、歯を食いしばって座った。


水越は周囲を見た。


「本家が危険かどうかは、別の話だ」


誰も、目を逸らせなかった。


「あれは危険だ」

「その判断は変えない」


強硬派の何人かが、わずかに反応した。


水越は、それを見てから続けた。


「だが、危険なものを危険なまま扱うには、手順が要る」

「君たちは、その手順を捨てた」


水越は、毒針を指した。


「だから、もう都市防衛を語るな」


男が低く言った。


「水越統括官」

「あなたは、本家を守るつもりですか」


水越は、少しも迷わなかった。


「違う」


男の目が動く。


水越は言った。


「都市防衛局を守る」

「君たちからな」


会議室が、完全に静まり返った。


---


副官が、別紙を水越へ差し出した。


「本家側の防衛能力評価です」


水越は受け取った。


紙には、現場で起きたことが整理されていた。


武器持ち込み者。

掲示前で停止。

糸網により拘束。


毒物入り偽装荷。

粘体種により分離。

水操作により拡散防止。


合図役。

空路から笛を喪失。

灰色線により移動制限。


本命接近者。

毒針落下。

複数構成員により制圧。


水越は、しばらくそれを見た。


「評価を上げる」


副官が頷く。


「現地戦闘能力、上方修正ですね」


「違う」


副官が止まる。


「戦闘能力だけではない」

「現地防衛能力だ」

「それも、戦う前に止める能力だ」


副官は書き直す。


「現地防衛能力、極めて高い」


「それでいい」


副官は続けた。


「分類は」


水越は少し黙った。


本家。


雨よけ。

鍋。

右奥。

板。

ぷる。

受付小屋。

クロ。

灰色線。


軍事拠点ではない。


警備施設でもない。


避難所でもない。


だが、硬い。


水越は言った。


「生活圏だ」


副官は筆を止めた。


「生活圏、ですか」


「生活圏として、異常に硬い」


副官は困った顔になった。


「そのまま書きますか」


「書くな」


「では」


「現地防衛能力、極めて高い」

「ただし、軍事拠点として整備されたものではなく、生活運用と一体化している」


副官は頷いた。


「それなら書けます」


水越は短く言った。


「そう書け」


強硬派の男が、吐き捨てるように言った。


「生活運用で、都市防衛局の作戦を止めたと?」


水越は見た。


「作戦ではない」

「襲撃だ」


男は黙った。


水越は続けた。


「そして、その襲撃は止まった」

「武器置き場の板でな」


副官がわずかに目を伏せた。


笑いをこらえたのか、頭痛をこらえたのか、分からなかった。


---


市属ダンジョン監察局への回答文が、机に置かれた。


宛名はまだ空欄だった。


副官が言う。


「宛先は、市属ダンジョン監察局、特別保護監察官、久慈野澄玲でよろしいですか」


水越は頷いた。


「そうだ」


「守谷牧人個人への襲撃未遂」

「保護対象周辺への危険行為」

「都市側制度の悪用」

「この三点で回答します」


「それでいい」


副官はさらに確認する。


「本家側現場記録の扱いは」


「補助記録として扱う」


「本家側現場記録……つまり、まめじい殿の帳面ですね」


水越は副官を見た。


「名前で呼ぶな」


「失礼しました」

「本家側現場台帳」


「それでいい」


副官は書類へ記した。


強硬派の一人が、信じられないという顔で言った。


「魔物側の帳面を、公的記録に入れるのですか」


水越は答えた。


「君たちの記録より正確だからな」


男の顔が歪む。


副官が小声で聞いた。


「本家側を、信頼するということですか」


水越は短く答えた。


「記録を信頼する」

「本家を、ではない」


副官は黙って頷いた。


水越は机の上に置かれた供述抜粋を指した。


「少なくとも、本家側の帳面は、毒針を毒針と書いている」

「偽装荷を偽装荷と書いている」

「襲撃を襲撃未遂と書いている」


それから、強硬派の男を見た。


「君たちは、これを現場判断と呼んだ」


男は何も言えなかった。


---


会議は、処理の段階に入った。


処分対象者。

関係記録。

外部協力者。

補助札の経路。

毒物の調達先。


書類が動く。


人が動く。


そして、強硬派と呼ばれていた塊が、少しずつ割れ始めた。


「私は、札の発行だけです」

「実行者の選定には関わっていません」

「毒物については知らない」

「指示ではなく、可能性を示しただけです」

「現場が過剰に動いたのです」


水越は、それを聞いていた。


強い信念ではなかった。


最初から、責任を取る気のない言葉だった。


副官が小声で聞いた。


「止めますか」


水越は答えた。


「記録しろ」


「はい」


「崩れるところまで、記録しろ」


副官は一瞬、水越を見た。


水越は続けた。


「彼らが何を守ろうとしていたのか、記録に残る」


強硬派の男たちが、互いを見始める。


昨日まで同じ方向を向いていた者たちが、今は隣の顔色を探っている。


水越は、それを見ていた。


「あれは固まった」


副官が聞き返す。


「本家ですか」


「そうだ」


水越は、強硬派の席を見た。


「こちらは割れた」


副官は黙った。


水越は短く言った。


「つまり、判断を間違えたということだ」


---


会議の終わり際、本家側から追加の写しが届いた。


まめじいの帳面ではない。


板の写しだった。


ニコの板。


変なものは受付へ


副官は、しばらく紙を見た。


それから、困った顔で水越を見る。


「これは、どう扱いますか」


水越は黙った。


かなり長く黙った。


「現場ルールだ」


「正式文書には」


「入れるな」


「補足資料には」


「入れるな」


「では」


「覚えておけ」


副官は、また困った顔になった。


「覚えるのですか」


「覚える」


水越は、板の写しを机に置いた。


「変なものを受付に出せる場所は、まだ壊れていない」

「変なものを隠して通そうとする場所よりは、ずっとましだ」


副官は、少しだけ目を伏せた。


「それは、報告書には」


「書くな」


「はい」


水越は、もう一度、板の写しを見た。


変なものは受付へ。


単純すぎる。


雑すぎる。


だが、毒針を現場判断と呼ぶ連中より、ずっと健全だった。


水越は低く言った。


「こちら側に、これが書ける者はいなかった」


副官は、今度は何も言わなかった。


---


会議が終わった後も、水越は席に残っていた。


窓の外に、本家は見えない。


都市防衛局の建物から、灰環大迷宮の奥までは遠い。


それでも、報告書には見えていた。


武器置き場。

糸網。

毒処理。

右奥封鎖。

灰線。

受付小屋。

変なもの。


水越は、机の上の押収品を見た。


毒針。

刃。

合図笛。


それから、本家側の記録を見た。


暗殺もだめ。

鍋に毒、だめ。

変なものは受付へ。


副官が戻ってきた。


「水越統括官」


「ん」


「強硬派筋の職務停止、通達済みです」

「通信記録の保全も始めました」

「監察局への回答文は、清書に回します」


水越は頷いた。


「迷宮庁へも回せ」


「はい」


「攻略組『灰環の門』へは、危険情報として共有」

「ただし、作戦要請ではない」

「観測協力の範囲に留めろ」


副官は頷く。


「本家へは」


水越は少し考えた。


「直接ではなく、監察局経由でいい」

「こちらから触りに行くな」


副官は書き留めた。


「触らない、ですか」


「ああ」


水越は窓の外を見た。


「もう、割る段階ではない」


副官は顔を上げた。


「では、どうしますか」


水越は答えた。


「触り方を決める」

「触らせる人間もな」


少し間を置いて、続けた。


「馬鹿には触らせない」


副官は頭を下げた。


「了解しました」


---


清書された回答文の表紙に、宛名が打たれた。


市属ダンジョン監察局

特別保護監察官

久慈野澄玲 殿


その下に、件名。


冥門組本家周辺における守谷牧人襲撃未遂および都市側制度悪用疑いに関する正式回答


水越は、それを確認して印を押した。


印の音が、会議室に短く響く。


これで、強硬派の案件は、ただの意見対立ではなくなった。


都市防衛局内部の問題になった。


水越は、最後に副官へ言った。


「久慈野監察官へ伝えろ」


「何と」


「記録で来い、と」


副官は一瞬、意味を考えた。


それから、頷いた。


「承知しました」


水越は椅子から立った。


「感情ではなく、記録で来い」

「今度は、それが通る」


副官は、正式回答文を抱えて部屋を出た。


窓の外は、灰色だった。


本家は見えない。


だが、水越の机の上には、まだ板の写しが一枚だけ残っていた。


変なものは受付へ。


水越は、それを見て、低く言った。


「本当に、変なものばかり来るな」


誰も答えなかった。


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