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抹殺作戦、始まる前に失敗する


朝の門前は、静かだった。


しかし、静かすぎるわけでもない。


ベロの鍋は鳴っている。

ぷるは足元で灰粉を吸っている。

ヒナは梁の上で羽繕いをしている。

豪志は受付小屋の前で、今日こそ静かにしているつもりの顔をしている。


ニコの板も、いつも通り並んでいた。


武器はここに置け

飯の列で揉めない

奥、勝手に荒らすな

ぷるを踏まない

クロに勝手に触らない

イトを見上げ続けない

豪志、光らない


牧人は最後の板を見た。


「それ、まだいるか」


豪志が胸を押さえた。


「俺、まだ光ってないです!」


ナナが短く言った。


「予防」


ヒナが梁の上で笑った。


「やだ、豪志が発光予防されてる!」


豪志は胸を張って言った。


「でも、光るための努力はしています! 最近はダンスの練習なんかもしてます!」


ナナが短く言った。


「目障り」


「ひどい!」


牧人は首を振って、受付小屋の横に置かれた木箱を見た。


「この箱は何だ」


まめじいが答えた。


「一時預かり箱でございます」


「何を預かるんだ」


ニコが板を一枚出した。


変なもの


牧人は眉を寄せた。


「変なものって何だ」


ザガが言った。


「最近、変なものが多いからな」


「多いか?」


全員が牧人を見た。


牧人は黙った。


「多いな」


イトが梁の上で、細い糸を一本垂らした。


「今日も、来る」


門前の空気が少しだけ変わった。


ヒナが羽繕いを止める。


「誰が?」


イトは灰色の道を見た。


「足、多い」

「隠れてる」


ミズハが水桶に指を触れた。


水面が、揺れずに止まる。


「水も落ち着かないわね。悪い水じゃないけど、変な気配が混じってる」


ザガの顔が変わった。


「どこだ」


イトは短く答えた。


「まだ外」

「でも、来る」


クロが伏せたまま、三つの首を灰色の道へ向けた。


牧人は、ようやく受付小屋の内側へ下がった。


「またか」


ザガが低く言った。


「親分、今日は受付から出るな」


牧人は少し困った顔をした。


「俺の家の前なんだけどな」


ナナが短く言った。


「内側」


「畑は?」


ザガが言った。


「受付の内側に畑はねえ」


ヒナが少しだけ笑った。


「やだ、畑封じ!」


---


作戦は、雑ではなかった。


むしろ、雑ではないつもりで組まれていた。


避難者の列に紛れる者。

物資運びを装う者。

外で合図を見る者。

最後に、牧人へ近づく者。


役割は分けてある。

毒も、刃も、合図も、逃げ道も用意してある。


ただ、彼らは知らなかった。


本家では、列に並ぶ者も見る。

荷も見る。

足元も見る。

梁の上も見る。


そして、変なものは、受付へ回される。


---


男たちは、四人だった。


避難民の列に紛れた者が二人。

物資運びを装った者が一人。

雨よけの外で合図を見る者が一人。


いずれも、服は地味だった。


顔も普通だった。


足だけが、少しだけ違った。


イトは、それを見ていた。


梁の上から。


誰にも気づかれないほど細い糸が、門前の空気に何本も張られていた。


風を止める糸ではない。

足の迷いを見る糸だった。


イトが小さく言った。


「来た」


ヒナが、その声だけで翼を広げた。


「どこ?」


「列」

「荷」

「外」


ヒナは笑わなかった。


「三方向か」


イトは頷いた。


「でも、下手」


ヒナが少しだけ口元を上げた。


「やだ、イトに下手って言われてる」


---


最初に止まったのは、避難民の列に紛れた男だった。


男は、受付小屋の前まで進んだ。


懐に、薄い刃があった。


毒も塗ってある。


本来なら、列が動いた瞬間に牧人へ近づき、袖の内側から刃を出す予定だった。


だが、男は受付小屋の前で、板を見てしまった。


武器はここに置け


男の足が、一瞬だけ止まった。


作戦上は無視すべきだった。


暗殺者が、標的の家のルールに従う必要などない。


だが、人間は、目の前に大きく書かれた注意書きを見ると、一瞬だけ考える。


置くのか。

置かないのか。

そもそも、この刃は武器扱いなのか。

見つかったらおかしい。

しかし置いたら作戦にならない。


その一瞬だった。


梁の上から糸が落ちた。


男の手首が、上へ跳ねた。


次に足首。


次に襟。


男は声を出す前に、逆さに吊られた。


イトが梁の上で言った。


「武器、持ってた」


ヒナが腹を抱えた。


「イト早い、迷ってたら吊られた!」


男は逆さのまま叫んだ。


「な、何だこれは!」


ナナが短く言った。


「受付」


ザガが門前へ出た。


「受付に引っかかったんだよ」


男は意味が分からない顔をした。


牧人も少し分からない顔をした。


「受付って、吊るのか」


イトが答えた。


「危ない人、吊る」


ニコが板を出した。


危ない人、吊る


牧人は言った。


「新しいルールにするな」


ヒナは梁の上で笑い続けた。


---


二人目は、物資運びを装っていた。


荷車には布袋が積まれている。


中身は干し草と、砕いた石灰と、少しだけ毒粉。


目的は、ぷるの灰粉処理を乱すことだった。


本家の足元を汚す。

ぷるを詰まらせる。

門前の流れを止める。

その混乱の間に、別の者が牧人を狙う。


そういう作戦だった。


だが、ぷるは荷車を見る前に、もう動いていた。


ぷるん。


ぷるは荷車の足元に広がった。


男が息を呑む。


「何だ、こいつ」


ベロが鍋の前から言った。


「ぷる先生」


男は一瞬、戸惑った。


「先生?」


その間に、ぷるが袋の底へ伸びる。


毒粉だけを吸った。


灰は残した。

干し草も残した。

石灰は、少しだけ舐めてから吐き出した。


ぷるん。


ぷるは不満そうに揺れた。


ベロが顔をしかめる。


「ぷるが嫌がってる」


ザガが男を見る。


「何を持ってきた」


男は逃げようとした。


地面が盛り上がった。


イシコが、受付小屋の横で地面に手を置いていた。


「逃げる道、弱い」


石畳が、男の足の前だけ高くなる。


男はつまずいた。


荷車が傾く。


中の袋が落ちる前に、ゴルムが正面から受け止めた。


大きな腕で、荷車ごと止める。


「荷は、倒すな」


男は顔を上げた。


ゴルムが見下ろしていた。


ザガも横に立っていた。


正面には、二つの壁。


ひとつは人の形。

ひとつは岩の形。


男は、ようやく作戦が終わったことを理解した。


ヒナが上から言った。


「ぷる先生に食品検査に引っ掛かった」


ぷるが、ぷるんと揺れた。


ミズハが水桶を持って近づき、ぷるに水を流した。


「口直しね」


ぷるん。


ぷるは少し元気になった。


ミズハは男を見た。


「毒を混ぜるなら、水でばれるわよ。次からやめなさい」


ザガが言った。


「次があるみたいに言うなよ」


「そうね」


ミズハはにっこり笑った。


「次は、もっと早くばれるわ」


男は顔色を失った。


---


三人目は、雨よけの外にいた。


合図役だった。


笛を持っている。


短く吹けば、外に残っている者が動く。


長く吹けば、失敗。

二度吹けば、撤退。


その笛は、口元まで上がった。


だが、音は出なかった。


ヒナが上から飛んでいた。


羽音もほとんどない。


ヒナの足が、笛を軽く蹴った。


笛は空中でくるくる回り、ナナの足元に落ちた。


ナナが拾った。


「これ」


合図役の男が固まった。


ヒナは雨よけの梁に戻って言った。


「残念でした!」


男は走ろうとした。


その先に、封環層の灰色線が走った。


地面に、細い線が引かれる。


ただの線だった。


ただ、その線の向こうへ足を出した瞬間、男の身体が重くなった。


足が上がらない。


旧石門の奥で、石が低く鳴った。


ごん。


番人の声は聞こえない。


だが、灰色の線が、男の周りを一周した。


ヒナが下を覗き込む。


「門まで参加してない?」


イトが短く言った。


「親父、狙った」

「門、怒った」


牧人は困った顔をした。


「門まで怒るのか」


ザガが言った。


「怒らせたのはあいつらだ」


クロが、低く唸った。


門前の空気が下がる。


三つの首が、同じ方向を向いた。


合図役の男は、その場で座り込んだ。


笛を失ったからではない。


クロが見たからだ。


クロの右が言った。


「動くな」


男は動かなかった。


ヒナが小さく言った。


「若頭の命令が一番効いた」


---


最後の一人は、まだ動いていなかった。


列の後ろ。


地味な外套。


何も持っていないように見える。


だが、イトの糸は、その男だけを長く見ていた。


「本命」


ザガが聞く。


「どれだ」


「後ろ」

「手、空」

「でも、袖、重い」


ナナが戸の前に立つ。


ネムが右奥から顔を出した。


「奥、閉める」


その声で、右奥の寝床側が静かに閉じた。


扉ではない。


ネムの白い胞子が、入口の空気を薄く覆う。

イシコの石が、足元に低い段差を作る。

ミズハの水が、床の灰を落ち着かせる。


怖がっている者が、外を見なくて済むように。


子どもが、騒ぎの音で起きないように。


ネムは短く言った。


「こっち、だめ」


ナナも言った。


「入れない」


男は、その時初めて動いた。


狙いは牧人だった。


牧人は受付小屋の内側にいた。


武器は持っていない。

ザガは少し離れている。

クロは合図役を見ている。

ヒナは上。

イトは梁。


男は、そう判断した。


間違いだった。


牧人の足元には、灰色の線があった。


受付小屋の基礎から伸びた線。

旧石門へつながる線。

本家の門前を、薄く守る線。


男が一歩踏み出した瞬間、その線が光った。


ほんの一瞬。


だが、その一瞬で男の袖口が浮いた。


中から、細い針が落ちた。


毒針だった。


ぷるが、すぐにそれを包んだ。


ぷるん。


針は透明な体の中で、くるくる回る。


ミズハが水を流す。


「毒が強いわね。でも、もう外に出ない」


男の顔が変わった。


それでも、男は走った。


牧人へ向かって。


その前に、ザガが入った。


右から、ゴルムが入った。


上から、ヒナが影を落とした。


梁から、イトの糸が男の肩を取った。


足元から、イシコの石が道を狭めた。


横から、ナナが短く言った。


「止まる」


男は止まれなかった。


止まれなかったから、全員に止められた。


ザガの槍の柄が、男の胸元で止まる。

ゴルムの腕が、逃げ道を塞ぐ。

イトの糸が、両手を上に吊る。

ヒナが首元の後ろへ回る。

イシコの石が、膝の前に段差を出す。

ぷるが足元の毒を吸う。

ミズハの水が、床へ落ちた粉を流す。

ネムが右奥を閉じる。

ナナが戸の前で目を細める。

豪志が不思議なダンスを踊る。


クロが、最後に一歩だけ前へ出た。


それだけだった。


男の膝が崩れた。


牧人は、ようやく男を見た。


「何だ、お前」


男は答えなかった。


答えられなかった。


クロの三つの首が、全部、男を見ていた。


---


四人とも、牧人に触れる前に止められていた。


ぷるん。


ぷるが、まだ少し不満そうに揺れている。


ベロが言った。


「毒入りは、鍋に近づけるな」


ザガが低く言った。


「そこじゃねえ」


「そこも重要だ」


ミズハが頷いた。


「そこも大事ね」


ヒナが笑った。


「うん、大事だ!」


ナナが短く言った。


「親父、狙った」


「俺をか」


牧人が言った。


全員が牧人を見た。


「そうか」


ザガが深く息を吐いた。


「親分、そこはもう少し怒れ」


牧人は倒れた男たちを見た。


「怒るより先に、誰がやらせたか聞かないとな」


クロの右が牙を鳴らした。


「聞く前に折るか」


「折るな」


「少しだけ」


「少しも駄目だ」


ヒナが梁の上で笑った。


「怖っ、折りたがってる」


---


まめじいは帳面を開いた。


「襲撃未遂」

「実行前制圧」

「毒物、刃物、合図笛、偽装荷あり」

「本家側被害、なし」


少し考えてから、付け足す。


「ぷる殿、不快感あり」


ぷるん。


ぷるは同意するように揺れた。


牧人は言った。


「そこも書くのか」


「大事でございます」


ニコは板を出した。


武器はここに置け


それから、少し考えて下に書き足した。


暗殺もだめ


牧人は目を閉じた。


「それは重い」


ヒナが梁の上で笑った。


「当たり前すぎる!」


ザガが言った。


「いや、書いとけ、読めない奴が来た」


ナナも頷いた。


「いる」


ベロも鍋の前から言った。


「鍋に毒もだめ、と書いといてくれ」


ニコはさらに板を出した。


鍋に毒、だめ


牧人は頭を抱えた。


「門前がどんどん物騒になる」


豪志が小声で言った。


「でも、分かりやすいです」


「豪志」


「はい」


「今日、何か言いたいことあるか」


豪志は少し考えた。


「えっと」


全員が見た。


豪志は胸を張った。


「本家の受付は、強いです!」


ヒナが吹き出した。


「イシコ姐さんの勝ちだ!」


イシコは少しだけ誇らしげに頷いた。


「強い受付」


ザガが言った。


「間違ってねえのが嫌だな」


---


捕まった男たちは、雨よけの端に並べられた。


吊られていた一人は、ようやく下ろされた。


だが、手足にはイトの糸が残っている。


イトは梁の上で、静かに見ていた。


「動いたら、上」


男は動かなかった。


ミズハは毒の処理を終え、手を洗っていた。


「毒は全部、水に出して、ぷるが包んだわ。もう飛ばない」


ぷるん。


ぷるは疲れたように揺れた。


ネムが右奥から小さな白い胞子を出す。


「右奥、だいじょうぶ」

「起きてない」


牧人はほっとした。


「そうか、よかった」


ネムは眠そうな目で言った。


「親父、だいじょうぶ?」


「ああ」


ネムは少しだけ牧人を見た。


「うそ」


「嘘じゃない」


イトが梁の上から短く言った。


「親父、手、強い」


牧人は自分の手を見た。


握りしめていた。


ミズハが近づき、水で濡らした布を渡した。


「手を冷やして。怒ってない顔をしてる時ほど、手に出るわ」


牧人は布を受け取った。


「そうか」


クロが横に来た。


三つの首のうち、中央が牧人を見る。


「怒っているのか」


牧人は捕まった男たちを見た。


「俺を狙ったことは、まあいい。でも、右奥に毒が行ってたら困る。子どもが起きてたら、もっと困る。ぷるにも、変なものを食わせた」


クロの右が低く言った。


「それを、怒っていると言う」


牧人は少し黙った。


「そうか、じゃあ、怒ってる。でも、今は怒る時じゃない」


ザガが頷いた。


「まず吐かせる」


ヒナが梁の上から言った。


「取り調べだ」


ザガは言った。


「優しく聞く」


捕まった男の一人が震えた。


ナナが短く言った。


「無理」


「何がだ」


「ザガ、優しく、無理」


ヒナがまた笑った。


「やだ、取り調べ前に信用ゼロ!」


---


男たちは、すぐに口を割った。


強かったからではない。


痛めつけられたからでもない。


本家の全員が、牧人を狙った者を見る目が、怖すぎたからだ。


クロ。

ザガ。

ゴルム。

ナナ。

ヒナ。

イト。

イシコ。

ネム。

ぷる。

ミズハ。

ベロ。

ニコ。


誰も大声を出していない。


誰も暴れていない。


それなのに、全員が静かだった。


それが、一番怖かった。


男の一人が、震えながら言った。


「都市側の……」

「強硬派の……」

「指示で……」


ザガが聞いた。


「誰だ」


男は名前を言った。


まめじいが帳面に書く。


牧人はその名前を聞いても、すぐには反応しなかった。


「またか」


それだけ言った。


ヒナが梁の上で、笑わなかった。


「親父」


「ん」


「今の、笑えないやつ」


牧人は頷いた。


「そうだな」


クロの右が低く言った。


「今度は、潰す」


牧人は言った。


「潰すな」


「またか」


「まただ」


クロの中央が、牧人を見る。


「なら、どうする」


牧人は少し考えた。


「もう、こっちだけで止める話じゃない。外に出す」


ザガが頷いた。


「水越か」


「水越さんと、監察局と、迷宮庁。あと、攻略組にもだな」


まめじいが言った。


「親父殿、外へ出す言葉は慎重に」


牧人は頷いた。


「分かってる」


豪志が真剣に言った。


「これは、歴史が動くやつでは」


ナナが短く言った。


「黙る」


「はい」


ニコが板を出した。


豪志、ここは黙る


豪志は黙った。


本当に黙った。


ヒナが小さく言った。


「今日、二回目の成長……」


---


その頃。


旧石門の奥で、灰色の線が動いていた。


誰も見ていない。


だが、石板には薄い文字が浮かんでいる。


保護対象、攻撃確認。

門前規則、有効。

糸網、毒処理、灰線、機能。

右奥、無事。

外敵、記録。


石板は、それ以上何も書かなかった。


番人の声もしなかった。


ただ、門の奥で、低い音が一度だけ鳴った。


ごん。


それは、怒りではなかった。


確認の音だった。


---


夕方までに、襲撃者たちは引き渡された。


水越の部下が来た。


澄玲は来なかった。


今日は監察局側で、別の記録処理に追われているらしい。


だが、伝言だけは来た。


水越側へ正式共有する。

監察局でも保護対象への襲撃未遂として記録する。

本家側の現場記録は、まめじいの帳面でよい。


まめじいはその伝言を聞いて、少しだけ嬉しそうだった。


「わたくしの帳面が、公的記録の補助でございますな」


牧人は言った。


「嬉しそうだな」


「帳面係でございますので」


ヒナが笑った。


「やだ、まめじいの出世!」


ミズハが水桶を片づけながら言った。


「でも、今日は本当に助かったわね。毒が広がっていたら、右奥が危なかった」


ネムが頷いた。


「右奥、だめ」

「怖いの、入れない」


イトが梁の上で糸を巻き取った。


「糸、増やす」


牧人は見上げた。


「増やすのか」


「増やす。親父、狙う人、多い」


牧人は困った顔をした。


「そんなに狙わなくていいだろ」


ザガが言った。


「狙う側に言え」


クロの右が低く言った。


「言っても聞かん」


ニコが新しい板を出す。


変なものは受付へ


牧人は板を見た。


「受付がかわいそうだろ」


イシコが短く言った。


「受付、強い」


ザガが苦笑した。


「強い受付に全部集まるのか」


豪志が小声で言った。


「本家の受付は、今日も勝ちました」


ナナが見た。


豪志は黙った。


---


夜。


牧人は縁側に座っていた。


クロが隣に伏せる。


三つの首のうち、右はまだ機嫌が悪い。

左は門の方を見ている。

中央だけが、牧人の膝に近い。


牧人は言った。


「今日は、悪かったな」


クロは答えなかった。


牧人は続けた。


「また、俺のせいで騒ぎになった」


右が低く言った。


「違う」


中央も言った。


「違う」


左は黙っていた。


少しして、左が言った。


「狙ったのは、外だ」


牧人は頷いた。


「そうだな」


クロの中央が、低く言った。


「次は、もっと早く止める」


牧人は苦笑した。


「今日も始まる前に止めただろ」


右が牙を鳴らした。


「足りん」


「足りるだろ」


「触れる前に、折る」


「折るな」


ヒナが梁の上で笑った。


「やだ、夜まで同じ会話!」


イトがその横で糸を巻いていた。


「明日、もっと上」

「もっと細い」


牧人は見上げた。


「本当に増やすのか」


イトは頷いた。


「親父、見る」

「みんな、見る」


ミズハが水桶を持って通りかかった。


「水も置いておくわ。毒は二度目の方が面倒だから」


ネムが右奥から顔を出した。


「奥、閉める」

「親父、寝る」


牧人は少し笑った。


「俺まで閉められるのか」


ナナが短く言った。


「寝る」


「はい」


ベロが鍋を片づけながら言った。


「明日の朝は、大根だ」


クロの右が唸った。


「またか」


ヒナが笑った。


「やだ、大根を嫌がる若頭」


牧人は、ようやく少しだけ笑った。


旧石門の奥で、灰色の線が静かに光っていた。


本家の門前に置かれた板が、夜風で少し揺れる。


武器はここに置け

暗殺もだめ

鍋に毒、だめ

変なものは受付へ


牧人はそれを見て、頭を抱えた。


「明日、人が来たらどう説明するんだ」


ザガが答えた。


「今日あったことを言えばいい」


「言えるか」


「言うしかねえ」


その時、旧石門の奥で、石が低く鳴った。


ごん。


ニコが、眠そうな顔で板を一枚出した。


明日、説明


牧人は目を閉じた。


「静かに飯を食わせてくれ」


誰も、すぐには答えなかった。


ただ、本家の全員が、少しだけ笑った。


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