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受付小屋を作ったら、旧石門が開いた


共同告知が出た翌日。


本家の門前には、板が増えていた。


牧人は朝の見回りで、雨よけの柱に並んだ板を順に目で追った。


勝手に連れていかない。

奥、勝手に荒らすな。

ぷるを踏まない。

飯の列で揉めない。

クロに勝手に触らない。

イトを見上げ続けない。


そして、その一番下に、新しく一枚増えていた。


豪志、話を大きくしない


牧人は最後の板を見た。


「豪志だけ名指しなのか」


豪志が胸を押さえた。


「俺、現場ルールになってる……!」


ザガが言った。


「喜ぶな」


ニコは少し考えて、板の下に小さく書き足した。


大事


豪志の顔が明るくなった。


「大事!」


ザガが頭を抱えた。


「違う。注意事項として大事って意味だ」


ヒナが梁の上で笑った。


「やだ、豪志、禁止事項で自己肯定してる!」


ナナが短く言った。


「うるさい」


豪志はすぐに口を閉じた。


三秒で開いた。


「でも、昨日より本家っぽくなりましたね!」


ザガが低く言った。


「だから黙れ」


本家っぽい。


それは、最近の門前に対して、かなり危ない言葉だった。


人が来る。

魔物が来る。

小型種が寝る。

都市側の連絡が来る。

迷宮庁の紙が来る。

物資が来る。

飯を食べて帰る者も来る。


もう、ただの家の門前では済まなくなっていた。


だが、牧人本人は、まだ済むと思っていた。


「家の前が、ちょっと賑やかなだけだろ」


澄玲が手帳を開いたまま言った。


「ちょっと、ではありません」


国枝も物資帳を抱えて頷いた。


「物流としては、すでに小さな中継所です」


まめじいも帳面を持っていた。


「本家側の台帳も、そろそろ入口で分ける必要がございますな」


牧人は三人を見た。


「何で全員、帳面を持ってるんだ」

「今日は、そういう日なのか」


澄玲は手帳を軽く持ち上げた。


「通行証の初日です」


国枝も物資帳を持ち上げた。


「物資搬入の初日です」


まめじいが帳面を胸に抱えた。


「本家台帳でございます」


ヒナが梁の上で笑った。


「やだ、帳面三兄弟!」


国枝がすぐに言った。


「兄弟ではありません」


澄玲も言った。


「三人組でもありません」


ニコが板を出した。


帳面三銃士


ヒナが笑った。


「お笑い芸人みたい!」


ミズハも笑った。


「でも、呼びやすいわ」


牧人は板を見た。


「もう、これでいいだろ」


澄玲は少しだけ悔しそうに黙った。


国枝も、物資帳を開きながら小さく言った。


「板に負けましたね」


カレン本人は、今日は来ていない。


迷宮庁側の確認は、通達だけで届いていた。


正式承認ではない。


正式な避難施設でもなく、中立地帯でもなく、管理区域でもない。


ただし、実務上はそう扱わないと回らない。


澄玲は、それを短く言った。


「正式ではありません」

「でも、入口は整理します」


牧人は眉を寄せた。


「整理って何を」


「通る人」

「泊まる人」

「飯だけの人」

「右奥へ行く必要がある人」

「奥へ近づいてはいけない人」


ニコが、すぐ板を増やした。


通る

泊まる

飯だけ

右奥

だめ


牧人は板を見た。


「最後が強いな」


ナナが頷いた。


「大事」


ザガも言った。


「だめな奴は、だめでいい」


国枝は少し考えた。


「公的な分類ではありませんが、現場の運用としては分かりやすいですね」


澄玲は深く息を吐いた。


「分かりやすさに負け続けています」


---


受付小屋を作ることになった。


牧人は最初、木の棚と雨よけくらいを考えていた。


「この辺に机を置いて、帳面を置いて、雨に濡れなきゃいいだろ」


それを聞いたイシコが、無言で地面に手を置いた。


石が動いた。


低く、重い音がした。


門前の地面から、灰色の石がせり上がる。


一枚。

二枚。

三枚。


あっという間に、腰ほどの高さの壁ができた。


さらに、柱が立った。

さらに、屋根が出た。

さらに、窓が細くなった。

さらに、入口が内側へ折れた。

さらに、横に物見穴のようなものが空いた。


牧人は黙って見ていた。


澄玲も黙っていた。


国枝も黙っていた。


ザガは腕を組んだ。


「イシコ」


「ん」


「小屋って言ったよな」


「聞いた」


「これは何だ」


イシコは短く答えた。


「受付小屋」


ベロが鍋の前から言った。


「砦に見える」


ヒナが梁の上で腹を抱えた。


「受付の防御力が高い!」


豪志は目を輝かせていた。


「すごい! ここで通行証を確認するんですね!」


ナナが短く言った。


「豪志、中に入らない」


「なぜ!」


「うるさい」


「ひどい!」


牧人は受付小屋を見上げた。


石の壁は厚い。


窓は狭い。


入口は一人ずつしか通れない。


屋根は低いが、上から何か落ちても壊れそうにない。


どう見ても、ただの小屋ではなかった。


「もう少し普通に作れないか」


イシコは首を横に振った。


「普通、弱い」


「受付だぞ」


「受付、守る」


「そんなに攻められる受付あるか」


ザガが低く言った。


「最近の本家なら、ある」


牧人は反論できなかった。


澄玲は受付小屋を見ながら、手帳に書いた。


仮受付小屋。

石造。

防御性、高い。


少し迷ってから、最後に小さく足した。


高すぎる。


国枝は物資帳を開いた。


「ここに荷の受け渡し欄を置きましょう」

「生もの」

「保存物」

「薬材」

「灰粉除去済み」

「右奥行き」


ニコが板を作る。


生もの

保存

灰粉なし

右奥


ベロが近づいてきた。


「鍋用も要る」


ニコは頷いて足した。



牧人は板を見た。


「鍋だけ独立してるのか」


ベロは真面目だった。


「重要だ」


カレンがいなくてよかった、と澄玲は少し思った。


いたら、また正式文書に入れるかどうかで悩む。


まめじいは受付小屋の中に入った。


小さな石の棚が、すでに三段あった。


「ほう。帳面置き場までありますな」


イシコは頷いた。


「必要」


まめじいは嬉しそうに帳面を置いた。


「では、こちらを本家台帳」

「こちらを宿泊台帳」

「こちらを飯だけ台帳に」


牧人は眉を寄せた。


「飯だけ台帳いるか」


ベロが即答した。


「要る」


「何でだ」


「飯だけの顔を覚える」


ザガが言った。


「怖いことを普通に言うな」


ミズハが言った。


「どんな人が来たかを記録するのは重要ね」


---


澄玲は通行証を作った。


木札ではなく、薄い灰紙に印を押す形だった。


通行。

滞在。

右奥確認。


三種類だけだった。


牧人はそれを見た。


「思ったより少ないな」


澄玲は言った。


「現場で回る数だけにしました」


ニコが板を持ってきた。


紙も見る


澄玲はそれを見て頷いた。


「はい。そうです」


ヒナが笑った。


「やだ、澄玲さんがニコの板に合わせてきた!」


ローはいなかった。


昨日の共同告知まわりで、配信ではなく確認済みの広報素材を整理する仕事に回されていた。

本人は不満そうだったらしい。


その代わり、豪志が受付小屋の前でやたら張り切っていた。


「俺、受付の練習をします!」


ザガが言った。


「するな」


「いらっしゃいませ! 開店セール中です!」


「うちは、店じゃねえ!」


豪志は通りかかった小型種に向かって、満面の笑みで言った。


「ご用件は何でしょうか!」


小型種は固まった。


ぷるが、ぷるんと前に出た。


ネムが右奥から顔を出す。


「こわがる」


ナナが豪志の襟をつかみ、受付小屋から引き離した。


「向いてない」


豪志はショックを受けた。


「受付、向いてませんか」


ヒナが梁の上で言った。


「豪志は受付というより、受付前で止められる側だよね」


「そっち!?」


ニコが板を一枚出した。


豪志、受付しない


豪志は板を見た。


「また名指し!」


ザガは頷いた。


「必要だ」


---


昼前には、受付小屋は動き出した。


最初に来たのは、物資を運ぶ人間だった。


国枝が帳面を見る。

澄玲が通行証を見る。

まめじいが本家側の記録に写す。

ニコが板を動かす。

ぷるが灰粉を落とす。


流れは、思ったよりうまくいった。


ただし、受付小屋はやはり強すぎた。


物資運びの男が、石の窓口の前で固まった。


「ここで、名前を」


中から、まめじいの声がした。


「はい。お名前を」


「……取調べですか」


まめじいは首をかしげた。


「受付でございます」


男は石壁を見た。


細い窓を見た。

厚い扉を見た。

横の物見穴を見た。


「本当に受付ですか」


イシコが横から短く言った。


「受付」


男はさらに固まった。


ヒナが梁の上で笑った。


「受付が信用されてない!」


牧人は頭を抱えた。


「だから普通に作れって言っただろ」


イシコは揺るがなかった。


「普通、弱い」


「受付は弱くていいんだよ」


「だめ」


「何がだめなんだ」


「受付、抜かれたら困る」


ザガが腕を組んで言った。


「言い方は物騒だが、間違ってはいない」


ミズハが水桶の横で笑った。


「受付なのに、ずいぶん頼もしいわね」


牧人はますます困った顔になった。


「受付を抜くって何だ」


ナナが短く答えた。


「奥に行く」


牧人は黙った。


それは困る。


「……じゃあ、少し強くていい」


イシコは頷いた。


「少し強い」


ザガが受付小屋を見た。


「少しでは、ないけどな」


ヒナが笑った。


「少しってことで、妥協しよう」


---


昼過ぎ、イシコは最後の仕上げに残っていた。


午前のうちに小屋の骨格は建ち上がっていたが、基礎の角だけが、まだ一つ空いていた。


イシコは石の塊を持ってきた。


灰色の石だった。


他の石より少しだけ冷たく、表面に細い筋がある。


牧人には、ただの石に見えた。


だが、イシコはその石だけ、両手で慎重に持っていた。


「それ、何だ」


「下の石」


「下の石?」


「古い」


イシコはそれを、基礎の角にぴたりとはめた。


「これで、落ちない」


牧人は見ていた。


「落ちる予定だったのか」


「揺れるから」


「受付小屋だぞ」


「揺れる」


イシコがそう言った瞬間だった。


石の筋が、ぴくりと光った。


灰色の線が、基礎の下を走った。


イシコが顔を上げる。


イトが梁の上で動きを止める。


ぷるが、ぴたりと揺れを止める。


クロの三つの首が、同時に奥を向いた。


牧人も、遅れて気づいた。


「何だ」


地面の下を、細い線が走っていた。


受付小屋の基礎から。

門前の石畳を抜けて。

右奥の方へ。

さらに奥へ。


旧帳場の方へ。


澄玲が息を呑んだ。


「石脈……?」


まめじいの顔が変わった。


「受付小屋の基礎が、古い石脈に触れましたな」


牧人は意味が分からない顔をした。


「受付を作っただけだぞ」


ザガが低く言った。


「親分がそれを言う時は、だいたい何か起きる」


ミズハが軽く笑った。


「また、なにか起こるのね」


ナナが戸の前に立つ。


イシコは地面に手を置いた。


「奥、つながった」


その言葉と同時に、旧帳場の奥で、低い音が鳴った。


ごん、と。


石が石を押す音。


重く、古い音。


右奥にいたネムが、眠そうな顔のまま振り返った。


「奥、起きた」


イトが梁から降りて、糸を旧帳場の方へ伸ばした。


しばらく黙る。


それから、短く言った。


「奥、また開いた」


牧人は目を閉じた。


「だから、受付を作っただけだぞ」


ヒナが小さく笑った。


「親父、それ、もう言い訳にならないよ」


澄玲は手帳を開いた。


だが、すぐには書けなかった。


受付小屋。

通行証。

台帳。

物資帳。

現場運用。


そのための小さな建物が、封環層の奥に触れた。


本家の入口を整理しただけなのに、迷宮側では次の門が開いた。


旧帳場の奥。


石板に、薄い文字が増えていた。


仮記録。

受付、設置。

通行、確認。

本家門前、接続。

奥部石脈、反応。

旧石門、開く。


牧人は、その文字を読んでいない。


ただ、遠くで開いた石門の音だけが、本家の奥から、ゆっくり戻ってきた。


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