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澄玲、都市防衛局に噛みつく


市属ダンジョン監察局の一次記録は、朝になる前に都市防衛局へ共有された。


守谷牧人を対象とした襲撃未遂。

毒物混入疑い。

刺突器具。

合図筒。

そして、都市側の臨時避難整理補助札。


澄玲は、最後の一行で指を止めた。


強硬派筋の関与疑い。


三度読み返した。


三度目で、椅子から立った。


同僚が顔を上げる。


「久慈野さん?」


「都市防衛局へ行きます」


「今からですか」


「今からです」


「正式な照会は」


「後で出します」


「順番が逆です」


澄玲は鞄を持った。


「暗殺の順番も、正式ではありません」


同僚は何も言えなかった。


澄玲は腕章を巻き直し、記録封筒を手に取った。


封筒の中には三つ。


自分の一次記録。

ローの記録石の写し。

襲撃者から出た筒と札の記録。


そして、別紙。


臨時避難整理補助札の発行経路。


そこに、都市防衛局内の強硬派に近い名前があった。


---


都市防衛局の会議室は、いつもより人が多かった。


水越篤臣は、会議卓の中央に座っていた。


都市防衛局・警備統括官。

現場判断と警備配置を握る実務側の責任者。


顔色は変わらない。

だが、机の上に置かれた報告書の角だけが、綺麗に揃えられていた。


澄玲はその正面に立った。


会議室の奥に、強硬派の局員たちがいる。


そのうち一人が、先に口を開いた。


「市属ダンジョン監察局が、ずいぶん早いお越しですね」


澄玲はその男を見た。


「早い方がよろしいかと思いました」


「我々にも調査があります」


「はい。ですから、調査の前に、事実確認をします」


男の眉が動く。


「事実確認?」


澄玲は封筒を机に置いた。


「昨日、冥門組本家門前で、守谷牧人への襲撃未遂がありました」


会議室が少し静かになる。


別の局員が言った。


「未遂でしょう」


澄玲はそちらを見た。


「未遂なら、違法性が消えるのですか」


誰もすぐには答えなかった。


水越は黙っていた。


澄玲は続けた。


「使用された筒は、合図筒として使われる型です」


「刺突器具には毒物混入の疑いがあります」


「襲撃者は、都市側の臨時避難整理補助札を所持していました」


「その発行経路に、都市防衛局内の強硬派筋と接点があります」


男が鼻で笑った。


「接点、ですか。強い言葉ではありませんね」


「では、もう少し強い言葉にします」


澄玲は封筒から一枚抜いた。


「都市側の制度を使って、民間人を脅迫し、冥門組本家の情報を抜かせた疑いがあります」

「さらに、その流れの先で、守谷牧人個人を狙った襲撃が実行されました」


強硬派の男が、口元だけで笑った。


「襲撃とは、決めつけでは」


澄玲は、その男を見た。


「毒物混入疑いのある刺突器具」

「合図筒」

「都市側の臨時避難整理補助札」

「対象は、守谷牧人個人」


会議室が静まった。


澄玲は続けた。


「これは警備判断ではありません」

「都市防衛でもありません」

「民間人を狙った、計画的な襲撃です」


男の笑みが少し薄くなった。


「冥門組本家は、通常の民間施設ではない」


「だからといって、守谷牧人個人への秘密裏の襲撃が許されるわけではありません」


澄玲の声は冷たかった。


「都市防衛局に、守谷牧人を暗殺する権限はありません」

「命令書があればよい、という話でもありません」

「そんな命令書が存在するなら、その命令書ごと問題になります」


強硬派の男が、机の上で指を組んだ。


「言葉が強すぎますね、久慈野監察官」

「こちらは都市の安全を考えている」


「都市の安全を考えるなら、なおさらです」


澄玲は即答した。


「保護制度を脅しに使い、非公式に情報を抜き、個人を襲撃させる」

「それが都市防衛局のやり方だと外に見えた時点で、都市側の信用は崩れます」


男の顔が固くなる。


澄玲は続けた。


「しかも相手は、封環層と接触しています」

「灰環大迷宮の旧帳場に仮記録されている場所です」

「そこで中心人物を狙えば、何が反応するか分からない」


水越が、そこで初めて顔を上げた。


「久慈野監察官」


「はい」


「言葉を選べ」


澄玲は水越を見た。


「選んでいます」


「なら、もう一度言え」


澄玲は少し間を置いた。


「都市側の関係者が、正式な手続きを経ず、守谷牧人個人を秘密裏に襲撃させた疑いがあります」


水越は目を細めた。


「それでいい」


強硬派の男が苛立ったように言った。


「水越統括官。今の発言を許すのですか」


水越は男を見た。


「許すも何も、事実確認から逃げているのは君だ」


男は黙った。


水越は続けた。


「都市防衛局は警備組織だ」

「暗殺組織ではない」

「その違いを説明しなければならない時点で、相当まずい」


会議室の空気が冷えた。


男は、低く言った。


「我々は、被害を未然に防ごうとしただけです」


「未然防止と襲撃は違う」


水越の声は荒くなかった。


「都市防衛の名を使うなら、そこを間違えるな」


「しかし」


「刺突器具と合図筒を持たせて、対象個人へ近づけた」

「それを警備判断と呼ぶつもりなら、君はもう現場判断を語るな」


男は黙った。


水越は副官へ視線を向けた。


「襲撃に関わった者の接触記録を保全しろ」

「臨時避難整理補助札の発行経路もだ」

「今この時点から、破棄された記録は証拠隠滅として扱う」


副官が短く頭を下げた。


「了解しました」


水越は男へ視線を戻した。


「確認中という言葉で時間を稼ぐな」

「これはもう、都市防衛局の内部問題だ」


会議室の空気が、さらに冷えた。


強硬派の男は、すぐには言い返さなかった。


水越は副官へ視線を向けた。


「この時点で、都市防衛局の内部案件にする」


副官が短く頷く。


「はい」


「臨時避難整理補助札の発行経路を洗え」

「昨日の襲撃未遂に関わった外部協力者を全員押さえろ」

「強硬派筋の私的連絡記録を保全しろ」

「証拠隠滅が出れば、容赦しない」


会議室がざわついた。


強硬派の男が顔色を変える。


「水越統括官、それは」


「君たちが都市防衛局の名を使っていなければ、堂々としていればいい」


男は黙った。


水越は続けた。


「都市防衛局は、都市を守るための組織だ」

「都合の悪い相手を、手続きの外で消す組織ではない」


強硬派の男は、唇を固く結んだ。


水越は、そこで澄玲を見た。


「久慈野監察官」


「はい」


「市属ダンジョン監察局の一次記録を、正式な共有記録として提出し直せ」


「提出します」


「ただし、言葉は選べ」


澄玲は一瞬だけ黙った。


「強い言葉を避けろ、という意味ですか」


「違う」


水越は言った。


「怒りで、使える記録を壊すなという意味だ」


澄玲は動きを止めた。


水越は続けた。


「君の記録は必要だ」

「だから、感情で雑にするな」


澄玲は、少しだけ息を吸った。


「……承知しました」


「それから」


「はい」


「君はしばらく現場から外れる可能性がある」


澄玲の顔が変わった。


「なぜですか」


強硬派の男が、わずかに笑った。


水越は、その笑いを無視した。


「君が本家に寄りすぎている、と判断する者が出る」


「私は」


「分かっている」


水越の声は硬かった。


「だが、そう見える」


澄玲は黙った。


水越は言った。


「だから、記録で立て」

「感情ではなく、記録で戻ってこい」


澄玲は手帳を握った。


「現場から外されれば、保護対象の確認が遅れます」


「外されないようにしろ」


「どうやって」


「私ではなく、上を納得させろ」


水越は淡々と言った。


「市属ダンジョン監察局・特別保護監察官として」


澄玲が顔を上げた。


水越は続けた。


「君は、そのための肩書きで現場に立っている」


「私個人ではなく、職務として、ですか」


「そうだ」


水越は机の上の記録封筒を指で押さえた。


「君を外したい者は出る」

「だから、個人ではなく職務で戻れ」

「感情ではなく、記録で戻れ」


澄玲は、しばらく水越を見ていた。


敵ではない。

味方でもない。


都市防衛局の警備統括官として、必要な線を引いている。


そして、その線の引き方を、彼女に渡そうとしている。


澄玲は、ようやく頷いた。


「分かりました」


---


会議が終わった後、澄玲は廊下で足を止めた。


窓の外に、灰環大迷宮の方を見た。


方向を見ただけだ。

本家はここからは見えない。


だが、雨よけの下の光景は、まだ頭に残っていた。


襲撃者に飛びかかったザガ。

止まったクロの牙。

水を止めたミズハ。

右奥を守ったナナ。

子どもを伏せさせたネム。

筒を塞いだぷる。

そして、土の前で、畝の話をしていた牧人。


澄玲は手帳を開いた。


白いページに、短く書く。


本家は危険。

ただし、秘密裏に壊してよい対象ではない。


次に、もう一行。


本家は問題。

ただし、必要な問題である。


そこまで書いて、手が止まった。


前にも、似たようなことを書いた。


けれど、今は重さが違う。


背後で声がした。


「久慈野監察官」


水越だった。


澄玲は振り返る。


「水越警備統括官」


「今日は噛みついたな」


「必要でした」


「そうか」


水越は窓の外を見た。


「君の立場は悪くなる」


「承知しています」


「それでも戻る気か」


「はい」


「本家へ」


「現場へ、です」


水越は少しだけ目を細めた。


澄玲は言い直さなかった。


水越は、それ以上追及しなかった。


「戻るなら、次はもっと厄介になる」


「でしょうね」


「本家側も、都市側も、君を都合よく使おうとする」


「使われるつもりはありません」


「なら、使え」


澄玲は水越を見た。


水越は淡々と言った。


「記録を使え」

「制度を使え」

「名前を使え」

「市属ダンジョン監察局・特別保護監察官という立場を使え」


澄玲は黙った。


「君が感情で立てば、折られる」

「立場で立てば、折れにくい」


水越は歩き出した。


「以上だ」


澄玲は、その背中に言った。


「水越警備統括官」


水越は止まる。


「あなたは、本家をどう見ていますか」


水越は振り返らなかった。


少しだけ間があった。


「危険だ」


「はい」


「だが十分に理解せず、騒いでいるだけ馬鹿どもに触らせるのは、もっと危険だ」


それだけ言って、水越は歩いていった。


澄玲は、廊下に残った。


手帳を閉じる。


腕章を巻き直す。


市属ダンジョン監察局。

特別保護監察官。


その文字が、今日は少しだけ重かった。


---


その日の夕方、本家にはまだ連絡が届いていなかった。


牧人は畑を見ていた。


ザガは門前に立っている。

クロは雨よけの外で伏せている。

ベロは鍋を見ている。

ヒナは梁の上で、遠くを見ている。


ネムが右奥から顔を出した。


「澄玲、来ない?」


牧人は顔を上げた。


「今日は来ないのか」


まめじいが言った。


「都市側で揉めておるのでしょうな」


「揉めてるのか」


「親父殿の件ですからな」


牧人は少し困った顔をした。


「俺のせいか」


ザガが即答した。


「違う」


クロの右も言った。


「違う」


ベロも鍋の前から言った。


「違うな」


ヒナが梁の上で言う。


「やだ、全員即答」


牧人はますます困った顔をした。


「そうか」


ニコが板を持ってきた。


親分、畑に行くとき声をかける


牧人は板を見た。


「畑に行くくらいでか」


ザガが即答した。


「行くくらいでだ」


豪志が柱の陰から勢いよく手を上げた。


「親分さん! 俺が付き添います!」


ナナが即座に言った。


「駄目」


「なぜ!」


「うるさいから」


「理由がひどい!」


豪志は胸を張った。


「でも俺、親分さんの畑護衛ならできます! 敵が来たら全力で叫びます!」


ベロが鍋をかき混ぜながら言った。


「畑の野菜がしおれるからやめろ」


「俺の声、農作物に悪影響!?」


ヒナが梁の上で吹き出した。


「豪志、害獣じゃなくて害声!」


「ひどい!」


豪志が害声で言った。


「じゃあ、親分さんが鍬を持ったら、叫びます」


牧人は鍬を見た。


「なんで?畑に行くだけだよ」


ミズハが水桶の横で笑った。


「畑には行っていいのよ。一人で行かないでってことよ」


ナナが短く言った。


「でも、親父が鍬持つと、何か起こりそう」


イシコも頷いた。


「鍬、強そう」


ヒナが腹を抱えた。


「やだ、親父の鍬が警戒対象!」


ニコはさらに板を出した。


親父、知らない人に近づかない


ザガが頭を抱えた。


「子ども向けの注意みたいになってきた」


豪志がまた手を上げた。


「俺、知らない人が来たら聞きます! あなたは親分さんを狙ってますか、って!」


ザガが即答した。


「聞くな」


「なぜ!」


「狙ってる奴が、はいって言うわけねえだろ」


豪志は少し考えた。


「じゃあ、怪しいですねって言います」


「それも言うな」


ミズハが笑いながら言った。


「でも、そうやって怪しい奴に声をかけるのは、防犯上、効果的だわ」


イシコが言った。


「確かに」


豪志は胸を押さえた。


「俺、本家に必要とされてますよね」


ネムが右奥から顔を出した。


「いる」

「でも、静かに」


豪志は小さく拳を握った。


「必要とされた!」


「静かに、も聞け」


ザガが言った。


本家の空気は、まだ少し固かった。


それでも、ほんの少しだけ、息が戻った。


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