追い出さないと言ったら、外で勝手に“中立地帯”と呼ばれていた
朝、本家の門前に列が三本できていた。
一本目は飯の列。
二本目は足裏検査の列。
三本目は、休ませてほしい者の列だった。
三本目は、昨日まではなかった。
「混ざってんぞ」
ザガが言った。
「混ざってますな」
まめじいが言った。
「分ければいいだろ」
牧人が言った。
ニコが板を三枚出した。
飯
足
休む人
三枚目だけ、少し斜めだった。
「休む人、って何だよ」
ザガが言った。
「休みたい人」
ニコが言った。
「なんで、そんな列があるんだよ」
「でも、いる」
いた。
門前の端に、十人ほど座っていた。
飯を求める者ほど前へ出ず、足を見せる者ほど動きもしない。
ただ、外に戻るのが怖いのか、壁際に寄って座っている。
その中に、小柄なものが三体混じっていた。
石ころに足が生えたようなもの。
骨の欠片が丸まったようなもの。
薄い茸の傘をかぶった、小さな菌魔。
三体とも、互いの背に額をつけて、丸くなっていた。
ヒナが梁の上で翼を止める。
「やだ、奥の小さいのが混ざってる」
ザガが槍を持ち直した。
「封環層の小型種だな」
イトが梁の奥から言った。
「小さい」
「こわい」
「でも、来た」
まめじいが目を細める。
「言葉は、たぶん分かりませぬ」
ネムが少し近づいて、しゃがんだ。
しばらく何も言わずに見ていた。
それから戻ってきて、短く言った。
「こわい」
「大きい牙、こわい」
ザガがクロを見る。
「若頭のことか」
ネムは頷いた。
「こわい」
クロの右の首だけが、小柄な三体を一度見た。
それから、そっぽを向く。
左と中央は動かなかった。
右が低く言った。
「俺は何もしてねえ」
ヒナが吹き出した。
「やだ、若頭が気まずそう」
「気まずくねえ」
小柄な三体は、さらに丸くなった。
牧人はそれを見て、少し考えた。
「暴れないなら、そこにいればいい」
まめじいが顔を上げた。
「親父殿。あれらは本家の者ではございませぬ」
「見れば分かる」
「どこの配下かも分かりませぬ。封環層側から流れてきたものかもしれませぬ」
牧人は小柄な三体を見た。
飯を奪うわけでもない。
人に飛びかかるわけでもない。
ただ、外へ戻るのが怖いように、端で丸まっているだけだった。
「じゃあ、なおさら追い出す理由がない」
まめじいは黙った。
ザガが槍を少し下げる。
「今のところは、な」
「暴れたら止める。暴れないなら、追い出さない」
門前が、少し静かになった。
ヒナが小さく言う。
「親父、相変わらず来る者拒まずだね」
「そういうわけじゃない」
牧人は言った。
「追い出す理由がないだけだ」
まめじいが低く息を吐いた。
「それが、少々厄介でございます」
「何でだ」
「本家の者でも、配下でも、客分でもない。封環層側から来た小型種を、暴れぬ限り置くと言うたのです」
牧人は首をかしげた。
「追い出さないって言っただけだ」
「外では、それを宣言と呼ぶ者がおります」
「呼ぶな」
「呼ばれます」
ニコが板を持ち上げた。
中立地帯
ザガが怒鳴った。
「書くな!」
ニコは素直に頷いた。
少し考えて、書き直す。
だいたい中立
「もっと駄目だ!」
ヒナが梁の上で腹を抱えた。
「やだ、だいたい中立って何!」
ニコは書き直す。
よそはよそ、うちはうち
ザガが、天を仰いだ。
「急に、お母さんの理屈を持ち出すな!」
ヒナが梁の上で腹を抱えて羽をばたつかせた。
「分かりやすい」
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昼前、知らない男が一人、門前に立った。
手ぶらだった。
「冥門組が、追い出さねえ場所を作ったって聞いた」
男は言った。
「本当か」
ザガが答える。
「追い出さねえ場所、ってのは何だ」
「だから、ここだろう」
牧人が言った。
「ここは本家の前だ」
男は少し黙った。
「本家の前、ねえ」
そう言って、帰っていった。
ヒナが梁の上から言う。
「今の人、何しに来たの?」
まめじいが答えた。
「名前をつけに来たのでしょうな」
「勝手に?」
「外は、名前をつけるのが早いですからな」
ザガが舌打ちした。
「ろくな名前じゃねえぞ」
ニコが板を抱え直した。
だいたい中立
ザガが睨む。
「それ、外に向けるな」
ニコは板を裏返した。
裏には、さっきの文字が残っていた。
中立地帯
「裏返すな!」
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午後、別の男が来た。
今度は荷を背負っていた。
米。
毛布。
水桶。
寝床用の藁。
「お互い様で」
男は言った。
「こちらも支援を出します。その代わり、通り道を一本と、記録石を一つ、置かせていただければ」
ザガが即答した。
「いらねえ」
「米は」
「いる」
「では」
牧人が言った。
「米は国枝さんが運んでくる。あんたの米はいらない」
男の笑顔が少しだけ固まった。
「条件を聞く前に断るのですか」
「通り道を一本、って言っただろ」
「人の流れを整理するだけです」
「ここに来るやつを、あんたが選ぶってことだろ」
男は黙った。
ザガが低く言う。
「親分、そいつは場所を借りたいんじゃねえ。入口を握りたいんだ」
牧人は男を見た。
「じゃあ、なおさら駄目だな」
男は笑顔を戻そうとした。
「混乱を避けるための管理です」
「ここへ来るかどうかは、来るやつが決める。中で暴れたら、こっちで止める。あんたが入口に立つ理由はない」
男は、今度こそ黙った。
「では、記録石だけでも。記録は透明性を生みます」
澄玲が前に出た。
「避難している者の姿を記録するなら、本人たちの同意が必要です」
「支援記録です」
「名称を変えても同じです」
ザガが槍を少しだけ持ち上げた。
「帰れ」
男は荷を背負い直した。
門前を離れる直前、もう一度だけ振り返る。
「ここ、何て呼ばれているか知っていますか」
誰も答えなかった。
男は言った。
「中立地帯、と」
門前が、少しだけ止まった。
ザガが、ゆっくりニコを見た。
ニコは板を抱えたまま、首をかしげた。
「同じ」
「同じじゃねえ」
ザガが低く言った。
「お前が書いたから外に出たみたいになるだろうが」
ヒナが梁の上で腹を抱えた。
「やだ、答え合わせみたいになってる!」
牧人は男の背を見送ってから言った。
「うちはそんな名前じゃないぞ」
まめじいが静かに言った。
「外では、もう名前が先に歩いておりますな」
「歩かせるな」
「止める足がございませぬ」
男の靴底に、薄い灰がついていた。
ぷるが動く。
ぷるん。
男の足元へ行き、灰だけを取った。
男は固まった。
ヒナが言う。
「やだ、断った相手にも足裏検査するんだ」
牧人は頷いた。
「外に灰が出ると困るだろ」
男は、何とも言えない顔で頭を下げ、今度こそ帰っていった。
豪志が小声で言う。
「断り方まで丁寧だと、怖さが増しますね」
ナナが言った。
「豪志、黙る」
「はい!」
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夕方、ローと国枝が門前に来た。
ローは、来るなり頭を抱えていた。
「外、もう名前がついてる」
ザガが嫌そうに聞く。
「何がだ」
「本家の門前」
ローは、飯の列と、足の列と、休む者たちを見た。
「飯が出る。灰粉を取ってくれる。雨よけもあるし、人も小さい魔物も、暴れなければ追い出されない」
そこで一度、息を吐く。
「だから、外では中立地帯って呼び始めてる」
門前が止まった。
ヒナが叫んだ。
「やだ、名前ついた!」
牧人は首をかしげた。
「中立地帯なんて作ってないぞ」
「分かってます」
ローは頷いた。
「でも外では、そう呼んでる。冥門組の中立地帯って」
ザガがニコを見る。
ニコは板を抱えて、少しだけ目をそらした。
「同じ」
「同じじゃねえ」
ザガが低く言った。
「お前は今、黙ってろ」
まめじいが静かに言った。
「親父殿が名付けたわけではございませぬ。ですが、外は先に名をつけます」
牧人は困った顔をした。
「追い出さないだけだ」
澄玲が手帳を閉じた。
「はい。ただ、本家の門前で、人も魔物も追い出していません」
「それはそうだな」
「外では、そこだけが残ります」
国枝が静かに言った。
「米は、明日には少し届きます。私の方で動かしました」
ベロが鍋から顔を上げる。
「国枝さん、いつ動かしたんですか」
「ああいう連中が来たあたりです」
「早いな」
「ああいう連中が来た日は、こちらが先に動く方が安全です」
ザガが少しだけ眉を動かした。
「国枝さん、相変わらず行動が早い」
「商人ですから」
ベロは鍋の蓋を閉じた。
「助かります」
国枝は短く頷いた。
「ただし、米は本家への寄贈ではありません。通常の商取引です」
澄玲が手帳を開く。
「記録します」
「お願いします」
国枝はそれだけ言って、また静かに引いた。
ヒナが小声で言う。
「やだ、国枝さん、こういう時ほんと早い」
ミズハが笑う。
「だから頼れるのよ」
国枝は静かに言った。
「必要な分だけです」
ヒナが肩をすくめた。
「完全に商人だ」
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ゴルムが、夕方近くにやってきた。
今日は旧石門の臭いを確認するために呼ばれていた。
もっとも、ゴルムが本家に来ること自体は珍しくない。
門前に入ったゴルムは、すぐに足を止めた。
人間。
小型種。
飯の列。
足裏検査の列。
休む者の列。
いつもの本家より、明らかに混んでいた。
ゴルムは自分の肩を見た。
「俺、通れるか」
ザガが言った。
「通れる。邪魔だけどな」
「邪魔か」
イシコが短く言った。
「大きい者、壁側」
ゴルムは少し考えて、壁側に寄った。
それでも梁に角がこつんと当たる。
ヒナが笑った。
「やだ、ゴルム、いつもより小さく歩いてる」
「小さくはなれん」
「気持ちは小さいよ」
ゴルムは門前の端に丸まっている小柄な三体を見た。
「封環層の小型種か」
まめじいが頷く。
「そのようですな」
「こんなところまで流れてきたのか」
ゴルムは鼻を鳴らした。
「旧石門の臭いが薄く出ている。漏れているというより、残り香だな」
「残り香、ですか」
と澄玲。
「ああ。すぐ暴れる臭いじゃない」
牧人は頷いた。
「なら、今はいいか」
ゴルムは小型種を見て、少しだけ声を落とした。
「こいつらは、戻る場所をなくした顔をしてる」
ヒナが笑いかけて、少し止まった。
「……分かるの?」
「区域を持つ奴は、だいたい分かる」
ザガが鼻で笑う。
「お前、たまに区域ボスっぽいこと言うな」
「俺は区域ボスだ」
「忘れそうになるんだよ。本家に普通に来るから」
ゴルムは少し考えた。
「俺も壁側か」
イシコが頷いた。
「大きいから」
「分かった」
ヒナが腹を抱えた。
「やだ、区域ボスが壁側指定で納得した!」
ゴルムは壁側に座り直した。
「通路を塞ぐよりはいい」
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夜、門前の端で、小柄な三体のうち一体が、肩を震わせ始めた。
「これは、泣く」
ネムが言った。
「泣いたら、どうする」
ザガが聞く。
「泣いたら、少し減る」
「右奥、しずか」
「あそこ、いい」
「連れてけ」
牧人が言った。
ネムが手を出すと、三体のうち一体だけがついてきた。
残り二体は、互いの背に額をつけたまま動かなかった。
イシコが、立ったまま板に何か書いていた。
書き終わって、ニコに渡す。
ニコはそれを柱に立てかけた。
三行あった。
暴れぬこと。
取らぬこと。
泣いたら、右奥。
「規則かよ」
ザガが言った。
「規則だ」
イシコが言った。
それだけだった。
「短けえな」
「短い方が、いい」
澄玲が手帳に、その三行を、今度は迷わず書き写した。
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旧石門が、その夜、少しだけ表示を変えた。
規則、三項、仮記録。
家主、未記入。
待機中。
灰色の線は、門前から右奥へ、夜通し、静かに息をしていた。
外では、冥門組の“中立地帯”という名が、もう一筋増えて広がっていた。
内では、誰もその名を使っていなかった。
牧人は、寝る前にもう一度、列の方を見た。
三本のうち、三本目だけが、まだ少し残っている。
休ませてほしい者の列だった。
「明日も、来るな」
牧人は言った。
「来るな」
ザガが言った。
「来ますな」
まめじいが言った。
門前の端で、二体の小柄なものが、互いの背に額をつけたまま、眠っていた。




