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誘拐されたのが、なんで豪志なんだよ


灰環大迷宮へ入ってすぐの荷確認場は、朝から慌ただしかった。


外輪から届いた便を、そのまま中へ通すわけにはいかない。

数を見る。

包みを見る。

変な粉がついていないかも見る。

国枝市蔵がいる時は、そこが特にきっちりする。


今日もそうだった。


包布。

塩。

干し板。

乾燥芋。

種芋の追加。

少しだけ薬草。


三船ローが包みを数える。


「包布、八。塩、二。干し板、四。芋、六。種芋は別」


「ええ」


と国枝。


「その箱は畑へ回す分です。混ぜぬように」


「分かってるって」


その横で、梶間豪志だけが落ち着いていなかった。


「いやぁ〜、今日はだいぶ働ける気がしますな!」


ローが顔を上げる。


「まだ何もしてないだろ」


「空気を温めてます!」


「いらない仕事だな」


「いやいや、補給ってのは士気が大事なんですよ」


「お前の士気だけ高くても意味ないよ」


豪志はそれでも元気だった。


今日は補給便だ。

つまり冥門組へ行く。

つまり親分さんのところだ。

つまりちょっと頑張れば、だいぶ気に入られるかもしれない。


「しかし最近の俺、だいぶ冥門組に馴染んできてない?」


ローが即答する。


「きてない」


「いや、来てるでしょ。親分さんも俺を覚えてるし」


「うるさいやつとしてな」


「若頭にも、だいぶ顔を覚えられてきたし」


「ないだろ」


「石の姐さんも、この前ちょっと見てくれたし」


「怖い方の"見てくれた"だな」


国枝が荷札を合わせながら言う。


「豪志さん」


「はい」


「変なことだけはしないで下さい」


「変なことって何です?」


「一人で突っ走ることです」


豪志は一瞬だけ黙った。


ローが目を細める。


「今、思いついた顔したな」


「してないしてない」


「したって」


「いや、でもさ」


豪志は木箱を一つ抱えた。


「これ一箱くらい、先に持ってってよくない?」


「よくない」


とロー。


「まだ確認終わってないだろ」


「でも冥門組の本家は、もうすぐだし」


「そこが一番危ないんだって」


「大丈夫だって。道分かるし」


「お前の大丈夫は心配なんだよ」


「今日は大丈夫!」


国枝が顔を上げる。


「豪志さん」


「先に行ってます!」


「待ちなさい」


だが、もう遅かった。


豪志は箱を抱えたまま、先へ行った。


ローが頭を抱える。


「だから止めたのに……」


国枝はため息をついた。


「急ぎましょう」


「うん」


「ただし、残りを開けたままにはできません」


「分かってるよ……」


「嫌な予感しかしませんね」


「めちゃくちゃ不安だよ」


---


豪志は、機嫌よく本家に向かっていた。


「よしよし。こういう地道な働きがあとで効いてくるんですよ」


箱は重い。

でも耐えられないほどじゃない。

本家は近い。

もう少しで着く。


そう思っていた。


思っていたのだが、角の向こうにいたのが悪かった。


北から引き上げる途中の骸骨公領だ。


前哨を退いたあと、グラードは兵を整えながら北の路へ戻っていた。

完全に退いたわけではない。

押し引きは終わったが、冥門組の形は見えた。

次はもっと正しく削る必要がある。


そこへ、箱を抱えたうるさい男が、一人で出てきた。


豪志は止まった。


向こうも止まった。


しばらく、妙な沈黙があった。


豪志が先に口を開いた。


「……あっ」


グラードが一歩だけ前へ出る。


「何者だ」


豪志は箱を抱えたまま、すごい勢いで首を振った。


「いやいやいや、違います違います!」


「何が違う」


「今ちょっと、荷を運んでるだけの通りすがりの者で」


「普通の人間が一人でここを歩くか」


「歩かないですね!」


骨の兵が少しだけざわついた。


豪志は焦った。

そして、焦ると余計なことを言う男だった。


「いや、でも怪しい者ではないんですよ! 俺、あの、冥門組とちゃんと関係あるっていうか!」


グラードの眼窩の火が揺れる。


「あの家の者か」


豪志は言ってから気づいた。


それ、言わない方がよかったのではないか。


でももう遅い。


「いや、者っていうか……その……」


「あの家の者か」


「候補者です!」


「候補?」


「俺、もうすぐ盃もらう予定で――」


ローがいたら「予定なんかねえよ」と即座に潰していただろう。

だがローはいない。


骨の列がまた少しだけざわついた。


グラードは豪志を見る。

箱を見る。

声を聞く。

言葉の軽さも測る。


そして短く言った。


「お前、使えそうだな」


豪志は固まった。


「何がです?」


次の瞬間、手首を骨の手が掴んでいた。

箱が傾く。蓋が外れる。

芋が三つ転がった。


骨の兵の一体が、転がってきた芋を踏んだ。

ぐしゃ、と潰れる。


豪志が叫ぶ。


「あっ、それ冥門組の芋!」


「黙れ」


とグラード。


「いやでも芋が!」


「芋はいい」


「よくないよ! もったいない!」


グラードは一瞬だけ止まった。

何を言われているのか分からなかったのかもしれない。


「連れていく」


とグラード。


「いやいやいやいや! 待って!」


「あの家に通じる者だな」


「通じるけど! でももっとちゃんとした人いるから! 国枝さんとか! ローとか!」


「あとで考える」


「今考えて!?」


豪志はそのまま持ち上げられた。


「待って! 俺ほんとにそんな大物じゃない。ただのチンピラで、下っ端のピラピラのチンピラ――」


「静かにしろ」


「無理だー!!仁義を通せ!」


静かではなかったが、そのまま連れて行かれた。


路には、潰れた芋だけが残った。


---


荷確認場の片づけを終えて、ローと国枝は本家への路を歩いていた。


残りの荷は閉めた。数も合った。

あとは本家へ届けるだけだ。


ローが前を見る。


「豪志、ちゃんと着いてるかな」


「箱一つですからな」


と国枝。


「途中で迷うような距離ではありません」


「だといいけど」


道の途中で、ローの靴が何かを踏んだ。


潰れた芋だった。


ローは黙ってそれを見た。


「……国枝さん」


「ええ」


「これ、うちの芋だよな」


「そうですね」


二人は顔を見合わせた。


「急ぎましょう」


と国枝。


二人は残りの荷を抱え直し、急いで本家へ向かった。


---


本家へ着くと、門前ではベロが鍋を見ていた。


ヒナは梁の上。

ぷるは入口の境目を磨いている。

クロは門前に座ったまま、北を向いている。右の頭だけが、こちらをちらりと見た。

ミズハが包布を分け、ナナが右奥から出てくるところだった。


ローが先に言う。


「豪志、来てない?」


ベロが振り向く。


「来てねえけど」


ヒナが羽を止める。


「どうしたの」


国枝が短く言う。


「荷の確認の途中で、一箱抱えて先へ行きました」


「止めたんだけど」


とロー。


「聞かなかった」


広場が止まった。


牧人が振り向く。


「一人で?」


「はい」


と国枝。


「どっちへ」


とまめじい。


「本家へ向かう路です」


「その途中で、着いていない」


と国枝。


ローが付け足す。


「道に芋が潰れてました。うちの荷の芋です」


ヒナが翼で顔を覆う。


「やだ」


「何だ」


と牧人。


「それ、たぶんヤバイやつ」


ベロが額を押さえる。


「よりによって豪志かよ……」


ミズハが息を吐く。


「何かに巻き込まれたわね」


まめじいの目が細くなる。


「誰かに会ったのでしょうな」


「北の引き際とか?」


とザガ。


「ありえます」


とまめじい。


ローが青い顔で言う。


「豪志、大丈夫だよな」


国枝は少し考えてから言った。


「争った跡が少ないのが嫌ですな。芋だけ残って、人だけ消えております」


「どういう意味だよ」


とロー。


「襲われたならば、何か残るはずです」


と国枝。


「何もないなら、攫われた」


ローは嫌そうな顔をした。


「安心していいのか、それ」


「よくはありません」


と国枝。


「ですが、まだ間に合うはずです」


その時だった。


骨鳥が一羽、門前へ落ちた。


全員がそっちを見る。


骨鳥は骨片を一つ落として、すぐ飛び去った。


ヒナが顔をしかめる。


「来た」


まめじいが拾う。

読む。

顔が、ものすごく嫌そうになった。


「親父殿」


「何だ」


まめじいは骨片を見たまま言った。


「豪志殿、預かる」

「返してほしくば、取りに来い」

「なお、うるさい」


広場が静まり返った。


ローが口を開ける。


「最後いる!?」


国枝が目を閉じた。


「いるでしょうな」


ベロが吹き出しかける。


「くっ……」


「笑うな!」


とロー。


「いや、でも最後が……!」


ミズハも肩を震わせる。


「だいぶマズイけど、すごく豪志らしいわね」


牧人が骨片を受け取る。

もう一度読む。


「"預かる"……か」


「人質です」


とまめじい。


「……そうだな」


「あまり考えている時間はありませんぞ」


「取りに来い、か」


と牧人。


「ええ」


とまめじい。


「待つ気はない、ということでしょうな」


ローがすぐに言った。


「行く」


国枝も続ける。


「私も――」


「行かなくていい」


牧人が骨片をまめじいへ返した。

声は低かったが、迷いはなかった。


国枝が顔を上げる。


「ですが」


「人間が入る喧嘩じゃねえ」


と牧人。


「豪志のことは、こっちで戻す」


ローが止まる。


「……でも」


牧人はローを見た。


「任せろ」


短かった。

だが、それで十分だった。


ローは何か言い返しかけて、言えなかった。

国枝も、そこで口を閉じた。


まめじいがすぐに振り向く。


「イト殿」


梁の上から、小さい返事が落ちる。


「いる」


「先に行きなさい」


とまめじい。


「北の引き路。骨の数。豪志殿がどこへ置かれたか。見えるところまで見て、現地で待つんですぞ」


「みる。待つ」


イトはそのまま、梁から梁へ走った。

壁を蹴り、入口の上を抜け、あっという間に北側の暗がりへ消える。


ヒナが羽を上げる。


「早い!」


「先に目が要りますからな」


とまめじい。


ザガが槍を肩に乗せた。


「じゃあ、こっちはそのまま踏み込むか」


「迎えに行く」


と牧人。


「乗り込むんだろ」


とベロ。


「迎えだ」


と牧人。


「豪志を戻す」


ナナが右奥を見て、すぐ戻る。


「右奥、閉める」


「若い衆、二、残す」


「そうしなさい」


とまめじい。


ミズハが桶を持つ。


「私は行くわよ」


「ええ」


とまめじい。


「水は要るでしょうな」


その時、右奥の仕切りからネムが顔を出した。


小さな毛布を抱えている。

寝床の奥で怯えている小型種たちに掛けていたらしく、毛布の端には白い胞子の粉が少しついていた。


「ネム」


とナナ。


「奥、見る」


ネムは短く言った。


「寝てるの、起こさない」

「起きたの、奥へ戻す」

「外、行かせない」


ヒナが梁の上から目を丸くする。


「ネム、ちゃんと留守番できる?」


ネムは少しだけ頷いた。


「できる。うるさいの、来たら隠す」


「うるさいのって誰」


とベロ。


ネムは少し考えた。


「豪志」


「今そのうるさいのを迎えに行くんだよ!」


ヒナが思わず笑った。

空気が、ほんの少しだけ軽くなる。


まめじいが頷いた。


「では、右奥はナナ殿とネム殿に任せますぞ。若い衆二名は、外へ出さず入口だけを固めなされ」


「やる」


とナナ。


「見る」


とネム。


ネムは毛布を抱え直し、また右奥へ戻った。

小さい背中だったが、今はそれで十分だった。


ベロが鍋の火を落とす。


「俺もだな」


「お前は当然だ」


とザガ。


ヒナが梁から飛び降りる。


「ほんとに乗り込むんだ」


「取り返しに行くだけだ」


と牧人。


「それを乗り込みって言うんだよ」


ぷるが、骨片の落ちた場所をもう磨いていた。

骨の粉が気に入らないらしい。


ヒナが見下ろす。


「ぷる、そういうとこ早い」


ぷるは答えない。

答えないまま、境目をぴかぴかにしていく。


クロはもう北を向いていた。

三つの頭が低い。待つ形ではない。行く形だった。


「前哨の次は誘拐か」


と牧人が呟いた。


「行くぞ」


まめじいが一つだけ付け足す。


「親父殿。主力が出ますと、本家が手薄になりますな」


牧人が止まる。


「……そうだな」


「ゴルム殿に守りをお願いしておきます」


とまめじい。


「あの方、本家に寄る途中でまた寝ておるそうですから、起こせばすぐ来ますぞ」


「また寝てるのかよ」


と牧人。


「寝ております」


「……頼む」


クロが先に立った。三つの頭が同時に北を向く。

イシコは無言で壁から離れた。それだけで、行くと分かる。

ザガが槍を担ぐ。

ミズハが桶を持つ。

ベロが鍋の火を見てから立つ。

ナナは右奥へ戻る。

ヒナは先に天井へ上がる。


国枝が静かに言った。


「……お願いします」


牧人は振り向かなかった。


「任せろ」


その一言を残して、冥門組は北へ動き出した。


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