なんでこんな奴を攫ってきたんだ
骸骨公領の広間は、静かであるべき場所だった。
骨灯は青い。
書記骨は黙る。
門兵も動かない。
静けさそのもので支配を見せる場所だ。
その静けさを、一人で壊している男がいた。
梶間豪志である。
「だから言ってるじゃないですか! 俺を攫っても意味ないですよ!」
書記骨が手を止めた。
「骸骨公」
「何だ」
とヴァルドレイク。
「うるさいです」
「見れば分かる」
豪志は即座に食いついた。
「分かってるなら何とかしてくださいよ!」
グラードが低く言う。
「あの家に通じる者と判断した」
「通じるけど!」
と豪志。
「でも! 俺、わりと下っ端です!」
「盃もらうと言っていたな」
と書記骨。
豪志は止まった。
「……そこはちょっと盛りました」
広間が静かになった。
書記骨がヴァルドレイクを見る。
ヴァルドレイクがグラードを見る。
グラードは少し間を置いて言った。
「盛ったか」
「ちょっとだけですよ!」
門兵の一体がぼそっと言う。
「別のを攫えばよかったのでは」
豪志が即答した。
「そうなんですよ!」
ヴァルドレイクが骨の肘掛けを指で叩く。
「黙れ」
豪志は、止まった。
「はい」
でも、二秒も持たなかった。
「俺、最初から言ってましたからね!?」
書記骨がまた言う。
「骸骨公」
「何だ」
「本当にうるさいです」
その時、骨鳥が一羽、広間へ滑り込んだ。
書記骨が骨片を読む。
「冥門組、動きました」
豪志の顔が明るくなる。
「来た!」
ヴァルドレイクが豪志を見る。
豪志は得意げに頷いた。
「親分! 俺を助けに来た!」
ヴァルドレイクは短く言った。
「前庭へ出せ」
「はい」
とグラード。
「目立つように置け」
豪志が青ざめる。
「待って、カッコよく置いて! 髪型整えたいんだけど、鏡ある?」
ヴァルドレイクは深く息を吐いた。
「……なんでこんな奴を攫ってきたんだ」
書記骨が静かに答えた。
「グラードの判断です」
グラードは何も言わなかった。
何も言わないまま、豪志を担いだ。
豪志だけが最後までうるさかった。
「鏡! ありますか!」
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その頃、冥門組は北へ向かっていた。
先に走ったイトが戻る。
壁から壁へ、小さい影が飛ぶ。
まめじいの肩へ着地すると、耳打ちですぐに報告した。
「なるほど」
まめじいがみんなに伝える。
「豪志殿は無事です」
「無事か」
と牧人。
「ただし、、、」
とまめじいの表情が曇る。
「何か問題があった?」
とヒナ。
「うるさいらしいです」
ヒナが翼を止める。
「うるさい?」
「うるさい」
とイト。
「とにかく元気そうね」
とミズハ。
ザガが槍を担ぎ直す。
「まあ元気なら、まだ間に合うな」
「向こうも、待ち構えておるでしょうな」
とまめじい。
「だろうな」
と牧人。
止まらない。
ザガ。
ミズハ。
ベロ。
イシコ。
ヒナ。
イト。
クロが、牧人の少し前を歩く。
右が低く笑う。
左が低く鳴る。
中央だけが、前だけを見ている。
牧人はクロの背中を見た。
何も言わなかった。
言う必要がなかった。
牧人が小さく言う。
「ゴルム、ちゃんと起きたかな」
「ナナ殿が起こします」
とまめじい。
「起きるのか、それで」
「ナナ殿に起こされて寝てられる者は、冥門組にはおりません」
「……それもそうだな」
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骸骨公領の前庭は、広かった。
骨柱。
骨門。
骨の柵。
白いものが積み上がってできた、王の庭。
そこに兵がいた。
多い。
門前に槍骨が二列。
その後ろに弓骨。
さらに重装骨。
左右の高みに見張り。
奥にもまだ列がある。
ヒナが上で止まる。
「うわ」
「どうしたの」
とミズハ。
「前哨の比じゃない」
「そうでしょうね」
その真ん中に、豪志がいた。
骨の門柱の前。
少し高い石台の上。
縄で縛られ、座らされ、しかも妙に姿勢だけは正されている。
豪志が真っ先に気づいた。
「親分さああああん!」
広い前庭に、まったく似合わない声が響く。
「来たか」
とヴァルドレイク。
高い骨段の上。
骨冠。
青い眼窩。
痩せた王の形。
玉座の前に立っていた。
座って待つ気はなかったらしい。
最初から迎え撃つ立ち方だった。
牧人が一歩前へ出る。
「豪志を返してもらいに来た」
ヴァルドレイクの火が揺れない。
「そのうるさい者をか」
「うるさいな」
と牧人。
「でも、うちと関係のある者だ」
豪志が石台の上から叫ぶ。
「親分さん、ありがとうございます!嬉しいです!」
「騒がしいやつだ」
とベロ。
前庭の空気は、冷たかった。
グラードがその前に立つ。
その後ろで槍骨が揃う。
弓骨も静かに上がる。
ヴァルドレイクは豪志ではなく、冥門組を見る。
「人質一つで、主がここまで来る」
牧人が首を傾げた。
「そりゃ来るだろ」
「それが、うちの親分なのよね」
とミズハ。
ヴァルドレイクの眼窩の火が、ほんのわずかに揺れた。
怒りではない。困惑に近い何かだった。
「……やはり危うい家だ」
「話せるなら話す」
と牧人。
「返す気があるなら、ここで終わる」
ヴァルドレイクは短く答えた。
「話すことはない」
それで終わった。
牧人は小さく息を吐いた。
「……そうか」
ヒナが翼を止める。
「今ので終わっちゃった」
「もともと話す気なんてないのよ」
とミズハ。
ヴァルドレイクは続ける。
「家とは守る場所ではない。従わせるための核だ。恐怖があるから群れは残る。命令があるから境界は崩れぬ」
まめじいが低く言う。
「そこは、最後まで変えませんな」
「変える気がないから敵なんだろ」
とザガ。
クロが前へ出た。
右が低く笑う。
左が鳴る。
中央だけが静かに立つ。
グラードも一歩前へ出る。
前庭の空気が、そこでさらに重くなった。
ヴァルドレイクがクロを見る。
「黒い三つ首」
右が笑う。
「何だ」
「お前から来るか」
中央は答えない。
ただ、前だけを見る。
牧人はクロの背中を見た。
口には出さない。
折るな、とだけ思った。
グラードの胸骨の奥で、王墓刻印が暗く灯る。
豪志が石台の上で、場違いに必死だった。
「いや、ちょっと待って! 今から本当に始まるやつ!?」
「始まるだろ」
とベロ。
「カチコミだー!」
「うるせー、静かにしてろ」
とザガが言うが、豪志のテンションは上がる。
「冥門組だー! カチコミだー!」
ミズハが言う。
「人質がうるさいと緊張感がなくなるわ」
ヴァルドレイクの眼窩の火が強くなる。
「見せてやろう。恐怖のない秩序が、どれほど脆いか」
骨兵の列が鳴る。
ただの足音ではない。揃いすぎている。
ヒナが少しだけ顔をこわばらせる。
「やだ、統率バッチリだ」
牧人は短く答えた。
「確かに、揃ってるな」
ヴァルドレイクの火が揺れる。
「思い知れ」
「どうしてもやるんだな」
と牧人。
「なにを今さら」
ヴァルドレイクが笑う。
「どうも話が合わないな」
と牧人。
前庭の空気が、そこで少しだけ変わった。
ヴァルドレイクは本当に嫌そうな顔をした。
「曖昧で、脆い。だから壊れる」
「違うな」
と牧人。
「支配じゃなく、帰る場所があるから強い」
その一言で、冥門側の空気が変わる。
ザガが槍を下ろす。
ミズハが息を吐く。
ベロが肩を回す。
ヒナが翼を広げる。
イシコが一歩出る。
イトが高みで止まる。
豪志まで、思わず言った。
「……親分、ついて行くぜ」
「ついてくるな」
とベロ。
ヴァルドレイクは、そこで初めて本当に怒った。
王が、一歩前へ出る。
骨の前庭そのものが鳴った。
グラードの刻印が灯る。
槍が揃う。
弓が引かれる。
ヒナが叫ぶ。
「来る!」
ザガが槍を構える。
ミズハが桶を持ち直す。
「いつでもいいわよ」
ベロが豪志を見る。
「絶対動くなよ」
「縛られてるから、動けない!」
「じゃあ騒ぐな」
「それは無理!」
クロが低くなった。
グラードも前へ出る。
牧人はヴァルドレイクをまっすぐ見た。
ヴァルドレイクが言う。
「来い」
牧人は言った。
「豪志を返してもらう」
短い言葉が、前庭の真ん中でぶつかった。
その次の瞬間、
骨と牙と水と糸と、
冥門組の全員が一斉に前へ出た。




