門前まで来たら、もう追い返す
クロとグラードがぶつかったまま、北の路はしばらく膠着した。
膠着している。だが、軽くない。
骨と牙の打ち合う音だけが、広い路に響いている。
前哨隊はまだ本隊を押し出してこない。
だが、それは様子見ではあっても、退く気配ではなかった。
ヒナが高みで翼をばたつかせる。
「やだ、これかなりやなやつ!」
「どれだ」
と牧人。
「若頭が崩れたら一気に来るやつ!」
「そうだろうな」
と牧人。
ミズハが北を見たまま言う。
「向こう、ちゃんと見てるわね。若頭が崩れるか、それともこっちが慌てるか」
ザガが槍を握り直す。
「測ってるってことか」
「そうですな」
とまめじい。
「今はまだ、"どこまで押せるか"を見ております」
右奥の方から、ナナの短い声が飛ぶ。
「音、大きい」
「奥、怯える」
そのすぐ後ろから、ネムの小さな声もした。
「白いの、起きた。毛布、足りない」
ヒナが一瞬だけ振り返る。
「ネムもいるの?」
「いる」
とネム。
「奥、見てる」
ナナが短く頷いた。
「ネム、毛布」
「私、戸」
「やる」
ネムは毛布を抱えて、右奥へ戻った。
声は小さいが、足は迷っていなかった。
まめじいがすぐに振り向いた。
「ベロ殿、鍋を少しずらしなさい。ナナ殿、右奥の戸だけ落とすんですぞ」
「やる」
とナナ言って、ベロも頷いた。
ベロは鍋の位置を少しだけずらした。
ミズハは桶を持った。
イトは壁際へ走る。
牧人は北を見たまま言った。
「中まで入れるな」
誰も聞き返さなかった。
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先に動いたのは、正面ではなかった。
若頭とグラードがぶつかっている、その両脇だ。
前哨隊の左右から、槍骨が二体ずつ、門前の脇を削るように前へ出る。
正面はグラードが抑える。
脇を崩して、中へ流れ込むつもりだった。
ヒナが叫ぶ。
「正面じゃない! 右と左、脇から来る!」
ザガが槍を構える。
「なるほどな。真正面は若頭が止める。だから脇を削る気か」
「いやらしいわね」
とミズハ。
イシコはもう動いていた。
寝床側へ抜ける横道の口へ、無言で立つ。
一体、そこへ踏み込んできた槍骨の胸を、腕一本で止める。
そのまま横へ投げる。
骨が転がる。
すぐ後ろの二体がそれに足を取られる。
ヒナが目を丸くする。
「石の姐さん、簡単に止めた!」
「さすがね」
とミズハ。
「分かりやすくて助かるわ」
右から入ってきた二体は、ザガが受けた。
槍を横に払う。
斬るのではない。
骨の胸をまとめて打つ。
一体目が崩れる。
二体目が巻き込まれる。
その隙に、ベロが鍋蓋で顔面を殴る。
「うわっ」
とヒナ。
「ベロ、それ鍋蓋!」
「分かってるよ! 今それしか持ってねえんだよ!」
右の骨が後ろへ転がった。
「よし」
とザガ。
「よし、じゃないよ。鍋蓋で殴るの初めて見た」
とヒナ。
「俺もだ」
とベロ。
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その時、イトが高く鳴いた。
「弓」
「後ろ、三」
前哨隊の後ろ、弓骨が三体。
正面の押し合いの上から、門前の中へ射線を通そうとしている。
「来るよ!」
とヒナ。
イトは岩の出っ張りへ張りついた。
そこから細い糸を飛ばす。
一本目が先頭の弓骨の脚へ絡む。
引く。
骨が体勢を崩す。
後ろの二体も射線がずれる。
二本目。
三本目。
弓骨同士の腕と弓が絡まる。
一本、矢が上へ抜ける。
一本、壁へ刺さる。
一本、地面へ落ちる。
「よし!」
とヒナ。
「イトえらい!」
「えらい」
とイト。
ベロが鍋蓋を見た。
「なんか俺だけ原始的だな」
「鍋番だからでしょ」
とミズハが笑う。
「関係ねえよ!」
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だが、脇を捌いている間も、正面は止まらなかった。
構図は変わらない。中央が受け、右が喉、左が脚。
だがグラードはまだ崩れない。
胸骨の王墓刻印が暗く光るたび、骨の軋みが消える。
沈むはずの重さが、無理やり立ち直る。
ヒナが叫ぶ。
「硬い! 何あれ!」
「硬いですな」
とまめじい。
「正面で踏みとどまる限り、あれは簡単には落ちません」
グラードの拳が落ちる。
中央が受ける。
嫌な音が鳴る。
右が横から食い込み、左がさらに深く脚を狙う。
グラードが初めて低く言った。
「おまえの忠義は軽くないな」
右が笑う。
「当然だろ」
次の瞬間、グラードの腕が横に払われた。
右が弾かれる。
左が滑る。
中央が正面で押し返す。
ぶつかった音は、岩が正面から噛み合うような音だった。
ザガが低く聞く。
「親分」
「何だ」
「このままでいいのか?」
「ああ」
と牧人。
「ガイコツ戦士、強そうだぞ」
「問題ないだろ」
と牧人。
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前哨隊は、もう様子見ではなかった。
右の槍骨が三体、脇から一気に寄せる。
左の細い骨が寝床側を狙う。
弓骨まで体勢を立て直してくる。
「右増えた!」
とヒナ。
「左もよ!」
とミズハ。
「ナナ殿、戸はそのまま!」
とまめじい。
「開けさせてはなりません!」
「やる」
とナナ。
戸の向こうから、ネムの声がした。
「こっち、平気」
「白いの、丸めた」
「丸めた?」
とヒナが聞き返す。
「毛布で」
「えらい!」
「まだ、震えてる」
とネム。
ナナが戸を押さえたまま短く言う。
「そのまま」
「うん」
ミズハが桶の水を床へ薄く流した。
一面に撒くのではない。
寝床へ抜ける線だけを濡らす。
踏み込んだ細骨が滑る。
一体転ぶ。
二体目も足を取られる。
そこへ、ぷるが行った。
ぷるん、と一度揺れて、転んだ骨の顔に張りつく。
砂と粉を、ずる、と巻き取る。
「ぷる!?」
とヒナ。
ぷるは答えない。
答えないまま、床の汚れを優先する。
ミズハが笑う。
「ほらね」
「何が」
とヒナ。
「お掃除が行き届いている床は強いのよ」
イシコが無言でもう一体を止める。
ザガが右を打ち払う。
ベロの鍋蓋がまた飛ぶ。
「何で今日ずっと鍋蓋なんだよ俺!」
「似合ってるよ」
とヒナがクスクス笑う。
「嬉しくねえ!」
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正面で、ついに山が来た。
グラードの王墓刻印が、もう一度だけ強く光る。
「今ですな」
とまめじいが低く言う。
ザガが右を押し返す。
イシコが左を止める。
ミズハが滑らせる。
イトが弓を絡める。
ベロが鍋蓋を捨てて骨を蹴る。
ぷるは床をきれいにする。
……床を。
そして、正面ではクロが踏み込んだ。
右が喉へ深く入る。
左が脚の継ぎを噛む。
中央が正面から押す。
次の瞬間、グラードの踵が石を削った。
半歩。
さらに半歩。
ヒナが翼を上げる。
「押した!」
「今だ!」
とザガ。
正面が押されたことで、前哨隊の槍が初めて明確に揺れた。
右はザガに崩され、左はイシコに止められ、寝床側はミズハとぷるで滑る。
グラードは、それ以上踏み込まなかった。
片腕を上げる。
前哨隊が止まる。
クロも止まる。
追わない。
追えば、そこでこちらが押し込みすぎになる。
グラードはクロを見る。
「今日はここまでだ」
右が低く笑う。
「負けたんだろ」
「測った」
とグラード。
「お前たちは、脅威となる」
牧人が腕を組んだ。
「測った? うちの何を測ったんだ。飯か?」
「飯を測ってどうするの。戦力よ」
とミズハ。
「……分かってた」
「分かってない顔してましたぞ」
とまめじい。
「そうだ」
と中央。
「だから通さねえ」
グラードはそれ以上言わず、半歩下がった。
前哨隊も下がる。
乱れずに。
だが、来た時より明らかに勢いを落として。
ヒナが大きく息を吐く。
「やっと引いた!」
ベロが鍋を抱え直す。
「今度こそ終わったか?」
「今日はね」
とミズハ。
ナナが右奥から戻る。
「白いの、落ち着いた」
「よかった」
とヒナ。
「ナナもおつかれ」
ナナは短く頷いた。
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クロが戻ってくる。
門番は仕事を果たした。
牧人はクロを見た。
何も言わなかった。
右が笑う。
左が低く鳴る。
中央が一度だけこちらを見て、門前に座り直した。
ぷるが、その足元の床をもう磨いていた。
ヒナが見て笑う。
「戦のあとでも働き者」
ぷるは答えない。
境目がきれいなら、それでいいらしい。
ベロが鍋の蓋を拾い上げた。
「……凹んでる」
「そりゃそうでしょ」
とミズハ。
「明日までに直るかな」
「直らないわよ」
ベロは凹んだ蓋をしばらく見てから、静かに鍋に戻した。
「はいはい。若頭も、とりあえず飯だ」
「そうだな」
と牧人。
クロの右だけが、まだ北を見ていた。




