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まだ最深部に名乗っていない


外輪の裏で小遣い稼ぎをしているチンピラが三人、旧保全路の古い口から中へ入った。


正規の便ではない。

監察局の札もない。

無断で侵入してきた。


外輪の闇業者に金を払って、古い抜け道の入口を教えてもらった。


会談のあと、本家地下への三路は不戦扱いになった。

監察局の巡回も増えた。

石律機構の封鎖も入った。


つまり、まともな人間はもう入れない。


入れないから、中に残っているものの値が跳ね上がる。

古い骨片でも、捨てられた素材でも、封鎖の前に拾えれば倍で売れる。

その噂だけで、三人は動いた。


だから、通路の真ん中に座っていた灰色の塊を、ただの石だと思った。


だが、それはゴルムだった。


本家にお邪魔して飯を食ったあと、自分のシマへ帰る途中だった。

保全路の角が寝心地よかったらしく、そのまま座って寝ていた。


一人目が笑う。


「何だ、置物か?」


二人目が槍を向ける。


「邪魔なら砕けばいい」


三人目だけが、少し嫌な顔をした。


「……待て。これ、生きて――」


遅かった。


石の肩が、ぴし、と鳴った。


ゴルムが顔を上げる。


目の奥に、暗い火みたいな光が入る。


二人目が槍を突き出した。

ゴルムは避けない。

腕で受ける。


嫌な音がした。


槍は入らない。

素手で掴む。


次の瞬間、ゴルムの腕が一度だけ動いた。


それだけで、二人目は壁まで吹き飛んだ。


一人目が叫ぶ。


「撤退!」


三人目はもう逃げようとしていた。

だが、その足元で路が光った。


床の継ぎ目。

壁の刻み。

天井の古い線。


保全路そのものが、薄青く反応した。


壁に、文字が出る。


無許可侵入 確認

路の破損企図 確認

当該家屋 未登録

深層へ通報


三人とも止まった。


「何だよ、これ……」

「知らねえよ!」

「深層って何だ!?」


ゴルムは興味がなかった。


一歩だけ前へ出る。

通路を塞ぐ。

それだけで十分だった。


「帰れ」


一人目と三人目は走った。

古い抜け道の口へ消えていった。


二人目だけが動けなかった。

壁に当たった衝撃で、膝が立たない。


ゴルムは二人目を見下ろした。


「壊すな」


それだけ言って、縄で縛った。


---


骸骨公領の広間は、いつも通り静かだった。


骨灯が青く揺れる。

書記骨が並ぶ。

護衛も動かない。


そこへ、細い骨鳥が一羽、低く滑り込んできた。


骨片を落とす。

書記が拾う。

ヴァルドレイクは低い石座に肘を置いたまま、それを待った。


書記が読む。


「旧保全路にて無許可侵入三」

「石ゴルム、これを撃退。一名確保」

「保全路、破損企図を確認」

「加えて――」


書記骨が、そこでわずかに間を置いた。


「深層へ通報」


護衛の一体が低く言う。


「……最深部へ、報せが行きましたか」


ヴァルドレイクは、すぐには答えなかった。


骨片を受け取る。

指先で一度だけ撫でる。

それから、静かに言った。


「行って当然だ」


誰も口を挟まない。


ヴァルドレイクは続ける。


「浅いところの家は、もう門前で飯を出しているだけではない。落ちるはずのものを拾い、路を曲げた。そうなった時点で、いずれ最深部の目に入る」


書記が問う。


「では、やつらへ伝えますか」


ヴァルドレイクの眼窩の青が、静かに灯る。


「伝える」


短い答えだった。


「だが、それは我らの都合だ」


書記も護衛も黙って聞く。


「もっと奥は、敵味方で見ない。勝った負けたでも見ない。何が、どれだけ流れを変えたかで見る」


護衛が顔を上げる。


「最深部」


「そうだ」


とヴァルドレイク。


「北深層旧支配のさらに奥。我らより上位の存在」


書記骨が骨片を持つ手に、わずかに力を入れた。


「やつらは、まだ名乗っておりません」


ヴァルドレイクは骨片を返した。


「書け」


書記が顔を上げる。


「何を」


ヴァルドレイクは低く言った。


「お前たちは、まだ最深部に名乗っていない」


骨鳥がまた一羽、青い闇へ滑っていった。


---


夜更け、ゴルムが本家の広場へ来た。


折れた槍を一本持ち、侵入者を一人、縄で転がしていた。


ヒナが翼を止める。


「やだ」


「何だ」


と牧人。


「ゴルム、なんか増やしてきた」


牧人が見る。


「誰だそいつ」


ゴルムは短く言った。


「勝手に入った」


「何人」


「三人。二人は逃げた。こいつは動けなかった」


空気が変わる。


まめじいが一歩前へ出る。


「どこへ入ったのです?」


「保全路」


「ヴェクが封じた路とは別口ですな。古い抜け道が、まだ機構の封鎖の外に残っておる」


牧人がゴルムを見る。


「お前はそこで何してた」


「寝てた」


広場が一瞬止まった。


ヒナが声を上げる。


「……寝てた?」


「保全路の角。寝心地がいい」


「何でそんなとこで寝てんの!?」


「帰り道」


「帰り道で寝るな!」


ミズハが笑う。


「でも結果的に番してたわけね」


「してない。寝てた」


「寝てたのに喧嘩したのか」


と牧人。


「起こされた」


ベロが鍋の蓋を持ったまま言う。


「起こし方が悪かったんでしょうなあ」


「槍を突かれた」


「そりゃ怒るわ」


とザガ。


ヒナが翼で顔を覆う。


「つまり、寝てたら槍で突かれたから殴った」


「そう」


「番じゃなくて寝起きの八つ当たり!?」


ゴルムは否定しなかった。


イシコがすぐ立つ。

クロの右も目を開ける。

ミズハは笑みを消した。


まめじいが侵入者に向き直る。


「誰に聞いたのです?」


男は口を閉じる。


閉じた瞬間、ゴルムが一歩前へ出た。


「言え」


男は即答した。


「外輪の闇業者だよ! 封鎖で値が上がってるって聞いて……金になる物が残ってるかもしれないって!」


牧人は男ではなく、ゴルムを見た。


「怪我したか」


「してない」


「そうか」


ヒナが折れた槍を見る。


「親父、いつも心配するね」


「ゴルムが無事ならそれでいい」


「そうだね」


牧人はそれから男を見た。


「お前、何しに来た」


「だから、拾えるものがないかと……」


「拾えたか」


「何も……」


「そうだろうな」


「……」


「じゃあ帰れ」


男が泣きそうな顔をする。


「帰っていいの……?」


「いやなのか」


「殺されると思った……」


牧人は少し首をかしげた。


「何で殺すんだ」


ヒナが即座に言う。


「親父、普通は殺すかもって思うんだよ」


「普通って何だ」


「この世界の普通だよ」


「変な普通だな」


「変なのは親父の方だよ」


男はもう完全に泣いていた。


「帰れ」


と牧人。


「ただし、もう来るな」


男は這うように門前から出ていった。


ベロが見送る。


「親分、甘くないですか」


「甘いかもな」


「甘いですよ」


「でも、殺しても腹が膨れるわけじゃない」


「そういう問題じゃないんですがね」


その時、広場の隅で、ぷるが動いた。


侵入者が這って出ていった門前の跡を、ぷるんと揺れながら近づいていく。

男が泣きながら落としていった革袋の切れ端を、ぷるの表面がゆっくり包み込む。


ヒナが見る。


「ぷる、何してんの」


ぷるは答えない。

答えないまま、革袋の切れ端を飲み込んだ。


「……食べた」


とネム。


「食べたな」


とザガ。


「ぷるはだいたい食べるわよ」


とミズハ。


牧人がぷるを見る。


「ぷる。それ、うまいのか」


ぷるが少し揺れた。

揺れ方が、いつもより大きかった。


ヒナが翼で顔を覆う。


「やだ、おいしかったっぽい」


「落とし物を勝手に食うな」


とベロ。


ぷるは聞いていなかった。

もう次の落とし物を探して、門前をぷるぷる移動していた。


---


その時、骨鳥が一羽、門前へ落ちた。


骨片を落として、すぐに飛び去る。


クロの左が、今度こそ口を開けた。

だが、また間に合わなかった。


ヒナが左を見る。


「毎回惜しいね」


左は何も答えなかった。


まめじいが骨片を拾う。

読む。

顔が少しだけ嫌そうに固まる。


「親父殿」


「何だ」


まめじいは骨片を見たまま言った。


「骸骨公からです」


「何て」


「……お前たちは、まだ最深部に名乗っていない」


広場が静かになった。


ヒナが最初に言う。


「やだ」


「何だ」


と牧人。


「今の、すごい怖いやつ」


ベロも頷く。


「分かる」


牧人は少し考えた。


「最深部って何だ」


まめじいが答える。


「骸骨公領のさらに奥に、もっと偉いやつがいるんです」


「偉いやつ?」


「ええ。灰環大迷宮のもっと深いところを見てる主ですな」


「骸骨公より上か」


「上です」


「石律機構みたいなやつか」


「似てはおりますが、もっと厄介です」


「嫌だな」


「嫌ですな」


牧人はもう一度骨片を見た。


「名乗れって言ってるのか」


まめじいが首を振る。


「名乗っていない、と言っておるだけです。名乗れとは書いておりません」


「じゃあ何だ」


「警告ですな。お前たちはまだ挨拶もしていないぞ、と」


「挨拶か」


「はい」


牧人は腕を組んだ。


「じゃあ、挨拶に行くか」


全員が止まった。


ヒナが叫ぶ。


「出た!」


「何が」


と牧人。


「"じゃあ俺が行く"! 今回は"挨拶に行く"に変わっただけ!」


「挨拶だぞ。殴りに行くんじゃない」


「行き先が最深部なの! 散歩じゃないの!」


ミズハが額を押さえる。


「親父、この前も言ったでしょ。"じゃあ俺が行く"って」


「挨拶だって」


「ご近所に挨拶行くわけじゃないのよ。最深部よ」


「じゃあ、名乗り方を考えるか」


と牧人が言った。


まめじいが咳払いをする。


「親父殿。考える必要はありませんぞ」


「なんで?」


「冥門組、ですな。この灰環での、うちの正式な登録名です。親父殿は使いませんが、外からはそう呼ばれております」


牧人が目を丸くした。


「本家じゃないのか?うちに正式な名前あったのか」


ヒナが頭を抱える。


「人間界ではそう呼ばれてるよ!」


「聞いてないぞ」


「三船殿が配信しておりますぞ」


とまめじい。


「帳面にも書いてあります」


「そうなの?」


「そうですな。この際、冥門組で統一して、名乗っていくのがよろしいかと思います」


「…………そうか」


ザガが鼻を鳴らす。


「親分、配信とか見ないもんな」


「お前は知ってたのか」


「そりゃあな、IT世代だからな」


「お前、すごいな」


「当然だろ」


とザガが胸を張る。


「なんなのよ、その会話」


とミズハがあきれた。


「でもさ、本家って名前は親父が付けたのに変えていいの」


とヒナが聞く。


「ああ、別にいいぞ」


と牧人が軽く言う。


「適当だなぁ」


とヒナが言ったあと、ネムが小さく呟く。


「見られた」


広場が少しだけ静かになる。


ネムは続ける。


「路が、うちを報せた。勝手に入った人間を叩き出しただけで、もっと奥に届いた」


誰も否定しなかった。


まめじいが、はっきり言う。


「つまり、ですな」


「うん」


「冥門組――うちが、どの路を、どう守るかまで含めて、深い方に報せが行ってしまった」


「うん」


「しかもきっかけは、ゴルムが寝てたところにチンピラが突っ込んだだけ、です」


ベロが頭を抱える。


「やだなあ」


ヒナも頷く。


「ほんとにやだ」


ゴルムが低く言った。


「腹、減った」


全員が止まる。


ヒナが先に笑った。


「やだ、ゴルムもそれ言うの!?」


ベロが鍋の蓋を上げる。


「はいはい、飯にしますよ」


牧人が頷く。


「よし!まず飯だ」


ヒナが叫ぶ。


「そこ!?」


「ゴルムは無事」


と牧人。


「侵入したやつは帰した」


「うん」


「だったら、まず飯だ」


ベロが椀をゴルムの前に置いた。

石の手が、ゆっくりそれを持ち上げる。


ぷるがゴルムの足元まで転がってきた。

椀から溢れた汁の一滴を、表面でぷるんと受け止める。


ヒナが見る。


「ぷる、おこぼれ狙い」


ぷるは否定しなかった。


ゴルムは何も言わずに、椀に口をつけた。

一口飲んで、目を細めた。


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