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家とは守る場所ではない


本家地下に、最初に入ったのは本家側だった。


牧人。

まめじい。

ザガ。

ミズハ。

ヒナ。

イト。

ネム。


クロとイシコは、門と右奥を空けられないので残った

ベロとぷるは地下の入口で鍋番をしている。

いつでも飯の用意が出来るようにだった。


地下の広間には、もう青い線が走っている。

床を四角く区切るように、細い光が残っていた。


石律機構が開いた議場だ。


広間の中央には、低い石の台が一つ。

左右に、少し高い石の台が二つ。

立つ場所まで、青い線で分けられている。


牧人がそれを見て言った。


「三つあるな」


「はい」


とまめじい。


「どこに座る」


「中央です」


「真ん中?」


「真ん中です」


「真ん中が一番偉いやつか」


「偉いかどうかではなく、仕切る側です」


「仕切るのか、俺が」


「仕切るんですぞ、親父殿が」


牧人は嫌そうな顔をした。


ヒナが見る。


「やだ、もう逃げたい顔してる」


「してない」


「してるよ」


「してますな」


とまめじい。


牧人は座った。

座ってから、もう一回嫌そうな顔をした。


---


そのすぐ後だった。


骨の擦れるような、乾いた音が地下へ降りてきた。


骸骨公領が来た。


先に入ってきたのは骨兵二体。

槍を持っているが、穂先は下げている。

戦う持ち方ではない。

見せる持ち方だ。


その後ろに、黒い長衣の影が入った。


骸骨公領の主、ヴァルドレイクだった。


細い。

だが、弱くは見えない。

余計なものを全部削って、骨の上に意志だけを置いたみたいな立ち方だった。


眼窩の奥に、暗い青が灯っている。

頭には細い骨飾り。

歩くたび、それが小さく鳴る。


後ろには骨の書記が一体。

さらに護衛が二体。


多くはない。

だが、少ないからこそ、自信が見えた。


ヒナが小さく言う。


「やだ、少ないのに偉そう」


「偉いんだろ」


とザガ。


ヴァルドレイクは広間の中央まで来なかった。

青い線の手前で一度止まり、石の台の位置を見た。

それから、何も迷わず右の石台へ座る。


牧人はそれを見て、小さく首をかしげた。


「あっち選んだな」


「当然です」


とまめじい。


「中央には座らない。しかし下にも見ない。対等に話すが、従う気はない。そういう座り方です」


「……座り方だけで、そこまで分かるのか」


「分かりますな」


「俺の座り方は何だ」


「"早く終わらないかな"です」


ヒナが吹き出した。


「ぴったり」


「笑うな」


と牧人。


---


最後に来たのは、市属ダンジョン監察局だった。


観測官の久慈野澄玲。

先日、巡回兵に板札を持たせた署名の本人だった。


護衛は二人。

短い警杖を持っている。

斬るための装備ではない。

止めるための装備だ。


久慈野は地下へ降りると、まず青い線を見た。

次に石の台。

最後に、本家と骸骨公領を見た。


「本当に、開いたのですね」


その声は小さい。

だが軽くはなかった。


まめじいが頷く。


「石律機構が一度だけ」


「記録も取っていますか」


「取っておりますな」


「最悪ですね」


牧人が二人を見る。


「何で最悪なんだ」


「記録が残ると、嘘がつけないからですぞ」


とまめじい。


「嘘つかないだろ」


「つきませんが、曖昧にもできなくなります」


「……それは嫌だな」


「でしょう」


久慈野は左の石台へ座った。

護衛二人は線の外で止まる。


中央に牧人。

右にヴァルドレイク。

左に久慈野。


本家側は牧人の少し後ろに広がる。

骸骨公領側はヴァルドレイクの後ろで動かない。

監察局側は筆記板を開いて待つ。


イトは天井の隅にいた。

何をしているかは分からないが、降りてこない。


その空気だけで、会談はもう始まっていた。


---


最初に口を開いたのは、まめじいだった。


「本日の議題は五つです」


帳面を開く。


「停戦」

「補給」

「避難導線」

「保護対象の扱い」

「区画境界」


ヒナが小さく息を吐く。


「やだ、ほんとに全部やるんだ」


「やるしかありませんな」


とまめじい。


ヴァルドレイクが言う。


「先に線を引け」


「どの線だ」


と牧人。


「何をもって、ここを会談場とするかだ」


久慈野が続けた。


「監察局としても、そこが先です。ここでの不戦が保証されなければ、記録も意味を持ちません」


牧人は青い線を見る。


「ここで斬り合わない。それでいいか」


ヴァルドレイクは首を振る。


「足りん」


「何が」


「"ここ"がどこまでか、曖昧だ」


骨の書記が、細い棒で床の青い線を示した。


「議場内」


とヴァルドレイク。


「この線の内側」


「導線は?」


とミズハ。


「議場へ来るまでに路で斬り合ったら意味ないわよ」


久慈野が頷く。


「そこも必要です」


ヴァルドレイクは少しだけ考えた。

それから言う。


「本家地下へ通じる三路。今夜に限り、不戦」


「三路全部か」


とザガ。


「議場へ入る路だけだ」


「そこは譲るのね」


とミズハ。


「通さねば座れんからな」


とヴァルドレイク。


まめじいがすぐ書く。


「では、停戦は今夜限り。本家地下へ通じる三路と議場内」


「監察局として記録します」


と久慈野。


石律機構の青い線が、一度だけ強く光った。


記録された、ということらしかった。


牧人がそこで手を上げた。


「一個、聞いていいか」


全員がそちらを見る。


「腹減ってないか?」


ヒナが即座に言う。


「さっき食べたでしょ」


「いや、みんながさ」


「今じゃないよ、確認しないで」


久慈野が小さく咳払いをした。


「不戦は、一切の武力行使を含みます」


「あっ、無視された」


とヒナ。


「ヴァルドレイク公は、本当に分かっていますか」


と久慈野。


「分かってる」


ヴァルドレイクの眼窩の青が、ほんの少しだけ揺れた。

笑ったのかもしれないし、呆れたのかもしれない。


---


次に揉めたのは、補給と避難導線だった。


ここは久慈野が一番はっきりしていた。


「監察局は、大規模衝突の回避と補給線の維持を優先します」


「うん」


と牧人。


「つまり?」


「国枝市蔵の物資便は通す、ということです」


「それは助かる」


「ただし」


と久慈野。


「その便に隠れて戦力を動かすなら、次から止めます」


「やらない」


と牧人。


「やる気があってもできんでしょうな」


とまめじい。


ヴァルドレイクが言う。


「補給便は通す。ただし、骨の札を付けた便と、市属監察局の札を付けた便に限る」


「二重管理か」


とザガ。


「そうだ」


「面倒ね」


とミズハ。


「面倒にしておく方が、混ぜにくい」


とヴァルドレイク。


ここは、牧人も異を唱えなかった。


飯が止まる方が嫌だったからだ。


避難導線も同じだった。


「弱ったものが上へ逃げる路」


とまめじい。


「それと、補給が下りる路は分けたい」


「当然です」


と久慈野。


「混ぜれば必ず揉めます」


「骸骨公領も異論なしだ」


とヴァルドレイク。


「だが、その路へ流れ込むすべてを保護対象とは認めぬ」


そこで、空気が変わった。


この会談の本命が来た。


---


ヴァルドレイクは、牧人をまっすぐ見た。


「家とは守る場所ではない」


広間が静かになる。


青い線だけが、床の上で細く光っていた。


ヴァルドレイクは言い切る。


「家とは、従わせるための核だ」


「……」


「誰が中か。誰が外か。誰が命じ、誰が従うか」


「……」


「そこを曖昧にした時点で、家は群れに落ちる」


ヒナが翼を止める。

ザガだけが、静かにヴァルドレイクを見る。


ヴァルドレイクは続けた。


「本家は弱いものを拾う」


「拾う」


と牧人。


「選ばず」


「拾えるやつは拾う」


「それが危うい」


「何でだ」


「恐怖を明確に置かぬ秩序は、いずれ崩れるからだ」


「……」


「慈悲は統治を腐らせる」


「……」


「支配を家と呼んで、曖昧にしているだけだ」


言葉が冷たかった。

だが、整っていた。


骸骨公領は、そういうふうに保ってきたのだと分かる声だった。


ヒナが小さく言う。


「親父、何か言い返して」


「……考えてる」


「考えてる顔じゃないよ、それ」


「考えてるんだよ」


「困ってる顔だよ」


「困ってもいる」


ヒナが黙った。

正直だった。

正直すぎたが、嘘よりはましだった。


久慈野が小さく言う。


「思想としては、一貫していますね」


「一貫している」


とヴァルドレイク。


「だから長く保つ。仲良くする必要などない」


ヒナが小声で言った。


「仲良くしてください。って書いたことを怒ってるよ」


牧人は、少しだけ考えた。


ヴァルドレイクの理屈は整っている。

線がある。

分ける。

従わせる。

崩れないようにする。


それに対して、自分の中にあるのはもっと手前のものだった。


飯が回ること。

寝られること。

帰れること。

それだけで止まれるやつがいること。


理屈にすると弱い。

でも、目の前にはいた。


牧人は、後ろを見なかった。

見なくても分かる。


ネムがいる。

灰鼻がいる。

肩裂けがいる。

右奥で戻りかけている連中がいる。

門前でまだ帰らない連中もいる。


だから、言った。


「帰れる場所があると、救われるやつがいる」


ヴァルドレイクの骨飾りが、そこで小さく鳴った。

身じろぎしたのだ。

この骨の王が、座ったまま動いたのは、今夜初めてだった。


「救われる、か」


「帰れる場所があると、落ちきる前に引き返すやつがいる」


「それで?」


「飯を食って、寝て、次の日まで生きるやつがいる」


「弱い」


「弱いだろうな」


「それで秩序になると思うか」


「思ってない」


「……」


「でも、戻るやつはいる」


広間が静かになった。


ミズハは笑わない。

ヒナも口を挟まない。

ザガも黙っている。


ヴァルドレイクは牧人を見ていた。


理屈では勝てない。

それは牧人本人も分かっている。

でも、座っている顔だけは揺れなかった。


「理は薄い」


とヴァルドレイク。


「だが、現にここへ流れてくるやつらがいる」


久慈野がそこで口を挟む。


「監察局も、そこは同じ見解です」


「見解?」


と牧人。


「今の本家は、ただの保護地点ではない」


と久慈野。


「灰環の流れ、そのものへ影響を与えている」


「流れ?」


「流れですよ。必要であると考えます」


「そうか」


ヴァルドレイクが久慈野を見る。


「人間側は何を求める」


「大規模衝突の回避」


「他は」


「補給線の維持」


「他は」


「観測の継続」


「結局、外から見たいだけか」


「違います」


と久慈野。


「見えなくなる方が困るんです」


ヴァルドレイクが言う。


「慈悲は腐る」


「腐る時もあるわね」


とミズハ。


「ならば」


「でも、腐る前に食わせる方が早い時もあるの」


「曖昧だ」


「そうよ。親父の家だもの」


ヒナが小さく笑った。


「やだ、そこはちょっと好き」


ネムが、その時ぽつりと言った。


「白い帯は、揉めない」


全員がネムを見る。


ネムは少し迷ったが、言葉を続けた。


「最初から、戻らないようにするから」


「……」


「静か。きれい。痛くない」


「でも」


「でも、自分で止まったんじゃない」


広間が、また静かになる。


ネムは石の床を見る。

白い帯のない床。

弾く石。


「ここは、面倒」


ヒナが小さく頷く。


「うん」


「でも、自分で座る」


とネム。


「自分で食べる」


「うん」


「自分で戻るか決める」


「うん」


「その方が、面倒だけど生きてる」


それは理屈ではなかった。

でも、ミレアの側と本家の側の両方を知っているのは、ネムだけだった。


ヴァルドレイクは、少しだけ長くネムを見た。


「……なるほど」


否定もしない。

認めもしない。

だが、聞き流しもしなかった。


その時、地下の青い線が一度だけ強く光った。


柱の間に、もう一段低い線が走る。

座る位置と立つ位置が、さらに明確になる。


まめじいが息を吐く。


「議場固定ですな」


「固定?」


と牧人。


「今からは、ここで立って脅すな、ということでしょう」


「立つつもりはないけど」


「親父殿はそうでしょうが」


「俺以外がやるのか」


「可能性の話ですぞ」


イトが天井から降りてきた。


「よん」


「何が四?」


とヒナ。


「きまった」


「決まったこと数えてたの?」


「みる」


---


話は、そこで終わらなかった。


終わらなかったが、伸ばしはしなかった。


まめじいが帳面を読んだ。


「決まったこと。今夜に限り三路と議場内は不戦。補給便は監察局札と骨札の二重管理のみ通行可。避難と補給の導線は分離。本家地下は今夜一度限りの中立議場」


帳面をめくる。


「決まらなかったこと。保護対象の範囲。本家が拾ったものの扱い。家の定義」


ヒナが息を吐く。


「決まらなかった方が重いじゃん」


「そうですな」


とまめじい。


「でも、決まった方がないと、明日から路で死にます」


「じゃあ足りてる」


と牧人。


「足りてはいませんが、今夜はこれで」


ヴァルドレイクが立ち上がる。


「危ういな」


「だろうな」


と牧人。


「だが、虚偽ではない」


「そうか」


「だから厄介だ」


ヴァルドレイクは去り際に、もう一度だけ牧人を見た。


「お前の家は、いずれもっと大きく揉める」


「そうかもな」


「それでも拾うか」


「拾う」


「そうか」


骨の王は、それ以上は何も言わずに地下を出た。


久慈野も板を閉じて立つ。


「次に崩れる時は、今日より面倒ですよ」


「嫌だな」


と牧人。


「ええ。ですが、だから今日が要った」


久慈野は階段の手前で一度だけ振り返った。


「鍋の匂いが、ここまで来ていますね」


「食うか?」


と牧人。


「職務上、お断りします」


「残念だな」


「ええ、少し」


護衛を連れて、久慈野も地下を出た。


---


本家側だけが残る。


青い線は、まだ薄く光っていた。

石律機構はもう何も言わない。

だが、今夜一度限りの場は、確かに仕事をした。


ヒナが大きく息を吐く。


「親父」


「何だ」


「会談、思ったよりちゃんと終わった」


「そうか」


「うん、もっとごちゃごちゃするかと思った」


「期待してたのか?」


「少しね」


牧人はヒナにしかめっ面を向けて、立ち上がった。


「で、飯は回るか」


「最初にそこへ戻るのね」


とミズハ。


「当たり前だ」


「当たり前だけどね」


ネムが、空の椀をまだ両手で持っていた。


ヒナが気づく。


「ネム、お茶碗持ってたの?おかわりは上だよ」


「……うん」


地下を出ると、門前の蝙蝠鬼がまだいた。


羽の折れた方を下にして、壁にもたれている。

鍋の湯気を、片目だけで追っていた。


牧人はそいつの前でしゃがんだ。


「飯、食うか」


蝙蝠鬼は動かない。

でも、片目だけがちゃんと牧人を見ていた。


ヒナが笑う。


「親父、会談終わって最初にやることがそれ?」


「それだろ」


「それだよね」


ベロが鍋の蓋を持ち上げた。


「親分」


「何だ」


「また増えるんですね」


「増えるだろうな」


「分かってます」


「嫌か」


「嫌じゃないですがね」


ベロは椀をもう一つ出した。


「鍋は足りますから」


ニコの声が奥から飛んできた。


「親分! 板!」


「今はまだいらん。先に飯だ」


「えー!?」


ニコが叫びながら走って消えた。


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