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帰る場所を、二つとも守る


ガルムが地を蹴った。


黒い毛並みの間を、黒雷が走る。


一歩目で煙を裂き、二歩目で襲撃隊の前列へ入った。


堂前が叫ぶ。


「狼型!」

「前列、盾を合わせろ!」


三枚の盾が正面へ重なる。


ガルムは止まらない。


黒雷をまとった肩が、盾の中央へぶつかった。


轟音。


三人の足が同時に床を滑る。


盾は割れなかった。


だが、隊列ごと大きく押し戻された。


ゴブリン隊の前に、わずかな隙間ができる。


まめじいが即座に声を上げた。


「第一列、半歩前へ」

「陣形を戻してくださいませ!」


ゴブリンたちが盾を上げ直す。


若い衆も後ろから支えた。


押され続けていた防衛線が、初めて止まる。


堂前が剣を振った。


「石縛り杭を狼にも回せ!」


後列が、残っていた杭へ手を伸ばす。


その動きを、リオが見ていた。


戦う力はない。


大きな魔法も使えない。


だが、敵が何を運び、どこから取り出し、誰が使っているのかは分かる。


荷車。


赤い縄。


杭へつながる細い術式線。


三人の術者が、荷車の後ろに固まっている。


リオは地図板を抱えたまま叫んだ。


「ガルム!」

「杭じゃなくて、右奥の荷車です!」

「赤い縄が、全部の術式につながってます!」


ガルムの耳が動く。


進路を変えた。


襲撃者の間を低く駆け抜ける。


一人が槍を突き出す。


ガルムは首を傾けてかわした。


二人目の剣を前脚で叩き落とす。


三人目が立ち塞がる前に、その横を黒雷が走り抜けた。


「止めろ!」


堂前が怒鳴る。


だが、遅い。


ガルムが荷車へ体当たりした。


どん、と車輪が浮く。


赤い縄が強く張った。


そこへ黒雷が流れ込む。


術式板。


起動具。


杭へ力を送っていた細い金具。


順番に弾けた。


ばちん。


灰色の鎖が、一斉に揺らぐ。


ゴルムが顔を上げた。


「そこか!」


両腕へ力を込める。


弱った鎖が伸びる。


一本目の杭が床から抜けた。


二本目。


三本目。


ゴルムが両腕を広げる。


灰色の鎖が、真ん中からちぎれた。


「やっと動ける」


堂前の顔が引きつる。


「予備の術式をつなげ!」


「無理です!」

「起動板が割れました!」


「直せ!」


「戦いながら直せるものじゃありません!」


堂前は歯を食いしばった。


強硬派が揃えた対策は、確かに効いた。


だが、中心を壊されれば使えない。


堂前はガルムを睨む。


しかし、壊した場所を見抜いたのは狼ではなかった。


荷物袋を背負った十五歳の少年だった。


リオは次に、黒い吸水布を見る。


ミズハの水を吸い続け、限界まで膨らんでいる。


四隅を太い留め具で床へ固定しているため、流されずに残っていた。


だが、右奥だけ留め具が浮いている。


「まめじいさん!」


まめじいが一瞬だけリオを見る。


「右側の吸水布です!」

「一番奥の留め具が緩んでます!」

「あれを切れば、布の重さが全部、敵の方へ倒れます!」


まめじいは、吸水布と襲撃隊の位置を見た。


一度で意味を理解する。


「弓隊」

「右奥、床から二つ目の金具」

「縄だけを射て」


ゴブリンの弓が上がった。


三本の矢が、ほぼ同時に飛ぶ。


一矢目が外れる。


二矢目が金具を弾く。


三矢目が、留め縄を断った。


膨れ上がった吸水布が傾いた。


「離せ!」


堂前が叫ぶ。


だが、水を吸った布は重すぎた。


支えていた者たちが手を放す前に、布が堂前側へ倒れ込む。


ばしゃん。


吸い切れなかった水が飛び散る。


前列の足元を濡らし、盾持ち数人を巻き込んだ。


ミズハが目を細めた。


「私の水を返してもらうわ」


指先を動かす。


布からこぼれた水が、襲撃隊の靴へ絡んだ。


滑る。


膝をつく。


後ろから押していた者まで巻き込まれ、隊列が崩れた。


まめじいが言う。


「第一列、押し返してくださいませ」


ゴブリン隊が盾を揃える。


若い衆も力を込めた。


今度は本家側が前へ出る。


半歩。


さらに半歩。


受付の直前まで迫っていた襲撃隊が、押し戻されていく。


堂前が声を張った。


「崩れるな!」

「相手は寄せ集めだ!」


ゴルムが前へ出る。


「寄せ集めだから、何だ」


大きな拳を床へ叩きつけた。


襲撃隊の前で石床が跳ねる。


直接殴ってはいない。


それでも足場を崩された前列が、まとめて尻餅をついた。


ナナが隙間を走る。


武器だけを蹴る。


剣を落とす。


槍を踏む。


起き上がろうとした男の喉元へ、短剣の切っ先を向けた。


「動くな」


男の動きが止まる。


ベロは鍋蓋で、寝床側へ回り込んだ一人を殴り返した。


「だから、こっち来るな!」


「鍋蓋で殴るな!」


「鍋に近づくからだろ!」


ぷるも、ようやく囮袋を吸い終えた。


体を膨らませたまま、床を転がる。


残っていた煙と薬草の臭いを、まとめて吸い込んでいく。


ぷるん。


煙が薄くなった。


若い衆の呼吸が少し楽になる。


まめじいが、リオを見た。


「見事でございますな」


リオは驚いたように振り返る。


「僕は、見ただけです」

「戦ってません」


「見る者がおらねば、戦う者は何を壊せばよいか分かりませぬ」


リオはガルムを見る。


荷車を壊したあと、ゴブリン隊の左前へ入り、盾列へ近づく者だけを追い払っている。


敵を深追いしない。


本家側の陣形も崩さない。


リオが示した場所だけを、正確に壊していた。


「左の煙筒、残り二本です!」

「火をつける前に、補給袋を落としてください!」


ゴブリン弓隊が向きを変える。


煙筒を持つ男の腰袋を射抜いた。


中身が床へ散らばる。


ナナが滑り込み、火口を蹴り飛ばした。


「次は!」


とリオ。


「正面の盾列、右端が一人だけ遅れてます!」

「そこから押せます!」


ガルムが右へ回る。


ゴルムも合わせて半歩前へ出る。


ゴブリン隊の盾が押す。


堂前の前列が大きく傾いた。


まめじいの目が、わずかに細くなる。


戦えない。


だが、道具と流れを読む。


何がどこへつながっているかを見つけ、必要な者へ伝える。


「よい道書きでございますな」


リオは地図板を抱え直した。


「道を残すのが、僕の役目ですから」


「戦場にも、道はございます」


まめじいは前を見る。


「崩す道」

「逃がす道」

「守る道」

「今のリオ殿は、その三つを見ておられます」


リオは少しだけ息を呑んだ。


堂前の対策は、もうほとんど崩れている。


それなのに、堂前はまだ退こうとしていなかった。


リオの目が、襲撃隊の最後尾へ向く。


鉄張りの大箱。


「……まめじいさん」


「はい」


「あの箱、嫌な感じがします」


まめじいも、すでに同じ場所を見ていた。


「奇遇でございますな」

「私も、まったく同じことを考えておりました」


---


押され続けていたゴブリン隊は、今では元の位置を取り戻していた。


ゴルムも自由になり、ガルムは黒雷をまとったまま前列を睨んでいる。


堂前の部隊が、少しずつ下がり始めた。


豪志が声を上げる。


「押し返してます!」


ナナが短く言った。


「勝てる」


堂前は、その言葉を聞いた。


だが、慌てなかった。


むしろ、口元を歪めた。


「勝てる?」


堂前が剣を肩へ乗せる。


「これで終わりだと思ってるのか」


まめじいの目が細くなった。


堂前は、門前の端で菓子を食べている千景と小太郎をちらりと見る。


「黒冠の姫が来ることも」

「あの犬が普通じゃないことも」

「最初から聞いていた」


堂前は笑った。


「だから菓子まで用意した」

「だが、あれは念のためだ」


リオの顔が変わる。


堂前が後方へ手を上げた。


「本命は、最初からこっちだ」


襲撃隊の最後尾。


今まで一度も開けられていなかった鉄張りの大箱へ、数人が駆け寄る。


「開けろ!」


蓋が外された。


中から現れたのは、六本の黒い魔石柱だった。


互いに鎖でつながれ、中央には灰色の核石が据えられている。


リオが息を呑んだ。


「あれ……」


まめじいが聞く。


「分かりますか」


リオは魔石柱と床を走る細い術式線を見る。


「一体ずつを止める物じゃありません」

「この場所全体の流れを乱します!」


堂前が笑った。


「正解だ」


「打て!」


六本の魔石柱が、次々と床へ突き立てられた。


最後の一本が入った瞬間、本家門前の空気が大きく揺れる。


ミズハの水が落ちた。


「えっ……」


ぷるが体を震わせる。


「ぷる……」


ガルムの全身を走っていた黒雷が、ばちりと乱れて消えた。


ゴルムの体も、急に重くなる。


「ちっ……」


堂前が剣を前へ突き出す。


「《乱脈陣》」

「魔力も、術式も、魔物の力も、まとめて鈍らせる」


さっきまで押し返されていた襲撃隊の顔に、勢いが戻る。


「今だ!」

「押せ!」


盾列が再び前へ出る。


ゴブリン隊が受ける。


だが、今度は押し返せない。若い衆が後ろから支える。


ガルムも黒雷なしでは止め切れない。


ゴルムも、いつもの力が出ない。ミズハの水も動かない。ぷるも灰を吸えない。


リオは六本の柱を必死に見る。


「六本がお互いに補ってる!」


堂前が笑う。


「一か所だけ壊せば終わりじゃないぞ!」


《乱脈陣》は、本来なら大迷宮の最奥――主級の魔物や守護機構へ使うための切り札だった。


迷宮由来の魔力や、それを取り込んだ魔物の力を広範囲に乱し、人間側への影響はほとんどない。


強硬派が手を尽くして確保し、最後まで温存していた希少な攻略具。


堂前も、使わずに済むなら使うなと念を押されていた。


だが、もう他に手がない。


本家を落とすため、堂前はついにその切り札を切った。



本家側が押される。


受付まで、あと数歩。


豪志が板を抱えたまま青ざめた。


「まずいです……!」


まめじいも分かっていた。


このままでは持たない。


ゴブリン隊の盾が、さらに半歩押し込まれた。


若い衆の足が滑る。


ガルムも、ゴルムも、本来の力を出せない。


堂前が剣を振り上げた。


「押し切れ!」


――その時。


先頭の盾が、横から弾け飛んだ。


襲撃者が何が起きたのか理解するより先に、黒い大剣が二本目の槍を跳ね上げる。


千景が、いつの間にか本家の防衛線の前に立っていた。


「姫!」


リオが目を見開く。


千景は振り返らない。


《夜鴉》を肩へ担いだまま、六本の魔石柱を見る。


「リオ」

「その変な柱を壊せばいい?」


「はい!」

「一本では駄目です! 六本全部です!」


リオは答えてから、門前の端を見た。


さっきまで千景が座っていた場所。


《月冠堂》の箱が転がっている。


「……やっと食べ終わったんですね」


リオは小さく息を吐いた。


千景は《夜鴉》を握り直す。


「じゃあ、壊してくる」


小太郎も、いつの間にかその半歩後ろに立っていた。


「わふ」


堂前が鼻で笑った。


「無駄だ」

「《乱脈陣》の中じゃ、黒冠の姫だろうが力は出せん」


千景は堂前を見もしなかった。


次の瞬間、走った。


---


黒冠の影は鈍っている。


それでも、千景自身は速かった。


盾を跳ね上げる。槍をかわす。剣を落とす。


一気に一柱目へ入る。


《夜鴉》が振り抜かれた。


どん!


一本目の魔石柱が折れた。


堂前の目が見開かれる。


「なに!?」


後列の術者も青ざめた。


「《乱脈陣》は効いています!」

「魔物はまともに力を出せないはずです!」


「なら、なぜあいつは動ける!」


リオが叫んだ。


「姫は、人間ですよ!」


堂前が固まる。


「……は?」

「だが、黒冠の力は落ちているはず――」


リオは、すでに次の柱へ走る千景を指した。


「元から強いんです!」


「――止めろ!」


堂前が怒鳴る。


襲撃者たちが一斉に千景へ向かう。


だが、その前へ小太郎が出た。


《乱脈陣》の中では、影も魔力も鈍っている。


それでも、千景へ近づけさせないくらいなら問題なかった。


「わふ」


小太郎が地を蹴る。


一人目の足元へ潜り込み、体勢を崩す。


二人目が回り込めば、その前へ飛び出して押し返す。


三人目が剣を振り上げた瞬間には、もう懐へ入っていた。


「うわっ!」


男がひっくり返る。


千景へ向かおうとする者がいれば、小太郎が先にそこへいる。


一人も、千景の背中には近づけなかった。


そのまま、千景は振り返りもしない。


二本目。


どん!


三本目。


どん!


千景を止めようと回り込んだ男たちを、小太郎が次々と叩き落としていく。


千景が柱を壊し。


小太郎が、その背中を守る。


四本目。


五本目。


あっという間だった。


堂前の顔から余裕が消える。


「ふざけるな!」

「止めろ! 最後の一本を守れ!」


堂前自身が、最後の魔石柱の前へ立った。


剣を構える。


「俺には手を出さない約束だろ!」


千景が足を止めた。


「うん」


堂前が、わずかに安堵する。


千景はそのまま、堂前の横をすっと通り過ぎた。


「なっ――」


小太郎も堂前だけは避けて、その横を駆け抜ける。


千景が《夜鴉》を振り上げた。


「お菓子もらったし、あんたは殴らないであげる」


どん!


轟音が鳴り響き、六本目の魔石柱が真ん中から砕けた。


――そして、乱脈陣が弾け飛んだ。


ミズハの水が持ち上がる。


ぷるが跳ねる。


「ぷるん!」


ガルムの全身に黒雷が戻る。


ゴルムが肩を回した。


小太郎の足元から黒い影が広がる。


千景の周囲にも、黒冠の影が戻った。


堂前の顔から血の気が引いた。


千景が《夜鴉》を肩へ担ぐ。


「じゃあ、続きね」


そこからは早かった。


千景が前列を割る。


小太郎が足を止める。


ガルムの黒雷が盾列を崩す。


ゴルムが正面から押す。


ミズハの水が足元をさらう。


ナナが武器を蹴り飛ばす。


ゴブリン隊が前へ出る。


堂前の部隊は一気に崩れて、堂前だけが剣を握ったまま残る。


準備してきたものは、全部潰された。とっておきの《乱脈陣》まで。


堂前の唇が震える。


「俺は……」

「ここまで準備したんだぞ……!」


千景は堂前を見た。


「うん」


「全部調べた!」

「全部対策した!」


千景は、本家の門前を見る。


「でも」

「ここにいる人たちのことは、何も見てなかったね」


堂前の顔が歪んだ。


「黙れ!」


剣を振り上げる。


千景は動かなかった。


「あんたには手を出さないよ」


次の瞬間、ガルムが堂前の剣へ噛みついた。


そのまま首を振り、剣を堂前の手から弾き飛ばす。


反対側からゴルムが肩を掴む。


ガルムが低く言う。


「姫は菓子をもらった」


ゴルムが続ける。


「俺たちはもらっていない」


「待て!」


「待たん」


堂前は、そのまま石床へ押さえ込まれた。


「離せ!」

「俺は白閃牙の――!」


「知らん」


ゴルムがさらに押さえる。


ニコが板を出した。


襲撃、失敗


堂前の顔が真っ赤になる。


「そんな板を出すな!」


ニコが裏返す。


準備、全部失敗


「やめろ!」


ナナが短く言った。


「みっともない」


---


戦いが終わった。


リオが千景の前へ立った。


「姫」


「何?」


「僕が来た時、何してました?」


千景は少し考える。


「お菓子食べてた」


「堂々と言わないでください!」


小太郎が、そっと千景の後ろへ隠れる。


「小太郎もです!」


「わふ……」


「みんな、本当に危なかったんですよ!」


千景は少しだけ目を逸らした。


「……ごめんなちょい」


リオの眉が跳ねる。


「謝る気ないですよね!」


「あるよ」


「言い方がふざけてます!」


まめじいが小さく笑った。


---


堂前たちの拘束が始まった頃。


門脇で、なにやら千景がコソコソしていた。


左右をキョロキョロ見て、さっと《月冠堂》の箱を拾い、体で隠すように蓋を開ける。


さくっ。


千景の頬が、少しだけゆるんだ。


少し離れたところで、リオが横目で見ていた。


まめじいも、台帳へ筆を走らせながらちらりと見る。


もう一度、キョロキョロしてから、また箱へ手を伸ばす。


リオは小さくため息をついた。


まめじいも、髭の奥で苦笑した。


二人とも、何も言わなかった。



---



灰環最深部。


広い石橋を埋め尽くした影たちが、一斉に動いた。


百では足りない。


名前を削られた者。


帰還札を折られた者。


役目だけを残された者。


グレイヴの六本の脚から伸びる灰色の線に引かれ、牧人たちへ押し寄せる。


「来るよ!」


ヒナが上空から叫んだ。


「全部、グレイヴにつながってる!」


イトの糸が走り、影たちの足と腕を止める。


ザガが槍で武器を弾く。


イシコは本家石を橋へ置き、沈みかける足場を支えた。


そしてクロは、影そのものではなく、彼らを操る灰色の線へ牙を立てた。


ぶつり。


一束が切れる。


つながっていた影たちが、その場で武器を落とした。


「切れた!」


ヒナが叫ぶ。


「若頭、その線!」


クロの左右の首が、次々と灰色の束へ噛みつく。


誰も倒さない。


誰も踏み潰さない。


それでも、少しずつ道が開いていった。


だが。


グレイヴの六本の脚が動いた。


灰色の線が一斉に張る。


一度止まった影たちが、また立ち上がった。


クロの右が唸る。


「親父!」

「直接引いてる!」


ヒナも叫ぶ。


「六本全部!」

「脚から直接つながってる!」


牧人はグレイヴを睨んだ。


一本ずつ切っていても、追いつかない。


元を止めるしかない。


「クロ」

「俺を、あいつのところまで連れていけ」


中央の首が身を低くする。


「正面を行く」

「道はすぐ閉じるぞ」


牧人はクロの背へ乗った。


「ヒナ、道を見ろ」

「イト、止めろ」

「ザガ、武器を落とせ」

「イシコ、足場を頼む」


グレイヴの巨大な口が開く。


支配者候補、接近。

抵抗時、全帰還不能個体を再沈降。


橋の下から、灰色の流れがせり上がった。


影たちの足元が沈み始める。


牧人の目が冷える。


「また沈めるのか」


クロが低く身を沈めた。


牧人はお玉を握り直す。


「行くぞ」


クロが走り出した。


ヒナが道を叫ぶ。


イトの糸が影を止める。


ザガが武器を弾く。


イシコが石の足場を前へ伸ばす。


その上を、牧人を乗せた黒い三つ首が駆け抜ける。


誰一人、踏み台にはせず。


一直線に、グレイヴへ向かって。


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