認めない王は、道を開けた
灰環核が開いた保全路を、牧人たちは奥へ進んだ。
先頭を歩くのはクロ。
その後ろに牧人とザガが続き、ヒナが頭上を飛ぶ。
イトは壁や床へ細い糸を伸ばし、イシコは石畳へ時折手を触れながら、奥の構造を確かめていた。
道は、本家から離れすぎてはいない。
振り返れば、灰色の通路の向こうに、本家仮受付の明かりがまだ見える。
ベロの鍋から立つ湯気。
名なしの者たちが並ぶ影。
慌ただしく動く本家の者たち。
声までは届かない。
だが、何かあればすぐに戻れる距離だった。
それでも、道の奥へ進むほど、空気は冷たくなっていった。
左右の壁には、使われなくなった帰還札が埋め込まれている。
名前の消えた札。
途中で折られた札。
行き先だけを削り取られた札。
床の端には、古い案内板も転がっていた。
帰還路、右。
その先が、削られている。
処分路、左。
こちらだけは、今も文字が深く残っていた。
ヒナが飛びながら顔をしかめる。
「やだ」
「帰る方だけ消されてる」
イトが壁の札へ糸を触れさせた。
「帰れない」
「わざと」
牧人は何も言わず、前を見た。
灰環は、帰れなくなった場所ではない。
帰れないようにされた場所だった。
戻す価値のある者だけを選ぶ。
価値がないと判定された者は、深層へ沈める。
名前を薄め、役目だけを残す。
牧人は、壁から半分ほど突き出した帰還札を見た。
そこには名前らしき傷が残っていた。
だが、読めない。
誰の札だったのか。
どこへ帰るはずだったのか。
もう分からない。
牧人は足を止めずに言った。
「こんなものまで消す必要があったのか」
クロの中央が答える。
「帰る場所を覚えていれば、処分路へは沈みきらん」
「だから消したのだろう」
右が牙を鳴らした。
「気に入らん」
左は静かに壁を見た。
「俺の名も、同じように削った」
牧人はクロを見た。
胸と首に残っていた杭痕は、もう消えている。
グラウヴィスという昔の名も戻った。
だが、クロが選んだ今の名は、クロだった。
「もう削らせない」
牧人が言うと、中央は一度だけ頷いた。
やがて、先頭を歩くクロが足を止めた。
ザガも槍を上げる。
ヒナが少し先へ飛び、すぐに戻ってきた。
「親父」
「ここで道が止まってる」
牧人が前を見る。
灰環最深部へ続く道は、巨大な石門の前で塞がれていた。
門の表面には、六つの灰色の輪が埋め込まれている。
輪の中央には、それぞれ形の違う留め具。
上下左右に厚い石枠が食い込み、隙間は針一本通らないほど固く閉じられていた。
クロが見上げても、門の上端は暗闇へ消えている。
ヒナが空中で首を傾けた。
「やだ、大きすぎない?」
「これ、門っていうより壁じゃない?」
イシコが門の前へ出た。
石畳へ片膝をつき、両手を門へ触れる。
しばらく目を閉じ、石の奥へ意識を沈めた。
「門」
ヒナが言う。
「それは見れば分かるよ」
「すごく、固い」
「丁寧」
ヒナが目を瞬いた。
「丁寧だと、開かないの?」
イシコは手を滑らせる。
門の継ぎ目。
石枠。
六つの輪。
どこへ触れても、弱いところがない。
「雑なら、壊せるところがある」
「これは、壊れないように作ってる」
ザガが槍の石突きで、門の端を軽く叩いた。
ごん。
音は鈍かった。
だが、門そのものは少しも揺れない。
代わりに、叩いた場所から灰色の筋が広がり、六つの輪へ衝撃が分かれて流れていった。
一つ目の輪。
二つ目の輪。
三つ目の輪。
順番に力が渡り、六つ目まで届いたところで、衝撃そのものが消える。
ザガは眉を寄せた。
「なるほどな」
「叩いた力を、全部逃がしてやがる」
もう一度、今度は角度を変えて叩く。
結果は同じだった。
「正面から崩すのは無理だ」
「どこを打っても、他へ流される」
クロの右が牙を剥いた。
「ならば噛む」
中央が止める。
「待て」
「なぜだ」
左が六つの輪を見据えた。
「牙の力も同じように流される」
「門だけで済めばよいが、奥の帰還路へ逃がされるかもしれん」
右は低く唸った。
「ならば、もっと強く噛めばいい」
牧人は言った。
「無茶をするな」
「親父」
「俺の牙を信用していないのか」
「信用してるから止めてる」
「お前が本気で噛んで、道ごと壊したら困るだろ」
中央が頷く。
「親父の言う通りだ」
右だけが不満そうに鼻を鳴らした。
その時、六つの輪が一斉に淡く光った。
門の表面に、灰色の文字が浮かぶ。
最終保全門、閉鎖。
管理主区画、進入不可。
外部解錠、不能。
支配権限受領時、開門。
牧人は露骨に嫌そうな顔をした。
「また支配者の話か」
門の向こうから、いくつもの声が重なって響いた。
老人。
子ども。
人間。
魔物。
帰れなかった者たちの声を借りた、グレイヴの声だった。
選別を否定するなら、門を越えよ。
管理を否定するなら、自ら到達せよ。
到達不能の場合、本家仮受付を閉鎖。
受付待機個体、再選別。
処分路、再接続。
イトの糸が、ぴんと強く張った。
「本家、引っ張られる」
牧人が振り返る。
通路の向こうに見える本家仮受付の明かりが、わずかに揺れていた。
灰色の石床の下で、何かが動き始めている。
イシコが床へ片手をつく。
「処分路」
「また、起きようとしてる」
ザガが低く舌打ちした。
「門を開けられなきゃ、後ろから本家を崩すつもりか」
ヒナが門を睨んだ。
「やだ、性格悪い」
「入ってこいって言いながら、開け方は教えないの?」
牧人は門へ向かって言った。
「文句があるなら来いって言ったのは、そっちだろ」
「門を閉めたまま偉そうに言うな」
返事の代わりに、文字が一行増えた。
支配権限受領を推奨。
牧人は顔をしかめる。
「それは断った」
クロの右が、もう一度牙を剥いた。
「やはり噛むか」
「待てって」
「いつまで待つ」
「開け方がないか、先に調べる」
イトが門の端へ糸を伸ばした。
細い糸が石の表面をなぞる。
上へ。
横へ。
輪の隙間へ。
だが、留め具の奥には入れない。
やがて、一本の糸が六つ目の輪の下で止まった。
「印、ある」
ヒナが近づく。
イシコもそこへ手を滑らせた。
六つの輪の下。
門の大きさに比べれば、見落としてしまうほど小さな刻印がある。
金槌。
積み上げられた六つの石。
その下に、短い線が三本。
ヒナが首を傾げる。
「文字じゃないね」
イシコが指先で刻印をなぞった。
「作った人の印」
ザガも覗き込む。
「職人が自分の仕事に残す印か」
「たぶん」
イトが糸を薄く広げた。
刻印の上へ重ね、形をそのまま糸へ写し取る。
金槌。
六つの石。
三本の線。
「覚えた」
「まめじい、見る」
牧人は閉ざされた門を見上げた。
その向こうにグレイヴがいる。
再選別を止めるには、門を越えなければならない。
だが、クロやザガが力任せに壊せば、帰還路まで巻き込む恐れがある。
壊せないなら、開けるしかない。
「一度戻るぞ」
クロの右が不満そうに言う。
「逃げるのか」
「すぐそこに戻るだけだ」
「まめじいなら、その印を知ってるかもしれない」
中央が向きを変えた。
「急ぐぞ」
「本家への引きが強くなっている」
一行は来た道を戻った。
灰色の通路は短い。
本家仮受付の明かりは、すぐに大きくなった。
---
本家門前では、灰色の影たちが不安そうに身を寄せ合っていた。
まめじいは受付に残り、台帳を押さえている。
ナナは閉じた処分路の前。
ベロは鍋の火を落とさず、ネムは寝床から動かない。
ニコの板には、新しい文字が出ていた。
受付、閉めない
並んだまま待つ
豪志がその板を持ち、灰色の影たちへ何度も読み上げている。
「大丈夫です!」
「受付は閉まりません!」
「親分さんたちが、奥で何とかしています!」
ナナが短く言った。
「何とかする」
「たぶん」
豪志が振り返る。
「ナナさん、最後に不安を足さないでください!」
牧人たちが戻ると、門前の空気がわずかに緩んだ。
まめじいが筆を止める。
「親父殿」
「奥はいかがでしたか」
牧人は答えた。
「門があった」
「大きくて、開かない」
豪志が目を丸くする。
「若頭でもですか?」
クロの右が低く唸る。
「まだ噛んでいない」
「噛ませてない」
牧人が訂正した。
イシコが言う。
「壊すと、道も壊れる」
ザガが続ける。
「力を六つの輪へ逃がす仕組みだ」
「正面から崩すのは難しい」
ヒナがイトを指した。
「でも、作った人の印を見つけた!」
イトが、糸へ写し取った刻印を広げる。
金槌。
六つの石。
三本の線。
まめじいは、その印を見た。
目を細める。
すぐに台帳とは別の、古い帳面を取り出した。
灰で汚れ、角の丸くなった記録帳。
頁を一枚ずつめくっていく。
古い橋。
崩落防止壁。
旧保全路。
封鎖門。
いくつもの図と記録をたどり、やがて一つの印の上で指を止めた。
「間違いございませぬ」
ヒナが身を乗り出す。
「誰の印?」
まめじいは、擦れた文字を読み上げた。
「《灰積みのドワン》」
「灰環と北深層の境にて、数多くの封鎖門、保全路、石橋を築いたとされる、伝説の石工魔物にございます」
豪志が目を輝かせた。
「伝説の職人……!」
まめじいは頷く。
「古い伝承によれば、灰環最深部の最終保全門を、一晩で築いたとされております」
門前に驚きが広がった。
ヒナの翼が大きく開く。
「一晩で、あれを!?」
イシコも目を丸くした。
「すごい」
「石、いっぱいなのに」
ザガは腕を組む。
「本当なら、とんでもない職人だな」
クロの右が言った。
「一晩あれば、俺なら噛める」
牧人は言った。
「張り合うところじゃない」
ベロが鍋を混ぜながら聞いた。
「その職人は、まだいるのか」
牧人もまめじいを見る。
「生きてるなら、呼べないのか」
まめじいは記録の続きを追った。
「確かな生存記録ではございませんが」
「大きな仕事を終えた後、北深層近くの旧採石区画へ隠居したとの記述がございます」
「北深層か」
牧人の眉が寄る。
以前、本家と骨の公領が正面からぶつかった場所。
争いは終わった。
だが、骸骨公ヴァルドレイクは最後まで本家を認めなかった。
まめじいが言う。
「ドワン殿がご存命であれば、あの門の開け方をご存じのはずです」
「少なくとも、壊さずに開ける方法を聞くことはできましょう」
牧人は灰環核の石板を見た。
本家仮受付、閉鎖準備。
受付待機個体、再選別待機。
処分路、再接続中。
時間をかけてはいられない。
だが、北深層までは距離がある。
牧人が考えていると、ヒナが翼を広げた。
「私が行く!」
梁の上に戻っていたイトも、すぐに糸を垂らす。
「イトも、行く」
牧人は二人を見上げた。
「二人でか」
ヒナは頷く。
「私なら早い」
「イトなら、旧採石区画の細い作業道を探せる」
「大勢で動くより、二人の方が早いよ」
イトも短く言った。
「古い道、探す」
「ドワン、見つける」
まめじいが頷く。
「良い組み合わせかと存じます」
「旧採石区画は、表の道よりも細い作業路や保全路が多い場所」
「ヒナ殿が上から区画を探し、イト殿が細道をたどれば、見つけられる可能性は高いでしょう」
牧人は少し考える。
「北深層旧支配地区を通るんだろ」
「うん」
ヒナの顔から、少しだけ軽さが消えた。
「でも、回り込むよりずっと早い」
「ヴァルドレイクと揉めるなよ」
「大丈夫!」
ヒナは胸を張った。
「前に、あれだけ揉めたし!」
「それが心配なんだよ」
イトが短く言う。
「揉めない」
「ドワン、呼ぶだけ」
ナナが門の前から言った。
「イト」
「ヒナ、止めて」
ヒナが抗議する。
「逆じゃない!?」
「私がイトを守る方でしょ!」
ナナは首を横に振る。
「イトの方が、落ち着いてる」
ニコが板を出した。
ヒナ、暴走禁止
「行く前から信用がない!」
豪志が拳を握った。
「ヒナさん、イトさん!」
「伝説の職人を、必ず連れて帰ってきてください!」
ヒナが豪志を見る。
「任せてよ」
「では、見送りのダンスを……!」
ナナが即答した。
「やめろ」
ニコが板を出した。
豪志、ダンス禁止
「禁止ですか!!」
少しだけ、門前の空気が緩んだ。
牧人はヒナとイトを見る。
「危ないと思ったら無理に進むな」
「ドワンが見つからなくても、まず戻れ」
ヒナは頷いた。
「分かった」
イトも糸を引き寄せる。
「見つけて、戻る」
「ヴァルドレイクが止めたら、勝手に抜けるなよ」
ヒナは少しだけ目を逸らした。
「話し合う」
「本当だな?」
「たぶん」
「そこは言い切れ」
イトがヒナの翼へ糸を軽く結んだ。
「行く」
「うん!」
ヒナが本家の門前から飛び立つ。
イトも糸を使い、壁から屋根へ素早く移る。
二人の姿は北へ向かい、すぐに小さくなった。
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北深層旧支配地区は、以前より静かだった。
崩れた塔。
割れた骨門。
戦いの傷が残る石畳。
あの日、クロとグラードがぶつかり、ヴァルドレイクが膝をついた前庭も、遠くに見えている。
骨兵の数は減っていたが、いなくなったわけではない。
物陰や塔の上から、青白い火が二人を見ている。
ヒナは低く飛びながら周囲を見回した。
「懐かしいって言うには、嫌な場所だね」
イトは、崩れた柱から柱へ糸を渡して進む。
「でも、道、ある」
「うん」
「止められる前に通ろう」
二人が崩れた骨門を抜けようとした時だった。
「……その羽」
上から、かすれた声が落ちてきた。
ヒナが急停止する。
崩れた塔の上に、老いた鳥型魔物がいた。
片方の翼が欠けている。
残った羽も灰色に褪せていた。
だが、ヒナを見る目だけは鋭い。
老いた鳥型魔物は、震える脚を折った。
石の上へ深く頭を下げる。
「空王統」
「上位ハーピークイーンの、姫君」
ヒナは空中で固まった。
「……誰が?」
老いた魔物が顔を上げる。
「あなた様でございます」
「私!?」
イトが崩れた石柱の上からヒナを見る。
「ヒナ、姫?」
「やだ、私まで姫って呼ばれるの?」
老いた鳥型魔物は、ヒナの翼の内側を指した。
普段は重なった羽に隠れている場所に、淡い紋がある。
「その羽紋は、空王統の証」
「滅びたものとばかり思っておりました」
ヒナは、自分の翼を見た。
驚いている。
だが、すぐに老いた魔物へ向き直った。
「ごめん!」
「今、伝説の石工を呼びに行く途中なの」
「その話は、また今度!」
老人が、さらに深く頭を下げる。
「姫君の道に、空の加護を」
ヒナは困ったように笑った。
「今は、本家のヒナでいいよ!」
二人は先へ進んだ。
骨塔が見えなくなるほど離れ、崩れた古い保全路へ入ったところで、イトの糸に何かが触れた。
地面の割れ目から、一体の老蜘蛛が姿を現す。
イトの糸へ脚先が触れた瞬間、その八本の脚が震えた。
「王糸……」
イトが止まる。
「糸?」
老蜘蛛は脚を折り、地面へ伏せた。
「王蜘蛛の御子」
「焼かれた王統の、継承糸」
イトは自分を指した。
「イト、王?」
「王の血を引かれております」
「本来ならば、巣の上に立つ御方」
イトは少し考えた。
本当に少しだけ。
それから首を横に振る。
「イトは、イト」
「親父、待ってる」
「今、ドワン呼ぶ」
ヒナが目を丸くした。
「やだ、イトまで王族なの!?」
「本家、梁の上に王族が集まりすぎじゃない?」
イトは糸を出し直した。
「王、あとで」
「今は急いでるからね」
二人は老蜘蛛を残し、先を急いだ。
姫。
王の血。
滅びた一族。
急に言われても、今は困る。
なんでこんな時にそんな話をと、ヒナもイトも思った。
それより先に、門を開ける職人を連れて帰らなければならなかった。
---
旧支配地区の中央門へ近づくと、骨兵が道を塞いだ。
槍骨が四体。
弓骨が二体。
その後ろには、重装骨も並んでいる。
ヒナが空中で止まる。
「やだ、やっぱり止められた」
イトが低い位置へ糸を張った。
「戦う?」
「まだ」
「まず話す」
骨兵の列が、静かに左右へ割れた。
暗い通路の奥で、青い火が揺れる。
骨冠を戴いた痩せた王。
骸骨公ヴァルドレイクが、ゆっくりと姿を現した。
その後ろには、巨躯の骨門番グラードもいる。
ヒナの翼が少し固くなる。
イトの糸も張り詰めた。
ヴァルドレイクは二人を見た。
「空王統の娘と、王蜘蛛の幼体か」
ヒナが目を見開く。
「ちょっと待って」
「なんで、知ってるの?」
「最初に見た時からだ」
「何で言わなかったの!?」
ヴァルドレイクの眼窩で、青い火がわずかに揺れた。
「言う必要がなかった」
「ここで、急に言わなくても」
「いつ言おうが、こちらの勝手だ」
ヒナは言葉に詰まった。
腹は立つ。
だが、ヴァルドレイクらしい。
イトが自分を指した。
「イト、王?」
ヴァルドレイクは答えた。
「王の血があるだけだ」
「王かどうかは、何を背負うかで決まる」
イトは少し考える。
「イト、帰る糸、背負う」
「ならば、それでよい」
ヒナも自分を指した。
「私は姫なの?」
「血筋だけならな」
「王座も民も残っていなければ、今は血筋にすぎん」
ヒナは肩を落とした。
「やだ、急に大したことなくなった」
イトが言う。
「ヒナも、イトも、同じ」
ヒナはイトを見た。
「そうだね」
それから、翼を広げ直す。
「ガイコツ王」
「私たち、急いでるの」
ヴァルドレイクの火が鋭くなった。
「何のために、俺の領域を通る」
「灰積みのドワンを探してる」
「灰環最深部の門を開けるために、ドワンの力が必要なの」
ヴァルドレイクの青い火が、わずかに強くなる。
「グレイヴが起きたか」
ヒナが息を呑む。
「知ってるの?」
「古い管理主だ」
「北深層にも、何度か処分の流れを押しつけてきた」
イトが短く言う。
「悪いやつ」
ヴァルドレイクは否定しなかった。
ヒナは一歩前へ出た。
「通して」
「門を開けられなかったら、本家だけじゃない」
「灰環の奥にいる子たちが、また捨てられる」
ヴァルドレイクは、しばらく二人を見た。
「俺は、本家を認めていない」
「うん」
「知ってる」
「守谷牧人の家が正しいとも思わぬ」
「それも知ってる」
「ならば、なぜ俺が助けると思う」
ヒナは答えに詰まった。
その横で、イトが言う。
「王様、道、守る」
ヴァルドレイクの火が揺れた。
イトは短い言葉をつなぐ。
「グレイヴ、道、捨てる」
「嫌いでしょ」
沈黙が落ちた。
骨兵たちも動かない。
やがて、ヴァルドレイクが低く言った。
「本家を助けるのではない」
「灰環の処分路を、再び俺の領域へ近づけさせぬだけだ」
ヒナの顔が明るくなる。
「通してくれるの?」
「話を最後まで聞け」
「でも、通してくれるんだよね?」
ヴァルドレイクは答えず、グラードを見た。
「グラード」
「ここに」
「旧採石区画まで送ってやれ」
「ドワンを見つけたら、そのまま戻せ」
ヒナが目を丸くする。
「護衛までつけてくれるの?」
「監視だ」
イトがグラードを見る。
「護衛」
「監視だ」
ヒナも頷いた。
「護衛だね」
ヴァルドレイクの青い火が、不機嫌そうに揺れた。
「監視だと言っている」
グラードは何も言わず、二人の前へ出た。
ヒナはヴァルドレイクへ頭を下げる。
「ありがとう、素直じゃないガイコツ王!」
「礼は不要だ」
「俺は、あの家を認めたわけではない」
ヴァルドレイクは骨兵たちへ道を開けさせた。
「だが、一度終えた争いを、灰環の都合で蒸し返されるのも気に入らん」
「行け」
「灰環の始末は、灰環でつけろ」
イトも小さく頭を下げる。
「ありがとう、ガイコツ王」
ヴァルドレイクは顔を背けた。
「早く行け」
グラードが、二人の前へ出る。
その先で、旧採石区画へ続く骨門が、重い音を立てて開き始めた。
ヴァルドレイクは、本家を認めなかった。
それでも、道は閉じなかった。




