灰環核は、親父を支配者にしようとした
灰環核の奥で、巨大な輪が回っていた。
イトが張った帰還の糸。
イシコが置いた、沈まない本家石。
ヒナの案内する声。
ベロの鍋から流れる飯の匂い。
ネムが広げた寝床。
名前を急かさず、来た者を一人ずつ残していく、まめじいの台帳。
そのすべてが、灰環核の冷たい仕組みの中へ届いていた。
捨てるな。
帰るならこっち。
飯は並べば出る。
豪志が掲げる三枚の板も、灰色の光に晒されながら、まだ消えていない。
本家の門前では、仮受付が続いていた。
まめじいの筆は止まらない。
ベロの鍋からは湯気が立ち、ネムの布団では、処分路から助け出された名なしの影たちが眠っている。
ナナは、閉じた処分路の傷跡の前に立っていた。
本家は、まだいつもの場所にある。
ただ、その家としての働きだけが、灰環核の中枢へ食い込んでいた。
灰色の輪が一周する。
吊るされた古い名札と、折れた帰還札が擦れ合った。
かさ。
かさ。
誰かの名前を、記録から削り落とすような音だった。
石板に文字が浮かぶ。
本家仮受付、核中枢到達。
処分路、機能低下。
帰還不能判定、保留増加。
帰還点、複数形成。
家主方針、灰環内部へ浸透。
一度、文字が消えた。
次に浮かんだのは、同じ言葉だった。
対処不能。
対処不能。
対処不能。
ヒナが梁の上から身を乗り出した。
「やだ。灰環核が、分からないって言い始めた」
ナナが短く言う。
「分からなくていい」
「捨てなければ」
ベロは鍋を混ぜながら頷いた。
「飯を出せば落ち着く」
ミズハが水桶の横から言った。
「食べる口があればね」
クロの右が低く言う。
「無理やりこじ開けて、飯を突っ込んでやれ」
牧人は右を見た。
「余計な穴を増やすな」
右は不満そうに鼻を鳴らした。
その時、灰環核が重く鳴った。
ごん。
輪の表面から灰色の文字が剥がれ、空中で新しい判定を作っていく。
帰還点作成者、確認。
帰属先形成者、確認。
仮受付設置者、確認。
家主個体、牧人。
牧人は露骨に嫌そうな顔をした。
「また俺か」
ザガが槍を構え直す。
「攻撃じゃねえな」
「何か決める気だ」
まめじいが石板を見た。
「登録かと存じます」
「何の」
灰環核が答えた。
帰還点を形成する者は、管理者でなければならない。
帰属先を形成する者は、統括者でなければならない。
迷宮内帰還路を改変する者は、支配権限を有するものとする。
牧人は、並んだ文字を見た。
管理者。
統括者。
支配権限。
どれも、面倒そうな言葉だった。
「まめじい」
「つまり?」
まめじいは、少しだけ間を置いて答えた。
「親父殿を、灰環大迷宮の支配者として登録しようとしております」
門前に、奇妙な沈黙が落ちた。
ヒナが目を丸くする。
「親父、灰環の親分になるの?」
牧人は即答した。
「ならない」
ナナも言う。
「ならない」
ニコが板を出した。
親父、ならない
豪志が力強く頷いた。
「親分さんには本家があります!」
「これ以上増えたら、休む暇がなくなります!」
牧人は豪志を見る。
「今もそんなに忙しくしてるつもりはないんだが」
牧人はまめじいを見る。
まめじいは静かに視線を逸らした。
ベロが鍋の前から聞いた。
「支配者になると、肉は増えるのか」
「増えない」
「なら、ならなくていい」
クロの右が口を挟む。
「増えるなら考えてもよい」
中央が低く言った。
「考えるな」
灰環核が、再び鳴った。
ごん。
支配権限、付与。
迷宮統括者、登録。
全帰属個体、管理下へ。
本家仮受付、正式機能へ編入。
家主個体、灰環管理者へ移行。
輪の中心から、灰色の光が伸びた。
鎖ではない。
杭でもない。
灰色の冠だった。
冷たい輪を小さく縮めたような冠。
その表面には、いくつもの文字が刻まれている。
所有。
登録。
統括。
命令。
処分許可。
冠が、牧人の頭上へゆっくりと降り始めた。
ヒナの顔から笑いが消える。
「親父、避けて!」
ザガが槍を引いた。
ナナが短剣に手をかける。
クロの三つの首が、同時に低く唸った。
右が牙を剥く。
「親父に触れるな」
中央が言う。
「あれを受ければ、親父は灰環の規則に縛られる」
左が冠の文字を見た。
「本家にいる者まで、灰環の所有物として扱われるだろう」
牧人は片手を上げた。
「待て」
クロの三つの首が、牧人を見る。
「俺が断る」
灰色の冠は、牧人の頭上で止まった。
まだ触れてはいない。
だが、冷たい重さだけが頭から肩へ落ちてくる。
牧人は、お玉を握り直した。
「管理下って何だ」
灰環核が文字を返す。
帰属個体は管理対象である。
受付個体は登録対象である。
帰還希望個体は誘導対象である。
全対象を統括者の管理下に置く。
牧人はまめじいを見た。
「分かりやすく言ってくれ」
まめじいは、静かに答えた。
「本家にいる者を、すべて親父殿の所有物として扱う」
「親父殿の判断で残し、親父殿の判断で帰し」
「必要であれば、親父殿の判断で処分する」
「その権限を渡す、という意味にございます」
牧人の表情が消えた。
「……処分?」
灰環核は、ためらわなかった。
統括者は、不適格個体の処分権限を有する。
管理維持のため、選別は必要である。
帰還資源は有限。
全個体の帰還は不可能。
仮受付に並んでいた灰色の影たちが、一斉に牧人を見た。
さっきまで粥を食べていた者。
名前をまだ言いたくない者。
布団へ行くか迷っている者。
やっと自分の足で立てた者。
その目に、不安が戻っていた。
また選ばれるのか。
今度は、この家主に。
牧人は、その視線に気づいた。
「いらない」
灰環核の光が揺れた。
支配権限、受領を推奨。
管理者不在では、帰還路維持不能。
帰属個体群、統括不能。
「いらないって言ってる」
牧人は、はっきりと答えた。
「飯を食ってるやつは、管理対象じゃない」
「寝てるやつも、登録品じゃない」
「名前を言いたくないやつは、まだ考えてる途中だ」
「帰りたいって言ってるやつは、俺の荷物じゃない」
牧人は、お玉の先を冠へ向ける。
「家にいるのと、管理されるのは違うだろ」
灰色の冠が軋んだ。
家主個体、管理を否定。
帰属個体、所有を否定。
統括権限、受領拒否。
理由、照合不能。
牧人は言った。
「本家に来たやつは、俺の物じゃない」
「ここに並んでるやつらも、俺の持ち物じゃない」
クロの右が言った。
「俺は、若頭ではある」
牧人は右を見る。
「役目と、所有は違うだろ」
中央が頷いた。
「その通りだ」
左も静かに続ける。
「ここにいるのは、俺たちが選んだからだ」
ナナが短く言った。
「私は、自分でいる」
イトも梁の上から言う。
「イトは、イト」
イシコが石畳に手を置く。
「イシコも、イシコ」
ベロは鍋を混ぜながら言った。
「飯は出す」
「食うかは、そいつが決める」
ネムも布団の端を押さえた。
「寝る子は、自分で起きる」
ぷるが小さく揺れた。
ぷるん。
ミズハが、その体を支える。
「ぷるも、自分でやると決めたのよ」
「止めても無茶をするから困るけれど」
ぷるが少しだけ誇らしげに膨らんだ。
まめじいは台帳へ筆を走らせた。
親父殿、灰環支配者登録を拒否。
本家構成員および受付待機者、親父殿の所有物に非ず。
本家滞在、各自の意思による。
灰環核の文字が乱れる。
意思。
任意。
選択。
非所有。
照合不能。
管理不能。
統括不能。
ヒナが小さく言った。
「本当に、分かってないんだ」
牧人は灰環核を見た。
「俺が選ぶ側に回ったら、今までと同じだろ」
その言葉に、灰色の輪が止まった。
処分する者が変わるだけ。
選ぶ者が変わるだけ。
灰環核の代わりに牧人が、新しい選別者になる。
それでは何も変わらない。
牧人は続けた。
「お前の代わりに俺が、帰していいやつと駄目なやつを決めるのか?」
「そんなの、いらない」
灰環核が答える。
統括者なき帰属点は、成立しない。
支配者なき管理は、不可能。
選別なき帰還は、維持不能。
「だったら、支配しないやり方を覚えろ」
灰環核の光が大きく揺れた。
理解不能。
牧人は言った。
「支配者はいらない」
灰色の冠に、細い亀裂が入った。
「帰る場所があればいい」
ばきり。
冠が割れた。
灰色の破片が、牧人の頭上から落ちる。
だが、石畳へ触れる前に灰となって消えた。
同時に、灰環核の輪にも大きな亀裂が走る。
帰還不可。
不適格。
処分対象。
名、不要。
役目抽出。
古い札が、次々と剥がれ落ちた。
代わりに、本家の台帳から届いた言葉が浮かび上がる。
受付待ち。
名、後で可。
飯希望。
休眠中。
呼称保留。
帰還希望。
処分保留。
灰環核の文字が激しく乱れた。
支配者登録、失敗。
統括者、未登録。
帰属個体、非所有。
選別権限、受領拒否。
管理体系、崩壊。
管理体系、崩壊。
ごん。
灰環核の内側で、何かが崩れる音がした。
処分路へ向かっていた灰色の流れが止まる。
名前を薄くしていた光が消える。
仮受付に並んでいた影たちの輪郭が、少しだけ濃くなった。
ヒナが息を呑んだ。
「親父」
「本当に崩れ始めてる」
まめじいは石板を見つめた。
「支配者を前提としていた仕組みが、親父殿の拒否によって成立しなくなったのでございましょう」
ナナが短く聞いた。
「勝った?」
クロの中央が低く答える。
「まだだ」
灰環核に、新しい文字が浮かぶ。
管理体系、崩壊。
帰還路、維持不能。
崩落区画、制御不能。
灰毒領域、監視不能。
外敵排除、実行不能。
管理主、不在。
牧人は眉を寄せた。
「管理主、不在?」
まめじいも表情を引き締める。
「親父殿」
「支配者は不要ですが、迷宮を保全する者まで不要というわけではございませぬ」
「保全?」
「帰還路を維持する」
「崩落区画を閉じる」
「灰毒を監視する」
「迷子を見つける」
「危険な侵入者を止める」
「受付までの道を残す」
まめじいは続けた。
「誰も見なければ、灰環そのものが崩れます」
牧人は少し考えた。
「誰かが、灰環を見てないと駄目ってことか」
「左様でございます」
ヒナが不安そうに聞く。
「じゃあ、やっぱり親父がやるの?」
「やらない」
牧人は即答した。
ヒナは頷いた。
「うん」
「知ってた」
ナナが短く言う。
「親父は、本家にいる」
「そうだ」
灰環核が再び文字を出す。
管理者不在。
支配権限、再付与を推奨。
家主個体、再登録。
牧人は嫌そうな顔をした。
「だから俺に戻すな」
ニコが板を出した。
親父以外
一瞬、門前が静かになった。
牧人は板を見て頷いた。
「そうだな」
「俺以外で、ずっと灰環を見てきたやつはいないのか」
その問いに、灰環の最深部が反応した。
ごん。
今までよりも深い音だった。
旧帳場の奥ではない。
灰環核のさらに下。
本家の糸も、石も、飯の匂いも、まだ届いていない場所。
そこから、何かが身じろぎした。
ごん。
ごん。
迷宮そのものが軋むような音だった。
イシコが石畳へ両手をつく。
「下」
「すごく、大きい」
イトの糸が一斉に張った。
「一番奥」
「ずっと、寝てた」
ザガが槍を構える。
「灰環核じゃねえ」
「もっと古い」
クロの三つの首が、ゆっくりと最深部を向いた。
右が牙を剥く。
「ようやく起きたか」
中央が低く言う。
「灰環核よりも古い気配だ」
左は、遠い記憶を探るように目を細めた。
「俺を封じた頃にも、奥にいた」
灰環核の石板に、古い文字が浮かぶ。
旧管理主個体。
灰環核接続。
長期休眠。
管理体系崩壊により、再起動。
まめじいの声が硬くなった。
「旧管理主個体……」
ヒナが梁の上で身を固くする。
「何、それ」
まめじいは、石板の文字を見つめた。
「灰環核よりも古く、この迷宮の保全に関わっていた存在かと」
「ただし、詳細はまだ分かりませぬ」
灰環最深部で、巨大な灰色の輪が持ち上がった。
その下に、獣の頭がある。
目も鼻もない。
顔の中央に、縦に裂けた巨大な口だけがあった。
背には幾重もの灰色の輪。
そこには、無数の名札と、折れた帰還札が吊られている。
暗闇の底から、六本の脚がゆっくりと姿を現した。
後ろ半分は、灰環核そのものへ沈み込んでいた。
獣なのか。
迷宮の一部なのか。
石板に映る姿だけでは、判別できない。
仮受付にいた灰色の影たちが、一斉に怯えた。
布団で眠る者たちも、夢の中で身を縮める。
ネムが布団を押さえた。
「みんな、この声を知ってる」
ヒナの顔から血の気が引いた。
「これが、灰環の奥にいたやつ?」
クロの中央が答えた。
「ああ」
右が低く唸る。
「禁域級の化け物だ」
門前の空気が張り詰めた。
ヒナが翼を縮める。
「禁域級って……」
「若頭よりも、さらに上の……?」
右が不満そうに牙を鳴らした。
「上ではない」
中央が右を見る。
「今は張り合うところではない」
ザガの槍を握る指に力が入る。
「いるだけで、迷宮全体を動かす主級か」
イシコが小さく言った。
「石が、怖がってる」
イトの糸も震えている。
「道、全部」
「あれにつながってる」
まめじいは、石板に浮かぶ古い文字を追った。
やがて、低く名を読んだ。
「旧管理主個体」
「《灰環棄還獣グレイヴ》」
灰環核が、その名を肯定した。
灰環棄還獣グレイヴ。
旧管理主。
帰還選別機能、統括。
灰環大迷宮、維持主。
牧人は、石板に映る巨大な獣を見た。
「こいつが、灰環を見てたのか」
まめじいは慎重に答えた。
「灰環を保全していた存在であることは、間違いないかと」
「しかし、保全と選別を同じものとして扱っております」
グレイヴの巨大な口が、ゆっくりと開いた。
そこから漏れたのは、一つの声ではなかった。
老人。
子ども。
人間。
魔物。
灰環の奥へ沈められた者たちの声が、重なって響く。
選別なき管理は、成立しない。
不要個体を処分せず、迷宮は維持できない。
帰還資源は有限。
すべてを戻すことは、不可能。
牧人の顔が険しくなった。
「また、それか」
灰環核の石板に、新たな文字が浮かぶ。
旧管理主、再起動。
帰還選別機能、再接続。
処分路、復旧準備。
本家仮受付、異常帰還点として排除。
受付待機個体、再選別対象へ移行。
仮受付に並んでいた灰色の影たちが、一斉に身を縮めた。
ネムの布団で眠っていた者も、苦しそうに体を丸める。
ナナが、閉じた処分路の前へ立った。
「また、落とす気」
ベロは鍋を置いた。
「飯を食ったやつを、戻すな」
イトの糸が強く震える。
「道、引っ張られてる」
「奥へ、戻される」
イシコも石畳へ両手をついた。
「本家石、抜こうとしてる」
グレイヴの六本の脚が動いた。
そのたび、閉じたはずの処分路から、灰色の光が漏れ始める。
まめじいの表情が変わった。
「親父殿」
「このまま放置すれば、グレイヴは灰環核へ再び接続いたします」
「仮受付も、帰還路も、処分保留の記録も、すべて元へ戻されます」
牧人は、怯える影たちを見た。
「止めるには?」
「グレイヴ本体と、灰環核をつないでいる管理経路を断つ必要がございます」
「その上で、選別を伴わぬ保全の仕組みに置き換えねばなりませぬ」
ヒナが息を呑んだ。
「それって、ここからはできないの?」
まめじいは首を横に振った。
「管理経路の起点は、最深部にございます」
「グレイヴの元へ到達しなければ、止められませぬ」
灰環核の石板に、冷たい文字が浮かぶ。
再選別開始まで、待機。
最終保全門、閉鎖。
異常帰還点、順次排除。
牧人は、その文字をしばらく見ていた。
グレイヴを倒したいから行くのではない。
支配者になりたいからでもない。
せっかく受付まで来た者たちを、もう一度処分路へ戻させないためだ。
作った帰還路を残すためだ。
そして、灰環を誰かが支配しなくても維持できる形へ変えるためだ。
牧人は、お玉を肩へ担いだ。
「分かった」
クロの三つの首が、同時に最深部を向く。
牧人は、暗い道の奥にいるグレイヴを見据えた。
「受付に来たやつを、勝手に連れ戻されるわけにはいかない」
「灰環を守るのに、誰かを捨てるしかないって言うなら」
一度、言葉を切る。
「その仕組みごと、止めに行く」
クロの右が牙を剥いた。
「当然、俺も行く」
中央が低く続ける。
「グレイヴと灰環核の接続を噛み切る必要がある」
左は、最深部から流れてくる気配を探った。
「だが、本家を空にはできん」
まめじいが頷いた。
「左様でございます」
「灰環核が最深部へ意識を向けた隙に、別の処分路が動かぬとも限りませぬ」
牧人は門前を見回した。
仮受付には、まだ列がある。
ネムの寝床には、動けない者がいる。
ベロの鍋を待っている者もいる。
ナナが閉じた処分路も、完全に消えたわけではない。
全員で行くわけにはいかなかった。
まめじいが静かに人選を始める。
「親父殿と若頭は、最深部へ」
「ザガ殿は前衛として同行を」
「ヒナ殿は上方と分岐の確認」
「イト殿は帰還路と細道の確認」
「イシコ殿は、灰環核と石組みの変化を見ていただきます」
ヒナが翼を広げた。
「よし!行く!」
イトも短く言う。
「イトも」
イシコが石畳へ手を置いたまま頷く。
「奥、見る」
ザガは槍を肩へ担いだ。
「最初から、そのつもりだ」
まめじいは次に、本家へ残る者たちを見る。
「ナナ殿は処分路を」
「ネム殿は寝床を」
「ベロ殿は飯場を」
「ミズハ殿は水場と灰熱の監視を」
「ぷる殿は、無理をせず灰毒の流入だけ見てくださいませ」
「ニコ殿には、門前の案内をお願いいたします」
ぷるが、少し不満そうに揺れた。
ぷるん。
ミズハがその体を押さえる。
「無理をしないのも仕事よ」
ぷるは、しぶしぶ小さく縮んだ。
まめじいは続けた。
「本家の外周については、ゴルム殿へ応援を要請いたします」
「灰環核が動いている間、別方向から狙われぬよう、旧保全路側を押さえていただきましょう」
牧人は頷いた。
「頼む」
灰環核が、低く鳴った。
ごん。
最深部へ続く灰色の石床が、暗闇の奥へ伸びていく。
壁が左右へ退く。
長く閉じていた保全路が、ひと区画ずつ姿を現した。
石板に文字が浮かぶ。
旧管理主区画、接続。
最深部保全路、開放。
家主個体、到達を待機。
ヒナが、開いた道の先を見た。
「ずっと奥まで続いてる」
イトが糸を伸ばす。
だが、その糸は途中で止まった。
「先」
「大きいもの、ある」
イシコも石畳へ触れたまま顔を上げる。
「道、そこで閉じてる」
牧人は暗闇の奥を見た。
まだ何があるのかは見えない。
ただ、道の先に、灰環核とは別の巨大な石の気配があった。
クロの中央が低く言った。
「グレイヴは、その向こうだ」
牧人は一歩、開いた保全路へ踏み出した。
「なら、行くぞ」
本家に残る者たちが、黙ってその背中を見送る。
最深部への道は開いた。
だが、グレイヴの元まで届いたわけではなかった。




