クロの杭を、もう一度打とうとした
灰色の封鎖の光が、本家の門前へ降り注いだ。
一本は、大鍋へ。
一本は、本家石へ。
一本は、クロの足元へ。
そして、最後の一本は、お玉を構えた牧人の胸元へ。
白帳の背に開いた白い帳面板が、不気味なほど静かに明滅している。
古い記録。
古い分類。
古い封鎖。
そのすべてを、今この門前にもう一度押しつけようとしていた。
「来るぞ!」
牧人が声を張り上げる。
ベロが鍋蓋を押し出した。
ナナが走る。
ヒナが梁から飛び立つ。
イシコが石畳に手を押し当て、イトの糸が本家石の周りで張り詰める。
ミズハの水が立ち上がり、ぷるがその下でぶるぶると震えながら灰毒を吸う構えを取った。
右奥の戸口では、ネムが眠りかけた名なしの影に布団をかけていた。
その名なしの影が、古い封鎖の気配に怯えて、布団の端を掴む。
ネムは、ぼそりと言った。
「大丈夫」
「寝てて」
短い声だった。
だが、その布団の中の影は、少しだけ肩の力を抜いた。
ここは処分路ではない。
右奥の寝床だ。
消される場所ではない。
眠っていい場所だ。
それを守るために、本家の全員が前に出ていた。
最初の封鎖線が、大鍋へ伸びる。
ベロは正面から受けた。
がん、と鍋蓋が鳴る。
「飯は消させない」
「煮える前に邪魔するな」
二本目の封鎖線が、本家石へ向かった。
イシコが石畳を押さえる。
「石、動かない」
「ここ、帰る場所」
イトの糸が、その小石に絡む。
糸が灰色に染まりかける。
「切らない」
「でも、沈まない」
ミズハが水で灰の濁りを薄め、ぷるがほんの少しだけ吸い取る。
三本目が、クロへ向かった。
その瞬間、門前の空気が変わった。
灰色の封鎖線は、ただの線ではなくなった。
光の中に、影が浮かび上がる。
杭だった。
一本。
二本。
三本。
巨大な灰色の杭が、幻のように空中へ現れた。
それは今ここにあるものではない。
だが、ただの幻でもない。
古い迷宮の記録が形を取ったもの。
かつて、クロを縛ったもの。
かつてクロの三つの首を、動けなくしたもの。
その杭が、もう一度、クロへ向かって降りようとしていた。
「……おい」
クロの右の首が、低く唸った。
剥き出しの牙が、ぎらりと光る。
「また、それを出すか」
中央の首は、黙っていた。
目を細め、真正面から杭を見据えている。
逃げない。
だが、その足が、ほんのわずかに石畳へ沈みかけた。
左の首は、静かに息を吐いた。
「古い痛みを、よく覚えているものだ」
ヒナが梁の上で、喉を詰まらせるように息を呑んだ。
「あの杭……」
ナナが短く言った。
「嫌なやつ」
豪志が、板を持つ手を震わせながら叫んだ。
「若頭! ここは俺が身代わりになります! 俺に構わず――」
右の首が、一瞥もくれずに言った。
「邪魔だ。退け」
「構うどころか、拒否された!」
白帳の顔の板に、冷たい文字が走る。
旧時代封鎖記録、再現。
対象、グラウヴィス。
三首獣王系統、再拘束。
杭式、再打設。
牧人の目が、一気に冷えた。
「打設?」
低い声だった。
白帳の板が、冷たく光る。
再封鎖、実行。
牧人は迷うことなく、一歩前へ出た。
「それは、もう抜いた」
門前の空気が、ぴたりと静まり返った。
白帳の光が、牧人へ向く。
牧人は、お玉を握ったまま、クロの前に立った。
槍でもない。
大剣でもない。
盾でもない。
ただ、お玉を持った家主が、三本の古い杭の前に立った。
「うちの若頭に、また刺すな」
右の首が、荒く息を吐いた。
「親父、邪魔だ。退け」
「退くか。ここは俺の家だ」
「これは俺の肉に来る縛りだ」
「だから退かないんだよ。俺の家でクロに手を出すなら、それは俺の問題だ」
中央の首が、低く言った。
「親父。これは俺の古い名前に紐づく封じだ」
「生身のお前が受けていいものではない」
牧人は、振り返らなかった。
「古い名札だろうが、何だろうが関係ない」
「今のクロに刺さるなら、それはうちの問題だ」
左の首が、どこか可笑しそうに静かに目を伏せた。
「つくづく、面倒な親父だ」
「今さら何を言ってる。早くこの不審者を追い出すぞ」
牧人は、空中の杭を睨みつけた。
「白帳」
「お前の古い帳面に何て書いてあるか知らん」
「昔、こいつが何だったかも知らん」
「でも、今のこいつは、うちのクロだ」
「うちで飯を食って、門前を警備して、毎日肉の配分が少ないって文句を言う、うちのクロだ」
右の首が、少しだけ嬉しそうに低く唸った。
「肉の量に関する正当な抗議は、今後も継続する」
「その抗議はあとで聞く」
ヒナが震えた声で、しかし我慢できずに吹き出した。
「やだ、若頭、こんな時でも肉の権利だけは譲らない……!」
しかし、誰も笑いきれなかった。
杭は、なおもそこにあった。
三本まとめて、クロへ向かって振り下ろされようとしている。
白帳の板が、さらに冷たく光る。
家主個体、妨害。
保護主張、無意味。
旧封鎖式、実行。
杭が、落ちた。
その瞬間だった。
門の外から、風を切る音が響いた。
一本の槍の柄が、灰色の封鎖線の横腹を叩いた。
斬らない。
受け止めない。
ただ、その一撃で、軌道だけをわずかにずらす。
封鎖線の一本が、粥の鍋を逸れて、門前の石畳に突き刺さった。
じゅ、と嫌な音がして、石の表面が白く濁る。
「遅くなった」
ザガが、門前に戻ってきた。
肩には灰がつき、槍の柄には細かい傷が走っている。
だが、その足はしっかりと石畳を踏みしめていた。
ヒナが梁の上で、手を叩いて叫んだ。
「やだ、ザガ!」
「一番いいところで帰ってきた!」
ナナが短く言った。
「待ってた」
牧人は、クロの前から視線を逸らさずに聞いた。
「南根道は」
ザガは短く答えた。
「連絡は通した」
「ドルグが動いてる」
「若い衆も下げた。灰はもう、南からは回れない」
「そうか」
「だから戻った」
「こっちが本命だろ」
ザガは白帳を正面から睨んだ。
そして、空中に浮かぶ三本の巨大な杭を見て、不快そうに顔をしかめた。
「親分、あれは受けるな」
「あれは、触れたものを底へ引きずる杭だ」
「槍で流せるのは、外側の線だけだ」
「あの杭そのものとは、まともに付き合うな」
牧人は低く言った。
「じゃあ、どうしろって言うんだ。お玉で叩き落とすか?」
ザガは槍を構え直した。
「さすがに、お玉が壊れるぞ」
「そうか。お玉は予備がないから困る」
「だから、俺が杭の通り道を乱す」
「根っこから折るのは、今の名前を呼んでいる親分の役目だ」
牧人は、初めて横目でザガを見た。
「俺の役目?」
「そうだ」
「あれは、若頭を古い記録の檻に戻すための杭だ」
「力ずくで受け止めようとすると、古い名前に魂ごと引きずられる」
「けど、親分は違うだろ」
「ずっと、若頭をクロと呼んで、飯を食わせてる」
クロの中央の首が、静かにザガを見据えた。
「よく見えているな」
ザガは肩をすくめた。
「戦場で嫌な縛りを見るのは、慣れてるんでね」
白帳の杭が、さらに速度を上げて落下する。
ザガが走った。
槍の穂先が、杭の周囲を守るいくつかの封鎖線だけを弾く。
杭の軌道が、わずかにぶれる。
ナナがそこに飛び込み、細い灰色の糸のような補助線を、短剣の腹で叩き切る。
ヒナが上空から羽を打ち、風圧で白い帳面板の視界を遮る。
ミズハが周囲の水を巻き上げ、ぷるが杭の周囲に滲み出る灰毒だけを吸い取る。
イトの糸が、本家石から一直線に伸び、牧人の足元に細い、けれど固い線を張った。
帰るための線。
ここが本家だと、はっきりと示す線。
イシコが石畳を力強く押さえた。
「親父の足元」
「絶対に、動かさない」
ベロが、鍋蓋を胸元に引き寄せたまま叫ぶ。
「親父、無事に戻ったら、粥の肉を少し増やす」
牧人は言った。
「俺じゃなくて、クロに言ってやれ」
「若頭に言うと、張り切り過ぎる」
「確かに、張り切り過ぎて本家を壊すかもな」
ニコがすかさず板を出した。
若頭、張り切るな
牧人はそれを見て、小さく息を吐いた。
三本の杭が、ついにクロの鼻先まで迫った。
右の首が、怒りで牙を剥く。
中央の首は、静かに耐えている。
左の首は、記憶の底に沈みかけるように、その瞳を細めていた。
古い記録に、引き戻されそうになる。
古い忌まわしい名前に、再び縛られそうになる。
本家のクロではなく、旧封鎖対象グラウヴィスとして、冷たい檻に入れられる。
その暗い気配が、確かにクロの足元から立ち上がりかけていた。
牧人は、その前に立った。
「おい、白帳」
白い顔の板が、牧人を冷たく捉える。
「お前の帳面に、こいつがどれだけ物騒な魔獣だと書かれていようが、俺たちには一文字も読めん」
「うちのまめじいが書いた帳面には、クロって載ってる」
「ニコの板にもクロってある」
「ベロも、毎日クロの飯を作ってる」
「ナナもヒナも、普通にクロって呼んでる」
「そこの騒がしい豪志だって、毎日若頭って呼んでる」
豪志が、涙目になりながら板の陰から叫んだ。
「はい! 俺は若頭の舎弟として、若頭の肉の権利を応援します!」
ナナが短く言った。
「豪志、今は口を閉じて」
「はい!」
牧人は、降ってくる三本の杭をまっすぐに指さした。
「だから、お前のその古い杭は、うちにはもう刺さらない」
「こいつを昔の檻に、勝手に戻すんじゃない」
「今いる、みんなで飯を食う場所から、引き剥がそうとするな」
白帳の顔の板に、拒絶を示す文字が激しく走る。
家主方針、干渉。
保護対象、指定。
旧封鎖式、抵抗発生。
帰属点、異常強化。
牧人は、杭に向かって、一歩を踏み出した。
イトの糸が、その足元をしっかりと吊り上げる。
イシコの石が、決して沈まないように足場を固める。
ミズハの水が、灰の濁りを洗い流す。
ぷるが、足元で毒を吸う。
ザガが、周囲の余計な封鎖線を槍で払い飛ばす。
ナナが、絡みつく細い縛り糸を切り裂く。
ヒナが、上空から白帳の挙動を見張る。
ベロが、鍋蓋で飯を守り続ける。
ネムが、右奥で名なしの影たちを布団で包んでいる。
まめじいは、帳面を開いたまま、一文字も書き漏らさない。
そしてニコが、門前で最も高く板を掲げた。
クロはクロだ
その板が掲げられた瞬間、頭上にあった三本の巨大な杭が、わずかに震えた。
白帳の顔に、不穏な明滅が走る。
通称、不当干渉。
現帰属名、異常抵抗。
旧識別名、上書き不能。
牧人は不敵に笑った。
「当たり前だ」
「本人がとっくに捨てた名前を、お前が勝手に戻すな」
三本の杭が、牧人とクロのわずかな隙間で止まった。
だが、完全には消えない。
未だ、執念深く落ちようと力を溜めている。
白帳の背の帳面板が、さらに大きく開く。
旧封鎖式、強制続行。
対象、グラウヴィス。
牧人は、腹の底から怒鳴った。
「うちの、クロだ!」
その声が、門前に響き渡った。
同時に、地面の本家石が、強い光を放った。
イトの糸が、ぴんと震える。
まめじいの帳面の頁が、ばらばらとめくれた。
ニコの板の文字が、さらに濃く、力強く浮かび上がる。
クロは、クロ。
白帳の板に、新たな文字が浮かび上がった。
家主方針、発動。
保護対象、再封鎖拒否。
三本の巨大な杭に、一斉に亀裂が走った。
一本目が、乾いた音を立てて砕ける。
右の首に向かっていた杭が、灰色の粉となって散った。
右の首が、荒い息を吐きながら言った。
「はっ」
「ようやく砕けたか」
二本目が、真っ二つに割れる。
中央の首に向かっていた杭が、大きくひび割れ、崩れた。
中央の首は、静かに目を閉じた。
「……完全に、抜けたな」
三本目が、最後まで粘っていた。
左の首に、最も深く刺さろうとしていた、静かな杭だ。
左の首の目が、かすかに揺れる。
牧人は、もう一度、いつもの声で呼んだ。
「クロ」
その声は、命令でも怒声でもなかった。
ただ、飯の時間に呼びかけるような、当たり前の声だった。
左の首が、ゆっくりと視線を牧人に向けた。
その瞬間、三本目の杭が、内側から割れた。
ぱきん、と乾いた音が響く。
そして、かつてクロを縛っていた三本の杭の痕跡が、まとめて砕け散った。
クロの足元に、灰色の光の破片が降り注ぐ。
だがそれは、すぐに本家の石畳に吸い込まれ、消えていった。
白帳の顔の板が、激しく明滅を繰り返す。
旧封鎖式、失敗。
杭痕、完全破断。
三首獣王系統、再封鎖不能。
家主方針、極めて異常。
牧人は、少し肩で息を整えながら、面倒くさそうに言った。
「また異常か」
「お前、本当にそれしか言えないのか」
ヒナが梁の上で、泣き笑いのような顔をした。
「やだ……」
「親父が、本当に古代の縛りを叩き割っちゃった……」
ナナが短く言った。
「さすが、親父」
ザガは槍の柄を肩に戻し、低く息を吐いた。
「見事なタイミングだったな」
ベロが、背後の粥の鍋を確認した。
「よし、吹きこぼれていない」
「粥も無事だ」
豪志が、涙を拭いながら、勢いよく手を上げた。
「俺も! 俺も若頭が無事で、お粥が吹きこぼれていないことを、心から祝福いたします!」
「お前は……、まあ無事でよかった」
牧人が呆れたように言うと、クロの右の首が低く笑った。
「いや、粥の安全は、極めて重要だ」
中央の首が、ゆっくりと牧人を見下ろした。
「親父」
「何だ。まだ何か不満か」
「大きな借りができたな」
牧人は首を横に振った。
「借りでも貸しでもない」
「ただの、うちの家族を守っただけだ。家主の仕事だ」
左の首が、静かに言った。
「では、家族として、一言だけ言わせてもらおう」
三つの首が、同時に牧人を見つめた。
「助かった、親父」
牧人は、少しだけ照れくさそうに目を逸らした。
それから、何でもないことのように手をひらひらと振った。
「分かったなら、早く飯を食って休め。列が詰まってる」
右の首が即座に、期待を込めて言った。
「ところで、肉の追加は?」
「今日は胃に優しい粥だ」
「肉も優しいぞ」
「却下だ」
ニコが板を出した。
若頭、今日は粥
右の首が不満そうに、小さく唸った。
ヒナが梁の上で、ようやく緊張から解放されて笑った。
「やだ、世界を縛りそうな杭が砕けた直後に、肉の交渉をしてる……!」
「でも、それでこそ本家の若頭ね」
---
そのころ、黒冠大迷宮の中層でも、黒鷲槍の隊列は崩れかけていた。
後方の負傷者と補助隊は、小太郎が示した細い道を通って、閉じかけた通路から逃げていく。
残ったのは、鷲尾レントの直属隊と、まだ前へ進むことだけにしがみついている者たち。
その中に、八代玲臣がいた。
八代は剣を握りしめ、千景に近づいて睨みつけた。
「ふざけるな……!」
「逃げるやつらなど放っておけ」
「前衛が前に進めば、それでいいんだろうが!」
千景は八代を見て、少しだけ考えた。
「……誰だっけ」
八代の顔が、凍った。
「前に会ったはずだ」と叫びたそうな顔だった。
千景は思い出したように頷く。
「……ああ」
「前にいたね、そういえば」
八代の顔が、歪んだ。
覚えられていなかったわけではない。
覚える必要のある相手として、扱われていなかった。
その方が、よほど刺さった。
千景は八代の足元を見た。
そこには、踏み潰された青い道札があった。
黒冠の影が、その札の周囲で濃くなっている。
「道札を踏む人は、黒冠では前に立たないで」
「後ろが死ぬから」
「黙れ!」
八代が剣を振り上げる。
だが、その一歩は遅れた。
黒冠の影が、八代の足首をほんのわずかに掴んでいた。
千景の《夜鴉》が横から入る。
刃ではなく、剣の腹で叩いた。
八代の剣が弾かれ、両腕が痺れる。
「ぐっ……!」
千景は淡々と言った。
「遅いよ」
鷲尾が怒鳴る。
「鴉宮千景!」
「黒鷲槍の攻略を妨げる気か!」
千景はようやく鷲尾を見た。
「違うよ」
「黒冠を荒らす人を止めてるだけ」
小太郎が、黒い影の端で短く鳴いた。
「わふ」
千景は小太郎を見る。
「帰れる道、もう細いんだね」
それから、残った隊員たちへ声を向けた。
「生きて帰りたい人は、今すぐ後ろの道へ」
「残るなら、黒冠に飲み込まれる覚悟をして」
軽い声だった。
だが、誰も笑えなかった。
鷲尾の命令は、まだそこにある。
けれど、黒冠の影はもう、鷲尾ではなく千景の言葉に反応していた。
その事実だけで、隊員たちの顔から血の気が引いていく。
黒冠の姫が、侵入者たちの道を閉じ始めていた。
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本家の門前では、白帳の白い顔の板が、まだ不気味な明滅を繰り返していた。
クロを縛るはずだった三本の杭は、完全に砕け散った。
だが、白帳の動きは止まっていない。
旧封鎖は失敗した。
けれど、白帳は、直ちに次の処理を探していた。
白帳の顔の板に、新たな冷たい文字が浮かび上がる。
杭式、完全破断。
再封鎖、不能。
代替処理、検索。
家主方針、極めて危険。
本家帰属点、最優先排除。
牧人は、クロの前に立ったまま、手にしたお玉を静かに突き出した。
「まだやる気か」
白帳の背中に背負われた白い帳面板が、ぎぎぎ、と嫌な音を立てて、また一枚、重々しく開いた。
その隙間から、今度は鋭い杭ではない、さらに巨大で、すべてを縛り上げる灰色の鎖の影が、ゆっくりと垂れ下がり始めた。
イトが、その気配に小さく息を呑む。
「次、鎖……」
イシコが、地面に両手を押し当てた。
「すごく、重い」
「さっきの杭より、もっと、本家を沈めようとしてる」
ザガが、槍を握り直した。
「親分」
「今度は、個体じゃない」
「この本家の敷地そのものを縛る気だ」
白帳の顔に、冷たい文字が浮かび上がる。
本家全域封鎖、準備開始。
牧人は、手にしたお玉を強く握り締めた。
クロの杭は、全員の力で砕いた。
だが、白帳は、今度は本家そのものを、古い帳面の中に閉じ込めようとしている。
ニコが、少し指を震わせながらも、板を掲げた。
本家、絶対に閉めない
牧人はその文字を見て、力強く頷いた。
「そうだ」
「うちは、まだ本日の受付を閉める予定はない」
灰色の巨大な鎖の影が、門前に向かって、静かに垂れ下がってきた。




