日本復活⑱ 防災対策 後編
2003年(平成15年)10月
西吉野村 自宅にて
私と寧音は紀伊山地全体の防災対策プランを練っていた。
次は発電以外の分野についてだ。
「発電ばかりじゃなく、太陽熱温水器も大量に導入したい」
寧音が不思議そうな表情で少し首を傾げた。
「え?あの、昔の……屋根の上にあったタンクの?確か……テレビコマーシャルもあったわよね?」
「そう。日本では妙に軽視されているけど、あれは実は極めて合理的な装置なんだ。屋根に重量物を乗せるから耐震性に影響するけど、ここは都会じゃないから無理に屋根に乗せる必要はないし、土地は余っている」
問題になった訪問販売のイメージもあって日本では衰退したが、本当は素晴らしい仕組みなのだ。
私はノートに簡単な図を書いた。
「太陽光発電は、太陽エネルギーを一度電気に変換するんだ。だけど、風呂や給湯で必要なのは熱だろう?せっかく作った電気でお湯を沸かすなんて、ナンセンスだとは思わないかい?」
「まあ……そうね」
「だったら最初から熱として利用した方が効率がいい。変換ロスも少ないからね。条件次第では太陽光発電より遥かに高効率だ」
変換効率は太陽光発電の5倍とも言われていた。使わない手はないのだ。
私は家の外を見た。雄大な山々が連なっているいつもの景色だ。
「しかも紀伊半島は比較的温暖で日照時間も長い。山間部でも十分に使える。特に温泉と組み合わせると面白いんじゃないかな」
「でも、あれって昔っぽいというか……」
「そこが問題なんだよ。日本人は古い技術を過小評価する傾向がある。だが本当に重要なのは見栄えじゃない。災害時でも使えるかどうかなんだよ」
自分で言いながらその通りだと思った。
「停電しても、お湯が使えるだけで人間の生活水準は劇的に変わる。冬ならなおさらだ。避難所でも風呂に入れるかどうかで衛生状態も精神状態も大きく変わるだろ?」
「なるほど……」
「だからこの地域では、電化だけを目指さない。熱も含めて設計する。木質バイオマスの排熱利用、床暖房、温室栽培、熱交換方式地熱発電、そして太陽熱温水器。全部繋がっているんだ」
日本は電気を作ることばかり考えて、熱利用を軽視する傾向にあると思っている。
ただし。これらのプランをまとめて実行すると、明智の権力を強めてしまう恐れはある。
翌日、私は本社の会長室に織田を呼び、この点を相談した。
「発送電分離を本格的にやりたいのと、地熱発電にも取り組みたいんだが、明智の動きが気になっているんです。あなたはどう思うか?」
私がそう問いかけると、織田は平然と、いや、何も躊躇することなく言い放った。
「地震と津波と原発事故が同時に起こってしまいますよって、豊臣グループ独自のエネルギー開発は当然必要でんな」
……地震と津波と原発事故か……二人きりだからいいが、この男の発言には毎度ながら肝が冷える。この男には何がどこまで見えているのか、機会を見て確認してみよう。
それも気になるが、明智の力を高めてしまっては、ある日突然、許認可権を人質にとって牙を向けてくる恐れは十分すぎるほどある。織田もそれは認識しているのだろう。続けて言った。
「明智の件は確かに厄介や。せやけど、利益を与えれば与えるほど、奴のキンタマを掴むことは可能でっしゃろ?藤一郎はんに逆らわんようにワシから脅しを入れておきまひょ」
こういった場合に織田ほど頼りになる人物はいないな。
「……そうか。なら、ついでに洋上風力発電と潮流発電もやってしまいましょうか?」
私は令和の記憶を辿る。秋田県沖の洋上風力プロジェクト。採算が取れないと判断して三菱商事は撤退を発表した。だが。
「失敗と決めつけるのは簡単だが、やりようはあるでしょう?」
紀伊半島の沖合。黒潮が流れる太平洋。強い風が安定して吹いている。
「浮体式洋上風力なら、深い海でも設置できる。これも実証実験の対象だ。そして海上では風力発電を行うと同時に、潮流を利用した発電を海面下で行う。それらの電力を陸地まで送るのは、やや非効率かもしれませんね?」
「それはあれでっか?その場で得られた電力を使って、水素を作るエネルギーを生み出すということでっか?」
そこまで理解しているとは意外だ。
「その通り。水素を使ったエネルギーは極めて重要なんですよ」
私は立ち上がり、窓の外を見た。どこまでも広がる紀伊山地。
「日本は災害大国です。地震、台風、豪雪。電力の途絶は命に関わる。だからこそ、この地に分散型エネルギーの実証実験拠点を作るんです」
私は拳を握った。
「分散型電源、バイオマス、小規模水力、太陽光パネル、地熱、洋上風力、そしてEVの蓄電池。水素。全部を統合した『マイクログリッド』を作る。災害が起きても、外部の送電網に依存しないで済む」
これは、単なる電力供給の話ではない。日本のエネルギー政策への挑戦だ。
「分散させるのがポイントです。小さな電源を無数に配置し、ネットワークで結ぶ。一箇所が壊れても、他が補う」
それと、防災という意味では忘れてはいけない組織がある。できれば誘致したい。
私は織田にクイズを出した。
「47の都道府県のうち、奈良県にだけ存在しない組織があるんだが、何か知っていますか?」
織田は下を向き、しばらく黙って考えていた。だが、わからないみたいで顔を上げて言った。
「はて?そんなものがありましたかな?……ちょっと思いつきまへんな?」
織田でもわからないことがあるとは。
たぶん私は得意げな顔をしただろう。そんな自覚があった。
「奈良県には陸上自衛隊の駐屯地がないんですよ。一方で、航空自衛隊の施設は存在しているんですけどね。ですから、可能であればこの五條市に小規模でいいので拠点を誘致したいんです」
私の言葉に、織田は「ほう……」と短く息を漏らし、興味深そうに目を細めた。
「奈良県には陸上自衛隊の部隊が置かれとらんのですか。それはまた、なんでまたそんなことに?」
「歴史的な経緯や近隣の駐屯地との兼ね合いもありますが、とにかく現時点では全国で唯一、実戦部隊の駐屯地がない県なんです。ですが、これから起こるかもしれない巨大災害を考えれば、これはあまりに脆弱です。特にこの紀伊半島の山間部は、一度土砂崩れが起きれば陸の孤島化する集落が無数にある」
私はデスクの上の地図、十津川村や我が西吉野村が位置する、険しくも広大な吉野の山々を指差した。
「だからこそ、ここに自衛隊の拠点を誘致したい。それも、ただの駐屯地じゃない。山岳救助と災害派遣に特化した、最新鋭のヘリコプター部隊を擁する防災拠点です」
令和の記憶が、私の脳裏に鮮明に蘇る。道路が寸断された紀伊半島豪雨の際、救助の要となったのはヘリによる空輸だった。
「なるほど、藤一郎はん。エネルギーの自給自足を進める一方で、有事の『実力組織』も足元に引っ張ってこようというわけやな」
織田の目が、獲物を狙う猛獣のように鋭く光る。
「役人や政治家は『前例がない』『予算がない』と並べるやろが、そこは豊臣が土地を用意し、大義名分を作ってやれば動かざるを得ん。明智を動かして防衛庁にねじ込ませるのも、奴の権力を削ぎながら公的な点数を稼がせる、ええ『鼻薬』になりますわ」
「では関係自治体や政府との交渉をお願いします」
「お任せください。何とか誘致できるように頑張ってみますわ」
そんな簡単なことじゃないから、間に合わないかもしれないが。
次に私はスティーブの家に赴いて確認した。
「スティーブ、先月の約束を覚えているか?君のAppleの技術を提供すると言った」
相変わらず座禅を組んでいた彼は、穏やかな表情で言った。
「もちろんだ、トイチロウ。あの山での経験を忘れたことはない。何が必要なんだ?」
「エネルギー管理システムだ。マイクログリッド全体を制御し、需給バランスを最適化する。システムを構築してリアルタイムで調整する」
「面白い。やろう」
そしてイーロンの家に行った。
私が訪ねた時、彼は温泉地温泉から運んできた湯に浸かって瞑想していた。いや単に寝ていただけか。
「イーロン、テスラのバッテリー制御技術を貸してくれ。三洋の電池を家庭用蓄電池として使いたい」
「……おぅ?おお……当然だ。この地をテストベッドにする約束だっただろう?」
せっかくの至福の時を邪魔してしまっただろうか?だが、私はイーロンに向かって呟いた。
「歴史は繰り返す。この先の日本では大きな災害が起きるような気がする。全体のシステムの真価が問われるのはその時だな。それまでには体制作りを完了させておこう」
2011年3月11日に発生する東日本大震災。そして、福島第一原発事故。そして同じ年の9月に発生する紀伊半島豪雨による災厄。
私は家に戻り、一人で地図を眺めながら呟いた。
「だが、この紀伊半島特区があれば、日本中のモデルになる。災害が起きても、電力が途絶えない地域。それを証明してみせよう」
私はこの特区の強みを使って、何に対してもチャレンジしようと思う。
規制緩和、実証実験、新技術の導入。
私は再び窓の外を見た。夕暮れの光が、紀伊山地を黄金色に染めている。
「この地を、未来のモデルにするんだ」
2003年10月。この日、特区のエネルギー革命が、静かに始まるのだ。
次の日、私は本社の私室に小二郎と寧音を呼んだ。
「小二郎、政府に対しては織田さんに指示を出した。お前は地元自治体との調整を頼む。規制緩和の申請も同時に頼む」
「寧音、俺名義の株を豊臣グループに売って予算を組んでくれ。取りあえず5000億円欲しいんだ。」
二人は驚いた表情を浮かべたが、すぐに頷いた。
「分かったわ藤一郎。とにかく災害に強い体制を作りましょう。でも一つ確認させて。電気をたくさん作るのは分かったけど、肝心の使い道はあるの?」
「安心していいよ。余った電気はリニア新幹線にも活用するからね。超電導コイルは大量の電力を必要とするんだ。それから大塔村のデータセンターも同じだ。それと……柚野山の地下でも通信衛星の実験施設を追加するつもりなんだ」
どの施設も大量の電力を必要とする。
だが、電源を確保するだけで十分だっただろうか。
いや、あれを忘れていたな。ドサクサに紛れてやってしまおう。
「そうだ。忘れていたが小二郎、紀伊山地全体にケーブルテレビのネットワークを構築しようと思うんだ」
私がそう言うと、小二郎が反応した。
「CATVですか。山間部の難視聴エリア対策ですか?現時点でも集落ごとの共聴システムが存在するみたいですが」
「違うんだ小二郎。もっと大規模にやってしまうんだ。もうすぐ地上波デジタル放送が始まるだろう?だが、紀伊山地では、地上波デジタルに対応した電波設備は建設させない。全て有線で対応する。そして……電波を空けさせるんだ」
小二郎も寧音も私の言葉に唖然としているが、それは仕方ない。
空いた電波帯域を使って、やらねばならないことがある。
「でもそれだと緊急時とかに困りませんか?それに、勝手にそんなことできますかね?」
「何のために紀伊山地を電波法の規制区域から外したと思っているんだ?郵政省……今は総務省の管轄になっているとは思うが、最初から設定済みなんだ」
ワンセグ機器や自動車で視聴できないのは災害時に問題になると彼らが主張するのなら、NHK総合だけ流せば十分だろう。総務省は全力で反対するだろうが、いつものことだ。
「災害時に倒れる中継局より、有線網の方が強い。総務省にはそう伝えてくれ」
小二郎は何とか自分自身を納得させたみたいで、頷きながら言った。
「兄さんは最初からこのことを含めて考えていたんですね……さすがです。わかりました。こんな時には織田さんが頼りになるので改めて東京と交渉してみます。
ところで、空いた電波帯域で何をするのか教えてもらっても?」
それは当然の疑問だし、教えておかねばならないと思った。
「そうだったな。いや、これも一種の災害対応を考えているんだ。知ってるか?日本には、1980年代から農業用無人ヘリが存在していて、農薬散布なんかに使われていたんだ。俺はこれに近い技術を使って災害時の医薬品や食料品の運搬を考えているんだ」
「物資の運搬ですか?無人ヘリコプターの?」
「そうだ。それをテレビの電波帯域を使って誘導するつもりだ。紀伊半島みたいな山間部では、複雑な地形を回り込んで届くことのできる地デジの帯域が有利で、絶対に必要になるんだ」
「そう言われれば、携帯電話はすぐに圏外になりますけど、ワンセグ放送でしたっけ?あれは少ない基地局で遠くまで飛ぶらしいですね?」
「その通りだ。この電波帯域のことを『プラチナバンド』と表現する場合があるくらい貴重で、これから重要になるものなんだ」
今の話は半分正しく、半分嘘だ。災害対応には実際に使うけれども、それ以前に紀伊山地の貧弱な物流網を根底から変えようと思う。それが多くの若者の定住の助けになる手段の一つだ。
遠くまで飛び、障害物を回り込むのに適したUHF帯域の特性を使って、物資運搬ドローンを開発しようと考えているのだ。それと、近未来にイーロンが挑むことになる分野にも関連する話になるだろう。
私は地図を畳んでデスクの上に置いた。さあ実行しよう。
まずは実行母体となる会社を設立しなくてはならない。人材も確保せねばならないから。都市部で大規模な採用活動を始めようか。
豊臣グループ 新たな傘下企業一覧
①株式会社ヤタガラス
②ネクサス・セミコンダクタ・マニュファクチュアリング・カンパニー(NSMC)
③株式会社豊臣クオリティ・アライアンス(TQA)
④株式会社ギガフォトン
⑤株式会社AMATERA
⑥株式会社PARASOL
⑦三洋電機
⑧テスラモーターズ
⑨YGN
⑩紀伊半島電源開発株式会社
紀伊山地全域の電源開発や防災のためのマネジメント業務を行う。
同時にドローンの開発も行う。
⑪日輪温水器株式会社
太陽熱温水器を専門に扱うメーカー。




