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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ  作者: 織田雪村
第六章

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日本復活⑰ 防災対策 前編

2003年(平成15年)10月


西吉野村 自宅にて


三人で山上ヶ岳に登ってからしばらく経った。


あの日、「西の覗き」で三人とも己の罪を懺悔した。断崖絶壁から落とされそうな体験を通じて死と向き合った記憶は、私の心に深い痕跡を残したし、二人も同じだっただろう。


だが、懺悔だけでは何も変わらない。行動が伴わねば意味がないと思った。二人に指摘された地下鉄工事は中止できなかったが、私財を投じ、紀伊山地の防災施策を強化することにした。

それが皆澤禅師が勧めてくれた「身軽になる」ための方法の一つだろう。


防災と聞いてまず思い浮かぶのが治山・治水だろうが、こちらはすでに着手済みだ。河川の浚渫(しゅんせつ)も熊野川や紀ノ川、有田川を中心に進められている。

近隣住民からは怪訝な目で見られているらしいが……

もっとも、住民たちからすれば奇妙に映るのも無理はない。


「最近また川底を掘っとるらしい」、「熊野本宮前の砂山もほぼ運び終えたらしい」、「山に杭まで打ち込み始めた」、「どんどん人が減っとる地域やのに、木下さんは何を考えとるんや?」


そんな声があちこちで囁かれていると、役場経由で耳に入ってきた。


実際、普通に考えれば過剰だった。


紀伊山地は昔から水害と共に生きてきた土地で、台風が来れば土砂崩れが起きる。

川が増水すれば橋が流される。それでも人々は山に住み続けてきた。


ある意味では「毎年のこと」だった。


だからこそ、大半の人間は本当の大災害を想像しない。

8年後の紀伊半島豪雨において、確実に意味のある対策だから、最優先で進めているのだ。

だからそれ以外の細かな部分についても対策を進めよう。


まず必要なことは電源を確保することで、それには太陽光や風力などの再生可能エネルギーを広げていく必要があると感じた。


日本はこの分野で世界を先行していた。だが、国の支援策は一貫性を欠いており、せっかく育ちかけた市場も、政策変更ひとつで簡単に失速してしまう。国の方針が揺れれば、民間は長期投資ができない。

だが、私が重視したいのは売電利益ではなく、有事でも失われない電力そのものだった。


8年後には東日本大震災が発生し、原子力発電そのものが強く否定される事態になる。情緒的には理解できる。あれほどの惨事を目の当たりにすれば、恐怖と怒りが原発への拒絶反応に転化するのは当然だろう。


だが、それでも私は思う。

日本国民の悪い部分が、またもや表に出てしまうのだと。


冷静な議論を放棄し、感情に流され、「原発=絶対悪」という単純な図式に飛びつく。その結果、代替エネルギーの確保も十分に進まないまま火力発電への依存を深め、電気料金は高騰し、産業は疲弊する。


この問題への対策としては、原発事故を未然に防ぐのが一番手っ取り早いが、私に原子力行政や東京電力に対して干渉できる権限なんてないし、仮に意見しても、取り合ってはもらえないだろう。


であれば、それまでに独自の電源を確保しておく必要があるし、それによって過疎地域が自立できるという副次的効果も得られるはずだ。


私は自宅の掘りごたつの上で、何枚もの地図を広げていた。

紀伊半島全域の詳細な地形図だ。山々、河川、森林。この地には、エネルギーの宝庫が眠っている。

いつものように私の隣に座っている寧音も、真剣な表情で地図を凝視している。


「まず最初に取り組むべきは、木質バイオマス発電なんだよ。この地域は長い間、森林資源が放置されたままだったからね」


私は地図上の森林地帯を指でなぞった。


紀伊半島の豊富な森林資源。主にはスギとヒノキ。国策で植えられたけれど社会情勢の変化に伴って放置されてきた。しかも、長年放置されてきたため、材木としての価値はほとんどないが、これらは単なる景観ではなく燃料としての価値がある。


さらには間伐材や製材屑といった林業の副産物。これまでは低価格の建材や割り箸程度にしか使われなかっただろう。いわば廃棄・放置されてきたものを、エネルギーに変える。


「この紀伊山地全体で、年間数百万トンの木質バイオマスの燃料が確保できると主張する学者もいるんだ。それを燃やして蒸気タービンを回せば、最終的に原発1基分に迫る発電ができるという論文を見たんだ」


「そんなに?それを活用できたら画期的よね?」


「うん。ただし、木が立っている状態で計算しているはずだから、実際の重さはその半分だと思っておいた方がいいだろうね」


私は計算用紙に数字を書き込んでいく。

発電量、コスト、雇用創出効果。竹中ならもっと簡単に計算できるんだろうなと思いつつ、粘り強く取り組んだ。


重要なのは建設に適した場所と発電所の数。当然ながら地主との交渉に加え、国立公園内や国有林の場合は政府との調整も欠かせない。

そして燃料となる木材の搬出ルート建設。忘れてはいけない乾燥施設の確保などだ。木材を燃料として利用するには乾燥工程が必須だが、どうも学者たちはそこを理解していないのではなかろうか。まあ、そこはともかく。


「実現できれば、地元に仕事が生まれる。余った電気を売ったら自治体や集落の財源にもなる。しかも荒れた山の森林管理も進むから一石三鳥だ。伐採した後は、当然だけど植林もするべきだね」


「そっか。伐採するばっかりじゃ、ハゲ山だらけになっちゃうものね?」


「そうだね。伐採した次に植えるのはスギやヒノキ以外にしよう。国策でスギの植林を推し進めた歴史があったけど、ここまで多くなくていいと思う。スギ花粉って、ただでさえ嫌われているしね」


植物図鑑を見ながら寧音が言った。


「そうね。西日本だと樫が多いんだっけ?イチイガシ・アラカシ・アカガシか……椎だとスダジイ・ツブラジイ。なんだかお爺さんみたいな名前だけど、この木はドングリの木なのか。あとは楠か。クスノキって防虫成分の樟脳を含んでいるみたいよ」


「ドングリって、今の時代だと人間の食べ物って感じじゃないから、それだったら胡桃(クルミ)なんかのほうがいいかもね。それと、標高が高くなると落葉広葉樹が増えてくるんじゃないかな。ミズナラとかブナなんかは有名だね。あとは人里に近い場所では柿や栗、梨、梅、林檎、蜜柑、柚子のような果樹とかも植えるべきだろう。現金収入に繋がるからね」


「いい考えよね。でも、すでに過疎化と高齢化が紀伊山地全体に及んでいるけど、人材の確保が問題にならない?この集落だってお年寄りしか住んでいないわよ?」


「そうだね。だから東京と大阪で若い人材を募集しようと思っているんだよ。世間では就職氷河期と呼ばれる状況だから、正社員として好条件を提示したら、若者が集まってくれるんじゃないかなと期待してるんだ」


都会の若者が移住してくれるためには、並行して様々な施策が不可欠となるし、よほどの好条件を提示すべきだろう。それでも寧音は期待しているような、それでいて何かを心配しているような複雑な表情になった。


募集人員の最終目標は百人とか千人といった規模じゃないし、男女比も重要な要素だ。

男ばっかりじゃ人口は増えない。伐採・植林・保守・運搬・収穫・加工・販売・観光・接客。季節に応じた仕事もたくさんあるから、若い人たちに頑張ってもらう。


最初に住宅も必要になるが、私の住む集落だけでもまだ20軒以上の空き家があるし、紀伊半島全域では相当な数になるだろうから、まずはそれらの改築から始めよう。


……それだけじゃダメだな。

若者には必須となる娯楽の提供、同じく商業施設や生活インフラの整備、医療施設や学校などの建設、道路整備や、リニア五條駅と新宮駅を結ぶ鉄道の建設、これは木材運搬にも活用したい。それと電波特区を活かしたドローン物流……

やるべきことは無数にあるが、長い目で見たら、紀伊半島の人口構成と植生を根本から変えるような動きになるだろう。


夢中になってプランを考えていたら、私の様子を見ていた寧音が少し硬い表情で言った。


「藤一郎の理想はわかるわ。でもね……ちょっと言いにくいんだけど、この辺りって、よそ者は暮らしにくい土地柄よ?若い人が息苦しく感じるようになると思うのよね」


やっぱり近所のコミュニティに溶け込めていないのだろうか。そこが最大の心配事で、気をつけていたつもりなんだが。逆にスティーブのような外国人だと、地元の人間が遠慮する空気があるが、私たち夫婦は元からの住民から見たら完全な異物だ。

そんな思いがあったので、この作戦の意義を説明した。


「それはわかるし、寧音に苦労をかけて申し訳ないとも思っている。だからこそなんだ」


「だからこそ?」


「うん。たとえば百人が住む集落に、一人のよそ者が住めば苦労するだろうけど、これが百人になったら?」


彼女は少し考えた後で呟いた。


「……元の住民は、大きな顔ができなくなりそうよね?」


「そう。自分たちのルールを押し付けるだけでは済まなくなるし、俺たちみたいな移住者にも配慮せねば暮らせなくなる。この周辺の集落には、すでにスティーブやジェンスンをはじめ、かなり多くの外国人も住んでいるしね」


もっとも、外国人の場合は「永遠のゲスト」って感じになるのだろうが。

これは移民問題も同じだろうな。

ともかく、一朝一夕で解決できそうな話じゃないから話題を変えた。


「バイオマス発電所は立地をよく考えないといけないね。木材を運ぶのは大変だけど、五條の市街地に近い場所に多く作った方が効率的だと思う。それに、排熱利用で温水を各家庭に送れたら、市民に喜ばれるだろうしね」


ハウス栽培・地域暖房にも役立つはずだ。

これはもちろん、私の住む集落の近くでも作ろうと思う。


次に、私は地図上の沢や川を見つめた。


「紀伊半島の急峻な地形には無数の水源がある。小規模水力発電を設置すれば、集落ごとに独立した電源を確保できるんだ」


大規模ダムは環境破壊を伴うし規制も多い。だが、小規模水力なら既存の沢や川をそのまま利用できる。


「法的にも設置しやすい100キロワット以下のマイクロ水力発電だね。1箇所でだいたい30軒以上の家庭に電力を供給できる。設置場所はこの家の近所だけでも……ここと、ここと、ここだ」


私は地図上に赤いマーカーで印をつけていく。


5箇所。10箇所。20箇所……


「これがあれば各集落に直接電力を供給できるし、送電ロスも少ないだろう?」


しかも紀伊山地全体に広げていけば、かなりの電源が確保できる。もしかしたら千箇所程度は可能かもしれない。この際に日常のメンテナンスが問題となるが、これもヤタガラスの従業員や集落の人びとの仕事を作ることになる。


そして、太陽光パネル。


「日本製のパネルは高効率だ。三洋電機の技術を使えば、冬でも十分な発電が期待できるね」


三洋電機のHIT太陽光パネル。この世界では私が救済している。彼らの技術は世界最高峰だ。これを民家の屋根やビル街で使用する。逆に山間部でのメガソーラーには環境破壊を伴うことが将来問題になるはずだから手を出さない。


「問題は蓄電だね……」


私はノートに書き込んだ。


「これはイーロンが言ったように、三洋電機の車載バッテリーを活用する。エネループ技術を大容量化すれば、家庭用蓄電システムが作れる」


当然だがテスラとも連携する。イーロン率いるテスラのEVバッテリー制御技術を家庭用に応用すれば、災害時に電源確保が可能になる。


そして、忘れてはいけないのが地熱発電だ。


「日本は地熱エネルギー大国なのに、強みをほぼ活かせていないんだ」


「そういえば聞いたことがないわよね。確か、アイスランドなんかはそういった意味で先進国なんでしょう?」


人口規模が違うから一概には言えないが、それでも学ぶべきことはたくさんある。


「そうなんだよ。彼らは日本は何をやっているんだと思っているかもしれない」


私は地図上の温泉地帯を見つめた。

白浜温泉を筆頭に、勝浦温泉、竜神温泉、湯の峰温泉、十津川温泉、渡瀬(わたらせ)温泉、温泉地(とうせんじ)温泉、洞川(どろがわ)温泉、入之波(しおのは)温泉……紀伊山地の地下には膨大な熱エネルギーが眠っている。


「でも、そういう場所って開発規制が厳しいんじゃないの?しかも、国立公園もあるのよ?」


「地熱発電のせいで温泉が枯れるというのなら、熱交換方式にしたらいい。国立公園だから設置できないわけでもない」


私の前世の体験では、業界の反対や法規制が障壁となって、地熱発電はほとんど進まなかった。

だが、この紀伊半島特区ならそれも可能だ。


「まずは小規模でいいから、地熱発電のモデルケースを作って実証し、理解を高めるようにしよう」


それから揚水発電も忘れてはいけない。電気需要の少ない夜間にポンプを使ってダムに水を貯め、昼間に発電する。

様々な手段で電源を確保して災害に備えよう。


次に私は、発電以外の防災施策へと視線を向けた。

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