日本復活⑭ 通信会社設立 前編
2003年(平成15年)6月
イギリス ロンドン
テムズ川から発生した霧が、街を灰色に染めていた。
6月とは思えない寒さだ。ロンドンの夏はいつもそうだが、今年は特にひどい。ガラスの向こうに、川霧に溶けていく街並みが見える。ビッグベンの時計塔だけが、霞の中にあって静かに立っていた。
霧のロンドン。実に詩的な光景だ。
会議室のテーブルの向こうには、英国企業の幹部たちが座っている。スーツは上質で、表情にはかつての世界帝国の誇りが漂うものだった。しかし彼らの目の奥には、日本事業という名の疲労が滲んでいるように感じられた。
この企業名は『Vodafone』。
本当だったら孫勝利が買収に動いたはずの企業だが、私は彼に先んじること数年。行動を起こすことにした。
彼らの悩みは単純だった。
日本市場。そこでは二つの巨人が支配している。NTTドコモ、そしてKDDI。その巨人の狭間で苦戦していたのが、Vodafone傘下の『J-PHONE』だった。世界最大の通信会社が、日本という特殊市場で躓いている。それが彼らを静かに消耗させていた。
当然だが、日本市場の特殊性は最初から承知で参入しただろう。しかし、彼らの見込みは甘かった。
日本人の好みを理解できず、世界共通端末を押し付けた。
肝心の通信品質でも苦戦している。
「日本事業について、いくつか再編の可能性を検討していると聞いている」
私はイギリス人の好む言い回しを用いて言った。
幹部が肩をすくめる。イギリス人特有の、ある種のプライドが含まれつつも感情を表に出さない仕草だった。だが、その口から出た言葉は態度とは対照的なものだった。
「率直に言えば、我々は日本から撤退し、欧州市場に集中したい」
そう言ったのだ。
小二郎が私に資料を差し出す。そこには数字が整然と並んでいる。買収価格、統合スキーム、移行スケジュール。彼はこういう仕事が速い。
それを確認しつつ、室内を見渡して言った。
「もし君たちにその意思があるのなら、我々としては引き受ける用意がある」
室内の空気が変わった。
幹部たちは互いに目を交わした。想定内の提案ではあったのだろう。しかし想定内であることと、それを正面から突きつけられることとは、やはり違う。
寧音が微笑む。この場に女性が一人いることを、彼らはずっと意識していた。その視線を寧音はとっくに知っていて、それを逆に使っている。
「太平洋を横断する通信回線は、すでに我々の仲間だからね」
無理してAT&Tに投資したが、ようやく形となりそうだ。
私はできるだけ平静を装って続けた。
「我々の次の目標は携帯電話事業なんだ」
私がそう言うと、白髭の幹部が眉を動かした。
「……数年前に日本テレコムを取得したのも、そのためか?」
「そうだ。よく分かっているじゃないか」
私は頷いた。
「固定回線と携帯電話をセットでやりたいんだ。日本では先行している通信会社があるが、固定回線だけでは、未来の通信網は完成しないからね」
そんな私に別の幹部の一人が、日本市場の厳しさを指摘した。
銀縁眼鏡を掛け、白い口髭を蓄えている紳士だ。幹部たちの中でも一段上質な三つ揃いのスーツに身を包み、古いパブリックスクール訛りの人物だった。おそらく日本事業を直接見てきたのだろう。その目に、経験者だけが持つ深い懐疑が浮かんでいた。
「君は日本人だから承知かもしれないが、日本市場は難しい。世界一厳しい市場だと断言する」
日本市場が厳しいというのは彼らの本音だろう。これに加えて、携帯電話は通話機器からインターネット端末へ変わろうとしている。
だがJ-PHONEは、その変化への対応が遅れていた。
具体的には3Gという新しい通信規格への投資が遅れ、端末競争力の低下と顧客離れが深刻で、Vodafone本社が、日本市場は収益性に対して投資負担が重いと判断したというのが私の記憶だ。
つまりは日本市場の投資負担を過大と判断し、記憶より早く撤退方針へ傾いているということらしい。
「それは承知の上だ」
私は答えた。
「それでも挑戦する値打ちが私にはあると思っている」
全員がこちらを見る。
「豊臣がそれを実現したいと考えている」
白髭の幹部が、ペンを指先で軽く回した。その動作が止まる。
私は窓の外を何気なく見た。霧は深まっている。この霧の下に光ファイバーが走っていて、それが海を越えて日本まで続いている。目に見えないものが世界を動かす時代が、もうすぐ来る。
*************************************
時は3年ほど遡る。
2000年(平成12年)5月
奈良県五條市 豊臣グループ仮本社にて
「正式に受理されましたよ」
小二郎が机の上に書類を置く。
表紙には企業名が書かれていた。
『日本テレコム』
私はそれを一瞥した。薄い書類だ。しかしここに書かれた数字の意味は、表面には現れていない。
前世では孫勝利が2004年に手に入れたはずの企業を、私が先回りして手に入れた。
「これで、日本中の都市を繋ぐ大動脈の三分の一がこちらの管理下に入るな」
私の言葉の意味を理解している寧音が静かに言った。
「NTTの牙城に穴を開けたわけね」
私は大きく頷いた。
NTTを正面から買うことは不可能だ。
あれは単なる民間企業ではない。日本そのものの神経網であり、事実上の国家インフラだ。どれだけ資金を積もうが、政治と官僚機構がそれを許さない。
固定電話網、全国中継回線、官公庁向け通信網。
災害時には最後まで生き残らねばならない通信網を握る企業を、誰か一人の資本の論理で支配することなどできない。
だが、日本にはもう一つ別の血管が存在していた。
国鉄時代から全国の線路沿いに張り巡らされた通信網。
鉄道網に沿って敷設された光ファイバー。山間部から都市部まで、日本列島を縦断する巨大なバックボーン。
JR各社へ引き継がれたそのインフラを基盤として成長した通信会社。NTTに対抗しうる、数少ない全国級通信事業者。それが日本テレコムであり、Vodafoneも資本参加を進めていた。
「重要なのは会社そのものじゃない。線路が大事なんだ」
ソフトバンクの孫さんが用いそうな言葉だなと思いつつ、私は書類に目を通しながら言った。
「線路ですか?」
小二郎が首をかしげる。
「鉄道の線路は日本中にあるからな。その脇には必ず通信ケーブルが走っている。つまり日本テレコムを押さえるということは……」
私は床を指差した。
「日本の地面の下を流れるデータの動脈を握るということだ」
しばらく沈黙があった。小二郎が何かを書き留めている。寧音は窓の外を見ていた。金剛山が、初夏の緑で覆われている。日本テレコムの幹線ルートは、あの山の向こう側、大阪にも当然、走っている。その下に、静かにケーブルが眠っている。
「Googleとの交渉はいつするの?」
と寧音が言った。
「来月、ラリーとセルゲイがやってくる。こっちで家を建てて暮らすそうだ。俺たちのご近所さんになるわけだな」
私は笑って答えた。
スティーブとジェンスンが移り住んだことが決定打となり、Googleの創業者たちも西吉野村への移住を決めた。シリコンバレーでの事業はエリック・スミスに委ねるらしい。
孫社長はYahoo!と手を組んだが、私のアプローチはそれとは少しだけ違うなと思った。
2000年10月
西吉野村 私の住む家の近所
彼らの家は、私の家から見て斜め下にある、以前は田んぼとして活用されていた場所に建てられていた。
その田んぼは、東京なら一軒家が20軒は建ちそうな広さだった。
その敷地に外から見たらありふれた田舎の一軒家が三棟建っていて、両端は彼らが家族と共に住む家で、真ん中は二人の共同作業場として使われている。だが、一歩作業場棟の中に入るとその様相は一変する。
サーバーのファンが低い唸り声を上げている。
冷却された空気、点滅するランプ、廊下を走る配線の束。
ここにある機械は、まだ世界の誰も重要視していないだろう。
「帯域を優先する契約?」
創業者の一人。ラリー・パインが言った。
まだ20代だ。髪は短く、目に好奇心の強さがある。スタンフォードのドクタープログラムを休学してここまで来た人間の目だ。今はまだ世界が自分たちを中心に動いているとは信じていない。しかしその目の奥に、いつかそうなるという確信が、小さく灯っている。
「つまりGoogleの通信を、高速道路の優先レーンに乗せる契約か?」
「そうだ」
私は頷いた。
「検索は人類の知識の入口になる。だが入口にたどり着くまでの道路が渋滞していたら意味がないだろう?」
私の言葉を受けて寧音が補足する。
「あなたたちは、たとえるならクルマね。私たちはそのクルマが走る道路を整備しているの」
隣にはセルゲイ・プリンがいる。二人とも、この交渉の意味を測りかねている様子だった。
「我々はクルマの性能を上げることに夢中だったが、トイチロウは道路を作るわけか?」
とラリーが聞いた。
「だが、まだ我々にできるか自信がない」
「だからこそ今なんだよ」
私は答えた。
彼らはまだ本当の意味で理解していない。通信回線が未来の石油になることを。
携帯電話・固定回線・そして情報の走るインターネット。
これらを統合する。
インターネットは情報の海ではない。情報を流す管だ。管を持つ者が、海を支配する。私はその管を日本から太平洋を越えてここまで繋げようとしている。
Googleはその管を最初に通過する企業になる。
やがて世界で最も重要な会社の一つになる企業の創業者たちが、今この山奥の家で私の話を聞いている。
私は、その未来を知る者としての興奮を抑えきれずにいた。




