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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ  作者: 織田雪村
第六章

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日本復活③ 本社移転 中編

1999年(平成11年)4月 西新宿


私は豊臣グループの本社機能の移転を目指し、積極的に動き始めていた。

やるなら中途半端なことはせず、徹底的にやってしまう。


集約するのは関連企業群の研究施設が中心だが、可能な場合は本社機能も動かさねばならない。

欧米に存在している中枢機能も同様に動かせるものは動かす。

それはAppleも例外ではないし、GoogleやNVIDIA、ARMも五條に「遷都」してもらうつもりだ。もちろん、各国の税法上の制約もあるから、日本企業を動かすみたいに気軽にはできない。


それに、研究開発拠点だって、英米政府との交渉の方向性を間違うと拒絶されるかもしれない。だからAppleとARMの法的本社は従来通りとする。


まだ会社規模が小さく、未上場のGoogleとNVIDIAはこっそりと日本に移す。そして次世代製品の設計思想と、統合仕様を決定する最高中枢は五條に集約するのだ。


まず、特区を作ってもらうべく、政府と行政に話を持ち掛けた。

とはいっても実際に交渉するのは私ではない。私は役人や政治家との交渉は願い下げだ。

だから小二郎と織田に任せた。


5月


小二郎と織田の二人から経過報告が入ったのは、若葉が目に眩しい5月の連休明けだった。

報告内容は、霞が関の官僚たちの困惑と永田町の政治家、特に明智たちの野心が混ざり合った、実に奇妙な感触の回答だった。


「日本政府の皆さんは、最初は耳を疑っていましたよ。なぜ奈良の、しかも五條なのかと。特に明智議員は、豊臣グループが遂に自分の軍門に降ったのかと思ったらしいです」


小二郎は苦笑しながら、分厚い書類をテーブルに置いた。


「ですが、我々がリニアや高規格道路の建設と引き換えに要求した『日本のシリコンバレー』という目標と、『超法規的データ特区』の構想を突きつけると、顔色が変わりました」


私が提言したのは、減税措置を期待する動機からではない。いや、むしろ税金は事業規模に応じて適切に払うべきで、赤字決算で税金を回避するなどという姑息な態度は避けるべきだ。


なぜなら社会の反応が怖いからで、私が国益を重視する動機で始めても、「また豊臣だけが一人勝ちするのか?」と思われたら長い目で見てマイナスでしかない。だから納税は必要以上に行う。


それより大事なのは、五條を含む紀伊半島全域を、既存制度の制約を受けない限定的なデジタル実証地域として再設計することだ。

目的は法を逃れることではない。次世代産業に適した制度を先行して検証し、その成果を将来の標準として社会に還元するためだ。


私が要求していたのは次の点だった。


①五條特区内で開発された知的財産の帰属を企業が自由に選択できる権利。


②次世代通信規格を先行開放し、まだ世にない高速無線通信の実験場として、電波法の対象地域から外す。


③完全英語化された行政サービスを提供し、役所の窓口から病院、学校に至るまで、公用語を日本語に加えて英語とする環境の整備。


④発送電に関する縛りを排除したエネルギー特区としての扱い。河川法と温泉法の緩和。


⑤既存空路に干渉しない範囲で、航空法対象地域からの除外。及び宇宙活動法の適応。


⑥その他森林法、漁業法の対象エリア見直し。


⑦外資系技術者のための就労ビザ緩和。


「織田さん、反対勢力はどう動いていますか?」


私が尋ねると、織田が顔を歪めて言った。


「通産省は、相変わらずワシらの前に立ちはだかる気が満々でした。特区なんて作られて自分たちの指導から外れる存在になることが許せないんでっしゃろな。郵政省も同じで、電波法の適用地域からの除外には極めて強い反対意見がおました」


小二郎も補足した。


「自治省も似たような感触でしたね。治外法権みたいに受けとめたのだとは思いますが」


ここで織田は不敵な笑みを浮かべて言った。


「せやけど、明智のおじさんは両手(もろて)をあげて大賛成でしたわ。手下の政治家たちも同様で、そうなると役人たちも塩を掛けたナメクジみたいに意気消沈して、大人しゅう引き下がりましたわ」


明智の地元・五條市では地価の上昇を心配する声もあるにはあるが、歓迎ムードのほうが圧倒的に大きいのは事実らしい。陸の孤島のような存在から一気に世界の表舞台に立てるのだ。明智としては自分の実績にしたくて必死なのだろう。


つまりは毒をもって毒を制するか。となると明智も使い勝手のいいやつだ。あとは、これから先の余計な口出しを断つことだな。あいつが口を出すとロクな結果にならない。


「だが、郵政省がよく承認したな?電波法なんて彼らにとって絶対の聖域だと思ったが?」


「そこが明智のおじさんの怖いところですわ。敵対しとるはずの横須賀議員を使って郵政省に圧力を掛けたみたいでんな。なんやら知りませんが『郵政民営化』がどうのとか言ってましたわ。せやけど横須賀議員を郵政省にぶつける、なんて、ねぇ?」


織田の表情は何とも言えないものだった。これはあれか?数年後に誕生するだろう横須賀政権における、あの郵政問題を知った上での顔だな?


「おまけに明智のおじさんは、アメリカやイギリス政府との橋渡しまで積極的に乗り出す始末で、ワシらとしては大助かりでしたわ」


ここで織田の表情が引き締まり、続けて言った。


「一方で既存の製造業をそれぞれの地元に抱える重鎮たちは、地盤沈下を恐れて猛反発してまんな。しかし、総理周辺は『平成の黒船』としてこれを利用したがってますわ。なんせ、このままでは日本はインターネット革命に乗り遅れるという焦りがありまっからな」


黒船という表現はどうかと思うが、総理周辺は乗り気か。まあ特区の対象は豊臣グループだけじゃない。他の企業も紀伊半島に進出すれば済む話だ。今の古淵(こぶち)内閣のもとでは構造改革の機運が高まっているという状況だからな。相原内閣以降、不況に苦しむ政権にとっても悪い話じゃないはずだ。

ところで。


「大蔵省はどうだったんだ?一番口を出しそうだが?」


ここで小二郎が言った。


「僕もそう思ったんですが、明智議員の口利きと、豊臣による国債の大量購入という見返りを提示したら大人しくなりました」


なるほど。何とか政府の干渉は最低限で済みそうだな。


私は窓の外を見つめた。

1999年の現在、Googleはまだガレージを抜けたばかりのベンチャーだ。

AppleはiMacで復活の兆しを見せているが、iPhoneなんて影も形もない。 だからこそ彼らにとって、五條は単なる田舎ではない。

未来を設計するための、世界で唯一の空白地帯として提示するのだ。


私は二人に今回の本社移転の意義を改めて説いた。


「Appleには、デザインとOSの統合拠点を。NVIDIAには、次世代並列演算の研究所を。そしてARMには、全てのモバイル機器の心臓部をここで設計させる。五條で引かれた一本の線が、数年後の世界中のデバイスを支配する……。そのための聖域を我々が提供するんだ」


私はペンを取り、地図上の五條市を丸く囲んだ。そこは、かつての都である藤原京や飛鳥に近い。そういえばここも、世界遺産登録が濃厚だったなと思い出した。


1300年以上の時を経て、再びこの地を世界の中心、すなわち「電脳の都」へと塗り替える。


「小二郎、次はスティーブや他のCEOを個別に呼んで話をしよう。場所は赤坂の料亭じゃない。五條の、まだ何もないあの土地に呼ぶんだ。そこで、21世紀の設計図を見せてやろう」


現時点でシリコンバレーはドットコム・バブルの絶頂にあるが、同時に混雑とコスト増に喘いでいる。「五條に行かなければ、次世代の統合仕様の全貌を知ることはできない」という状況を作るのだ。

そしてスティーブのようなカリスマが五條に居を構えることで、エンジニアたちにとって、五條への「巡礼」はステータスとなるだろう。


まずはリニアが完成するまでの繋ぎとして、関西国際空港から五條まで豊臣グループ専用のヘリや、あるいはプライベートジェット用の空港を整備することで、物理的な距離を無効化できるだろう。

そして、NVIDIAのGPU設計、ARMのアーキテクチャ、Googleの検索アルゴリズム。これらを個別に進化させるのではなく、五條の中枢で一つの有機体として統合設計する。


法的な本社が米国や英国にあっても、実質的な研究開発の最上流プロセスを日本で行うことに法的な禁止規定はない。むしろ、日本の強力な知財保護、および豊臣グループの盾を利用して、MicrosoftやIntelの目から開発プロセスを完全に隠蔽するのだ。


最終的には「五條で決まったことが、世界のデファクトスタンダード」になる。

この事実さえ確立してしまえば、各社のCEOたちは、自国の本社にいるよりも五條のサロンにいる時間のほうが長くなるだろう。

発想の転換。これが沈滞する日本に喝を入れる最高の手段だと信じている。


五條という何もない静かな山あいの街に、突如として世界最新の光ファイバーが引き込まれ、巨大な中枢センターが建設される。そこにはスティーブ、ジェンスン、ラリーたちが集い、人類の21世紀を決定づける仕様書を書き換えていく……。


ぞくぞくするような未来が、もうすぐそこまで来ているのだ。



私が続いて向かったのがJR東海本社の応接室。

窓外には名古屋の街並みが広がっているが、私の視線はその先の、まだ見ぬ鉄路の軌跡を捉えていた。


対面に座るのは、後に「リニアの父」と呼ばれることになる柏山社長だ。

1999年の現在、彼はすでに国鉄改革の旗振り役からJR東海の独裁的リーダーへと昇り詰めていた。その眼光は鋭く、合理性の塊のような人物だ。


「リニア中央新幹線の先行開業、それも奈良県南部の五條市への接続ですか」


柏山は、私の持ち込んだ広域路線図を指先で叩いた。その表情には、鉄道屋としての矜持と、経営者としての冷徹な計算が同居している。


「木下会長、山梨の実験線はようやく形になったばかりだ。本来の計画では、東京―名古屋間の開業ですら20年以上先の話。それを奈良の、しかも五條に今すぐ通せとおっしゃるのか」


「そうです。その通りです」


私は身を乗り出した。


「品川―名古屋間よりも先に、名古屋―五條間を竣工させるのです。

いや、正確には五條をリニアの『ハブ』にするんです。名古屋から延長させ、五條を経由して関西国際空港へも支線を引いて直結させる。これは単なる鉄道事業ではない。世界中の頭脳を、関空からわずか15分で五條の中枢へ運び込むための、血管の敷設です。五條からは、さらに和歌山を経て四国へ、九州へと繋ぐ。最終目的地は鹿児島駅。いかがですか?」


柏山は鼻で笑った。


「紀淡海峡と豊予海峡を超えると?国家レベルの調整と承認が不可欠となります。そもそもの話として、建設費を誰が持つとお考えか。国鉄債務を背負った我々に、そんな余力はありませんぞ」


「工事費については豊臣グループが全額引き受けます。さらには名古屋以西の用地買収も我々が代行し、駅舎と周辺開発の全権利をJR東海に譲渡してもいい。その代わり、運行ダイヤの優先権と、五條駅の設計権を私に預けていただきたい」


その提案に、柏山の眉がピクリと動いた。金に糸目をつけないという私の姿勢は、彼のような合理主義者にとっては最も不気味で、かつ魅力的なはずだ。


「……新大阪ではなく五條に繋ぐ?あの場所にそれほどの価値があるとお考えなのですか?」


「そうです。あそこには、Appleのスティーブが来ます。それに、今は無名だがこれから世界のリーダーとなる才能を持ったジェンスン・キンも、ラリー・パインも来る。

彼らが五條のサロンで交わす一言が、数百兆円を動かすようになるのです。その男たちが、移動に時間を取られることを何よりも嫌うのは、あなたもご存知のはずだ」


私はさらに畳み掛けた。


「柏山さん、あなたはリニアを日本を一つにする技術と考えておられる。だが私は、リニアを世界に繋ぐ装置だと考えている。リニアが五條を通るのではない。リニアが世界最高のインフラとして完成するんです」


しばしの沈黙。応接室の時計が刻む音が、やけに大きく響いた。 柏山は組んでいた手を解き、ゆっくりと背もたれに体を預けた。


「……面白い。通産省の役人どもが聞けば発狂しそうな話だが、民間同士の合意ならば、彼らに止める権利はない。ただし、条件があります」


「何でしょう?」


「リニアの車両制御システム。これの統合OSを、あなたの言う『新しい中枢』で開発していただきたい。Intelや日立の言いなりになるのはもう飽き飽きだ。世界で最も速く、最も安全な、日本独自の電脳鉄路を造る。それなら、私も命を賭ける価値がある」


私は願ってもない提案に頷き、右手を差し出した。


「約束しましょう。リニアの心臓部には、AppleのデザインとNVIDIAの演算、そしてARMの省電力技術を、五條で最適化した最高のチップを載せます」


1999年5月下旬。 名古屋の地で、日本の物理的な移動の歴史と、世界のデジタル覇権の歴史が、密かに、しかし確実に連結された。


JR東海を後にした私は、その足で五條へ向かうヘリに乗り込んだ。

眼下に広がる大和盆地を見下ろしながら、私はすでに、次なる「客」を呼ぶ準備を始めていた。

それについて小二郎は興味あり気に聞いてきた。


「兄さん。スティーブさんに連絡を入れてますよね?まだ五條は整備されてませんけど大丈夫でしょうか。少し早くありませんかね?」


「うん。まずは、彼に活動拠点を提案しようと思ってな。彼が興味を持つような場所を見つけて、そこに住んでもらおうと思っている。もちろん、俺も近所に住む予定だけどな」


「それは凄いですね。修験道の聖地が見える場所なら、彼はもっと満足すると思いますよ」


やっぱりその視点が大事か。それと私が望む静かな場所との整合性をどうつけるかが重要だ。


「なるほどな。わかった。少し考えてみよう」


1999年、夏の足音が近づいていた。五條の山々に、シリコンバレーの熱風が吹き込もうとしている。


それと同時に、Microsoftのビルにも連絡を入れておいた。

私のプランを提示して将来の布石とするためだ。


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