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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ  作者: 織田雪村
第六章

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日本復活② 本社移転 前編

1999年(平成11年)4月


豊臣グループ本社会議室 東京都新宿区西新宿


今日はここで、豊臣グループの本社移転に関する会議を行う。

グループがテナントとして入居しているこのビルも不況の影響は免れず、撤退する企業が目立ってきたが、そこをすかさず豊臣グループの関連企業が進出するという状況で、今や「豊臣ビル」と世間では言われ始めているらしい。


参加メンバーはごく少数で、現時点でグループの傘下に入っている各社の経営者、経理責任者、技術責任者、物流責任者たちだった。また豊臣グループ本体からの出席者は私と第一秘書の寧音。専属弁護士の小二郎、そして特別秘書の織田雪村だった。


参加者は絞ったが、それでも総勢100名。その中には私の「祖業」であるゲーム会社、ピクセルジョイトロンの糟屋社長や技術責任者の竹中重治夫妻の顔も見えるし、ワイドギャップテクノロジーズの石田や仲村さんとも目が合った。

もちろんイギリスやアメリカの関連企業の代表者たちも顔を揃えていた。


会議が始まる前、彼らが最初に行ったのはお互いの挨拶からだった。


思い起こせば彼らが一堂に会し、挨拶し合うのはこれが初めてだったのだ。

我がグループは急速に勃興してきており、お互いの面識すらないのでは社内統治すら満足にできるはずがない。


いや、それどころか意外なことに、竹中重治と石田三典すら初対面だったのだ。

私は竹中とは高校時代からの付き合いだし、大学生の時はそれこそ寝食を共にしていた。そして石田とも東大の入学式以来の友人関係で、こちらとも寝食を共にして研究した仲だ。だから私の意識の中では、竹中と石田も、お互い面識があるものだとばかり思っていたのだ。


ところが初対面だという。

私は私自身の迂闊さに驚き、呆れてしまった。

前へ前へとがむしゃらに進むのは良いが、足元を見つめてこなかったのだと再認識させられた一件だった。そしてこれは反省点だと強く意識したのだった。だからこそ、新たな拠点で一つにまとまるべきだ。


ともかく挨拶が一段落し、全員が着席して会議が始まった。

議題はあらかじめ全員に伝えてある。


「豊臣グループ本社の建設と、研究開発拠点の移転・統合」だ。


会議は当然だが私の開会宣言から始まった。


「世界各地から参集いただき、感謝する。私が当初から思い描いていた主な企業はこうして仲間に加わってくれた。これから私は日本国内の企業買収を積極的に進めるつもりだ。これまで傘下に収めた企業群、すなわちここに集まった皆さんに、栄養や水を与える存在となるだろう企業たちで、主には半導体・家電産業の買収がメインとなると思う」


一同を見渡す。ここまでは共有してきた内容だから問題はないだろう。


「これから我が豊臣グループは統一された意思と目標に向かって進んでいきたいと考えている。そこで私はこの機会に、グループの本社を東京以外のどこかに移したいと考えた。それは以前から希望していたことでもあり、候補地が固まったので皆さんに報告したい」


ここからは小二郎が私に代わって説明を始めた。


「豊臣グループの本社、及び研究開発拠点は日本国内に新たに建設します。

まず、私たちが本社を置く拠点を探すにあたって参考としたのは、たとえ短期間であっても日本の首都だった歴史を持つ都道府県でした」


何らかの地理的・歴史的意味があってこその首都だったのだろうから、関係者の理解を得るためには有効なロジックだろう。だが、それは参加者を納得させるための後付けであり、彼の真の狙いはそこにはなかった。


小二郎が巨大なスクリーンに日本地図を投影してプレゼンを始めた。


「その条件に当てはまる範囲は、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、そして滋賀県でした」


私としては最初の頃、北関東も視野に入っていたのだが。

ある程度のインフラも整っているし、何といっても平地が多いのは大きなメリットではないのか。中部地方も捨てがたいと、当初はそう思っていたのだ。


「この中で、私が注目したのは奈良県でした。それも北部の、ある程度人口規模が大きく、開発の進んだ地域ではありません。もっと南部の人口過疎地域です。一応、それでも明治以前に表現されていた『畿内』のうちには入ります」


日本の歴史と地理に詳しくない外国人はポカンとしているが、日本人の間ではどよめきが起こった。

当然だろう。私も最初は反対したのだから。奈良県は私の中では地味な印象で、忘れられた土地という表現が当てはまるのではないのかと思ったのだった。


私はそんなメンバーたちの反応を見ながら、小二郎が私と寧音、そして織田に対して最初に提案した当時のことを思い出していた。



小二郎から同じ内容のプレゼンを受け、対象となる五つの都道府県の名前を聞いた時に、寧音は言ったのだった。


「交通の便を考えると、新幹線の駅のない奈良県は除外ね」と。


その時、小二郎が穏やかながらも、強い口調でその言葉を遮った。


「待って、義姉さん。新幹線の駅がないことは、今の価値観ではデメリットかもしれない。

でも、兄さんの狙いは『既存のシステムの延長』じゃないはずだ。これからの調整と安定の視点で見直せば、そこには新幹線以上の価値があるんだ」


小二郎が手元の端末で、豊臣グループの将来の事業ポートフォリオと、日本列島の起伏が重なり合う等高線図を映し出した。そこに指し示したのは、奈良県の南部。 (いにしえ)の大和の地であり、かつて後醍醐天皇が京都に対抗すべく朝廷を築いた吉野町の西側。

さらには南朝の行宮(あんぐう)として、実質的な皇居が存在した西吉野村の北側に位置する市。


「……維新は京都で完成したけど、最初に倒幕への火が着いた場所は別なんだ」


小二郎は地図の一点を指さして言った。


「天誅組……早すぎた武装蜂起。だけど決して無駄ではなかったんだ。明治維新、さきがけの地。五條市。ここが僕の答えだ」


私たちの視線が、その深い山々と盆地に注がれた。


「どうして小二郎がここを選んだのか理解できない」


それが私の率直で正直な意見だった。なぜこの場所なのか本当に分からなかった。


「それはね。日本の祈りの聖地に囲まれているからなんです。西に高野山。南に熊野三山。そして東には吉野・大峰という聖地の真ん中に位置しているんです」


「……それは分かるが、それがどうしたというんだ?」


『紀伊山地の霊場と参詣道』として、何年か後には世界遺産に登録されるのは記憶しているが。


「スティーブさんが興味を持っていたでしょう?修験道の中心地が大峰なんですよ」


そういう話か。南朝の首都としての歴史と、祈りの聖地に囲まれた立地。そして未来の知の聖域の融合。スティーブにアピールするという視点も面白い。だが、少々不便な場所ではあるな。


「小二郎だったら、もっと北に位置していて、大阪にも近い場所を選ぶかと思ったが?」


「兄さん、確かに実務上の効率だけを考えれば、豊臣秀長公が本拠とした大和郡山は合理的です。でも……」


小二郎は、等高線図の一部を拡大した。そこには、金剛山地と吉野の山々に抱かれた吉野川沿いの要衝が浮かび上がる。


「大和郡山は、あくまで『大阪を守り、支えるための城』。つまり、既存の商圏の延長線上にある。

けれど兄さんが今やろうとしているのは、天才たちの知性を統合し、世界そのものを書き換えることでしょう? であれば、既存の都市の磁力から物理的に切り離された『聖域』が必要なんです」


小二郎は確信に満ちた指先で、五條から紀伊山地にかけてのラインをなぞった。


「兄さんが言う、スティーブやジェンスン。彼らが求めているのは、便利なオフィスじゃない。高野山や熊野へと続く祈りの道、修験道の聖地・大峰と吉野山。そこから南へ延びる大峰奥駆道が必要なんです」


修験道の聖地。その言葉が私の心に刺さってきた。

なるほど、スティーブを日本に繋ぎ止めるために必要なものは利でも欲でもない。(ことわり)というわけか。五條市は、小二郎には理想の場所に見えたのだろう。

小二郎は私たちを見回しながら言った。


「この圧倒的な自然の中で、彼らは初めて機械に従属しない、人間の知性を純化できる。20世紀末の今、ここに世界最高の通信網を引き、広大な山林をそのまま『思考のキャンパス』に変えてしまうんだ。斜面は多いけれど、土地の余裕なら東京の千倍はあると思いますよ?」


「そうでんな……」


織田雪村が、不敵な笑みを漏らした。


「あえて不便な山の中に、世界で一番贅沢な『知の牙城』を築くっちゅうわけや。

この辺りやったら、建設に反対するような住民運動も起こりまへんやろうし、国立公園の枠からも外れとりますからな。太閤さんも、あの派手な吉野観桜の裏で、山の険しさに肝を冷やした連中を見て笑うてはったかもしれんな」


寧音も、小二郎が提示した地図をじっと見つめ、小さく頷いた。そこには建設中の高速道路も載っていた。


「……確かに利便性より、数キロ先の山頂に『神が宿る』と感じさせるような環境のほうが、これからのクリエイターを繋ぎ止める力になるかもしれないわね。買収する半導体工場へのアクセスも、京奈和道の完成を見据えれば決して悪くないわ」


小二郎がここぞとばかりに言った。


「それに、ここだったら土地の買収もスムーズにいくよ。なぜなら僕が3年ほど前から、司法書士や登記所を通じて地権者データを集めていたし、事前の買収交渉もしていたんだ。兄さんの決定が降り次第すぐ取り掛かろうと思う」


短期間で着工できるというわけか。

私は、小二郎の瞳に宿る冷徹な計算と熱い理想を見た。

それでも……アクセス的に問題がある。


「しかし、新幹線が通っていないのは致命的欠陥だ。空港もないし、東京からの時間距離が遠すぎる。仮に電車で移動するとしたら、どのくらいかかるんだ?」


それに対して織田が不敵な笑みを浮かべて言った。


「リニアを引いたらよろしいんとちゃいまっか?

JR東海が自力で品川から名古屋まで作るはずでっせ?」


「リニア?……」


思いもよらない提案だった。


「はい。名古屋から西は豊臣グループが自費で建設すると宣言したらよろしい。ついでに四国を横断して九州の宮崎か鹿児島まで繋げたら一石二鳥でっせ」


「そんなことは費用的に不可能……ではないな」


私財を投入する、あるいは開発会社を通じて豊臣の資金を流せば可能だ。しかも、公共インフラを建設してJRなどへ寄付すれば、私や豊臣への妬みという国民感情も和らぐかもしれない。


そしてそれは江戸時代の思想の実践につながるだろう。利益は独り占めせず社会にも還元するのだ。


「名古屋から西は政府案件ですわ。せやから、いち早く豊臣が名乗りを上げてJR東海と組むんですわ。既成事実を積み上げるのが最善策でっせ」


確かに名古屋から西は、新大阪まで延伸が決まっているだけで、具体的なルートは定まっていなかった。


私は素早く頭の中で沿線地図を作って費用と効果を検証してみたが、確かに面白いと思った。新大阪まで繋ぐよりも、四国や九州の東側に高速列車を通す方が日本にとって意義は大きい。

そんな私と織田の会話を聞いていた寧音が反応した。


「りにあ?って何ですか?」と。


そうだろうな。交通インフラに興味のない寧音のような女性は、そういう反応になるのが普通だ。ここは本意じゃないが織田のフォローをしておくか。


「リニアっていうのは、JR東海が研究している超電導コイルを利用した高速列車のことなんだよ。実際に山梨県で試験が始まっているんだ。だから、決して夢みたいな話じゃないんだよ」


そう説明してはみたものの……織田は、なんでそれを知っている?JR東海が単独でのリニア建設を発表したのは、リーマンショックの直前ではなかったか?

だがまあ、それを詮索してもこの男は何も答えないだろう。


「リニアか。確かに今なら検討する価値はあるかもな」


私はそう言ったが、寧音はきょとんとしている。

織田がときおり披露する不可解な言動は、彼女にとっては「変なことを言うおじいさん」レベルだろうが、私から見ると「この男も、もしかしたら私と同じ転生者ではないのか?」との疑問に直結する。

それが故意なのか、単なる気紛れなのか、はたまた口を滑らせただけなのかは私にも判別できない。


だが、それはさておき、私は三人を見渡して言った。


「よし。決めた。本社機能は五條に置こう」


修験道と桜の聖地・吉野/大峰、真言密教の天空の拠点・高野山、神秘に包まれた霊場・玉置神社、よみがえりの地・熊野三山、浄土を目指した起点・補陀落山寺。それらを結ぶ熊野古道と大峯奥駈道。世界遺産を先取りだ。


「かつて天武天皇や源義経が身を潜め、後醍醐天皇が夢見たもう一つの日本の中心、そして豊臣秀長公が守り抜いた紀伊半島の要塞。そこに、俺たちの新しい城を築こう」


寧音が瞳を輝かせながら言った。


「すごいわね藤一郎。それで、このプロジェクトの名称はどうするの?」


「プロジェクト名か……そうだな。2010年の完成を目指して『新・平城京計画』とでもしておこうか。1300年ぶりのデジタルの都だ」


ここで小二郎が初めて顔をしかめて言った。


「……ただし兄さん。一点だけ瑕疵というか欠点があるんです。それは承知しておいてほしいんだ」


「欠点?交通の便が悪い以外の欠点か?……もしかして中央構造線のことか?」


地震リスクはよく分からないが、九州から関東まで伸びる日本最大の活断層だからな。


「いや。……そんな地理的な欠点じゃなくて……その、属人的な欠点なんだ」


小二郎がこんなに歯切れ悪く話すのは珍しいな。


「属人的な欠点ってなんのことだ?」


「実を言うと……ここは総裁選にも出馬経験のある民自党の大物議員の地元で、兄さんとも面識がある人物なんですよ」


まさか……いや、そういえば確か……。


「……もしかして明智光昭の選挙区だったか?」


小二郎と寧音が似たような表情になったが、それは明らかに忌避、あるいは嫌悪と受け取れるものだった。

それでも小二郎が意を決したように言った。


「そうなんです。あの俗物議員の地元なんだ」


「……なるほどな」


私は苦笑いを浮かべた。確かに明智光昭は厄介な相手だ。政界の実力者であり、地元への影響力は絶大。しかも私との過去の因縁を考えれば、この計画に横槍を入れてくる可能性が高いのではないか。


ここで織田がニヤリとしながら言った。


「しかし、逆に考えればチャンスでっせ」


寧音が不思議そうな顔をして質問した。


「織田さん。それはどういうことですか?」


「彼の地元に巨大な雇用と税収をもたらします。リニアの駅も誘致する。明智にとっても悪い話じゃないはずで、むしろ、彼の政治的実績として利用させてやればよろしいんとちゃいまっかな」


小二郎が我が意を得たとばかりに頷いた。


「そう。それを狙ったんですよ。Win-Winの関係に持ち込めば、さすがの明智議員でも黙るんじゃないかと考えました」


なるほど、敵として遠ざけるより、敢えて取り込んで手懐けるというやり方か。


「そういうことか。ただし油断は禁物だ。織田さん、明智との交渉ルートを確保しておいてくれ。そして奴との交渉は任せた」


「面白そうでんな。任せてもらいまひょ。ニ度とちょっかいを出さんよう、エサをチラつかせてやりますわ」


織田が不敵な笑みを浮かべる。

こうして、我々の「新・平城京計画」は動き出した。

政治や行政に積極的にかかわるなんて願い下げだが、まあいい。確かに明智を黙らせるには有効な手段かもしれない。



ああ、余計なことを考えていた。今は新宿で会議中だったな。

ちょうど小二郎からの説明と質疑応答が終わり、複数の異論は出たものの、最終的にはまとまったらしい。

これから具体的にプランを練って実行しよう。


それと肝心のスティーブの反応が気になるところで、何とか頑張ってプレゼンしてみよう。


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― 新着の感想 ―
まさかの地元だった こんな所に巨大企業がくるのかぁわくわくする
あれ?風向き変わって来たな これは一昔前に流行った、ざまぁな復讐譚じゃなく 今風な、みんな一緒にハッピーエンドって感じの物語なのかな? じゃあ仲良しのサイン決めとかなきゃ
実際の当時の五條市の衆院議員のセンセーって、 失礼ながら地味な印象のセンセーでしたな
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