日本復活① 新たな成果と本社移転
ここから新章が始まります。20話構成です。
1999年(平成11年)3月1日(月) 東京都 西新宿
昨日は誕生日だった。前世の記憶と合わせると70歳を超えたことになるが、身体は30歳を超えたばかりだから見た目とのギャップはある。普段の私は可能な限り、この時代の若者らしい振る舞いをしているつもりだが、騒がしい東京よりも静かな環境を欲するのは精神年齢のせいだろうかと思う。
ともかく仕事だ。西新宿の超高層ビル、豊臣グループ本社の一室。
スティーブから「Apple office」ソフトのプロトタイプが完成したとの報告を受けた私は、今日ここで関係者の報告とプレゼンを受けることになっていた。
今日の顔ぶれは、歴史が用意した最大の「不協和音」であり、同時に究極の「和音」でもあるだろう。私はメンバーを見渡してそう感じた。これから彼らによって報告される内容が、今後の世界にどう影響を与えるのか。前世という結果を知る私にも、想像すらできない世界が待っていそうだとの予感に満ちていた。
今日の会議を主導する役割を担ったのは、黒のタートルネックに身を包んだスティーブだった。経営の重圧から解き放たれ、Appleの製品企画に専念する彼は、余裕ある表情で室内を見渡している。その瞳は、まだ見ぬ未来を射抜くような鋭さを湛えていた。
向かいには、ジャストシステムの創業者・徳川和宣が静かに座り、その隣では妻の眞理子が、春の陽だまりのような穏やかな笑みを浮かべて控えている。
この二人は本当に優秀だと改めて感じた。徳川社長はMicrosoftによって追い詰められた教訓を活かして、彼らの弱点を突く製品内容に仕上げたらしい。
壁際には、ノートPCを抱えた若者たちがいた。Googleを率いるラリーとセルゲイ、そして彼らの部下たち。近未来に世界を席巻することになる、今はまだ無名のエンジニアたちは、この部屋に漂う濃密な熱気を息をひそめて伺っているようにも見えた。
彼らを繋ぐ鎖は、ただ一つ。「豊臣グループ」という巨大な傘。
「さあ。始めようか」
スティーブが、沈黙を切り裂いた。
「キノシタ会長。ついに『Apple office』が完成したので報告したい。トクガワ社長とも話し合ったのだが、一般のユーザーがWordを立ち上げて、最初に感じる壁は何か。機能が多すぎて、どこに何があるかわからない。そこが問題だった。だから我々がApple officeで最初にやったのは、画面から余計なものを全部取り払うことだったんだ」
スティーブがノートPCの画面を全員に見せた。そこに映し出されたのは、驚くほど何もない画面。文書を開くと同時にツールバーは消え、ただ書く作業に没頭できる。究極の姿がそこにはあった。
「すべては引き算の美学だ。書いている間は、書くことだけに集中できる。妙なイルカが突然現れてお節介をすることもない」
徳川和宣が、静かに引き取った。
「その画面に、私たちの仕事が加わりました。Wordで日本語を書いたことのある人なら、誰でも経験があるはずです。変換が、自分の意図と全然違うところで決まってしまう。固有名詞、業界用語、書き手の癖……そういうものをWordは何も知らないし学習もしない。一太郎とATOKが一年かけて組み込んだのは、書き手が何を伝えたいかを読む仕組みでした」
「具体的に申し上げますと」と眞理子が続ける。
「たとえば『きしゃのきしゃがきしゃできしゃした』という文を入力したとします。Wordならお手上げです。でもATOKは前後の文脈から『貴社の記者が汽車で帰社した』と正確に変換できます。書き手がいちいち選び直す手間が、ほとんどなくなりストレスが消えるんです」
それは私にもすぐに理解できた。現時点のMS-IMEを用いたWordに「すっきりとしたいいきぶん」と打ち込むと、「すっきりと死体遺棄分」と表示されて気分が悪くなるのだ。
気分転換に「きょうはいいてんきだな」と打てば「京はいい転機だな」と出る始末だ。
部屋の空気が、少し柔らかくなった。次はGoogleのエンジニアたちが声を上げた。現時点で「グーグル」と打ち込めば「愚ーグル」と変換されるような弱い立場だ。
「そして私たちの出番だ」
ラリーが、ノートPCのキーボードを叩きながら立ち上がった。
「Microsoft Officeを使っていて、もう一つ誰もが困っていることがある。ファイルがどこにあるかわからなくなることだ。フォルダを掘って、掘って、それでも見つからない。あの感覚、みんな知っているだろう」
苦笑が、いくつか漏れた。
「私たちが組み込んだのは、ファイルを探す必要をなくす仕組みだった」とセルゲイが引き取る。
「文書の中に書かれている言葉で、関係するファイルが自動的に浮かび上がってくる。『先月の会議』と書けば、その頃に作ったメモや資料が、勝手に横に並ぶ。フォルダなんて、もう要らない」
「つまり」とスティーブが立ち上がり、ホワイトボードに三本の線を引いた。
「使い始めた瞬間、画面がすっきりしているのがAppleの仕事。変換が一発で決まるのがジャストシステムの仕事。ファイルが自分で集まってくるのがGoogleの仕事。この三つが一つのソフトに入っている。それがこの『Apple Office』だ」
徳川和宣が、ボードの余白に一行書き添えた。
『Use it once, and you’ll understand. It speaks for itself.』
「うん。『使えばわかる。説明はいらない。』か」
「Microsoftのソフトは、覚えれば使えるようになる。私たちのソフトは、使った瞬間から手に馴染む。それが一番の違いです」
なるほど。これは使いやすいかもしれない。しかもiPhoneの概念にも共通するから、iPhoneの登場は早まるかもしれない。だが、確認しておくことは他にもある。
「スティーブ。Wordについては理解した。ではExcelにはどう対抗するんだ?あっちの完成度は極めて高いと私は思っているのだが」
「完成度は高いか……では全く不満がないと?」
いや。そんなことはない。2020年代ならともかく、この時代のExcelには不満が多かったのは事実だ。例えば……
「いや。たまにフリーズしてしまうことがある。それに突然シャットダウンして、それまでの作業が無駄になることがある」
私の言葉を聞いて、徳川社長はにっこりして言った。
「それに対して我々は『花子』に自動保存機能を追加しました。ファイル全体を上書きするのではなく、変更されたデータだけをメモリから一時ファイルへ高速に書き出す方式ですから、システムへの負荷も軽微です」
なるほど。対策はいくらでもあるというわけか。
スティーブは私の言葉に反応して冷ややかに言った。
「Excelの完成度が高い、か……」
彼は不敵な笑みを浮かべ、ホワイトボードの横に寄りかかった。
「キノシタ会長、それはそれ以上のものを知らないから出てくる言葉だ。
トクガワ社長、会長の言う『完成された表計算』の実態を教えてやってくれ」
徳川社長は眼鏡のブリッジを指で押し上げると、静かに口を開いた。
「会長。たとえば、商品管理で『1-2』という型番を入力したとします。Excelはどう反応するかご存知ですか?」
「……1月2日、か?」
私が答えると、徳川社長は深く頷いた。
「そうです。勝手に日付に変え、元に戻そうとすると内部データまで書き換わっている。あのソフトは『数字』は扱えても、人間が書く『言葉の文脈』を理解していません。我々のOfficeは違います。ATOKの解析エンジンをセルの入力に直結させました。それが型番なのか日付なのか、入力の癖から判断して、勝手な変換でデータを壊すような真似はさせません」
さらに、壁際で控えていたラリーが、我慢できないといった様子で身を乗り出した。
「それに、レイアウトの問題だ! 会長、Excelで表を作って印刷したとき、画面では収まっていた文字が右端で切れていた経験はないか?」
「ああ……何度もあったな。あれには閉口した」
「それはMicrosoftが、画面と紙を別物だと考えているからだ」
ラリーが自分のノートPCの画面を操作する。
「僕らが提案したのは、ジャストシステムの『花子』の描画技術を組み込んだハイブリッド構造だ。表の中に図形を置いても、列を広げた瞬間に矢印が明後日の方向に飛んでいくことはない。画面で見ているものが、そのまま1ミリの狂いもなく紙に出る。当たり前のことが、彼らにはできていないんだ」
「そして、最も致命的なのが『孤独』であることだ」
スティーブが再び会話の主導権を握った。
「誰かがファイルを開いている間、他の人間は中を見ることもできない。一つのファイルを奪い合うなんて、豊臣グループのスピード感には相応しくないだろう? ラリーとセルゲイが構築しているネットワーク・エンジンを使えば、この部屋にいる全員が、同時に、一つのシートに数字を書き込める」
私は背筋が震えるのを感じた。1999年の今、彼らはすでに「共有」と「文脈」をキーワードに、Microsoftの牙城を崩そうとしている。
「つまり、スティーブ。君たちが作っているのは……」
「ただの計算ソフトじゃない」
スティーブはホワイトボードを指差した。
「ビジネスの混乱を整理し、思考を同期させるための共通言語だ。Microsoftのように機能のカタログを売るんじゃない。我々はストレスのない時間を売るんだよ」
徳川社長が、柔らかく、しかし確信に満ちた声で付け加えた。
「Excelに慣れた人は、最初は戸惑うかもしれません。あまりにスムーズだからです。ですが、一度これを使えば、二度とあの大仰なだけのツールバーには戻れなくなるでしょう」
会議を終える際、スティーブは窓の外に広がる東京の街並みを見下ろし、独り言のように呟いた。
「20年後、人々はWordやExcelという名前を忘れているのではないかな。我々のような、考えるための最高の道具を作った狂った連中がいたことだけが、歴史に刻まれ続けるだろう」
徳川夫妻は、ただ静かに微笑みを返した。
1999年、春。一年の歳月をかけて練られた構想が、ついに設計として結実した。
私が進めてきた企業の買収は無軌道であったわけではない。垂直・水平統合を通じて従来の力を何倍にも伸ばすことができる資質があると信じて買収企業を選択した。この「Apple Office」は、その具体的な産物の一つだろう。
そして私の知る歴史にはなかった現象を見ていた私は、確かな時代の変革と世界の潮流の変化、それに応じた体制作りの重要性を感じた。同時に前世にはなかった彼らのリンクを、積極的に具現化する場所を提供する必要性をますます感じるようになっていた。
新たなグループの拠点を築く必要性だ。
その理由の一つに、豊臣グループに対する世間の風評というものが、無視できないものになりつつあったことも重なる。
日本社会はまさにどん底の状況だ。
官民ともに自信喪失と手の施しようのない現状にもがき苦しんでいる。
特に公共事業が絞られ、銀行が融資どころではない状況になったせいで、大手建設会社はどこも火の車、青息吐息だ。そして大手がそうなのだから、下請けの中堅・小規模の建設会社などひとたまりもない。
それが失業率の上昇という、目に見える形で社会に蔓延しつつあるのだ。
にもかかわらず豊臣グループだけが派手な買収を繰り返し、どんどん肥大化している状況を見て妬みや怨嗟の声が大きくなりつつある。
それに対する回答の一つは、江戸時代の思想家の教えを実践することだろうが、東京にいてはノイズや制約が多すぎる。そんなこともあって私は具体的に動くことにした。
数年前に小二郎に依頼していた、豊臣グループの本社移転の話だ。あれをそろそろ具体化させねばならない。
現在、我が豊臣グループの本拠地は東京に置かれている。
国会、内閣、最高裁判所、そして皇居。この国の中枢機能のほぼすべてが集中している以上、東京が首都であると誰もが信じて疑わない。
だが、意外なことに、日本には「東京を首都とする」と明確に定めた法律は存在しない。政令や条文によって公式に規定されているわけではなく、東京の首都としての地位は、長年の慣習と事実の積み重ねによって成立しているに過ぎない。
つまり東京は、法によって定められた首都ではなく、誰もがそうであると無意識に受け入れてきた「事実上の首都」なのだ。
では、我が豊臣グループは、そのような曖昧な存在に拠点を置き続けるべきなのだろうか。
これからも拡大を続けるであろう我がグループにとって、東京に存在し続ける意味とは何か。そこに、どれほどの必然性とメリットがあるのか。
さらに言えば、日本の長年の課題とされてきた東京一極集中の問題に対し、我々はどのような答えを示せるのか。そして大災害が発生した場合、その集中構造そのものが抱えるリスクに、十分な備えはあるのか。
そんなふうに考えていた頃、小二郎から本社移転の候補地を絞り込んだとの報告が来た。
彼が国内の複数の場所を調査し、最終的に提案した候補地だったのだが、そこは山に囲まれ、外界から切り離されたような地形の街だった。交通インフラも貧弱で、新幹線はなく、高速道路も建設中でまだ完成していない。
鉄道はかろうじて一本通っているが、ローカル線と呼ぶのがふさわしい規模だった。
確かに日本の国土軸で表現すれば中央部に近いし、冬期は雪に閉ざされるような環境でもない。
最初に地形や交通の説明を受けた時に「永平寺の近くなのか?」と期待したが、そうではなく、それは私が考えたこともない場所だった。正直に言えば、私には小二郎の意図が理解できなかった。だが、小二郎はスティーブの名前を出して自信ありげに言ったのだ。
「多くの日本人が忘れているかもしれないけれど、三つの聖地に取り囲まれているという、稀有な場所なんですよ。スティーブさんは気に入ってくれると僕は確信しているんだ」
それを聞き、最終的に私は納得した。そして、これから先の日本は本当に全ての常識がひっくり返り、沈滞した空気が一新されるかもしれないと期待した。




