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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ。   作者: 織田雪村
第五章

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覇王への道⑧ Amazonへの足がかり

1998年(平成10年)5月 


永平寺から東京に戻った直後、AT&Tとの契約が正式に締結されてメディアに発表された。

日本でも新聞各紙が一斉に記事にした。


「AT&T 通信網の一部を豊臣グループへ売却」、「木下藤一郎の野望はさらに加速」、「若き独裁者はどこに向かうのか」


論調は相変わらずだったが、報道を見た孫勝利氏からさっそく連絡が来た。


「木下さん、あんた……。とんでもないものを買ったね?」


電話越しの彼の声は、怒りよりも、戦友に先を越された者のような、狂おしいほどの興奮に満ちていた。

歴史の歯車が、異音を立てて加速し始めたのを感じたが、それでもこの人を支配下に置くことはできないだろう。違う方法を考えねばならないと思っていた。


「孫さん。新しく買ったAT&Tの権利は近い将来に大化けするでしょう。その時に、あなたと一緒に事業をできたらいいと私は考えています」


そう言って彼との電話を切った後、気持ちを切り替えて側にいた二人に告げた。


「さて、小二郎、寧音。世間の風評なんて気にせずに動くぞ。次の目的地はアメリカの西北端にあるシアトルだ」


私は行き先を指示し、決意を新たにする。禅師に示唆された「身軽になる」方法については、まだ解決していない。

ただし、思い出したことがあった。それは私が前世で政治家を志した当時の気持ちだった。

その頃に好んで使っていた座右の銘があったのだった。


『座って半畳、寝て一畳、天下取っても三合半』


それは身の丈を知り、節度を知るという。今の私が完全に忘れていた言葉だった。禅師の言葉と当時の思い。どこかで一致させることはできるかもしれないと。


天下を取っても、一日で食べることができる米の量は三合半。それは一般人と変わらない。

その程度で足りるはずの人間が、今はどうだ。アメリカをまたぐ通信網に手を出し、次は日本企業の合併まで画策している。


真逆ではないかと。


頭で理解はしているつもりだ。

欲を削ぎ落とせば、もっと軽く、もっと速くなれるのだろう。


だが。


「……それでは、遅すぎる」


私は小さく呟いた。この時代は待ってはくれない。構造を握る者だけが、次の時代を定義する。

悟りは、後からでいい。

私は顔を上げ、小二郎と寧音に視線を向けた。


「20世紀中に、21世紀の勝敗を決めてしまおう」


「兄さん、次の買収目標は何でしたっけ?」


私は寧音と小二郎に次の目標となる対象を告げた。


「うん。次は買収ではなくて出資だな。それも、ほんの少しだけしか無理だろうな。ともかく、まだガレージで本を詰めている男に会いに行こうか」


「本? 誰ですか、それは」


「ジェフという名の男で、小さな商店を始めたんだ」


それを聞いて、なぜかその場にいた織田がニヤリとしたのが妙に気になった。




1998年5月下旬。


成田から飛び立ったプライベートジェットの機内は、エンジンの微かな振動だけが響く、静かな作戦会議室と化していた。


「兄さん、さっきから資料を読んでいるんですが……。本当にこの『Amazon』という会社、そんなに価値があるんですか?」


小二郎が、手元の分厚いレポートを怪訝そうに眺めながら口を開いた。

資料には、万年赤字、膨らみ続ける投資、そして「ただのネット本屋」というウォール街の冷ややかな評価が並んでいる。


「小二郎。お前には、この数字の奥にある『欲望の集積』が見えないか?」


私はシャンパングラスを置き、窓の外に広がる雲海を指差した。


「今は本かもしれない。だが、彼らが作っているのは商品棚じゃない。世界中のあらゆる商品を、瞬時に、最も効率的に、個人の玄関先まで届ける『全自動の物流神経系』だ。私が手に入れた通信網が『情報』を運ぶなら、彼は『物質』を運ぶ覇者になる。……そんな気がするんだ」


「物質の覇者……。でも、まだこのジェフという男、ガレージに毛が生えたようなオフィスで働いているんでしょう?」


そう言って慎重論を唱えた小二郎の言葉を聞いて、隣で静かに耳を傾けていた寧音が、ふっと微笑んで口を挟んだ。


「小二郎さん。藤一郎がこれほどまでに執着するのです。きっとその男は、織田さんのような『化け物』の類か、あるいは未来そのものを見ている狂信者なのでしょうね」


寧音の言葉に、私は深く頷いた。

1998年。世間はまだドットコム・バブルの狂乱に踊らされているが、その本質を理解している者は数少ない。ジェフは、その数少ない「本物」の一人だ。


「……ところで兄さん。日本に残したあの織田という男、本当に信じていいんですか?」


小二郎の声が、わずかに低くなる。


「どう考えても普通の人間じゃない気がします。闇の世界と繋がっているんじゃありませんか?そんな人物が兄さんの身近にいると世間に知られたら……」


「タダでさえ叩かれやすい立場だから、自重すべきと言いたいのか?」


小二郎の懸念はもっともだ。

織田雪村。あの男の正体は、私にもまだ完全には見えていない。だが、彼が放った一言一言は、まるで私が『どこから来たかを知っている』かのような含意を孕んでいた。


「信じる、信じないの次元じゃない」


私は静かに言った。


「彼は、私という『装置』が歴史をどう書き換えるかを見物したがっている。利害が一致しているうちは、彼ほど頼りになる影はいない」


彼との雇用契約には「勤務時間と出勤場所を明確にしない」との一文が盛り込まれた。彼の希望だったからだ。いつどこに出勤するのか判然としない人間と交わす契約なんて通常はあり得ないが、「特別」秘書だからと私も納得した。要するに私が頼りにしたいときに顔を出してくれればそれでいいわけだ。


機内電話を取ってシアトルの天候を確認する。

雨。やはり、あの街はいつも同じ表情をしている。



雨の街、シアトル。

そこで、21世紀の流通を支配する巨人と、私は初めて対峙することになる。


シアトル郊外。Amazonのオフィスは、お世辞にも「世界の覇者」にふさわしいものではなかった。

安っぽい木材で作られたデスク、絡まり合ったケーブル、そして異様な熱気。

だが、その雑然さは、未整理の可能性そのものでもあった。


「ハッハッハ! 今をときめく、あの日本の『トヨトミ』が、わざわざこんな吹き溜まりに何の用だい?」


爆音のような笑い声とともに現れたのは、まだ髪の毛が少し残っている若き日のジェフ・ゾベスだった。

身体とサイズの合っていないヨレヨレのTシャツを着て、一見すると狂人のように見えなくもない。だがその目は、獲物を狙う猛禽類のようにぎらついている。


「ジェフ。君のデスク、それはドアの板を再利用したものだね?その倹約精神(フルーガリティ)、嫌いじゃない」


私がそう言うとジェフは眉をひそめ、ニヤリと笑った。


「コストを削って顧客に還元する。それが私の宗教だ。それで? 若きスーパーエリートが、この『赤字を垂れ流す本屋』に、寄付でもしに来たのか?」


若いとは言いつつも、実際は彼のほうが1歳年上に過ぎないが。


「寄付じゃない。投資だ。……いや」


私は一拍置いた。


「君の『脳』を買いに来たと言った方が正確かな」


アタッシュケースから、ある図面を取り出す。

世界通信網。まだ誰も金になる形を理解していない、未来の骨格。


「君は今、配送コストとサーバー維持費に頭を抱えている。

そして、いずれ気付くだろう。本を売るためのシステムそのものが、本を売るよりも大きな利益を生むことに」


ジェフの動きが止まった。

視線が、図面の一点に吸い寄せられる。


「……ネットビジネスか」


その言葉を、彼はほとんど独り言のように呟いた。


「君の通信網を私に貸すと言うのか?」


「逆だよ、ジェフ。私の通信網の上に、君のシステムを乗せるんだ」


私は淡々と条件を告げる。


「日本の物流は私が整える。その代わり、君がこれから創る『インフラ』の優先使用権と、株式の5%をもらおう」


部屋の空気が凍る。

十秒程度。いや、永遠にも感じられる沈黙だった。


ジェフは椅子に深く背を預け、私を見た。その目に宿っていたのは、警戒でも驚愕でもない。

同類を見つけた捕食者の、それだった。


「トウイチロウ・キノシタ……」


彼は、ゆっくりと笑った。


「君は、10年後の世界から来たのか?」


ドキリとしたが答えなかった。

答える必要はないと思ったからだ。


「どうする、ジェフ。

ガレージで本を詰め続けるか、私と一緒に『世界の在庫』を管理するか」


数秒後、再びあの爆音の笑いが響いた。


「ハッハッハ! 面白い!

だが5%は高すぎる。1%だ。その上で、日本の物流は完璧に整えてもらう」


分かってはいたが、いきなり5%は無理だったらしい。

しばらく考えた後、私は立ち上がって右手を差し出した。

ジェフは即座に私の手を握り返した。


「交渉成立だ……ようこそ、新しい21世紀へ」


握った彼の手は、異様なほど熱かった。理性ではなく、執念で動く男の体温だ。


これで、アメリカの「脳(Google)」と「筋肉(NVIDIA)」に加え、「血管(Amazon)」の源流に食い込むきっかけを、私は手に入れた。


今回は資本参加という形だが、それで十分だ。

あまりに欲張れば、必ずアメリカ司法省に目を付けられる。Amazonは、令和の時代においてGoogleと並ぶ寡占企業の代表格なのだ。

ならば、あくまで目立たぬ位置にとどめておくのが無難だろう。


たったの1%で妥結した理由は他にもある。近い将来、ITバブル崩壊という大きな波が必ずやってくるからで、Amazon株も例外ではなく暴落する。その時、倒産の危機に直面するはずだ。枠を増やすとすればその時がチャンスだ。

ではどれほど暴落するか?記憶が正しければ十分の一以下の価値になると思う。


この時に改めて購入を打診しよう。目標は発行済み株式の30%だ。


私がこの世界に来る直前、2025年末時点でのAmazonの時価総額は約2.5兆ドルに達していた。その30%相当だから7500億ドル。2025年の為替レートで換算すれば、およそ112兆円だ。


つまり、日本の国家予算に匹敵する含み益を抱えることになるだろう。


ちなみに同じ時期、Googleは約3.8兆ドル、Appleは約4兆ドル、NVIDIAに至っては約5兆ドルの価値があるとされていた。

つまり、その時の私と豊臣の資産は、この4社だけで総額2000兆円を軽く超える。

理屈の上では、日本という国を丸ごと20個近く買えてしまう計算だ。


身軽になるどころか世界の覇者だ。これは、どうにかせねばならない時が必ずやって来るだろうと予感した。


シアトルの雨は、いつの間にか止んでいた。


豊臣グループ傘下企業


『株式会社ピクセルジョイトロン』

『株式会社ワイドギャップテクノロジーズ』

『ミノルタカメラ株式会社』

『浜松ホトニクス株式会社』

『株式会社オハラ』

『日亜化学工業株式会社』

『Apple』

『Google』

『NVIDIA』

『株式会社ジャストシステム』


資本参加


『AT&T 通信網・無線通信部門』

『Amazon』


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