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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ。   作者: 織田雪村
第五章

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覇王への道⑥ 邪魔者たち

1998年(平成10年)4月


ニューヨークでの大仕事を終えた私たちを待っていたのは、アメリカからの横やりではなく、母国日本からの執拗な干渉だった。成田に降り立つと、数台の黒塗りの車と無表情な男たちが出迎えていた。


「木下藤一郎さんですね。通商産業省の者です。少々お話を伺いたい」


私たち三人が問答無用で連行されたのは、霞が関の古びた一室。


寧音と小二郎は廊下で待たされ、私だけが室内に入るよう命じられた。これで孤立無援だ。相談する相手も、時間稼ぎの手段も奪われた。

室内には、1990年代特有の「護送船団方式」の残り香を漂わせた、通産省のキャリア官僚と、与党の有力議員たちが待ち構えていた。


その中には見知った顔ぶれが複数含まれていた。議員の一人は松永 秀久。片市内閣で財務省のイヌにまでなり下がった政治家。現在は民自党の選対本部長に抜擢されたらしいから、これから更なる高みを目指して蠢き始めるのだろう。


そして官僚の中にはあいつがいた。


私の記憶では現在通産省へ出向中のあいつ、クロテツこと黒田鉄雄だった。


この男は大蔵省が「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」で激震に見舞われる時期に、通産省に身を置いていたから責任を問われなかっただけなのだ。女好きのこいつだったら、真っ先に中国人の経営する、あのしゃぶしゃぶ屋に行っただろうに。惜しいことをした。


「木下君だったね。君がアメリカで様々な企業に手を伸ばし、果てはAT&Tの利権を買い漁っているという報告が入っている。それとNECと日立製作所に対しても、良からぬ陰謀を仕掛けているらしいね?」


松永がそう重々しく口を開いた。買い漁っている、良からぬ陰謀か。もう少し上品な表現はできないものだろうか。そんな松永の前には、山一證券破綻以来の不況対策資料が山積みにされている。


「今の日本は、不良債権の処理で戦後最大の危機にある。阪神大震災もあったし、国民には痛みを強いている状況だ。そんな時に民間人が莫大な資金を海外に流出させ、アメリカの通信インフラを買い支えるなど、国益に反する行為だ。しかも半導体産業の経営統合まで企てているそうじゃないか?

そんな資金があるなら、なぜ国内の公的資金注入や、経営危機の銀行救済に回さないのかね?」


私は内心で冷笑した。沈みゆく泥舟を補修するために、未来の種を捨てろと言っているのだ。


「松永さんでしたか?政治家の方とはこれまでご縁がありませんでしたが、あなたのおっしゃる国益とは何を指すのですか?」


私は可能な限り冷静さを保ちながら続けた。


「銀行の持つ、自業自得の不良債権を穴埋めすることですか? それとも、21世紀の情報覇権を日本人に握らせないことですか?私が買っているのは銅線ではなく、次世代の制海権と制空権なのですよ」


松永の隣に座っていたクロテツが、不快そうに書類を叩きながら私に言った。


「君のやっていることは独断が過ぎる。我が国にはNTTがあり、KDDがある。通信政策は国家の根幹だ。それと、君が手に入れた特許やバックボーンの権利は、一旦は政府が管理する外郭団体へ譲渡、あるいは信託すべきだ。さらに、大企業同士の合弁に際しては我々通産省の掌握範囲だ。余計なことをすれば行政指導するぞ」


この野郎。言うに事欠いて行政指導だと?

私はクロテツに向かって最大限の嫌味を言ってやった。


「あなたがどこの誰なのか、私は存じ上げませんが、大蔵省は接待汚職事件で大変な時期ですよね?ご愁傷様です。それにしても、行政指導ですか。私は強制力を伴わない、ただの『お願い』だと理解していますが?」


「木下! 言葉に気をつけろ!」


クロテツは露骨に顔を歪ませたが、同行していた若手議員が声を荒らげた。こいつも将来、財務省のイヌと呼ばれるようになる議員だ。

これでは多勢に無勢、まるでリンチにかけられているみたいじゃないか。


クロテツが慇懃無礼な態度をかなぐり捨て、弱い者に強く出る本性剥き出しの態度で言った。


「お前の豊臣グループには、外為法違反、あるいは脱税の疑いで調査を入れることもできるんだぞ。

ジャストシステムへの巨額出資もそうだ。一太郎を守る? 表向きは結構な話だが、Microsoftを刺激して日米貿易摩擦を再燃させるつもりか!?」


そうクロテツは断じたが、こいつらは本当に救いがないな。知ってはいたが、ここまであからさまに言われると、私だって身を守るために反撃するまでだ。


「なるほど……皆さんは、本気でそう信じておられるわけですね」


「何がだね?」


松永が眉をひそめる。


「日本の未来は、政治家と役所が守るものだ、と」


部屋の空気が一段冷えたように感じた。


「いいですか。昨年、1997年という年は、金融危機の年として記録されるでしょう。多くの企業が土俵際に追いやられる結果を招いた。しかし」


私は右手の人差し指を立てた。


「同時に、情報主権が誰の手に渡るかが決まる年でもあったのです」


クロテツが鼻で笑った。


「情報主権だと?インターネットなんてオタクの遊びで、電話線の延長に過ぎん。お前が買ったゴーグルやニビデアも、どうせその類いだろう」


読み方すら知らないのか。その程度の低い意識だから負けるんだよ、お前たちは。


「インターネットは、電話の延長ではなく、国家の神経系となり得ますし、半導体はまさに産業のコメなのです。私はそこに賭けているんですよ。私自身の人生を賭けてね。私が投資しているのは、通信会社でも半導体企業でもありません。規格と標準なんです」


松永が苛立たしげに吐き捨てる。


「理屈はどうでもいい。問題は政治だ。君は国を無視して動き過ぎた」


私は頷いた。


「ええ、その通りです。だから、こうして呼び出されたのでしょうね」


そして、静かに告げた。


「ですが無視しているのは、いったいどちらでしょう?」


私は松永を真正面から見据えた。


「このまま国内の銀行救済に資金を注ぎ込み続ければ、日本はどうなります?決して明日に繋がる再生はしない。血税を浪費した挙句、淘汰されるべき多くの企業を意味なく延命させるだけだ」


沈黙。古い時計の秒針の音だけが響く。彼らは、私が手に入れた「Google」や「NVIDIA」の価値など1ミリも理解していない。こいつらはただ、自分たちの管理下にない巨大な力が生まれることを恐れ、それを既存の古いシステムの維持に転用しようとしているだけだ。


「……」


彼らは私をじっと見ている。どうやって反論しようか様子を見ているのだろう。

そんな彼らに対して私は、最も問題となる点を指摘した。余計な一言だとは思ったが、我慢できなかった。


「あなたたちの古いやり方では景気は浮揚せずデフレが進行する。果ては若者の就職難を招き、将来の禍根となる。一方で、私が押さえた通信・半導体・検索・演算の技術は、20年後、日本に選択肢を残す」


私は言葉を区切った。


「私は次の世代を見ているのですよ。しかし、あなた方は今しか見ていないでしょうね。皆さんが救おうとしているのは、バブルの負債を隠しきれなくなった無能な経営者たちだ。泥舟にどれだけカネを注ぎ込もうが、沈むという事実は変わらないし、無駄な努力に終わる」


「貴様……!」


クロテツが立ち上がり、私を指差した。


「木下! 貴様の豊臣グループがやっていることは、もはや一企業の枠を超えた国家反逆だ。いいか、通産省は……いや、政府は本気だ。外為法の網を広げれば、お前の不透明な資金移動など一瞬で凍結できる。今のうちにAT&Tの利権、そしてAppleの株すべてを国が管理する特殊法人に供出しろ」


いやはや、国家権力をかさに民間人を脅すとは。

こいつらは相当追い込まれているのだろうな。だが、お前たちにはわからないだろうが、私も官僚と政治家の経験があるのだよ。

お前たちの急所を突くことなど、雑作もないのだと教えてやろう。


まず、即答は避けること。これは鉄則だ。

正面衝突を避け、搦め手から崩す。

これが官僚と政治家がもっとも恐れることなのだ。


私は彼らに対して静かに告げた。


「重大なご提案なので、持ち帰って我が社の顧問弁護士・国際法務チームと精査します。それと行政指導は文書でお願いします。口頭では受けられません」


ふふ。この時代の官僚が最も嫌う言葉を使ってやった。なぜなら文書化=責任が発生するからだ。


これでこの会合は圧迫から、協議中案件へと格下げできる。


それに外為法・脱税カードを無効化する事前の布石も既に打っている。資金移動はすべて、国際監査法人を通じた米国側の基準でチェック済みだから痛くもかゆくもない。黒田たちはその事実を知った時、地団太を踏んで悔しがるだろうが、やつらの責任問題に発展できないのが唯一残念なことだ。


連中は自分たちが作った法律を、まったく理解していないのは滑稽としか言いようがないな。


松永がそれでも食い下がる。


「文書で提示しろか……若造のくせに生意気じゃないか。だが、勝った気になって貰っては困るぞ?お前の購入した企業には、我々日本政府の監査権が付随することを忘れるなよ?」


なるほどな。そうきたか。では、これはどうだ?


「それらの権利には、すでに米国政府・州政府・大学基金が関与しています。日本政府が一方的に管理するとなれば、それは国際問題に発展しますが、覚悟はありますか?」


私がそう言うと、余裕たっぷりだった彼らの表情が一気に引きつった。


これで通産省は間違いなく手を引くし、政治家はビビる。なぜなら「日米貿易摩擦」のトラウマが蘇るからだ。斜陽の時代に立っている日本政府の最大の恐怖ワードは「日米関係悪化」だ。


勝った。


そう思ったとき、彼らの背後のドアが静かに開き、一人の人物が入ってきた。

私を見る目は冷たく、刺すように鋭いが、口元だけはニヤつき歯が見えている。


この男は……


明智光昭だった。


かつて羽柴秀樹であった私の命を奪った可能性の高い、憎んでも余りある敵!


一同の姿勢が改まり、場の空気が変わる。

松永が慌てて立ち上がり、明智に一礼して場所を開けた。それに対して明智は当然だと言わんばかりに鷹揚に頷き、私の正面に座って言った。


「さっきから聞いていると、随分なご高説を垂れてくれるじゃないか」


そう言いながらニタニタし始めた。


「君は政治家とは縁がないと言ったが、私の顔ぐらい知っているだろう?」


私は不快さに耐えながらも、何とか声を絞り出した。


「一応は……政調会長の明智議員でしたよね?」


「そうだ。先に警告しておいてやる。君の海外投資スキームは調べさせてもらった。確かに合法だ。現時点ではな」


口元のニヤ付きが一段上がったように見えた。


「しかしな、外為法の解釈変更は、私たち政治家の判断で決まる。ここにいる官僚に指示さえすれば、政令一つで変わるんだよ」


胸の奥が嫌な音を立てて軋んだ。

確かにそうだ。こいつらが本気になったら資金の一時凍結も可能になる。


「資金がクリーンかどうかなんて、この際は関係ない。市場に与える影響が大きすぎる。それだけで規制理由になるんだよ」


虎の威を借る松永が追従してたたみかけた。


「つまり木下。今この国にとって、邪魔かどうかだけが問題なんだ」


明智が勝ち誇った顔で言った。


「君は賢い。だから分かるだろう?

ここで逆らえば、君個人は生き残れても豊臣グループは滅亡する。炎に包まれて落城するんだ」


私は喉の渇きを感じた。

頭ではわかっている。徹底抗戦すれば長期的には勝てるだろう。

だが、勝つまでにどれほどのものを失うだろうか?

どれほどの仲間を失うことになるのか。

ビルのように、自分の帝国の分割や解体指令まで出ては死刑宣告に等しく、それではこれまでの努力が水泡に帰す。


明智が猫なで声で言った。


「提案だ。AT&Tの議決権信託。それとApple株の一部を国内年金基金へ売却しなさい。表向きは国益へ配慮したという形にしてあげよう」


完全な敗北ではない。

だが、これで主導権は削がれてしまう。

私はこぶしを握り締めて考えた。ここで拒否すれば戦争。最悪は抹殺。受け入れれば屈辱。


沈黙が異様な重さで落ちる。

やがて私はゆっくりと息を吐いた。


「……持ち帰って検討します」


その瞬間、部屋の空気が一斉に緩んだ。


負けた。少なくともこの場では。

明智が満足そうに頷き、言った。


「賢明だよ木下君。若者も、たまには引くことを覚えないとね」


私は立ち上がったが、足取りは重い。

廊下に出ると、寧音と小二郎が安堵の表情で駆け寄ってきた。


「兄さん、冷や汗が出ましたよ。本当に刺されるかと思った」


「いい経験だ、小二郎。これが『古い世界』の本音だ。彼らが邪魔をしてくるということは、我々の道が正しいという何よりの証拠だ」


そう言いながらも、心は暗く、重いもので満たされていた。

ああ疲れた。まずは家に帰ってゆっくりしたい。

久々に本気で思った。



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― 新着の感想 ―
こやつらにまた腹が立ってきました!
官僚上がりの政治家の主人公は日本の政官の悪い所は良く知っている訳だから、根回しなんてしないよなぁ 悪意(政官の信じる正義?)をどの様なロジックで打ち破るのか見物かな まぁ、法律不遡及の原則から本来は政…
さくさく行ってほしい
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