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もう一人の私 昭和に転生した元財務官僚、失われた30年を防ぐ  作者: 織田雪村
第七章

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躍進期⑪ リーマンショック その後

2008年(平成20年)10月 


奈良県吉野郡西吉野村 自宅


夕刻、私は縁側に腰を下ろし、周囲の山を眺めながら考えごとをしていた。


紀伊山地の秋は東京よりも早く訪れる。とはいえ紅葉の季節にはまだ早い。それでも山の景色は秋に向かっているのがよく分かる。

ここに住むようになってもうすぐ10年になるが、春夏秋冬の作物の変遷は、ようやく自分自身の中で覚えることができるまでになってきた。


今は秋の収穫の季節だ。

春先から植えたサツマイモや里芋の収穫量は、夫婦二人では食べきれないほどで、スティーブやジェンスンら近所に住む仲間たちにせっせとお裾分けする毎日だ。

自家栽培のシイタケと、柚野山で収穫したマツタケが食卓に並ぶ。軒先には渋柿の皮をむいて縄に括りつけた干し柿、畑の隅で育てていた黒枝豆など、山の秋は都会ではお店で買うようなものが、当たり前のように収穫される。


もっとも、マツタケだけは毎年安定して採れるわけではない。

今年は豊作と言えるほどではないが、それでも香りの良いものがけっこう手に入った。


山の斜面では、ヤタガラスの社員たちの手で、夏の間に伸びた下草が刈られたことによって、斜面が柔らかな光を受けている。同時に、かつて密に植えられていたスギやヒノキの一部は計画的に伐採され、代わりに植えた広葉樹が少しずつ根付いてきた。


イチイガシやアラカシはまだ背丈こそ低いが、確実に枝葉を広げている。尾根に近い場所ではミズナラやブナの苗も順調だ。年を重ねれば、やがてこの山も色づくようになるだろう。

足元にはドングリが落ち、もっと山深い場所では鹿や猪の食い跡が点々と残っているらしい。人の手を入れたことで、逆に山の循環が戻りつつあるのが分かる。やがて野生生物も里には降りてこなくても済むようになるのではないかな。


「思ったより変化が早いな……」


私は独り言のように呟いた。

山の樹木は伐採して終わりではない。植え、育て、使い、また戻す。その流れがようやく形になり始めていた。


集落の周辺では、柿や栗の収穫が最盛期を迎えている。新たに植えた果樹も実を付け始め、わずかだが現金収入として機能し始めていた。それから薬草類だ。古くからこの地で栽培されていたものらしい。林業の衰退で弱くなっていった地域に、複数の収益源が生まれている。


電力も同じだ。

沢沿いに設置した小規模水力発電所は安定して回り続け、バイオマス発電所も試験運転の段階に入っている。ここで生まれた排熱は各家庭に配ることができるようになるだろうし、同じく各戸に設置した太陽熱温水器と太陽光パネルと蓄電池は、日常の電力消費を確実に支えていた。しかも余剰電力の売電によって地域に現金収入がもたらされる。それを基礎として山の幸を活用するべく、新たな事業を興す。事業が軌道に乗れば、自然な形で若者が定住していくだろう。


都会では非正規社員として、薄給に甘んじなくてはいけない境遇の若者たちが、そういった都会に見切りをつけて紀伊山地に集う。その規模は年々増えてきている。そこから新たな出会いと未来が拓けるのだ。これがきっかけとなって少子化の歯止めとなればいいと私は考えている。


それでもまだ「完成」には程遠い。だが、確実に変わり始めている。

私は山を見上げた。

かつて均一だった針葉樹の緑は、今では濃淡のある色に変わりつつある。時間はかかるが、この変化は止まらない。


「あと数年でもっと変わるだろうな……」


そう呟いたとき、遠くでチェーンソーの音が響いた。

人の手が入り、山が動いている。

そしてそれは、そのままこの地域の未来へと繋がっていた。


ここ最近で、私が感じた前世との明確な違いが一つある。


それは、ドローン物流の実証実験についてだ。


三洋電機のリチウムポリマー電池を活用した、強力な心臓部が完成したのが大きい。

そこへ、イーロンがテスラモーターズの制御技術を移植してくれた。

さらにはジェンスンの高性能チップによる自律航行能力、スティーブが磨き上げた遠隔操作技術、さらにはGoogleの地図・測位技術。それらが合体して誕生したのがドローン物流システムで、YGNの通信網によってコントロールされていた。


当然だが、電波法の適用除外地域。つまりは「紀伊半島特区」という特殊要因が加わった。

もともと山々の連なるこの地域は、日本の高度な物流システムにとっても最後の障壁と言えるような存在だった。


過疎地域という要素も加わって物流コストが高くなりがちだった。しかも地図の上での距離と、実走距離には大いなるギャップがある。国道は整備されても村道や林道までは手つかずの場所も多い。


そんな状況の地域に、突如として若者が大挙して定住するようになった。当然だが、彼らの生活を支えるためには従来の物流網ではあっという間にオーバーフローする。


つまりはドローン物流にとって、最高の実験舞台だったのだ。


やがてはこれがモノだけではなく、ヒトも運べるようになっていくだろう。

2025年の大阪万博で披露される予定の空中タクシーよりも早く実用化されるのではないだろうか。そうなれば、山深い土地というハンディキャップは過去のものになっていくだろう。


過去の歴史において、交通の不便さが常に立ちはだかり、発展から取り残されてきた土地。それが紀伊半島の現実だった。だが、これからはそうではない。東京ですら実現できていない社会実験が本格化する、そんな最先端の場所へと既に生まれ変わっているのだ。


もっとも、この変化は紀伊半島だけに留まらなかった。

前世では、リーマンショックは世界的な信用収縮を引き起こし、サブプライム関連の不良資産処理と金融機関救済へと発展した。


そもそもリーマンショックとはアメリカの住宅バブルが崩壊したことが要因だが、その遠因は2000年代初頭のITバブルの崩壊にある。市場の混乱を憂慮した当時のFRBのブラウスパン議長が低金利政策を推し進め、その結果として余剰資金は不動産市場へ流れ込み、住宅バブルを膨張させた。


なんのことはない。日銀の濁田総裁が進めた低金利策によって資産価格が膨らみ、それを誰も止められなくなったという意味では、日本のバブルとよく似た話だった。


だがこの世界での結果は、記憶とは違うものになりそうだ。


9月15日、ニューヨークダウは200ドル安で寄り付いたが、史実の800ドル近い安値には届かなかった。市場が「心臓部は生きている」と認識したからだ。


ただし影響は大きく、巨大保険会社AIGは経営危機に陥り、全米最大級の銀行ワシントン・ミューチュアルも破綻する。金融危機は史実通り深刻化していった。


だが、リーマン発の信用収縮が緩和されたことで、連鎖のスピードが落ちている。


リーマンの「心臓部」が生き残ったことで、国際金融市場の完全停止は回避され、短期金融市場の崩壊も限定的だった。要するにリーマン・ブラザーズの破綻をきっかけとした連鎖破綻は「未遂」で止まり、世界恐慌級の崩壊は発生しなかった。


しかしその代償は重いと、ウォール街は理解したらしい。

ボールマン財務長官は、連日にわたり議会で激しい批判に晒された。


批判をまとめると次のような言葉に集約されるだろう。


「なぜアメリカの金融機関を日本人に売ったのか」だ。


保守派からも左派からも、アメリカ人から見たら当然の非難の矢が飛んだ。だが彼は答弁で言い切った。


「崩壊させるよりも、生かして管理する道を選んだ。それだけだ」と。


結果、アメリカ政府主導のTARPと呼ばれる不良資産救済プログラム。乱暴に表現するならアメリカ版の住専処理だが、これは史実通り成立しそうだ。しかし話し合われている規模は記憶にあった7000億ドル、現在のレートで約70兆円というような金額にはなりそうにもない。


リーマンの不良資産の政府管理会社への移管スキームが先例となり、「官民の損失分担モデル」として議会に受け入れやすかったためだろう。


だが、次の認識は深刻なものだっただろう。


つまり、「最終的なセーフティネットは、もはやアメリカ政府ではない」という認識だ。


危機を止めたのが民間、それも豊臣という外国資本であったという事実は、金融覇権の象徴的崩壊だった。アメリカの金融家たちは「我々は市場を救ったのではない。救われたのだ」と受け止めているというのだ。


そうなると、今後の影響としてアメリカは、リーマンショックによって行われたはずの金融規制は穏やかに移行するだろう。その一方で、ウォール街の所有構造は変質し、国家より巨大な民間プレイヤーの存在を容認するという、ねじれた体制へ移行していくはずだ。


ここから先は予想だが、アメリカ政府内部では豊臣と協調する勢力、解体したい勢力、利用しようとする勢力の暗闘が展開されるのではないか。それがどのような方向に向かうのか、予断を許さない状況だ。


アメリカ以外に目を移すと、ギリシャやスペインなどの財政問題は表面化しているものの、金融危機へ発展する兆候はまだ見られない。


前世では、リーマンショックによる信用収縮と景気後退が各国財政を直撃し、それが後の欧州債務危機へと繋がった。


だが今回は様子が違う。


欧州の銀行は大きな損失を被ったものの致命傷には至らず、金融市場の混乱も前世ほど深刻ではない。そのため欧州連合も加盟国救済だけに追われる状況にはなっていなかった。


もっとも、問題が解決したわけではない。


ギリシャの慢性的な財政赤字も、南欧諸国の競争力低下も依然として残ったままだ。前世では危機によって無理やり表面化した問題が、今回は先送りされたに過ぎない可能性が高い。

急性症状は避けられたが、代わりに慢性的な低成長へ向かうのかもしれない。


どちらが幸せなのかは私にも分からない。


人の気配がしたので左へ視線を移すと、警備員たちがちょうど交代の時間らしかった。勤務を終えた者とこれから持ち場に向かう者が短く言葉を交わしながら、引き継ぎを行っている。


紀伊半島の山奥にまで警備員を張り付かせるのは気が引ける。だが、世界経済の中枢に関わる立場になった以上、「山奥だから安全」という理屈は通用しなかった。


さて、日本への影響だ。


前世では輸出需要が急減し、自動車メーカーや電機メーカーは軒並み業績を悪化させた。派遣切りや内定取り消しが社会問題となり、日本全体が将来への不安に覆われていた。


だが今回、その光景は回避できそうだ。


もちろん景気減速そのものは避けられない。アメリカ経済が傷を負った以上、日本企業も無傷では済まないだろう。それでも、世界的な信用収縮が回避されたことで設備投資の中止や雇用の急激な悪化はかなり抑えられるはずだ。


実際、私の知る歴史ではこの時期に凍結されていたはずの投資案件が、現在もそのまま進められている。

企業が未来を信じて投資を続けられるかどうか。結局のところ、それが経済を左右する。

前世の日本はリーマンショックによって再び萎縮した。だが今回の日本は違う。少なくとも未来へ向けて歩み続けるだけの余力を残している。


何より大きいのは、豊臣によるリーマン中枢の掌握だった。


そして……政府ではなく民間が国家戦略を主導した結果、霞が関は実質的に主導権を失ったと言えるだろう。財務省と経産省は、9月15日に行われたアメリカ政府による買収発表を見て、一夜にして態度を翻した。


「今回の買収劇は日本企業のグローバル展開の象徴である」


昨日まで止めようとしていた投資を、そう呼び始めた。


財務省は何の障害にもならなかった。

自身の無力さを悟ったクロテツは、会議の席で終始無言だったという。


円高は史実通り進行し、輸出企業を直撃した。だが「日本の民間資本がリーマンを救った」というナラティブが国内世論に広まり、日本の金融機関への信頼感は史実より高い水準を保った。外国人投資家の日本国債への逃避が加速したのも、この信頼感と無関係ではなかった。


今後は、アメリカの一部と手を結び、豊臣を潰しに来るだろう。


偶然ではあるのだが、東京とは物理的な距離を置き、この紀伊半島に「遷都」して正解だったというわけだ。


やがて、夕暮れが山々を赤く染め始めていた。

谷の向こうを、また一機のドローンが飛んでいく。今では食料や日用品だけでなく、精密機器や医薬品までこの山中を飛び交うようになっていた。


東京では規制や既得権が邪魔をして進まない技術でも、元から何もなかったこの土地では一気に導入できる。結局のところ、新しい時代というものは中央ではなく、周縁から始まるのかもしれない。


もっとも、その代償として、この土地も世界から注目され始めていた。


当然だろう。

金融とは単なる金儲けではない。国家そのものだ。

アメリカのその中枢に、日本の民間企業が入り込んだ。しかも東京ではなく、紀伊半島の山奥を本拠地として。


彼らから見れば異様な存在に違いない。だが、だからこそ私は東京から距離を置いた。

この場所なら、霞が関の論理にも、東京の空気にも呑まれずに済む。


山を見上げる。


伐採跡の向こうでは、新しく植えた広葉樹がゆっくりと根を張り始めていた。

国家も同じで、古い仕組みを切り倒すだけでは駄目なのだ。その後に何を植え、どう循環させるかが重要になる。


私は静かに息を吐いた。

世界は今、崩壊を回避した代わりに、別の時代へ足を踏み入れようとしていた。


背後で寧音の足音がした。

振り返ると、彼女がお茶の入った湯呑みを二つ持って立っていた。


「また難しい顔をしてるわね」


「そう見えるかい?」


「ええ。そう見えるわ」


そう言って隣に腰を下ろした。


しばらく二人で夕焼けに染まる山を眺める。

やがて寧音がぽつりと口を開いた。


「そういえば最近、面白い話を聞いたわよ」


「面白い話?それは何だい?」


「藤一郎の評判についてよ」


思わず苦笑した。

聞かなくても大体想像がつく。


「どうせロクな話じゃないだろう?」


「ええ」


即答だった。


「『また豊臣が大きな買い物をした』とか、『様々な分野の企業をつまみ食いした挙句、今度はアメリカの銀行を買った』とか。まあそんな感じね」


「……そんなところだろうね」


予想通りだった。

寧音は肩を竦めた。


「みんな分かってないんでしょうね?」


「何をだい?」


「本当なら何が起きていたのか……」


私は黙って茶をすすった。

なぜ私がリーマン・ブラザーズの買収に動いたのか、なぜ寧音や小二郎にそれを明言せずに行動したのか。

その理由を彼女は薄々気づいているはずだ。そしてリーマンが倒れた先に待っていた世界をも。


信用市場の凍結。企業の連鎖破綻。失業者の激増。世界中に広がった恐慌。

そして、日本の失われた年月。


だが、それを知らない人間にとっては違う。防がれた災害は評価されない。

オランダの堤防を救った少年とは扱いが違うのだ。


寧音が笑った。


「洪水を止めた人より、洪水そのものを見た人の方が英雄になりやすいって話でしょうね」


「皮肉だね。そうは思わないかい?」


「だって誰も溺れてないんだから」


その通りだった。


世界が崩壊していれば、豊臣グループは救世主と呼ばれたかもしれない。

だが崩壊しなかった。

だから人々の記憶に残るのは、救われた事実ではなく、相変わらずの私の悪評だけだ。


「まあ、藤一郎は元からマスコミに好かれてないし」


寧音は悪びれもせず笑う。

私も思わず苦笑した。世界恐慌を防いだかもしれない男への評価としては、あまりにも安い。

だが、人間というものは案外そんなものなのだろう。


夕陽はさらに傾き、山の稜線を赤く染めていた。

私は湯呑みを手に取り、静かに息を吐いた。


世界は救われた。


だが、そのことを知る者はほとんどいない。


そしてたぶん……それでいいのだろう。



「それにしても……」と寧音は話題を変えた。


「今回は織田さんが大活躍したんでしょう?前から思っていたけど、あの人って藤一郎と同じ匂いがするわね?」


……私はそんなに加齢臭がするのだろうか?


「そんなに臭いかい?」


「えっ?……やだ、何言ってるの?匂いっていうのは雰囲気の話よ」


良かった。臭くないらしい。


「でも、あの人って、ほとんど謎の人でしょう?藤一郎は気にならないのかしら?」


気にならないはずはない。私と同じ転生者なのは確定しているが、どこの時代からこの世界に飛ばされてきたのかは不明だ。

最も気になるのは前世ではどんな人物だったのかという点だろう。


経済的な知識もある。法律にも詳しいし、私と同程度の英語力もある。前世ではどこかの大学教授か経済学者だったのだろうか?


何よりも考え方が似ていると感じる。まさか私の本当の父親だったりとか?いやいや、それは変だな。


ともかく、機会を見て確認してみようと思った。


お読みいただきありがとうございます。

次回からは3話構成で織田の正体に切り込みます。


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