日本復活⑳ 山を貫き、世界を繋ぐ
2003年(平成15年)12月
今日、私は寧音と共にヘリコプターに乗って、紀伊山地全体の工事の状況を確認していた。
私が計画を立てて4年。紀伊半島の改造計画は順調に推移している。
リニアは本格的な工事が始まり、信じられない勢いで進行中だ。日本中の建設会社が取り組む一大プロジェクトなのだから当然か。表向きはJR東海の計画ではあっても、実質的な発注者は豊臣グループであることは誰もが理解していることであり、資金面での不安がないことが彼らを突き動かしている。
何といっても今の日本は建設業界にとっても冬の時代と言えるほど景気が悪く、政府や自治体からの公共工事も厳しい状況が続いている。
そこへ突然、国家プロジェクト級の大工事がいくつも舞い込んできたのだから、彼らが目の色を変えるのは自然なことかもしれない。
紀伊半島は今、音を立てて変化しようとしている。この地域は古来から交通インフラの貧弱さで知られる地域だった。狭隘な谷間を縫うように南北に走っていた2本の国道が、文字通り地域の命綱と言えるような状況だったのだ。
それが国道168号線と169号線。三桁国道とは本来、国家の大動脈ではなく、その枝葉を担う道路として整備されてきた。主要国道を補完し、地方と幹線網を結ぶための路線である。
だが紀伊半島の山々は、その概念は通用しない。
狭隘、断崖・絶壁、連続するカーブ。拡幅すら容易ではない地形の中で、そこは地域の生命線として酷使されていた。
国道とは名ばかりの「酷道」。幹線であるべき国道がこういう状況なのだから、県道とは名ばかりの「険道」や、村道とは名ばかりの「損道」があっても当然か。
特に評判の悪い国道が、紀伊半島南部を東西に走る425号線で、対向車とのすれ違いどころか、大型車の通行すら難しい箇所もある。
ちょうど私たちの乗ったヘリは、その425号でも屈指の難所と言われる、奈良と和歌山の県境上空を飛んでいた。
「私は運転したくないけど、425号を走破するには、相当な技量が必要みたいね。特に難しいのがこの『牛廻峠』って場所らしいわ」
寧音はそう言いながら下を見ていた。周囲には人家などなく、現時点では携帯電話も圏外表示だ。
「この峠の名前の由来を知っているかい?」
私はそう聞いてみたが、まあ彼女が知っているはずはないだろうから答えを先に言った。
「どうもね。あまりにも難所過ぎて、牛ですら越えられずに引き返したから、らしいよ」
「そうなの?……それはまた、嫌な由来ね」
寧音はそう呆れたように言った。
「昔の人は正直だからね。通れない道は通れないと、そのまま名前にしたんだろうね」
私は眼下の山並みを見ながら言った。
冬枯れの紀伊山地は、空から見ると巨大な皺が幾重にも折り重なっているように見えた。尾根と谷が果てしなく連続し、人間を拒絶するような地形が広がっている。
なるほど、ここに道路を通そうとした先人たちが苦労したのも無理はない。
平地に住む人間が地図の上で線を引くのとは訳が違う。
口の悪い人からは425をもじって「死にGO線」などと評価されていると聞いた。
そんな状況だったから、開発に際して問題となりがちな、地域住民による反対運動など起こるはずもなく、むしろ住民たちは、まともな道路が通るなら歓迎する側だった。
紀伊山地の国道は、数十年にわたって地道な改良が継続されてきたが、私はそれを一気に加速させた。改良という生ぬるい言葉では足りない。それはもはや、紀伊半島の脊髄をそっくり入れ替えるような大手術だった。
私はヘリコプターの窓から、眼下の山々を眺めていた。かつては「近畿の屋根」と呼ばれ、人を寄せ付けなかった峻険な山脈が、今や無数の巨大なシールドマシンの牙によって穿たれている。
「それにしても、最初に168号線の天辻トンネルが貫通したのは大きな一歩だったね」
私がそう言うと彼女は頷いた。そこは二人で何度も通ったことがある、寧音もよく知る道だった。
「天辻峠ね。『天を突く』みたいな名前だもの。昔の人も相当な難所だと思っていたんじゃないかしら」
その通りだと私は思った。五條市の南に位置するあの峠は、難所中の難所として長らく十津川地域を秘境として閉じ込めていた要因だったのだ。
そこにまず戦前、峠のやや下を貫く形で長さ150mの「天辻隧道」が建設された。しかし、前後の坂は急で、道路幅も狭く、自動車交通の増加に対応するには限界があった。
そこで戦後、勾配を緩やかにするためさらに低い位置へ新たなトンネルが掘られた。それが全長約1100メートルの「新天辻隧道」だ。
だが、その新天辻隧道もまた難所の解消には繋がらなかった。
このトンネルに入ると、まず圧迫感を覚える。現代のトンネルに比べて空間に余裕がなく、センターラインも描かれていない。大型車が正面から現れれば、思わず速度を落としたくなるような狭さだった。
しかも照明は暗く、現在のトンネルでは当たり前となった歩行者用通路も存在しない。壁際には人が安全に退避できる場所すらほとんどなく、歩行者は車道の端を壁に張り付くように歩くしかなかった。
もっとも……ここを歩こうと考える人はほとんどいないと思うが。
壁面は長年にわたり山中の湿気に晒され続けた結果、黒く変色している。場所によっては地下水が染み出し、路面を濡らしていた。車のライトがなければ前方の様子すら心許ないほどだ。
さらに問題はトンネルだけではない。南北の取付道路には依然として急勾配や急カーブが残されており、冬季には積雪や路面凍結も発生する。
そのため現在は、山のふもとに全長5000mにも及ぶ、片側二車線の高規格トンネルを建設しているのだ。より低い位置を通すことで前後の勾配を極限まで小さくし、物流の効率を高めるのが目的だ。
戦前の天辻隧道、戦後の新天辻隧道、そして建設中の高規格トンネル。100年近い歳月をかけ、少しずつ山の深部へ潜りながら、峠を越えるための坂道を消し去ろうとしている。
それはまるで、人類が地形そのものを書き換えているかのように感じた。
「168号線は順調みたいだけど、東側の169号線はどうだろうね?」
「あそこも従来の国道に並行する形で新しい道路の基礎工事が進んでいるわ。もはや169号線を拡げるのではなく、その上に新しい文明を上書きする感じね」
確かに、伯母峯峠や高見峠を抱える169号線も、事情は168号線と大差ない。
これらの工事は、単なる交通の利便性の向上を意図したものではない。
リニア中央新幹線がこの半島の山々を貫き、地上を高規格道路が網羅する。
並行してリニア五條駅から新宮駅までの鉄道を建設中だ。かつて着工されたものの、社会情勢と政治の変化で中止された幻の鉄道「五新鉄道」。
途中のルートは多少違うが、私は21世紀の技術で再挑戦していた。完成すれば、この地は陸の孤島ではなくなるはずだ。
それどころか東京・大阪に次ぐ第3の極になり得る。
古代の神々が宿るこの霊地に、最新鋭のデータセンターと、完全自動化された物流拠点を埋め込む。紀伊半島の急峻な地形は、皮肉なことに物理的なセキュリティとしては最高の防壁となる。
「リニアの亀山駅の建設予定地はどうなっているかな?」
「土地の買収は100%完了しているわ。豊臣グループが提示した補償額に、反対する住民はいないみたいね。むしろ、寂れゆく地域に突如現れた『救世主』として、我々のスタッフはどこへ行っても歓迎されているって報告が来てるわ」
シャープの凋落はこの街にも暗い影を落としていた。
そこへ降って湧いたのがリニアの駅建設というビッグニュース。こっちも順調というわけか。
「取りあえず和歌山までは開業できそうだけど、そこから先が問題だね。用地買収は進んでいても、海峡を越えるのは大変だ」
私がそう言うと、眼下に広がる大森林を見渡しながら寧音が聞いてきた。
「そうよね……それにしても地図で見ているだけではわからなかったけれど、どこまで飛んでもスギやヒノキしか見えない印象よね?」
「紀伊山地は江戸時代以前から林業が栄えていたからね。そもそも、『紀伊の国』とは、『木の国』が語源だっていう説があるほどなんだ」
江戸の街づくり、大火の復興、明治以降の国策。特に戦後の復興期のそれは大規模で、スギの植林が紀伊山地のみならず全国で一気に進んだ。それが安い輸入材のせいで材木価格が暴落して林業経営は破綻し、山は放置されてしまった。
それが過疎化を進める原因にもなった。
仕事があれば街に出る必要を感じない人だっていただろう。だが、現実はそうではなかった。若者に限らず、生活の糧を得るために人びとは街に出るしかなかったのだ。
1960年代の半ば以降は、その傾向が顕著になっていった。
ヘリコプターが大きく旋回し、建設中の巨大な橋脚を捉えた。
かつて林業で栄え、ただ消滅を待っていた村々が、今や空前の建設特需に沸いている。作業員たちの宿舎が並び、夜遅くまで明かりが灯る。
12月の冷たい空気の中、重機のエンジン音が山々にこだまする。
それは、古い日本が壊れ、新しい「豊臣の時代」が産声を上げる音にも聞こえた。
さらには国道に追加して吉野川と十津川の水害対策用導水トンネルの工事が始まっており、各地で建設機械が活発に動いている。この導水トンネルは、紀伊半島豪雨が発生する2011年夏までに完成させておく必要がある。
ヘリコプターは南下して海岸線が見えてきた。
「……問題は、この山を削り、穴を穿つことで出る膨大な残土ね」
寧音がノートPCを操作しながら懸念を口にした。リニア、五新鉄道、高規格道路、そして巨大な導水トンネル。紀伊半島の腹を裂いて出てくる土砂の量は、もはやダンプカーでピストン輸送してどこかの谷を埋める、といったレベルを遥かに超越している。
私は海際までせり出す山と、川沿いの低地に広がる扇状地を指差した。
「捨てるんじゃなく、国土を広げるために使うと同時に、災害に強い土地へと変えているんだ」
私の言葉に、寧音が怪訝そうな顔をした。
「このあたりは平地が極端に少ない。それがこの地域の発展を阻んできた最大の要因だ。だから、トンネルから出た良質な岩石や土砂は、すべてベルトコンベアで海岸線へと運ばせて、土地を底上げするんだ。そうすれば津波に対して、ある程度は安心できるようになるだろう?」
そして、どうしても海まで運べない内陸部の土砂。これについては、地滑りの危険がある不安定な谷をあえて埋め立て、強固に地盤改良を施した上で、階段状の平地を造成させる。
「かつての酷道沿いにある集落を、この人工の台地の上に移転させる。土砂崩れに怯える心配のない、最新のインフラを備えた高台の町だ。住民は『死にGO線』の恐怖から解放され、我々は広大な開発用地を手に入れる。win-winじゃないか?」
「なるほどね……。捨てる場所を探すのではなく、逆手にとって利用するわけね」
寧音は納得したように頷いた。
2003年の今、誰もが「不況」と「縮小」に怯えている中で、私たちはこの紀伊半島に、中東のオイルマネーによる都市建設をも凌駕する勢いで物理的な富を積み上げている。
「2011年までに、この半島は水の脅威を克服し、日本最大の情報ハブに進化する。その時、東京の連中はようやく、ここの価値に気づくんじゃないかな」
私は機内から大海原を見渡した。
海。人類はまだその全容を知り尽くしてはいない。それどころか深海には未知の生物の他にも、様々な資源が眠っている。日本が資源大国となる可能性がある以上、見過ごせない場所だ。
寧音が感慨深そうに言った。
「リニア以外にこれだけの投資をする……単年度決済ではないにしても合計5兆円。莫大な費用が掛かるけど、やる価値はあるんでしょうね。地元では救世主のように扱われているし」
「地元では歓迎されていても、東京じゃ、そうではないらしいけどね」
私の言葉に寧音は表情を曇らせた。
相変わらず、私に対するメディアからのバッシングが激しいからだ。
だが対策は考えている。
テレビや新聞で戦うつもりはない。もっと大きな流れを利用する。世間はまだ理解していない。
インターネットが、現実そのものを変える時代が来ることを。
すでにシリコンバレーでは二つの革命が始まっていた。一つは地球をデジタル化する技術。もう一つは動画を誰もが共有できる技術だ。
前者の中心にいたのが、ジョン・ハンカー率いるKeyholeだった。衛星写真や地図データを利用し、地球そのものを画面上で再現する。後の「Google Earth」だ。
私はこの技術が世界を変えると確信していた。そのためGoogleに対し、Keyholeの買収を早期に進めさせた。
そしてもう一つが、後の「YouTube」となる動画共有サービスだ。
ブロードバンドとデジタルカメラの普及により、誰もが動画を撮影し公開できる時代がやって来る。
Google Earthが空間を記録し、YouTubeが時間を記録する。この二つを手に入れれば、Googleは単なる検索会社ではなく、世界中の地図と映像を握る巨大企業へ変わるはずだった。
やがて位置情報と動画は結び付き、人々は「どこで何が起きたか」をリアルタイムで共有するようになる。誰もがカメラを持ち、誰もが情報を発信する時代が来れば、新聞やテレビだけが現実を定義できた時代は終わる。
その中心となるのが、後にスマートフォンと呼ばれる端末だった。
私の反撃は、そこから始まるのだ。
お読みいただきありがとうございます。
次回から新章です。




