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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第拾漆話 北海道一周 (北海道)

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拾漆之拾伍


 朝6時。

 部屋に目覚まし時計の音が鳴り響いた。

 平櫻佳音のスマホと、五百旗頭灯凪いおりべともなのスマホが同時に鳴ったのだ。差し詰め兵営の起床ラッパが鳴り響いているようで、二人は飛び起きてしまった。


 佳音と灯凪は半身を起こして、互いに顔を見合わせる。

 二人はそれぞれ自分のスマホに手を伸ばして、アラーム音を止めると、漸く部屋の中に静寂が戻った。

「おはよ。」

「おはよぉ。」

 二人は、大きく伸びをして、欠伸をした。

 もう一度、二人は顔を見合わせると、どちらからともなくケタケタと笑い出した。


「洗面所先に使って良いよ。」

「ありがとう。ほな先に使わして貰うわ。」

 佳音の言葉に、灯凪は一言礼を言って、洗面道具を持って浴室へと消えた。


 佳音は、もう一度伸びをすると、テレビを付けた。丁度朝のニュースで、昨日から発行が開始された、新紙幣のニュースが大きく取り上げられていた。街頭インタビューでは、新紙幣の印象や、銀行で早速新紙幣に両替した人などに感想を聞いていた。


 佳音は、旅寝駅夫と星路羅針の二人が、渋沢栄一氏の生家に行ったと言う話をしていたことを思い出した。

 あまり良く知らなかった渋沢栄一氏、津田梅子氏、北里柴三郎氏の三人だったが、流石に佳音も調べた。どんな人物なのか、なんで紙幣の肖像に選ばれたのか、その為人から業績、実績などを、改めて調べたのである。星路が言っていた、これも歴史を学ぶと言うことである。


「そうか、昨日発行日だったのか。」

 佳音は呟くように言うと、自分のノートパソコンを起ち上げて、昨日やり残した作業の続きを始めた。


「お待たせ。」

 灯凪が洗面を終えて浴室から出てきた。

「あれ、もう良いの。化粧は?」

 洗顔はしてきたが、スッピンのままの灯凪に佳音が聞く。

「ウチが洗面台占領しとったら、あんたがいつまで経っても洗顔出来ひんでしょ。」

 灯凪がそう言って、佳音に洗面を促した。

「ありがとう。」

 佳音は礼を言うと、パソコンの作業を止めて、洗面道具を持って浴室へと向かった。

「ウチはこっちで化粧するさかい、洗面所で化粧してもかまへんからね。」

 灯凪が気を遣って声を掛けてくれる。

「分かった。ありがとう。」

 佳音はありがたく洗面所で洗顔をしてから、化粧を施した。


 30分程で、二人とも化粧が完了した。

 この歳になると、化粧に掛ける時間は短くなるが、それでもやはり時短出来ない朝のルーティンである。互いに化粧の出来をチェックし合い、部屋着から外出着に着替えた。

 テレビは2年前にあった、知床観光船の沈没事故に関する提訴がおこなわれたことを報道していた。


「あれから、二年も経ったんかぁ。」

 灯凪がテレビ画面に釘付けになる。

「時が経つのは早いけど、判決が出るのはまだ先なんだね。」

 佳音は眉を潜める。

「そやな。裁判なんて時間ばっかり掛かるからな。遺族は堪らんわな。」

「そうだね。」

「ウチらも、知床行くんやろ。大丈夫なんか。」

「まあ、流石に大丈夫でしょ。こんなこともあったんだし、他社はきちんとやっていると信じたいね。」

「せやな。この社長のせいで、他の真面目にやってる会社まで一蓮托生やったら、知床観光が壊滅しちゃうやろうからな。」

「そうだね。もし、荒れてるようだったり、なんかあるようだったら、船会社が大丈夫って言っても、自主的に乗らないって選択肢もあるから。その辺は臨機応変にね。」

「せやな。臨機応変やな。行くのは明日?明後日?」

「明後日の予定だね。もし明後日がダメなら、翌日に繰り越しても良いし。キャンセルしても良いし。そこは余裕持たしてあるから。」

「そうなんや。流石佳音やな。まあ、あんたに全部任せるさかい、上手くやってぇな。こういうのは素人が口出ししたらあかんからな。」

「私だってプロじゃないのに。」

「何言うとんの。それで銭稼いでんのやろ、立派なプロやんか。」

「まあ、そうなんだけど。プロって言ったら、旅行会社に勤めてるのが相場でしょ。」

 佳音は頭の隅に星路羅針の顔を思い浮かべてしまった。

「いや、銭稼いどったら、立派なプロやから。」

「そういうなら、期待に応えられるよう頑張るよ。」

 頭の隅に浮かんだ顔を振り払うかのように佳音は応える。

「頑張ってや。でも、無理はせんでええからね。」

「分かったよ。」


 テレビはすすきのに出来た新規オープンの全国チェーンの喫茶店に関するニュースに話が移っていたので、テレビを消して、二人は朝食へと向かった。


 朝食は良くあるホテルのビュッフェ形式だった。パンやご飯の主食に始まり、北海道らしいポテト料理や、定番の卵料理、焼き魚、サラダなんかが並んでいたが、豪勢な海鮮料理や、目を見張るような肉料理が並んではいなかった。至って普通の美味しい朝食が並んでいた。これらの料理は弁当に詰めて部屋で食べることも可能のようだが、二人は会場で食べていくことにした。


 灯凪は普通よりもちょっと多めに平らげたが、佳音は相変わらず数人前を平らげ、充分満足した二人は、朝食会場を後にし、部屋に戻って、出掛ける準備と部屋の片付けをしてから、チェックアウトをした。

 時刻は予定どおり8時半だ。


 札幌駅は目の前にあるので、どんなにゆっくり歩いても8時52分発の列車には充分間に合う。駅に着いた二人は、これから乗るおおぞら3号が普通車も含めて全席指定なので、昨日既に千歳空港の駅で発券しておいた指定席乗車券とフリーパスを持って改札を抜ける。ホームは8番線だ。

 ホームに上がると、キハ261系1000代が既に停車していた。列車は、白地に紫色のラインが入った、伸びやかで、雄大な大地を表現したとされる、北海道らしいデザインである。車両中央部はシルバーのままというのも、塗料代を節約しているのか、何か他に理由があるのか、そういうところも北海道らしいと言えば、北海道らしい。

 ホームには、気動車特有のエンジン音が響いており、特急列車がこの音を響かせているのを聞くと、佳音は北海道に来たことを感じるのだ。


 佳音は灯凪に断って、先頭車両の映像を、動画サイトにアップするためのナレーションと共に撮影していた。

「佳音、そこに立って、こっち向きや。」

 灯凪は、佳音の撮影が一段落ついたのを見計らって、先頭車両の前に立つよう指示を出すと、自分のスマホで佳音と列車を一緒に撮影した。

「ありがとう、灯凪も撮るでしょ。」

 灯凪に撮って貰った佳音は、交代して、灯凪を撮影する。


 一通り撮影を済ませた二人は、漸く列車に乗り込む。

 特急おおぞらは、釧路よりの1号車がグリーン車で、残り3両が普通車となっている、全部で4両の編成である。

 元々、この特急おおぞらは函館はこだて駅から旭川あさひかわ駅を結ぶ特急として1961年に運行を開始した。当時は珍しく有名な観光地でもある小樽おたるを経由しない列車として運行されたことで、函館と札幌間の主要路線が、小樽を経由する山線から、室蘭むろらん苫小牧とまこまいを経由する海線へとシフトする切っ掛けとなったとも言われている。

 時代と共に、様々な運行形態が採られてきたこの特急おおぞらも、現在は、札幌と釧路を一日6往復するだけとなった。最高速度は毎時120㎞で、およそ四時間前後で札幌と釧路を結ぶ。


「あんた、よう知っとるな。流石鉄子やな。」

 二人が2号車の指定された席に座ったあと、佳音が蕩々と特急おおぞらについて動画にナレーションを入れているのを聞いていた灯凪は、思わず言葉を漏らした。

「いつも乗ってるからね。もう覚えちゃってるのよ。」

 佳音は照れくささもあってか、たいしたことないとうそぶく。

 しかし、佳音が昨日からパソコンを弄っている時に、動画用のナレーション原稿を推敲していたのを、灯凪は知っていた。もちろん、そんなことを灯凪は指摘しない。自分だけが知っている、佳音の撮影裏話として、胸の中に仕舞っておく。


 二人が座った席は進行方向右側の席で、上手くすれば海が見える席である。灯凪には窓側を譲り、佳音は通路側に座っていた。

 灯凪は景色を撮影しなくて良いのか心配していたようで、何度か本当に良いのかと聞いていたが、いつもは子育てや家業で、出掛ける暇もない灯凪に、北海道の景色を楽しんで貰おうと、佳音は窓側の席を譲ったのだった。それに、映像として必要な箇所はいくつか決まっているし、何度も撮影しているので、たとえ撮影出来なくても、必要あれば過去映像から引っ張ってくれば良いし、全線撮影しっぱなしでは、メモリーも電池も保たない。

 そういう訳で、灯凪はありがたく窓際の席に着いたのだった。


 そうこうしているうちに、列車は車掌のアナウンスの後、ゆっくりと札幌駅を出発した。今日の札幌は生憎小雨が混じる曇天で、列車が駅を出ると、窓に雨粒が叩き付けられた。


「釧路は晴れるとええな。」

 灯凪が車窓を眺めながら呟く。

「そうだね。天気予報では、今日の釧路は曇りのち晴れって言ってたから、着く頃には晴れていると思うよ。」

 佳音がテレビの天気予報で仕入れた情報を答える。

「そやったら、ええな。で、釧路に着いたらどないすんの。」

「日本の最東端にある駅に行くよ。」

「東の果てかいな。それは面白そうやな。どんなところなん。」

東根室ひがしねむろ駅で、来年の3月で廃止されちゃうんだよね。何にもないところだけどね。」

「行ったことあるん?」

「あるよ。もうずいぶん前だけど。一度だけね。その時の動画は今も残ってるはずだよ。」

「そうなんや。後で見して貰うわ。」

「ぜひ、どうぞ。まあ、今見たら拙いから、ちょっと恥ずかしいけどね。」

「ええやん。そういうのがあんたの人気に繋がっとるんやろ。」

「そうかも知れないね。そうだと良いけどね。」

 佳音は照れ臭そうに笑った。


 列車は南千歳を出ると、大きく左へとカーブを掛けた。

 札幌駅を出た頃は、背の高いビルが林立していたが、徐々に背の低い建物が広がり、住宅街へと移ってきた車窓は、このあたりから、北海道らしい自然豊かな車窓が広がるようになる。しかし、上空を見上げると、千歳空港に発着する飛行機が引っ切りなしに飛び交っていたので、北海道にとって稼ぎ時である、夏の到来を感じた。

 車内アナウンスは、この先動物との衝突回避のために急ブレーキを掛ける恐れがあるという、注意喚起が放送され、こんなところも北海道らしいなと、佳音はもちろん、灯凪も感じていた。


「こういん聞くと、北海道って感じやね。」

「そうだね。衝突事故はしょっちゅうあるみたいだし、そのせいで、何時間も遅れることだってあるから、馬鹿に出来ないんだよ。」

「あんたも、遭遇した口か。」

「そうだね。酷い時は5時間ぐらい遅れたことがあったかな。」

「5時間もかいな。それは難儀やったな。」

「まあね。でも、しょうがないじゃん。自然相手の話なんだし。運転再開まで大人しく待ってたよ。」

「まあ、わめき散らしたところで、動かんもんはしょうがないもんな。」

「まあね。幸い車内にはトイレもあるし、そんな時のために非常食も持ち込んでるからね。何にも困ることはなかったね。」

「備えあれば憂い無しってヤツやな。それで、あんた、さっき駅で大量にものうたんか。」

「まあね。それに、お昼食べる時間ないから、お弁当も一応ね。」

「にしても、買いすぎやないの?」

「そんなことないでしょ。」


「そんな話しとったら、呑みたなってきた。なあ、そろそろ、一杯やらへんか。」

 灯凪が先程駅構内の売店で購入した缶ビールを掲げた。

「いいね。」

 佳音もその誘いに乗って、缶ビールを取り出した。

「乾杯。」

「乾杯。」

 缶をぶつけた二人は、喉をゴクゴクと鳴らしながら、流し込む。

「プハァ、うっま。」

 灯凪がおっさんのような声を上げる。

「あんた、おっさんみたいだよ。」

 佳音が笑うが、思わずゲフッとゲップをしてしまう。

「そう言うあんたかて、おっさんやないの。」

 灯凪がケタケタと笑う。

 つまみに買った、烏賊の燻製を二人でシェアしながら、札幌駅を出てからずっと続いている灯凪主導のトークショーに、引き続き佳音は耳を傾けていた。




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