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日本全国鐵輪巡礼 ~駅夫と羅針の珍道中~  作者: 劉白雨
第拾漆話 北海道一周 (北海道)

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拾漆之拾弐


 ビール園に行くために、札幌市営東豊線の東区役所前駅で降車した、平櫻佳音と五百旗頭灯凪いおりべともなの二人は、人々の流れに乗って出口へと向かった。


 この東区役所前駅は、その名のとおり札幌市東区役所のお膝元に設けられた駅で、二人が向かう4番出口の先に庁舎が聳え建っていた。一日平均乗車人員数は7,000人前後を推移していて、それなりに需要はある駅と言ったところか。


「灯凪、ちょっと待って。スタンプ押してくから。」

 改札を抜けた佳音が、灯凪を呼び止め、リュックからルーズリーフを取り出した。

「なんやそれ。」

 灯凪が佳音の持つルーズリーフを指差す。

「これ、スタンプ帳だよ。これに押していくと、溜まっても、リーフを交換するだけで済むでしょ。」

 佳音は、星路羅針の受け売りを披露する。

「あんた、そんなことしたことなかったのに、まさか、それも男の入れ知恵かいな。」

「まあね。」

 今度は誤魔化さず、佳音は頷いた。

「おお、認めよった。成長したんやなぁ。」

 灯凪が一際感慨深げと言いたげな声を上げる。

「ハイハイ。」

 佳音は呆れた顔で、灯凪の言葉を流しながら、旧札幌製糖会社工場を図案化した絵が描かれたスタンプを、真っ白な紙に押しつける。体重を乗せて隅々まで均等に力が掛かるようにすると、おもむろにスタンプを持ち上げる。少し薄かったが、青い色の丸いスタンプがキッチリと押されていた。


「よし。」

 佳音はそう言うと、スタンプ台を片付け、スタンプ帳をリュックに仕舞った。

「ええか。」

 灯凪は佳音がリュックを閉めたのを確認すると、そう言って歩き出した。

 佳音もその後に付いていく。

「4番出口だからね。」

「分かった。」

「まだ一時間近くあるから、慌てなくても大丈夫だよ。」

 余程ジンギスカンが楽しみなのか、はやるように歩く灯凪を、佳音は窘める。


 地上に上がってくると、陽は大分傾いていた。気温は相変わらず高かく、モワッとした空気を感じはしたが、汗ばむような暑さは然程感じなくなっていた。


「このまま真っ直ぐでええんか。」

 灯凪が地上に一歩足を踏み出してから、すぐに振り返って佳音に確認する。

「良いよ。このまま東8丁目篠路通(しのろどおり)を南進して、北8条通を左折だから。」

「北8条通やな。分かった。」

 灯凪はそう言うと、再びスタスタと歩き出した。そんなところは大阪人のせっかちさが良く出ている。そう佳音は思い、再び動画を撮影しながら、遅れないように付いていく。


 すると、最初の交差点で灯凪が足を止めて、再び佳音を振り返る。

「北8条通って言うたな。」

「そうだよ。」

「そこの交差点、北12条って書いてあるってことは……。」

「そう、後5条分歩くってことだね。」

「5条分?それ計算合わんで。」

「合ってるよ。そこの表示が北12東8でしょ、左折する交差点はこっちから見ると北7東8になるから。実質5条分ってことだね。曲がるのは北8条通だけど。」

「マジで言うとんの。」

「マジだよ。でも、ビール園まで15分も掛からないから、すぐだよ。」

「ホンマかいな。」

「ホンマやでぇ。」

 佳音は巫山戯て関西弁を使う。

「何がホンマやでぇや。ほな、はよ行かな。」

「だから、まだ時間あるから、慌てないで大丈夫だって。それに、ほら赤信号。」

「なんや、赤かいな。ほら、早変わらんかい。」

 灯凪は念力でも送るかのように、信号機に向かって手を伸ばす。

「そんなことしたって変わらないから。」

 そう佳音が言った途端、信号が青に変わった。

「ほら見てみぃ。変わったやないの。」

「いや、あんたの念力じゃないから。」

「ほら、ぼぉーっとしとらんと、行くよ。」

「ハイハイ。」

 佳音は呆れ顔で、得意気な顔した灯凪の後を追いかけるように付いていく。


 両脇にマンションが建ち並ぶ中を、ひたすら北8条通を目指して、二人は歩いて行く。流石に少し汗ばんではきたが、互いにくだらない話をしながら歩いていると、然程苦ではなかった。

 話題はコロコロと変わる。さっきのコスメやファッションの続きに始まり、灯凪の子供たちについてや、佳音の妹の美音みおんについて、それから灯凪の稼業である和菓子店について、最近見た映画やドラマ、動画サイトのコンテンツについてと、もう次から次へと話題は尽きなかった。


 旅寝駅夫と星路羅針の二人と一緒の時は、無口になる時間も多く、それでも、彼らは互いにどこか繋がっているような、無言の会話をしているような、そんな感じがして、これが男同士の友情なのかと、感心したものだった。


 翻って、灯凪との関係はどうか。

 彼女が大阪人であると言うこともあるが、ひっきりなしに何かを喋っている彼女に、旅寝と星路のような無言の会話など望める訳もなく、だが、それが嫌という訳ではなく、これが女の友情というものなのかと、改めてその違いに佳音は感心頻りだった。


「ここやな。」

 灯凪が信号機に掲げられた〔北7東8〕と書かれた標識を見て、佳音に確認する。

「そうだね。ここだね。」

 佳音も標識を確認する。ここまで、北12からカウントダウンしてきたので、先程北8を超えた時点で次だと言うことは分かっていたのだが。

「でも、ホンマにこの標識便利やな。北12から数えてくれば次がどこか分かるんやから。」

 どうやら、灯凪も標識を数えていたようだ。

「そうだね。目的地が分かってると、分かりやすいよね。」

「ホンマにそやな。京都もこないに分かりやすぅしたらええのにな。」

「また、京都をディスってる。」

「ディスとらへんて。提案や、提案。」

「嘘だぁ。」

「嘘やないで。ほら、信号変わったから、行くで。」

「ハイハイ。都合悪くなるとすぐ誤魔化すんだから。」

「ん?何か言いよった?」

「何にも。」

「そぅか。ほな、早しいや。」

「ハイハイ。」


 北7東8の交差点を左折した二人は、北8条通を今度は東進する。

「今度はどこまで歩けばいいん?」

「そのまままっすぐ行けば、右手にレンガ造りの建物が見えてくるから。」

「分かった。」

「あんた来たことあるんでしょ。」

「来たことあるって言ったかて、澪君と来た時は、タクシー使つこうたし、夜やったから、よう覚えとらんねん。」

「ドヤ顔して言うことじゃないでしょ。まあ、良いけど。とにかく、ここをまっすぐ行けばあるから。建物ぐらいは覚えてるでしょ。」

「そんぐらい覚えとるわ。ウチを誰やと思てんねん。」

「ん?物忘れの酷い五百旗頭灯凪女史。」

「ホンマ、あんたいけずやな。」

「お褒めに与り恐悦至極でございます。」

「なんやそれ。けったいなこと言いよってからに。誰も褒めとらへんし。」

 灯凪がそう言うと、二人してケタケタと声を上げて笑った。


 交差点から200m程、北8東8のバス停を過ぎて歩いてくると、道端に大きな赤い星のオブジェがあり、右手には佳音も言っていたレンガ造りの建物が、駐車場の奥に見えた。


「ここやね。」

「そうだね。」

 二人は正面にあるレンガ造りの建物へと向かう。この建物は1890年に製糖工場として建設されたもので、赤煉瓦に蔦が這い、青い屋根に、巨大な煙突がシンボリックに立っている。先程、東区役所前駅で佳音が押したスタンプの図柄は、この建物を図案化したものである。1965年までは製麦工場として使用され、その後ビール会社が買い取り、ビール園として翌年から営業を開始したという。


「時計台も開拓時代を彷彿とさせよるけど、ここも、当時の熱気を感じさせよるな。」

 灯凪が写真を撮りながら、そんなことを呟く。

「確かにね。明治の開拓時代って感じはするよね。赤煉瓦って、何故か明治時代を思い起こさせるよね。」

 佳音も動画を撮影しながら、灯凪に同意する。

「赤煉瓦って、文明開化の象徴みたいなとこがあるからやないの。」

「そうかもね。時計台のあった農学校もそうだけど、何にもなかった大自然の中に、これだけの大きな工場を建てたんだから、人間ってホント凄いよね。」

「そやな。でも、凄いのは人間やのうて、これを建てた人たちやからね。ウチらのような人間は入れたらあかんで。」

「そうだね。凄いのは私たちじゃないもんね。同じ人間なんだけどね。」

「そやろ。金メダル取ったとか、ノーベル賞取ったとか、言う度に日本人は凄いって言いよるけど、日本人が凄いんやないねん。その人たちが凄いねん。ウチら日本人は関係あらへんねん。せやろ。」

「そうだね。そういうことだよね。……さあ、中で受付済ましちゃお。」

 佳音は、灯凪の拘り理論が始まったと思い、中に入ることを促す。

「そやね。」


 二人はこの年代物である赤煉瓦の建物に入ると、壁などはレンガが剥き出しにはなっていたが、設備は現代風にリフォームされ、明治と令和の融合を感じた。

 予約時間まではまだ30分程あるため、受付だけ済ませて、資料館の見学をしていくことにする。見学は有料のガイド付きツアーもあったが、流石に30分では時間が足らないので、自由見学を選択した。


 自由見学者は、エレベーターで三階まで上がるように案内され、レンガ造りの建物の中にガラス張りの瀟洒なエレベーターがあり、三階へと向かう。

 館内は動画撮影はNGだったが、写真撮影は出来るようで、佳音も動画撮影から、一眼を取り出して写真撮影に切り替えて、見学コースへと足を進める。


 見学コースに入ると、まず出迎えてくれたのは、巨大な煮沸釜である。当時の設備はすべてドイツから輸入されたもので、明治期から本格的に始まったビール製造の一翼をこの工場は担っていたと言うことになる。

 今でこそ、様々なビール会社が覇権を争っているが、当時は国を挙げての事業として、国営企業が各地で製造していたのである。


 見学コースでは、明治から現在に至るまで、日本でどのようにビールが製造されてきたのか、その歴史を詳細に学ぶことが出来た。

 そもそも、札幌で始まったビール製造は、札幌時計台を見学した時にも出てきた、当時の開拓次官である黒田清隆くろだきよたか氏の主導で始まり、開拓使麦酒醸造所を設立したとされる。

 それが明治中期には大倉財閥の大倉喜八郎おおくらきはちろう氏、渋沢財閥の渋沢栄一しぶさわえいいち氏、浅野財閥の浅野総一郎あさのそういちろう氏が共同で、官立醸造所の払い下げを受け、札幌麦酒株式会社を設立した。

 そして、現在、日本人なら誰もが知る大手企業の一角にその名を連ねる、醸造会社として、その製造を手掛けている。


「なんや、勉強になるなぁ。」

 灯凪は一つ一つ丁寧に解説を読みながら、感心している。

「そうだね。この会社がどうやって大きくなってきたのか、まさか、日本経済の父と呼ばれる渋沢栄一氏が関わっていたとは、思いも寄らなかったよ。」

 佳音も何度かこのビール園には来ていたが、いつも食事だけで、今回初めて資料館を見学したので、知らないことを知ることが出来て、灯凪と同じように感心していた。


「さあ、そろそろ時間だから、レストランに行こうか。」

 佳音が時計を見て、灯凪を促す。

「そやね。でも、その前に、そこの復刻札幌製麦酒ちゅうのを呑んでみぃひん。」

 灯凪が、本来見学ツアー参加者しか呑めない、試飲用ビールを販売している券売機を指差す。

「いいね。でも、時間もないから一杯だけだよ。」

「分かってるって。」

 そういうと、二人はそれぞれ券売機で復刻札幌製麦酒を購入し、奥のカウンターでグラスに注いで貰う。


 この復刻札幌製麦酒は、初の国産ビールの製法を再現して製造したビールで、現代のビールよりもアルコールがやや強く、苦みも強い、大人のビールといった味わいである。酵母を除去する技術がなかった明治初期の製法を再現しているため、濁りが強いのも特徴であると、販売員の女性が教えてくれた。


「あの人の言うとおりだね。ちょっと大人の味がする。」

 佳音が一口呑むと、味わうように感想を言う。

「お子ちゃまのあんたには、ちょっと早かったんやな。……にが、うま、ええやんこれ。」

 灯凪がからかうように言うが、自分もその大人の味にやられたようだ。

「自分だって、お子ちゃま口じゃない。」

 佳音も負けじとからかう。

「ごめんて。ウチが悪かった。これはホンマに大人の味やわ。明治の人はこんなん呑んでたんやね。今のビールがどんだけ子供向けかよう分かったわ。」

「あのね。ビールは子供には呑ませられないの。」

「あんな、もののたとえやないの。ホンマにあんたいけずやな。」

「そういう、あんただって。」

「お互い様かぁ。」

「そうだよ。」

 そう言うと二人は、ケタケタと笑い出した。しかし、時間もないので、一気に残りのビールを呷るように呑み干したのだった。



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