潜入
「機嫌悪いなあ、レオ」
「うるさい、マクシム……写真なら撮ってるぞ」
「うん、仕事はちゃんとしてるけどさ。もうちょっと僕みたいに朗らかで爽やかになれない?」
「お前はアレを見てそう言えるのか」
呆れ口調で指差す先は、忍び込んだフォルジュ家の庭から見える一室だ。
まさか忍び返しのついた高い塀を越えて侵入者があるとは思わないのだろう、深夜なのに警戒心もなく明るく照らされた室内は中の様子が丸分かりだ。
「うん、まあ、分かるけど。あー、いちゃいちゃしてるねえ」
ソフィアの婚約者であるはずのクロードに、従姉妹のコリンヌがまるで恋人のようにくっついている。二人がキスをするたび、レオのカメラからはシャッター音が響いた。
「親父さんはダルい話し合いをしていたってのに、呑気なもんだ」
レオたちはさっきまで、別の部屋で怪しい男と対面しているソフィアの叔父を探っていた。密会は何度かあったが、今夜ようやく金銭の授受の場面を撮ることができたのだ。
(まず一枚……それに、浮気の証拠も撮れた)
マクシムの取材記事だけでも内容的には十分だが、写真があればよりいっそうスクープ度が増す。
レオは本当は、ソフィアのことを記事にさせるつもりはなかった。マクシムに協力するふりで、最終的にはどうにか止めようと思っていたのだ。
けれど、そのソフィア本人から「明らかにしてほしい」と頼まれた。
(……俺はこの程度しかできないけどな)
ソフィアは自分と違う世界に生きる貴族令嬢である。
理不尽な目に遭って身内に陥れられようとする彼女を、レオでは守れない。できるのはソフィアの希望を叶えるくらいだ。
「あっ、レオ。あっち」
「どうした」
人差し指を口に付けて静かにするようにレオに指示したマクシムの視線を追うと、裏玄関から出てくる者がいた。先程までエクトルと会っていた人物に違いない。暗い色のフードで顔を隠した男が周囲を窺うとそっと外に向かう。
レオとマクシムは頷き合うと、暗闇に紛れて気配を殺しながら移動する。馬車には乗らず、足早に夜道を進む男の後を一定の距離を空けて付けた。
レオたちが追っているのは、ソフィア殺害を請け負った、ならず者だ。作戦に失敗した今はソフィアを探したり、叔父のエクトルが爵位を確実に得るための貴族院委員買収の手伝いなどで協力しているようだ。
彼らのようなグレーゾーンの者を利用する貴族は少なくない。
けれどそれが目こぼしされるのは、あくまで犯罪には関わらないという立前がある場合のみ。エクトルも「行方不明になった姪の捜索」とか「業務提携先の状態確認」などという名目で動かしているはずだ。
(だが、こいつ自身はただの小物だ)
こういった者を一人二人捕まえたところで意味がない。手に入れたいのは、一発で犯罪と言い切れる者との関係が分かる場面だ。
「……今夜は当たりっぽいね」
「ああ」
男はきょろきょろと警戒して人目が向けられてないことを確認すると、さっとフードを外して一軒の酒場に入った。
店内の賑わいが外まで聞こえるその店にマクシムとレオも素知らぬ顔で入ると、例の男が見える位置に陣取った。待っていたらしい相手と何やら話している――頬に傷のある奥の男は、ガゼット社でも何度か取り上げたことのある指名手配犯だ。
「うわ、ビンゴ。レオ、あいつらの手元まで写せそうか?」
「ちょっと厳しい。気を反らせられるか?」
「まかせろ」
目線で合図を交わし、上着でカメラを隠して近寄る。テーブルの上に出した男の手の下に隠された小袋には、エクトルから渡された金が入っている。
手前の男から奥の男へ金を受け渡す寸前、彼らの隣のテーブルで急に怒声が上がる。いきり立った酔客が殴り合いを始め、盛り上がる野次馬の間にさっと隠れるマクシムの背中が見えた。
突然始まった喧嘩に気を奪われている男たちの横を、レオは過ぎ去りながら流し撮る。シャッター音は喧噪に紛れ、ファインダーには二人の顔と金を受け渡しする場面がしっかりと捕らえられていた。
§
王宮の煌びやかな大広間は、華やかな装いの貴族たちで賑わっていた。
先月の王子の立太子祝いに続き、王妃の誕生日を祝して開かれた王家のパーティーは宴もたけなわで、大広間の奥、一段高いところにいる国王夫妻の前には、フォルジュ家の一同――当主代理の叔父夫妻とその実子コリンヌ、そしてベルトラン家のクロードが頭を垂れていた。
フォルジュ家の令嬢は先月の夜会以降行方不明で、まことしやかに死亡説も流れている。そんな噂の渦中の一家がなにを語るのか、皆興味津々で耳をそばだてている。
「――以上のことから、我が姪でありフォルジュ家嫡子ソフィアは、すでに亡くなっているとの結論に達しました。警察や貴族院担当官の見解は、事前に提出した書面の通りでございます」
「なるほど」
「次の議会を待たずに、王妃陛下のお誕生を祝う日にこのような話題をお出しして大変心苦しい限りです。しかし当主不在の期間を防ぐべく、フォルジュ伯爵位は不肖、私エクトル・フォルジュが引き継ぐ許可を迅速に賜りたく、陛下に願い申し上げます」
「それが順当だろうな」
「ありがたきお言葉。また、ベルトラン伯爵子息クロード殿はソフィアの婚約者でしたが、我が娘コリンヌと改めて婚約を結ぶことも併せてお許しいただければ。もともとソフィアは貞淑さに欠ける行動を繰り返しており、私どもの苦言も受け入れず困り果てて降りましたゆえ」
「問題ないだろう」
鷹揚に腰掛けた国王が、頬杖をついたまま隣の王妃と目配せをする。
「では皆に訊く。エクトル・フォルジュ伯爵代理の言に異論がなければ、議会と同様の裁可を与えよう」
さらに深く頭を垂れるエクトルの口元には、勝利を確信した笑みが薄らと浮かぶ。
異論など出るはずがない。遺体は見つからなかったが、そもそも虚弱で知られる令嬢が川に流されて無事なわけがないと世間は判断する。
頑なに本人確認をしなければ、と言い張る担当官は別の部署に移ってもらった。
捜索にも懐柔にも予定外の出費が重なったが、自分が晴れて当主になればそれもすぐ回収できる。
(……決まりだ)
――長かった。
愚かな兄が分不相応な地位を得たことが、そもそもおかしかった。あるべき位置に戻すだけのことにこうまで時間と手間が掛かったこと、業腹にもほどがある。
劣った兄から生まれた娘は輪を掛けて愚鈍で、さっさと察して身を引けばいいのにいつまでも居座るから、直接手を下すしかなった。
「最後まで迷惑な奴らだ」
口の中で小さく呟く。ああ、だが、今は気分がいい。当主になった暁には、せいぜい豪勢な墓を並べて建ててやろう。
もとより噂を信じていた貴族たちから反対意見は出ず、フォルジュ家の事案は終了――となるはずが、一人の令嬢が進み出た。
「異論がございます」
「……なに?」
若い張りのある声に、王の御前であることも忘れてエクトルは顔を上げる。
群衆の中から現れたのは、見覚えのない令嬢だ。皆が注目する中、エスコートもなしに、すっと背を伸ばして歩く姿に目が奪われる。
淡い金茶色の髪で、瞳はエバーグリーン。兄夫婦と同じ色を引き継いだその者に横に並ばれて、エクトルの胸がざわりと蠢いた。
(いや、まさか……そんなはずはない)
一瞬浮き上がった考えを即座に打ち消す。ソフィアは行方不明のまま死んだはずだ。
「ほう、令嬢が異論があると申すのか」
「畏れながら、リュノール王国陛下にご挨拶申し上げます。私はソフィア・フォルジュ――ただいま、我が叔父エクトル・フォルジュにより死亡が伝えられた当人でございます」




