花祭り
花祭りの初日は朝から快晴だった。起きてカーテンを開けたときからわくわくする気持ちで一杯のソフィアは、外に出てからはいっそうだった。
弾む足取りで先に進みつつ、何度もレオを振り返る。
「レオ! すごいね!」
「分かったから、落ちつけ」
「だって! 早く来たかったのに、レオがなかなか起きないから!」
最近は毎日のようにモデルのポートレート撮影で忙しくしていたが、昨日から花祭りの期間中は、さすがに依頼もない。
だから久し振りにゆっくりできるはずだったのだが、昨夜はマクシムが来てレオを連れて行ってしまった。
ガゼット社の屋台で売るカードの確認をしていたというが、レオが戻ってきたのはソフィアが眠ってしまってからだ。
深夜か未明に寝たであろうレオは当然早くに起きられず、ようやく家を出たのはすっかり日も高くなってから。
物心ついてから初めての大きな祭りを楽しみにしていたソフィアが、待ちきれなくてはしゃいでしまうのは仕方ないだろう。
「あー……すまん。その、悪かった」
「ふふっ、いいよ! その分、いっぱい楽しむから!」
花祭りは王都を中心に行われる、国を挙げての大きな催しである。
その昔、小さな農園で始まったイベントはいつしか国が主催となり、ラベンダー栽培の振興と宣伝を目的に一役買う大きな催事となった。
あちこちに置かれたプランターには、花祭りの主役であるラベンダーが中心となって植えられ、民家の軒先も花でデコレーションされている。
道にはずらりと屋台が並び、ラベンダーを使った品々――小さなブーケや香水、蒸留水などだけでなく、ハンカチや文房具、菓子など、花をデザインされたあらゆる物が売られていた。
広場に作られた簡易ステージで披露される演奏に大勢が足を止め、道化の姿をした風船売りに子どもが群がる。色鮮やかで活気に満ちた光景に、ソフィアは足を止めて目を輝かせた。
「わあ……!」
(レオはどこにでも付き合うって言ってくれたけど……)
出店が多いのは今いる中央広場だが、祭り自体は広範囲でやっている。案内パンフレットによると、あちこちで小さな催しが多数行われているし、普段はドレスアップしないと入れないような高級飲食店も、気軽に立ち寄れる安価な限定メニューを提供している。
行きたいところも見どころも多すぎて、自分が十人いても足りないくらいだ。
だが――。
「で、なにを見たいか決めたか?」
「レオ、私……ここにいるだけでいいみたい」
普段よりいっそう賑わう街を皆、笑顔で行き交っている。ずっと自由のない生活を強いられてきたソフィアにとって、あまりに眩しい光景だ。
(私も、その「みんな」の中の一人だわ)
外から眺めているだけでなく、自分もそこに加わっていることが嬉しくて胸がいっぱいになってしまった。
両親が亡くなった生家を叔父に乗っ取られ、令嬢としての居場所をコリンヌに奪われて、ソフィアは日陰に追いやられた。
その自分が晴れた空の下、明るい場所にいる。しかも古くさいドレスではなく、今風の可愛い服を着て、精一杯のおしゃれをして。
(こんなふうに出歩けるなんて)
俯いてばかりいた少し前までだったら、とても考えられないことだ。
ソフィアの目には、この祭りの風景はあの晩連れていかれた王城の夜会よりも、ずっと煌びやかに映っている。
出かけるまでは、あれが見たいこれも気になるとしていたが、なんだか満足してしまった。そんなソフィアにレオは笑って「そうか」と呟く。
「じゃあ、適当に歩くか。気になるのがあったら言えよ」
「うん!」
手を引かれて、今度はゆっくり歩き出す。繋いだ手のおかげではぐれる心配はないから、存分に周囲をきょろきょろ見回した。
家族連れが多いが、友達グループや恋人同士の二人組も同じくらい多い。仲の良さそうなカップルが目について、ふと気になった。
(私たちは、どう見られるのかな)
繋いだ手を辿って、レオを見上げる。ソフィアはレオの従姉妹という設定で、今までそれが嘘だと見破られたことはない。
(顔も、髪の色もちっとも似てないのにね)
ソフィアは逃亡中だから、身元を疑われないほうがいい。けれど、まったく疑問に思われないことがなんとなく面白くない。
(あれ? ……それって、私は「レオの従姉妹」じゃ嫌だっていうこと?)
そう気づいて、ソフィアの胸がドキリと鳴った。
急なその思いつきに焦って、打ち消すように、じゃあ従姉妹じゃなければどう見られたいのかと自分の胸に問えば、アイスを食べさせあいっこしているどこかの恋人同士が目に映る。
その二人を自分たちに置き換えてしまった。
(~~~!)
頭のてっぺんまで熱くなる。
(え? 私……うそ!)
さっきまではしゃいでいたのに急に黙り込んで挙動不審になったソフィアに気づいて、レオが振り返って顔を覗き込んでくる。
「どうした、疲れたか? ……顔が赤いな。暑いか」
熱でも出たのかと額に触れられ、大げさに肩が震える。体調を崩していたときもこうして何度も熱を測られた。レオにとっては「いつものこと」で大したことがなくても、今のソフィアには刺激が強い。
「な、なんでもない! ちょ、ちょっと興奮しすぎちゃったかも」
「そうか?」
「だ、大丈夫! 元気!」
「……浮かれすぎて転ぶなよ」
「う、うん」
何度も頷いてどうにか納得してくれたレオがまた前を向いて、ほっと息を吐く。
離れて安堵はしたが、さっきまで触れられていた手がなくなった額が寂しい、などと思ってしまって――それはつまり。
(私……レオが好きなんだ)




