新しい依頼
楽しげに会話をしているソフィアとマクシムに意識を戻す。
(マクシムにも慣れたな……こいつはお前のスキャンダルを狙っているっていうのに)
最初のころは戸惑っていたが、親戚の兄貴面してぐいぐい押し続けるマクシムに負けたらしい。
約束通り、ソフィアの行動はマクシムに報告済みだ。今のところ思うような取材ができているようで、文句も来ない。
叔父から逃れようとしているソフィアだが、醜聞騒ぎは歓迎しないだろう。
こちらが利用していることに気づいているのかは分からないが、持つはずがなかった罪悪感が胸を掠める。
(……もう少し落ち着いたら、本人に訊いてみるか)
どんな顔して、とも思うが、そう決めると少しだけ気分が軽くなった。
「で、マクシム。今日はなんの用だ」
「レオは相変わらずだなあ。少しはソフィアちゃんを見習って歓迎してくれていいのに」
「知るかよ。それで?」
「はいはい、フォルジュ家にちょっとだけ進展があったよ」
その言葉にソフィアが肩をぴくりと震わせる。笑顔がさっと消えた彼女に気づかないふりをして、マクシムは話を続けた。
「フォルジュ家っていうか、貴族の間にソフィアちゃんの噂が急に流れ出してね」
「噂?」
「そう。今さらなんだけど、王宮の夜会の日から行方不明になってもう半月になる。戻らないのは亡くなっているからだ――って、まことしやかに」
社交に熱心だった叔父たちが鳴りを潜め、婚約者のクロードも外出を控えている。たまに出てくるときは顔色が悪く、着るものも黒系ばかりだ。
「そんなんだから、事情があって言えないだけで、もう埋葬も済んでるんじゃないかって勘ぐる人が出てきたんだ。まあ、そう思わせるように動いてるんだろうな」
そう聞いて、ソフィアは視線を落とす。体の横で固く握られた手は小さく震えていた。
「死体の本人確認をしないで、どうやって自分が継ぐように持っていくのかは僕もまだ分からないけど、ひとまずそういう噂が流れてる」
「……そうか」
(ソフィアがどうしたって邪魔なようだな)
殺されそうになり、行方不明の今は死亡説を流される。
あの叔父一家はなんとしてでもソフィアに死んでほしいらしい。殺そうとしただけでも相当なのに、生きているのに存在を消されそうになるのがどんな気持ちか分かってやっているなら、実に底意地が悪い。
ともあれ、死亡説を流しておきながら、大っぴらに行方を捜すのは不自然だ。それなら捜索の手はいったん止んだと思っていいだろうと、マクシムはさらに付け加えた。
「捜すにしても、王都から離れた川沿いだけになるだろうね。だからっさ、存分に売れっ子になっちゃってよ!」
「そこに繋がるのか?」
「ここからが今日の本題その二なんだけど、花祭りでガゼット社も店を出すことになったんだ」
――なんだか嫌な予感がする。
怪訝そうにするレオの視線をまっすぐ受け止め、思わせぶりに口角をあげたマクシムは、なぜかソフィアに顔を向けた。
「雑誌のバックナンバーと、ポストカードを売ろうってなってさ。レオ、何枚かそれ用の写真を準備してよ」
「えっと、あの?」
「マクシム、なぜソフィアに言う?」
「そのほうが断られないと思って。じゃあ、よろしく! もう祭りまで時間ないから、今日明日中にクレマン編集長に送ってよ」
「ちょっと待――っ、あいつめ」
ははっと軽く笑って、レオが断る前にマクシムはさっと出て行ってしまった。
「帰っちゃったね……」
「あいつはいつもこうだ。あー、それにしてもポストカードか……また面倒なことを」
どんなのが受けるかなんて分からない。自分がいいと思って撮ってきた写真が王都で通用したことなど、一度もないのだ。
構図やモチーフより、スキャンダラスな写真が喜ばれる。さすがに祭りでそういうカードを売ることはできず、最終的に凡庸な写真でごまかすしかない。
最近、写真への情熱が減った気がしていても、さすがにそれは嫌だった。
額に手を当てていると不意に気配を感じ、目を開ける。ソフィアがすぐ近くでレオの顔を覗き込んでいて、思わず仰け反る勢いで驚いた。
「な、なんだっ!?」
「レオ、この前スタジオに行く途中で何枚か撮ったでしょ」
「それがどうした」
「わたし、あの写真好き。カードにしたら、きっといっぱいの人が買ってくれると思う」
「はあ?」
先日、歩いていて久しぶりに何気ない風景を撮りたくなった。
ソフィアを少し待たせて撮った街並みや川縁の風景はなんの変哲もないが、なんとなく満足のいく写真になった。
やけに気に入ったらしいソフィアが壁のいちばん目に付くところに飾って、まさかそれを売れと勧められるとは思わなかったが。
「あと、ネガが残っているのだったら昔取った写真でもカードにできる?」
「あ、ああ、それは問題ない」
「よかった! じゃあ、これと、それと……」
言いながらソフィアは走って行き、壁に貼られた写真の中から次々に候補を選び出す。
これが好き、こっちも、と言いながら渡してくる写真はどれも、レオ自身忘れていたような、けれどそのときの風の色まで思い出せるようなものばかりだ。
(どうしてこいつは……)
惰性で撮ったり、撮らされたりしたものではなく、たしかにいつかの自分が選び、なにかが込めて撮った写真をソフィアは抜き出していく。
(……訊いても、分からないだろうな)
察知しているのか、単に偶然なのか。きっとソフィアは単に好みのものを選んでいるだけで、理由までは分かっていないだろう。
最終的に二十枚ほどになった写真を半分に減らして、ネガと共にクレマンに宛てて送ることにした。




