【幕間】パームカンパニー団長の慌ただしい一日2
リネン国首都リンネルには、変わった造形の邸宅がいくつかある。
鉄格子に囲われた中にぽつりとある地下への階段を下りた空間に建てたもの、広大な敷地の中心に建てられた巨大な三角錐の形をした塔のようなもの、蛇の口を模した門から入り尻尾から出たところに建てられたものなど、その異様さからリネン観光局の発行する案内書にも「一度は訪れたい観光スポット」として紹介されている。
これらの邸宅には案内順に番号が振られており、一から八までの邸宅は順に観光することが推奨されている。しかし、旅行者だけでなく、観光局員ですら、なぜその順番で見る必要があるのかを知らない。
パームカンパニー団長ヒルがその日訪れたのは、その中で二番邸として知られている邸宅だった。
「……この屋敷を見るといつも憂鬱な気分になるよ」
「あらあらあらあらあら、私は好きよぉ。お姉様の芸術センスはルイ家の中でも抜群よねぇ」
同意しかねるといった風に眉を顰めたヒルは、改めて車内から屋敷を眺めてみる。
この館は、装飾さえなければ一般の豪邸とそれほど違いはないが、その装飾がひどく不気味なのである。
まず、炎に包まれた天使をイメージした門柱、敷地の至る所に配された様々な格好で悶え苦しむ子供の像、一見何の変哲もなく見えるが、屋敷のバルコニーから見れば女性器を象っていることがわかる噴水などなど、細かい点まで数えるときりがない。
門の正面まで行くと、門衛は車を見ただけですぐに通してくれる。
観光客だろう、数人の男女が不思議そうに敷地内へと入っていく車を眺めていた。
玄関アプローチに車を停め、ヒルたちが降りると、開け放たれた玄関扉から血の色をした絨毯がコロコロと転がってくる。そして、二人の前でちょうど広がり切った。
何の感慨も抱かず、ヒルはスタスタと絨毯を歩き、屋敷に入ると、
「お待ちしておりました! ヒル様!」
両サイドにずらっと並んだメイドと執事たちが深々と頭を下げてくる。そのいずれもが、それぞれ違う仮面を付けている。
軽く首肯しそれに応えてから、ヒルは中央の螺旋階段を仰ぎ見た。
「焼け爛れた碧のように、切り刻まれた影に揺れましょう! 偏に我が愛しい骨肉のためにっ!」
謎の言葉を発しながら、謎の振り付けで階段を下りてくるのは、山羊の角とベールの付いた帽子を被り、背中に黒い羽の付いたドレスを着た細身の女。
「盲目の梟にささげしこの魂が! 調和を妬むそのリビドーがっ! ああっ、――ここに、我降臨……」
「お久しぶりです、姉さ――」
「へ~~~ん在せし、我が朧な身体髪膚! 悟性と感性の狭間で今宵もマスカレード! おおっ、――ここに、我顕現……」
「お久しぶりです、リーヌ姉さん!」
「こ~~~~ぉ肱の――あっ!? ちょっと待ちなさいな! 何を出て行こうとしてますの!」
「わけのわからないことに一々付き合ってられませんよ」
「わけがわからないのは、あなたの知性と感性が兄弟の中でも劣っていることの証左ですわ……でも、わたくしはあなたのそこが好きよ、ヒル」
ようやく階段を下り切った姉が腕を広げると、ヒルは一つ息を吐いてからリーヌと抱擁を交わす。
「……あら、無駄な贅肉を強調するための襤褸を着た肉人形も一緒なのね」
「姉さん……うちの重役にそんなこと言わないでもらえるかな」
「団長ぉ、これはお姉さまなりの賞賛なのよぉ」
「うふふっ、そうよ。この肉人形ったら今や夜会では有名人だもの、ね~」
「ね~」
ヒルは、ロエがルイ家の夜会に今でも通っていることは知っていたが、どうやら二人は『秘密の共有』を終えた仲らしいことを察し、眉間を押さえた。
「な、なるほどね……ときに姉さん、今日は残念な報告があるんだ」
「あらそ、どれほど残念か、ゆっくり聞かせてもらいましょうかしら」
優雅に振り返り、奥の居間へと歩くリーヌに二人は続いた。
★
「――その賊の写真とおおよその逃亡先は押さえていますので、必ず取り戻してみせます。ですので、もう少しお時間をいただきたいです」
「ふーん……そ」
リーヌの反応には怒りや落胆などといった感情は見られない。ただ、玉座のような椅子で鷹揚に顎を上げてヒルとロエを睥睨しているだけだ。
気のない返事で肩透かしを食らわされたヒルは、目のやり場に困り部屋の中を眺める。
二番邸の居間に施された装飾は、その屋敷に施されたものと遜色ないほどに――悪趣味だ。
生贄を捧げるために使う台座のようなテーブルに、人骨らしきもので作られた椅子、マントルピースには様々な生き物の顔の皮膚が額に入れて飾られている。
唯一母親の違う末弟ヒルにとって、ルイ一族の持つ風変りな趣向はいつまでも理解できないことの一つだ。
長姉であるリーヌの趣向には露骨な信仰が見える分、まだ理解出来なくもないが、そもそも破壊神徒というものがヒルにはまったくわからない。
一族が信奉する破壊神教。
その活動内容は、たとえ肉親であろうと、神徒以外に明かされることは決してない。
玄関ホールでのやり取りを思い出し、破壊神教徒であるロエが、もはや自分よりもルイ家と交流している事実に辟易していると、リーヌが口を開いた。
「…………あのね、ヒル。これまで誰にも言ってこなかったのだけど、あなたには教えて差し上げましょう。わたくしにはこの世で二つだけ我慢できないものがありますの」
そう言って、リーヌが指を鳴らすと、仮面を付けた執事が入ってきて跪く。
「シャルダンの五十八年ものを」
「かしこまりました、姫様」
執事が一糸乱れぬといった動きで部屋を出て行く。
「一つ目は、恩知らずの不忠者。こういう輩はわたくしに恥をかかせるからよ。二つ目は、噓吐き。わたくしに嘘を吐くということはわたくしのことを知らないということ。わたくしを知らないということはわたくしを見ていないということ。わたくしを見ていないということは――わたくしに話しかける必要がないということ。ならば、どうしてわたくしに向かって言葉を吐くのでしょうね?」
「は、はあ……」
「うふっ、あなたは初心だから理解出来なくても仕方がないわ。人間の本質というのはあなたの瞳に映っているようなものではないのよ。人間は狭小で矮小な存在であり、本来滅ぼされるべきなのだから」
「…………」
「まあ、いいですわ。結論から言いまして、わたくしは怒ってなくてよ。あなたは、わたくしとの約束のために、こうやって嘘偽りない事実を報告しに来た。ですから、たとえヌーロンの納品を楽しみにしていたわたくしががっかりしているとしても、あなたのその気持ちだけで十分ですわ」
「……ありがとうございます、姉さん」
どうやら我慢してくれているらしい姉の様子に、ヒルは素直に感謝の気持ちを述べた。
こんな失態が許されるのも、自分が彼女の肉親であるからということをヒルはよく理解している。
そこで、さっきの執事がワインカートを押して戻ってきた。三人にワインを入れ終わると執事は退室し、リーヌがグラスを掲げる。
「では、決定事項を乱した賊の死に」
「……賊の死に」
「賊の死にぃ~」
ルイ一族が動くとき、末端ではそれを『決められた事案』と呼んでいる。
一族の誰かがこうすると決めたことは、必ず実現されなくてはならないのだ。
「あ、そうだぁ、お姉さまぁ~、これが賊の写真ですぅ~」
「まあ、出来ればデスマスクの方がいいのだけれど、ライフマスクを見てからというのも乙よね……ッ!?」
キャラを作り過ぎているロエのいつもより甘ったるい声を訝しみながらも、ヒルは姉の急変に気づいた。
四枚の写真を見たリーヌが目を瞠り、わなわなと震え出したのだ。
「上物のインディゴアップルですぅ~」
「まあ~、なんということですの! 肉人形、これらは生け捕りになさいな! ……それにしても、まあまあまあ、なんということですの」
「いったい二人は何の話を?」
「無神論者には関係ありませんわ。あなたはヌーロンのことだけを考えていればよろしくてよ」
「そうそうそうそうそう。だからぁ~、私が現地に直接行きますぅ~」
「ええ、それが良いわね――あらまあ、肉人形ったら口元がだらしなくってよ。少しは自重なさいな」
「えへへ~、そういうお姉さまこそぉ~」
わけがわからずに二人が楽し気に話すのを聞きながら、姉の機嫌が良くなったことに胸をなでおろすヒルであった。




