運び屋バーチ
ゲス商会の秘書から連絡を受けたとき、バーチの脳裏に浮かんだのは、これが狡猾な罠ではないかという心配だった。
ゲスという男に対するバーチの評価は、「狸」だ。顔では笑い、腹では見下している典型的な詐欺師。
バーチは過去に一度、ゲスの仕事を受けたことがある。コットンの首都ギザに『荷物』を運ぶ仕事だった。運び屋の仕事を受けるとき、バーチは一つのルールを設けている――中身の確認である。
密貿易品の多くは盗品や規制品、中には違法な薬というのも珍しくない。クライアントがいくら嫌がっても中身を確認出来ない場合は仕事を受けてこなかった。というのも、中身を知らずに運ぶのと、知って運ぶのとでは仕事のやり方が違うし、何よりリスクが違うからだ。このやり方を徹底することで、ずっとお上の目を搔い潜ってきたのである。
仕事を受けたとき、ゲスは荷物の中身は武器だと言った。まだ本土からシーアイランドに来て間もなかったバーチは中身を改めずに信用した。ゲス商会の名前を知らないやつはモグリとまで言われるほど、ゲスはその筋では有名だったからだ。
ここは一つ、縁を作っておくのも悪くない、バーチはそう考え、自らのルールを破った。
船で本土に渡り、首都までは陸路。旅は順調だった。
それは首都まであと二日という夜のことだった。輸送用に手配していたトラックの荷室から、覚えのある異臭がしているのに気づき、中に入ると、ゲスから受け取ったケースの一つが原因であるとわかった。
その場で中身を察し、全ての木箱を開け中を確認した。
四つの箱に男女二人づつ不健康そうな子供が入っており、もう一つの箱には腐敗した子供の死体が入っていた。
バーチは激怒した。もちろん正義感からではない。話が違ったからである。しかしそれだけが原因ではない。
こういうことが起こらないように、これまで事前に中身を確認していたのに、それを怠ってしまった自分に対しての怒りに震えたのだ。
それでも、仕事を中途で止めるわけにはいかなかった。
結局、受け取り先が死体の受け取りを拒否したため、その処理もバーチがするはめになった。
仕事を終わらせ、シーアイランドに戻ったバーチがゲス商会に行くと、ゲスは信じられないことを口にした。
『で、君は箱を一つだめにしたみたいだが、責任は持ってくれるのかね?』
最初に会ったときは、長く裏社会で生き抜いてきた男が持つ暗い上品さが印象的だったが、それを言う目の前の男は、狡猾なだけの二流の悪党だった。それでも、ゲスの不興を買ってはこの街で商売は出来ない。バーチはそのときの報酬全てを『一箱』分の弁償に充て、それ以来ゲスからの依頼は今日までなかった。
報酬を全額諦めてまで弁償したにも関わらず、二度目の依頼がずっとなかったということが、さらにバーチを疑り深くした。
上手くハメられた……。バーチのプライドに小さな疵が生じた。
秘書から電話を受けたとき、その疵が疼いた。
バーチとしては警戒して当たり前だったのである。




