イラ3
妻子のいないこの元職業軍人にとって、国元を離れる事は特に感慨深いイベントではなかった。
両親と兄弟にだけ他国で働く事になった旨を告げると、イラはリネン国へと旅立った。
「あら、あらあらあらあらあら、イラ中将、ようこそリネンへ」
あの夜以来、電話越しで何度か話したロエが癖のある口調で出迎えてくれた。
涼し気な白いワンピースに合わせた白いつば広の帽子から、流れるように背中で蠢く銀髪。
どこか人間離れした清廉さを纏うその姿に——その最初の印象との違いに、イラは息を呑む。
本部社屋までの道中、ロエはパームカンパニーの歴史、主な仕事内容やこの国での立ち位置などを端的に話してくれた。
傭兵団というものを噂程度でしか知らなかったイラは、仕事内容を聞き、放蕩三昧で忘れかけていた軍人としての矜持を奮い起こされるような気がした。
「司令官クラスの団員が不足しておりまして……イラ中将のように経験豊かな方が入団していただけると、スカウトした私も鼻が高いというものですわぁ」
「どうもお待ちしておりましたよ、イラ中将」
巨大な街のような敷地には、数多くの建物が並んでいる。
その中でも一際目立つ、研究所のような平屋の建物の前で車を降りると、金髪碧眼の風体の良い若者が握手を求めてきた。
「初めましてパームカンパニー団長のヒルと申します」
『この若造が団長?』
イラは少し興覚めしながら握手を返すが、その手を握った瞬間全身に電流が奔った。
がっしりとした体躯ではあるが、イラよりも身長は低い。言ってしまえば、どこにでもいそうな一兵卒のような見た目なのだが……。
手を握っただけで、殺されるかもしれないという突発的な生命の危機を感じさせられたのだ。
「まあ、まあまあまあまあまあ、団長ったら初日から緊張させるのは止めていただけますかぁ~。せっかくの幹部候補なのにぃ~」
「あ~、いや。これは失礼。決して他意はないのでご安心ください。さあ、どうぞ中へ」
ロエが間に入ってくれなければ、硬直したまま動けなかったかもしれない。
イラは即座にその若者を見くびった自分を改めた。
そして二人に挟まれながら、パームカンパニー本部へと足を踏み入れた。




