港街ライオット7
床の冷気が顔から体の芯まで伝わった頃、イラは目を覚ました。
「…………」
何があったのかは鮮明に覚えている。
しかし、それは夢のようでもあり、本来感じるべき屈辱感は湧いてこない。
ただ、消えた少年と床に転がっている重厚な鉄扉だけが、起こった事が現実であると示している。
「化け物……」
あれは人の姿をした何かだったとしか形容の仕様がない。
人語を話していなかったことも、あれが人外の生物である可能性を裏付けているように思える。
こっちの言葉を介していたかどうかも怪しい……。
そこで、イラははたと息を飲んだ。
「まさか……あれは別の『ヌーロン』の一体……」
東洋の大国シルクが開発した人工生体兵器。
オーナーの意向で、パームカンパニーが総力を挙げて、プロトタイプの内の一体を入手したばかりだ。
少々強引な手法ではあったものの、本部よりも上からの命令ということは、それは『決められた事案』ということだ。結果、仕事はそこまで難航することもなく、リネンまで輸送されてきた。
そして、現在、それを保管しているのは……。
「まずい。いかんぞ、これはっ!」
イラは急いで立ち上がるが、視界がぼやけ、ふらつく。
「ぐぅ……いかん、いかんぞ。なんということだ……豚どもの狙いがアレだとしたら……」
直近の騒動で失念していた最重要事項を思い出し、イラは唸る。
叱責すべき者もおらず、誰にも責任を押し付けることが出来ない――本部よりも上のオーナー案件。
もし言い訳が許されるなら、だからこそ失念していたともいえる。
決められた事案というのはいかなる障害をも事前に排斥されている仕事、というのが、パームカンパニー幹部の共通認識だ。
これまで、決められた事案が失敗することなどイラの知る限りなかった。
今回のケースでいえば、イラの管轄する支部は、ただソレを倉庫に保管しておくだけでよかったのだ。
後は、本部が全て首尾よく片付けてくれる……はずだった。
「ぐおおおおおおおおっ!!!!」
己の中にある生命力を全て振り絞るかの咆哮が、地下室に轟く。
そして、イラは鉛と化した四肢を精神力のみでなんとか動かした。
袖を引きちぎり負傷した脚に巻いてから、ゆっくりと歩き出す。
「なんと、してでも、阻止せね、ば」
執行室を出て、ようやく上階へのエレベーターの前まで来た所で、
「ッ!!!? なんだ!」
轟音と共に、天井からコンクリートの欠片が降ってくる。
エレベーターのボタンを押すが、反応がない。
明らかに異常事態が起こっていることを察したイラは、この支部創設以来の非常事態を収拾せんと、重い身体を引っ張り、階段へと急いだ。




