港街ライオット4
かつて社内ではこの部屋を『執行室』と呼んでいた。まだ、ニーム人がこの街に蔓延っていた頃の話だ。
「よいか、ニームの子豚。今から貴様の爪を一枚ずつ剝ぐ。知っていることを話せ」
拘束バンドを手足にかけて座らされている子供は、ずっと泣き止まない。
しかし、こういう手合いは痛みを与えると途端に泣き止む場合がある。
久々の『執行』を噛みしめるように執り行うイラは、顎に手をやり少年に低い声で尋問する。
「ニームから来た二人組を知っているな? 今どこにいる?」
「…………」
「ふむ、痛みを与えずとも泣き止むか……知っているということだな」
「ぎゃ、ぎ、グァーっ!!」
小指の爪を剥ぐと、目じりに涙を溜めながらイラを睨みつけてくる。
やはり、窮地で本性が出るかこの子豚は。
「面白いぞ、子豚よ」
一瞬湧いた愉悦を噛み殺し、仕事に専念しようとしたそのとき、
「ふぉあああああああ! あちょうっ!」
突然の奇声と共に、部屋の扉が吹き飛んだ。
正確には、蹴り飛ばされたのだが……
「ば、馬鹿な……」
この部屋の扉は鉄扉である。
厚さと強度からして、人間の力だけでどうこう出来る代物ではない。
「ふぉおおおおっ!」
前に突き出していた足をゆっくり下ろしながら、東洋の奇妙な服装をした男が奇声を上げる。
「貴様今何をした?」
「ふぉぉぉぉ、ふぉあー!」
謎の男はなおも奇声を上げながら、武道と思わしき構えを取ると、人差し指をくいくいっと動かした。
「なるほど。言葉は不要と言うことか。面白い」
イラは数十年ぶりに自分の責務を失念し、目の前の異様な男――否、この異様な状況に心を奪われてしまう。しかしこの場合、傭兵団の幹部であるイラが男の素性や侵入経路などを気にしなかったのは当然といえよう。
パームカンパニー支部長であるイラは、数々の戦場を職場としてきた男である。
死線を目前に、情報が意味を持たない事をよく理解している。
故に、即撃を選択。
腰の拳銃でいきなり侵入者の頭を撃ち抜いた――
「ッ!?」
――はずだった。
「指、指でだと……」
イラの愛銃KS12の弾速は人間が目視出来るような速度ではない。いや、KS12でなくても普通発砲された弾丸を――脳神経の伝達速度を上回る弾速を、目で追うことなど不可能なはずだ。
ましてや、それを掴む――二本の指で挟むなど出来るわけがない。
「ふぉあー、ふうっ!」
「がっ、ぐうっ!!」
謎の男が指を弾くと同時に、イラの右脚が爆ぜ、鮮血が散る。
膝を突き、瞬時に事態を認識する。
しかし、再び認識と理解の間に時差が生じる。
「だ、弾丸を指で弾き返してきたのか」
声に出すことで事態を無理やり飲み込むが、そう呟いたときにはもう、男の姿は見えなくなっていた。
後ろを振り向くと、脚が見える。
そのまま視線を上げると、無感情の冷たい双眸がイラを見下ろしていた。咄嗟に立ち上がろうとした瞬間、イラは意識を失った。




