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無色透明のトロイメライ  作者: 皐月凉
1章 空っぽの人間から
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8話 何も選ばずとも、未来はやって来る

 レーヴェがこっちにやって来た日。その日はここ、天生市が燃えていたと言った。


 それは……俺の心が空っぽになったあの地震の日。何もかも失って、新しい日常を手に入れることになったきっかけであるあの日。


 それは果たして偶然なのか? もしかしたら、こう……何かしらの因果関係があるからレーヴェは地球にやって来れたのだろうか。

 なんて、俺には分かるわけもない。

 そんなどうでもいい悩みを持っている俺を気にかけずに、銀色の髪を揺らしながらレーヴェはなんてことのないように軽く笑いながら話を進める。


「いやー、私だって命からがら逃げてきたのに、まさかこっちまで私の星と似たような感じだとは思わなかったよ」

「…………そりゃご苦労さま」


 ただ、今の俺は寝ているというのに、とてつもなく気分が悪くなる。

 また無理にあの地震を思い出してしまった。ホントに融通の利かない体をしている。そんな自分に辟易してしまう。

 それと同時に新たな疑問が湧いてくる。


「なぁ、レーヴェ」

「なんだい?」

「もしかしてさ、あの時崩れた瓦礫から――」


 ――――助けてくれたのは。


 思い出すのは、目の前に瓦礫が迫ってきた光景。

当たる直前に瓦礫は俺から弾け飛び、頬をちょっと怪我した程度に済んだあの記憶。今まで不思議に感じてたことだが……レーヴェの話を聞いてもしかしたらと。


 対して、レーヴェの返答は――――


「……ん? あぁ、あれのことか。そうだよ、君の想像通りさ。崩れた瓦礫から君を守るために助けたんだよ。あの時もう既に君の中に入っていたならね。せっかくの私に合う体を早々に失うわけにもいかなかった」


 ……やっぱり、そうだったのか。

 俺はこの目の前の人物に二度も助けられたのか。


 こうやって、俺の知らないところで色々な人が俺を助けてくれて、今まで生きてきた。独りでは当然生きることなんてできない。

 俺も奏さんみたいに当然のように人を助ける、そんな生き方に憧れたことはあった。ただ、現実を目の当たりにして、少しずつその憧れは……夢は崩れ去っ――――――――


 いや、今はいい。くだらない過去を掘り返している場合じゃない。

 頭を切り替えるようにフルフルと振るう。


「えーっと、なんだ……ありがとう」

「おや? 礼を言われるのかい。勝手に君の中にお邪魔したわけだから責められると思ったけどね。私のエゴで君を助けたわけだし」


 レーヴェはとても綺麗な蒼い両眼を心底意外そうに蒼い瞳を丸くする。


「まぁ……な。それでも、助けてもらった側だし。礼は言わないと」

「うん、そういうことにしておこう。やはり君は律儀だね」


 ニカッと何が嬉しいのか分からないけど、とても愉快そうに笑うレーヴェ。

 と、ここで少し脱線した話の一区切りがつく。


「ま、そうやって君を助けた時、私は力の大部分を使い果たしてしまったんだよ。で、しばらく休みに入った。ちょくちょく君の視界をお借りして色々と見学しながら体を充分に休めていたのさ」

「へー。……そういやさ、俺の中にいるってことは俺の考えとか分かったりするのか?」

「いいや? 最初にも言ったけど、君の考えも記憶の全ても分からない。私は君が見て、知って、記憶したほんの少しだけのことしか分からないさ。君の心の中を借りているだけであって、あくまで君の精神と私の精神は別だ」

「なるほど」

「もし私が黒江葵の全てを理解したとしよう。私の知らない君の幼少期の頃も君の考える思考回路全てを。だが、それなら君にも私の考えていること、記憶全てが分からないとフェアじゃないだろ? 同じ体に2つの心があるんだから。ま、そんな器用なことはできないだけさ」


 その理屈は……何となく分かるかな。要するに一人だけ不公平なのは良くないと。


「それで、レーヴェは俺の中で回復はできたのか?」

「もちろん……と言いたいところだが、如何せん私の肉体は別のところにあるからね。体も休めているはずだけど、体に戻らないと完全復活というわけにはいかないのだよ」

「ふーん。てか、戻れるのか? えーっと、レーヴェの世界に」

「さあ?」

「さあって……」

「分からないものはどうしよもないからね」

「それはそうだが」


 と、ここまで会話してふと違和感に気付く。

 …………あれ? 俺、レーヴェと普通に会話できているよな? ものすごい今さらだが。


「……すまん、もう1ついいか?」

「何かな?」

「レーヴェってさ、日本語、上手だよな。さっきまで特に意識してなかったけど、レーヴェの住んでた星って言語ってこことは違うよな?」

「当たり前じゃないか。ただ単に、私が君の中にいる間学んだだけだよ。何せ、10年間いたからね。言語の1つくらい理解できるさ」


 うわ、それはスゴい。俺なんて自分の言語を覚えた上で、もう1つ言語覚えるとか無理なのに。具体的に言うと、英語です、はい。


「また話が逸れたね」

「……すまん」

「気にしない。で、どこまで話をしたかな…………うん、君の中、ここでのんびり回復したわけだ、私は」

「まぁ、それは分かった」


 こうやって話をされてもイマイチ実感は沸かないが。それでも、俺が化け物に襲われたのは事実だからな。


「と、ここまでが過去から今までの出来事というわけさ。私が逃げて、逃げた先で君を助けて、勝手に君の中にお邪魔して、何だかんだで今に至る。ふむ、簡単に纏めるとこんな感じかな」

「ホントに簡単に纏めたな」

「まぁそう言わないでくれ。それで、今から話すのがこれからのことだ」

「これから……?」

「あぁ。なぜこうも不思議な顔をする?」

「いや、これからって……どういうことだ?」


 すると、これまた心底意外そうな顔をするレーヴェ。


「私はね、こうやって夢の中で君と話すことはしないつもりだった。だが、そうも言ってられない事情が起きてしまった。――――君がロードの1匹に襲われたからね」

「そういうことか。そもそもの話なんだが、あれは何なんだ? というか、どうしてここにいるんだ? レーヴェと似たような感じでここに逃げてきたのか?」

「正直に言うと、よく分からない」


 ここまで引っ張ってその答えか……。


「候補として、まず君が言ったように私と同じ状況だというロードがいた、というのが1つ。が、私が逃げてきたこことロードの世界を繋いでいた扉だが、私がここに逃げ込んですぐに消えたんだよね。それよりも前に来たという可能性があるが……」

「……そういうことか。言っていたな。ここの空気とかは毒とか」

「そう。まさか10年近くここで生きれたとは正直思えない。――――そこで2つ目の候補だね。単純なことだが、新しく扉が開いたかな。これも望み薄だけどね」

「なるほど。だけど、けっきょくはさっきの話に戻らねぇか?」

「毒、ということだね。そこは抜け道というのがある」


 抜け道か。果たしてそれは何だろうか。

 ……抜け道と言うが、それはきっと単純なものだ。人間であれ、ロードであれ、俺らは生物だ。生きるためにすることは1つ。

 何となく予想はつくが、俺はレーヴェに質問する。


「抜け道って?」


 俺が投げかけた疑問に対して、レーヴェは俺から視線を外し、言いにくそうにポツリと呟く。


「――――人を喰らうことさ」


 その考えは思いつかなかったわけではない。

 寧ろ、当然のことだ。驚きはしない。何も殺さず、喰わずに生きられないから。誰だって何かを殺しているから。


「察しはついてる顔だね」

「……まぁな。大体は予想できた。てことは、昨日起きたあの民家での事件は」

「想像通り、君を襲ったロードの仕業だね」


 少し落ち着くために息を吐く。……やっぱり夢の中だと呼吸という動作は実に変な感覚だが。


「ただ腑に落ちないことがある」

「というと?」

「確かに地球の空気や諸々は私たちにとって毒だ。だけれど、人を喰らうことによって……これは私の感覚だか1週間は保つ。昨日今日で君に襲いかかる理由にはならない。いやまぁ、栄養はあるに越したことはないんだけどね。ただやっぱり――――」

「そこが不自然だと」

「そういうこと。一応抜け道はもう1つあるんだけど、それはちょっと可能性低いかな」


 レーヴェの言葉を聴きつつ考える。


 地球に生息する生物は皆、酸素を欲する。どれだけ食べようが空気がないと死ぬ。しかし、レーヴェの話を聞く限り、その部分とロードはどうやら違うみたいだ。どれだけ地球の空気が毒だろうと、栄養さえ補給できれば活動できるらしい。


「レーヴェはさ、あのロードが人を喰ったからあの時俺に話しかけたんだろ?」


 俺が現場を覗いた時の話をする。


「正確には呟いただけ、独り言なんだけどね」

「でもさ、俺はこの街で暮らしていて、人を喰ったような事件は起きなかったぞ。それはレーヴェも知ってるだろう?」

「あぁ。――――つまり、君はこう言いたいのか? 『あのロードはここ最近に地球にやって来た』……と」

「お見通しか」

「…………となると、あの扉がまたここに現れたのか。望み薄だと思っていたが」


 等と呟き始めるレーヴェ。

 しかし、まだ解せないことがある。それをはっきりさせないと。


「なぁ、レーヴェ」

「何だい?」

「レーヴェは俺にどうしてほしいんだ? お前の過去話をして、ロードのことを教えて、今の状況を伝えて……何が目的なんだ? レーヴェの体を取り返すとかか?」

「そうだね……正直に言うと、私は別にもう自分の体はどうでもいいんだけどね。もし体が殺られてもここにいる私さえ無事なら差し支えないし。まぁ、戻るのに越したことはないが、ぶっちゃけあの星には帰りたくないからね。その辺り未練はない」


 内乱で星のほとんど滅んだらしいから、その気持ちは……分からんでもない。忌まわしい過去が詰まっている場所には行きたくない……そんな感じだろうか。それでも、自分の故郷を離れるとは随分と割り切っているな。

 って、そうじゃない。レーヴェの目的を聞かないと。


「だったらさ、レーヴェは何がしたい?」

「んー……君が死んだらせっかくの居心地の良い場所が無くなるだろ? 私としてはそれはかなり困るというのが理由の1つだね。後は……やっぱりそうだね、君が決めなよ」

「決めるって言っても、何をだよ」


 っていうより、俺の中居心地良いんだ。……何が良いんだろ?


「そりゃあ、あのロードをどうするかだよ」

「どうするって……俺じゃあ何もできないだけだろ」

「そうでもないさ。君の中には私がいる。その気になればアイツを倒すことだって可能さ。君では簡単ではないだろうがね」

「……そうかよ」


 ぶっきらぼうに言い放つ。


「これまた冷たい反応だね。もっと食いつくかと思ったのに」


 軽く口を尖らせ不満を表すレーヴェ。そんなレーヴェとは対称に俺の感情は徐々に冷たくなってきている。

 なんで倒せるのか、そんなの興味ない。

 

「色々と教えてもらったり、助けてもらったことには感謝している。……でも、レーヴェが何もする気がないなら俺も何もしない」

「ふむ。私は構わないが、それまたどうしてだい? 良ければ理由を教えて」

「……別にそんな大した理由なんてない。ただ単に、俺がそこまでする理由がないだけだ」

「本当に? もしこのまま放置しておいたらまた誰かがあいつに喰われるかもしれないよ」

「俺に関係ない人がどうなろうとどうでもいい。見ず知らずの奴のために動くなんて、俺にはそこまできちんとしている崇高な考えは持てない。無理に関わってもただ傷つくだけだろ」


 ――――所詮、俺はその程度の奴。


 こんな人間に何かを期待しないでくれ。

 レーヴェの目的を聞いたのは、もしレーヴェが帰りたいというならそのくらいの協力はしていいと思っただけ。命を救ってもらった借りを返すだけ。だから、レーヴェが何もしないなら俺も何もしない。


「それでいいのかな? 誰を襲おうが関係ないって言うけど、君の家族が喰われる可能性だってあることくらい――――君にも分かるだろう?」

「その時は、その時だ」


 そうなる方が低いだろ。あのロードがどこかに行くかもしれないんだから。『もし』や『たら』『れば』をいくら語ってもキリがない。


「ふぅーん。変わったねぇ、君は。ま、こう答えることくらい予想できたけどね」


 レーヴェの蒼い眼が俺をじっくりと観察するように見つめる。何かを射抜くように。


「昔の君は……そうだね、9歳や10歳くらいまでは、目の前の困っていることには色々と首を突っ込んでいたじゃないか。誰が相手だろうと構わずに」


 …………あの頃はまだ自分なりの夢や目標を持ってただけの話だ。


「そうなると……フフッ、やっぱりあの出来事が原因だね? 私も見てたけど、確かにあれは君にとって嫌な出来事だっただろう」

「知ってて言ってるだろ」


 吐き捨てるように呟く。無反応を貫こうとしたが、思わず反応してしまった。

 嫌なことを思い出させる。


「もちろん。あれから君は人が変わったかのように何もしなくなった。自ら独りになることを選んだ」


 レーヴェは俺をじっくり見つめてから――


「困っている人がいても、見て見ぬ振り。自分から何もかも関わりに行かない。学校で一言も口を開かない日も多いにあった。道端で物を落としたご老人の横を通り過ぎる。クラスで入院した子どもへ見舞いのメッセージを皆で書こうと盛り上がっていた時も何もせずに帰る。本当の他人にはとことん冷たく接する。挙げ句の果てに、何か君がイジメなどの被害を受けてもひたすら無視を貫く。――――まるで自分が世界から切り離されているように」


 ――――自分の触れられたくないトコロを容赦なくズケズケと踏み込んでくる。


 ……クソッタレ、どんどんと気分が悪くなってくる。自分のこの割り切れなさにイライラする。

 そんな俺の反応を面白がるかのように、実に意地の悪い笑みを浮かべる。


「……ドSか」

「アハハ……やだなぁ。君の嫌がる顔がちょーっと好みなだけだよ。何て言えばいいかな……君のその苦しそうな顔はスゴい唆られる」

「それがドSって言うんだよ」


 コイツ、めちゃくちゃサディストの適性あるだろ。人の不幸は蜜の味とか言いそうな奴だな。さっきまでは優雅そうに話してた癖に、あまりにも性格が歪みすぎている。

 見てくれはかなりの美人だが、この性格が致命的な気さえする。ほぼほぼ初対面の相手に言うことではないがな。昔から分かっていることだが、俺も俺で性格に難ありだ。


「と、そんな君が誰かに対して興味を示すのは家族のみ」


 ……それが俺というつまらない人間の全て。


「悪いか?」

「いいや。何に重きを置くのはその人次第さ。その決め方について他人がどうこう言えるわけはない。ただ……それは本当に君の本音なのかな?」


 俺の……本音?


「今一度君の過去と夢を見つめ直して……それからでも遅くない。君の本当の答えを教えてね」


 体が浮いているレーヴェが近づきつつ俺を抱くように手を伸ばす。


「…………ッ」


 夢の中だというのに、何だか……良い香りがする。俺を包んで、どこか安心させてくれるみたいに……。

 さっきまで意地の悪い笑みをしていたのに、今は見るもの全てを虜にさせるような微笑みを浮かべている。


「――――さぁ、そろそろ目覚めなさい。君の世界で君を必要としている人が読んでいるよ」












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