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無色透明のトロイメライ  作者: 皐月凉
1章 空っぽの人間から
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9話 ちょっとした、大切な時間

「お兄ちゃん……お兄ちゃん! おーきーてー!」

「…………あ?」


 目を開けると、目の前には長年見てきた妹の顔がかなりのアップされてるのが映る。けっこううるさい。いきなり耳元で叫ばれるのはキツい。


「……凪、近い」

「えっ、あ、ごめんごめん」


 我に返ったのか、パッと凪は離れる。


「ってか、どうした? 何か用事?」

「どうしたも何も、もう夕方だよ、お兄ちゃん。いつまで寝るつもり? あー、もう。しかも制服のままだし……全く、シワになっちゃうよ」


 あれ、マジか。もうそんな時間なんだ。……マジだ。もう5時じゃないか。4時間は寝たことになるのか……うん? あれは寝たことになるのか? 全然疲れ取れてないんですけど。やたら汗掻いてるし。


 レーヴェに最後、語りかけられて起きたわけだが、レーヴェとの会話は多分15分程度だったと思う。……夢というのは不思議だな。現実との感覚がズレる。って、こういうのはよくあるよな。夢では長時間経った感覚なのに、5分しか寝てない……みたいなことはたまにある。まさかレーヴェとの会話でもそうなるとは思わなかったが。


「悪い。とりあえず着替えるわ」

「はいはい」

「奏さん帰ってきたか?」

「まだまだ。買い物してから帰るって。そろそろ帰ってくると思うけどねー。連絡あったの1時間前だから」

「了解」

「ところで制服着替えずに寝るなんて、相当疲れてたの?」

「あー、ちょっと色々あってな」


 色々(夢でがっつり会話。性格がドSの人? と)があった。普通に疲れた。寝た意味とかマジでないぞ、これ。


「もしかして、学校で何かあった? また……前みたいな、こととか……」

「そんなことないから、気にすんな」

「ならいいけど……」


 変に歯切れの悪い回答したせいで、無駄に心配させてしまった。反省しないと。もう凪の悲しそうな表情は見たくない。


「じゃ、家着に着替えるからちゃっちゃとどいてくれ」

「はーい」

「別に俺の着替えくらい、お前は見慣れてるけどな」

「い、いつの話よ……!」

「さぁ? 小学生くらいか」


 さすがに裸を見られるのは恥ずかしいが、着替え見られたところでなぁ。別にどうとも思わないし。

 っていうか、顔赤くしてそんな照れるなよ。何だよ、少し可愛いじゃん。

 俺の体とか、特に鍛えているわけでもないし、そんな珍しいもんじゃないけどな。かなりの期間走っているからそれなりに細いし、多少は筋肉あるが、真面目に筋トレしている人には敵わないレベル。つまり中途半端。いやまあ、そんな運動一本で生きていくわけではないし、そこはどうでもいいか。


「全く〜」

「悪い悪い」

「じゃ、戻るね。あ、洗濯物取り込んだから後でお兄ちゃんの分畳んでおいてよ」

「はいよ」


 と、それだけ言い残し、凪は部屋から出ていった。

 俺は家着に着替えてまたベッドに倒れ込む。

 そこでポツリと、俺にも聞こえないような声量で呟く。自然と零れ落ちた言葉。


「俺の本音、か……」


 本音、本音か……と何回もその言葉を自分の中で反芻する。


 あの時、レーヴェと話した言葉に嘘偽りはない。俺と家族さえ無事なら周りがどうなっても、特別心は動いたりはしない。だけど、昔の俺と比べると、確かに変わったことも事実だ。昔の夢とかあまり覚えてないが。


 そういえば、夢でレーヴェも言っていた。もしかしたらあのロードが俺の家族に手を出す可能性だってある。それは……嫌だ。でも、そうなる可能性は低い。もうこの街から出ていってるかもしれない。

 そんなこと考えだしたらキリがない。それはレーヴェと話してる時も思った。それでも、僅かでもその危険な可能性があるなら、どうにかしたい。それは俺の本音の中の1つだと思う。


「……まあ」


 といっても、できることなんて精々見回りがいいとこなんだよな。あのロードがどこにいるかなんて分かるわけもないんだが。公園では影が溶けて地面の中に消えたように見えたし、そこからめちゃくちゃ意味不明なんだけど。なんかベチャッ手感じの擬音がしたような気がした。


 一応あそこにもう一度寄ってみよう。もしかしたら縄張りにしてるかも……。でも、ロードは人間みたいな知性や理性を持っていると言ってたから、そんなに単純な性格じゃないかもな。ただ、アイツ……俺を前にして唸り声しか上げてなかったが。本当に知性あるのか。

 ただまあ、アイツって生物と言う割には何だかこう……実体がないように思えた。ずっとボヤケてたみたいな。きちんとした輪郭が見当たらない。本当に生物なのか、甚だ疑問であるのだがな。



▼▼▼▼▼▼▼▼



「お兄ちゃんもさ、明日まだ休みなの?」

「多分そうかな。朝に学校のホームページで予定が更新されるらしいけど……まだ犯人捕まってないしな」

「だよね〜。ニュースもまだ新しい情報来てないもん」

「あ、凪も休みか?」

「うん。お兄ちゃんと似たような感じ」

「なるほど。ここら一帯そうなってるか」


 リビングでお互い本を読んだり(俺)、スマホを弄ったり(凪)好きなことをしていると、凪が唐突に話を振ってくる。

 犯人っていうか……いや、俺は知ってるんだけど。あれ捕まえるとか無理あるだろ。


「ま、お前はいいだろ。休日基本引きこもりなんだから」

「それ、お兄ちゃんもじゃん。あまり変わらないよ」

「……否定はしない。でもまあ、ぶっちゃけ嬉しいだろ?」

「そりゃ嬉しいと言えば嬉しいけど、そりゃー怖いかな。この辺に殺人犯が彷徨いてるかもって考えると」


 普通そう思うよな。

 俺はもう犯人と会ってるから何とも言えんが。

 レーヴェは1週間は猶予があるみたいなこと言ってたし、見回りくらいはしようかな。不安がる凪はやっぱり見たくない。


 これが俺の本音……なんだろうか。それだけではない。もっと他にもあるような気さえする。それを忘れているだけで……ダメだ、いくら考えても答えなんて見つからない。自分の気持ちにすら真っ直ぐ向き合えないとはな。ホント、色々拗らせてるなぁ。


「ま、休みだったら変わらず私は引きこもるよ」

「ついさっき俺に引きこもり言われて怒ってた癖に」

「人に言われるのと自分で言うのとは違う!」

「そうだけど」


 大声で力説する凪。

 気持ちは分かるけど、釈然としない。


「お兄ちゃん的にはどうなのよ。このまま学校休みだったらさ」

「んー……どちらにせよあまり変わらないと思うな」


 学校では鬼塚としか話さないし。最近九条さんと話したがあれはまあ、例外だろう。学校にいても家にいても本読むか勉強するかは変わりない。

 家の方がせいぜい話す時間が増えるだけ。たまに学校でも連絡事項で知らない人から話しかけられるけど、めちゃくちゃ緊張するからな……。凪とお喋りする方が何倍も気が楽。


「出た、基本無欲なお兄ちゃん」

「無欲とは何だ。勉強は学生の本分だろうが」

「なお、理数系の成績は良くない模様」

「その一言辛い」


 妹が俺の心を抉ってくる。いくら勉強しても、理数系全くできません。頭が理解することを拒否している。


「そういう凪は文系科目苦手だろ?」


 妹相手にちょっと仕返し。凪は苦笑しながら。


「まぁね。最近になってたまにテストに古文出てくるけど、あれ本当に日本語なの?」

「立派な日本語だって。古文はな、古文単語も覚えないといけないし、時代背景も覚えないといけない。ぶっちゃけかなりの暗記がかなり重要だな。暗記すれば正直どうにかなる」

「時代背景? 何それ?」

「あー、例えばだけどな、平安時代の婚約ってどんな感じか知ってるか?」

「えーっと、文通だっけ? チラッと授業でやったような……」

「そう。女性は男性の前では滅多に顔を見せない習慣だったんだ。で、男性は知らない顔の女性のために何回も手紙を送る。が、詩――つまり俳句が上手くないと、到底読んでもらえない。それで何回も送って読んでもらえるようになって、それなりに回数重ねてから交際開始」

 

 なお、顔見せるようになって男性が3回くらい通わないと結婚成立しない模様。さっきの凪の言い回しに影響された。


「うへー……大変だね。でもでも、女性はふんぞり返るだけでいいの? だったら私は楽でいいかな〜」

「いや、当然だが女性も俳句が上手くないといけない。教養の高さが必要だからな。じゃないと男性は顔が分からないから誰を選ぶか判断できない。だいたいは噂話で知るから。あー、つっても、これは貴族たちの話で、農民辺りは違ったはず」

「うっ、俳句できなきゃダメたんだ。国語苦手だし、それは嫌だなぁ。やっぱり私は現代人で良かったよ。他にもこういう時代背景があるの?」

「めちゃくちゃあるぞー。ひらがなは基本女性しか書いちゃダメだったり、紫式部は清少納言のことマジで嫌いだったり……色々な」

「嫌いなんだ……」

「そりゃもうアホほどな」


 唐突に始まる古文講座。

 ひらがなに関しては土佐日記が有名だな。男性が女性の振りをして日記を書いたやつとか。

 それと、紫式部日記にめちゃくちゃ呪詛が書いてある。清少納言はビッチだなんだとかボロクソに書いてある。ちょっとうろ覚えだけど。


「こういう時代背景覚えれば古文は解きやすくなるけど、ここまで行くとがっつり大学受験する人向けになるな。受験生になると全部覚えないといけないし、あ、でも、授業だったら、先生がその時の細々とした情報教えてくれるだろうし、そこまで神経質にならなくていいと思うな」

「でも、覚えても損はないよね?」

「当然。勉強して得することは少ないかもだが、損することはないからな」


 これは俺の持論。


「凪がどういう風な進路選ぶかは分からんけど、こういう雑学知っていたらいつかどこかで役に立つかもしれないしな」

「確かにSNSでもみんなの知らないような雑学披露してバズってる人多いんだよねー」


 バズってる? 何それ。あの映画のキャラクターか? おもちゃが意思を持ってワチャワチャ動く映画。きちんと見たことないけどさ。あのロボット遂に動詞にまでなっているのか。いや、絶対違うな。

 そういや、最後に映画館で映画見たのいつだっけ……小学生くらい? といっても、特に見たいって思うような映画ってないんだよな。読んでた小説が映画になったやつは行きたいって思ったけど、わざわざ金払ってまて……みたいな考えしちゃって。相変わらず無欲。


「古文の話とかは置いておいて、とりあえず明日は大人しくした方がいいな」

「だね。早くこの事件終わってほしいよ」

「……だな」


 どう返せばいいか分からず、俺はそんな曖昧な返事をしてしまう。


 俺は犯人を――――あのロードを知っている。


 今日襲われたから。だけど、逃した。いや、逃げられたか。俺だって死にかけた。レーヴェが助けてくれなかったら、殺られていた。

 レーヴェ曰く、俺にはあのロードをどうにかできるらしい。信じてないけど。とりあえずその言葉が本当だとする。

 つまり、もし放っておいたせいで誰かが死んだら、俺のせいなんだろうか。別に俺に関わりのない人がどれだけ死のうが、どうこう思わない。心は動かない。そんな冷たい奴だ。


 そう自分に言い聞かせている。一応、見回りはしようとしているが、本気で解決しようとしているわけではない。身の回りの安全のためだ。

 しかし、本当にこれでいいのか……さっきから答えか見つからない。ずっと出口のない迷路を漂っているようだ。自分で何言ってるのか分からなくなってきた。起きてからずっとこんな感じだ。

 凪と話してないとずっとこの思考に陥る。さっきは凪が傷つくならどうにかしたいって思ったけど、改めて考えてみたら、どうすればいいのか正解が見えず、何もできずに固まる。矛盾もいいとこだ。


「……はぁ…………」


 そんな気持ちを抱えたまま、奏さんたちが帰ってきて晩飯を食べてから、俺はすぐに眠りについた。

 


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