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無色透明のトロイメライ  作者: 皐月凉
1章 空っぽの人間から
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7話 夢の中で

「ただいま……」


 あれからすぐに家へと帰宅した。その途中、服についた泥とか払い、怪我をしてないか確認した。特に怪我はなし。これなら疑われることはないだろう。まぁ疲れたが。

 靴を脱いでいたら廊下から凪がパタパタと走ってきた。


「あれ。誰かと思えばお兄ちゃんか。お帰りー。……あぁ、そっか、お兄ちゃんのとこも強制下校?」

「おう。ここら一帯らしいからな。それより大丈夫だったか? 何かトラブルとかなかったか?」

「もち! ていうか心配しすぎ」

「いいんだよ。これでも兄なんだから心配しすぎるくらいが丁度いい」

「んー、そういうもん? ……というより、お兄ちゃんこそ帰ってくるの遅かったけどどうしたの? 大丈夫?」


 ホント、凪は微妙なところで鋭いっていうか……。まぁ、下手に追求されても困るだけだし、とりあえずは適当に誤魔化すか。


「……俺はちょっと学校出るの遅かったからな。それに凪の方が家から近いだろ」

「まー、それもそうか。歩きで行けるって距離だけど、そこそこ時間かかるもんね。私もちょっと寄ったことあるけど」

「そうそう。毎朝歩きでわりと疲れる」

「いやいやいや、早起きしてランニングしている人間のセリフじゃないよ、それ」

「あー、ただ歩くのと走るのでは感覚的になんか違うんだよな、個人的には。上手く人には言えないけど」


 疲労の問題っていうか、精神的な疲労っていうか……。うん、マジで上手く言えない。


「まぁいいや。それは置いといて、家いるの凪だけか? 奏さんたちはいないのか?」

「うん、そだよー」


 どっちも仕事か。さすがに社会人で早退とかはないか。


「とりあえず飯食うわ」

「ほいほーい。私は部屋戻るねー」

「はいよ」

「この自由時間で描きまくるぞ――!!」


 その勢いで自室に駆け込む凪。そんな妹を見送る俺。

 うん、元気だな。そりゃどんな理由であれ、大変な授業から解放されたって認識の生徒の方が多いだろう。台風で警報が出て学校が休みみたいな感覚とかか? かなりの人は嬉しいと感じると思うな。

 そんなこと思いつつ、リビングで弁当を食べてから部屋に戻る。そして勢いよくベッドに倒れる。


「………………」


 …………ダメだ、凪の前では気丈に振る舞ったけど、体が怠すぎる。痛みもまだある。絶不調もいいとこだな。


「あー……しんどっ」


 枕に顔をうずめながら、精気なしな声で呟く。

 まだ1時間も経っていないあの出来事を思い返す。

 見たことのない化け物、頭から響く声。何もかもが俺にとっての非日常だった。

 とりあえず今は体を休めたい。学校はすぐ終わったから特に課題とかはない。昨日のうちに他の課題は終わらせている。このまま寝ても問題なし。時間は……1時か。


「いって……」


 まだ体の節々痛いし、やる気が起きない。昼寝でもするか。

 日中に合法的に寝れるとは最高だ、な…………。







▼▼▼▼▼▼▼




「…………あれ」


 もう意識が覚醒したのか、ふとお起き上がる。

 って、もう目が覚めたのか? さっき寝たばかりなんだけど。凪と喋って、飯食って、ベッドに倒れ込んで……。


「……え?」


 いや、ここどこだよ。俺ベッドて寝たよな? 

 ざっと見渡す限り、めっちゃ真っ白な世界なんですけど……。

 境界線がまるで見えない。どこを振り返っても、俺の視界には白しか映らない。自分がどこにいるのか分からなくなる。……何もかもがハッキリせず、まるで溺れているような気さえする。一抹の恐怖を感じる、どこか不思議な空間にいる。


 ……そうか、これ夢か。なるほどなるほど。

 今まで自分の意識が鮮明な状態で夢とか見たことないな。いつもはボンヤリとした夢しか見ないし、起きて夢の内容を覚えてることは少ない。たまに、あの日の夢を見て魘されることはあるけど、まぁ稀だ。さっきも思ったが、普段はこんなに意識がハッキリしていることはない。


「これ、どうすればいいんだ……」


 思わずぼやく。

 いや、夢って分かったのはいいけど、そこからどうすればいいんだろ。

 そういえば、小説で何かこんな夢について書いてあったような……。そうだ、明晰夢! これがいわゆる明晰夢ってやつか。普段味わえない感覚だし、せっかくだ、堪能しようか。つっても、周りが真っ白な空間だと何すればいいのやら。夢だし、色々できるのだろうか……。それにある程度したら勝手に起きるだろう。


 そう考えていると、唐突に――――


「――――初めまして、葵君」


 誰かの声が聞こえた。


「……ッ」


 息が詰まる。夢でその表現はどうかと思うが、そうとしか表現できない。

 それは聞いたことのある声。いつかどこかで聞いた声。透き通るような女性の声。

 声がした方向に振り向く。

 そこには――――銀色の長い髪、蒼い瞳をした、とても綺麗な女性がいた。

 身長は俺と同じくらい……? いや、若干宙に浮いているような。服装はここの空間と同じくらい真っ白いドレスを着ている。

 だ、誰だ? ……何? 俺の妄想? 夢での? 


「残念ながら妄想ではないよ」


 ……いきなり心を見透かされた。


「ああいや、君の考えていることは分からないさ。ただ、表情に出てただけ」


 ……そうですか。


「あの、どちら様ですか?」


 ようやく俺から話す。

 

「ふむ、それもそうか。私は君を知っていても、君は私を知らないからね。……黒江葵君?」

「……」

「そんな面倒くさそうな目で見てくれないでくれ」


 何だ、これ。


「私はレーヴェ。よろしくね」

「はぁ……よろしく?」

「その疑問系のよろしくは置いておくとして、私が何者か説明しよう」


 あぁ、そうだな。これ俺の妄想とかじゃないんだよな。自分でも何がどうなっているか分からない。


「私は地球のある宇宙とは違う、いわゆる異世界から来た『ロード』という種族の者だ」


 …………やっぱりこれ夢の中での妄想だろ。


「だからそんな顔をしないでくれたまえ。まぁ、君がよく分からないというのも無理はない。しかし、君は私以外のロードと会ったではないか」

「それって……」

「そう、ついさっきの出来事さ。忘れたとは言わせないよ」


 ついさっき――つまりはあの化け物との邂逅。


 確かあの時にも、声がした。


「君が危なくなったから助けただろう? さすがに今は葵君と一体化しているから、君に死なれると困るからね」

「一体化……?」

「あぁ。今の私は君の心の中にいるのだよ。そうは言っても、ますます分からなくなるだけだ。順序立てて、初めから説明しよう。あ、途中『そんなことないだろ』と話の腰を折るのは禁止だぞ」

「は、はぁ……分かりました」

「うむ、よろしい。あ、敬語は外していいからね」


 この人? ……彼女は得意気に話を進める。

 もういちいち驚いていられない。さっきあの化け物と会ったばかりなんだ。そういうもんだと割り切って話を聞こう。

 敬語はまぁ、そう言われるなら外すか。なんだかムズムズするけど。向こうの方が年上っぽいし。


「私たちロードが暮らしていた星は、本来地球とはまず交わらない場所にある。君が本で読むとたまに出てくる平行世界……というわけではないが。とても、とても遠い場所にある。異世界というものかな? そこに多くのロードが暮らしていたんだ。私含めてね」

「……暮らしていた? 過去形なのか?」

「そう。今は昔と比べてかなり数が減ったよ。かつて星全てを巻き込んだ内乱が起きてしまってね。かなりのロードが亡くなった」

「……なるほど。あ、1つ質問いいか?」

「おや、どうぞ」

「その、ロードってのは、レーヴェさんみたいな人……なのか?」


 俺の目の前に映るのは、少なくとも俺と同じ人の姿をしている。しかし、俺がさっき会ったあの化け物は獣みたいな姿をしていた。


「レーヴェと呼び捨てでも構わないさ。君は律儀というやつだね。……さて、その質問に答えると、ここに住んでいる生き物たちは何も、人間だけではないだろ? 犬や猫、他にも多くの動物がいる。それらを全てひっくるめてロードと呼んでいる。アイツらは君たち人間と同じような知恵、知性、理性を持っている」


 要するに、動物全てが俺らと同じように会話できて、考えることができるのか。


「理性? さっきのあの化け物は、何て言うか……ただの獣だったぞ」

「あぁ、アイツか。あれはちょっと事情あってね。だいぶ頭がイカれているんだよ」

「イカれている、ね」

「それを含めて話すとしよう」


 レーヴェはコホン、と咳払いをしてから。


「ちなみに、今はこうやって人型として君の前にいるけれど、本当の姿はどうなのか分からないぞ? もしかしたら、とってもカッコいい龍みたいな姿かもしれないからね」

「そうですか。それは追々」

「素っ気ない反応だね。残念。ま、話を戻すとしよう。内乱は大変長く続いた。その途中だったね。――――ここ、地球との扉が開いたのは」


 地球への扉、か。それはどんな物なんだろうか。


「私もまるで見たことのない物だった。その頃の私は色々と体がヤラれていてね、正直そろそろ死ぬところだった。だから、ムリヤリ飛び込んだんだよ。地球に避難しようとしたんだ。私の体はある場所に置いてきてね」

「体を置く?」

「うむ、今の私は精神だけだよ。体と心をバラバラにしただけさ。そんな芸当も一部のロードならできるのさ。体は誰にも見つからない場所に隠したけど、今ではどうなっているか知らないね」

「へぇ……」

「で、何とか命からがら地球に逃げたのはいいけど、どうやらここの空気や環境全ては私たちにとってかなりの毒でね。精神だけの私でも危険な状態だった。そこで、私は君を見付けたんだよ。ちょうど心にぽっかりと穴が空いていて、休めるのには都合が良かった」

「――――ッ」


 そのレーヴェの言葉に息が詰まる。気分が悪くなる。吐き気がする。


「心に穴? 俺にか。……というより、それは……いつの話だ」


 そんな問いを投げかけるが、俺はその答えを知っている気がする。

 確証なんてない。でも、心のどこかでもう理解している。


 ――――――心の穴…………。


 その始まりは間違いなくあの時――――


「葵君ならもう分かっているのではないか?」

「…………いつの、ことだ」

「まぁいい。私が地球にやって来たのは――――君が小さい頃、この街が燃えていた時だよ」


 燃えていた……そうか、やっぱりあの日のことか。

 





 





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