56話 決戦に向けて
「それで、何から訊きたい? 女王の意味からでいい?」
遥に問いかける。
「はい、お願いします」
と言われたので、どこから説明するかとレーヴェから聞かされた記憶を巡らせる。
「……うーん、そうは言うけども、ぶっちゃけそのままの意味なんだよな。俺の中にいるロード……そういや名前はまだ言ってなかったけか。名前はレーヴェ。レーヴェはロードの世界で一番強い存在だったらしい」
『らしいって何だい。私は強いんだぞ』
レーヴェからお茶目な抗議の声が入るが無視。実際見たわけではないのでスルーします。
「で、一番強い存在のレーヴェをロードたちは女王と呼んでいた。女王と言うが、特に国を治めるってわけじゃなくて、言うなれば最強の総称ってところだな。言ってしまえばそれだけのこと。俺はレーヴェの力を借りて戦っているってのはまぁ、知ってるか」
「ありがとうございます。では、なぜ隠していたのですか? 昨日話しても問題ない内容と感じますが」
「いやーそのー隠したってわけじゃ……確かに伝えなかったらそう捉えられても仕方ないけども。ま、まぁ、えーっと、あれだ、訊かれなかったからだな。昨日話してたときに名前もどんな奴かも教えろって言われなかったから別にいいかなって」
本音を言えば、確かに全部明かすのには抵抗があった。何分初対面だ。初対面の相手にいきなり信用しろと言われてもさすがに警戒してしまうだろう。慶には隠してることあるだろと見抜かれたし、後藤さんにもバレているよな。
それにまだ黙っていることもある。そう内心考えポケットの中にあるビー玉――ロードの世界への扉を触る。これも言うべきなんだろうが、理由はハッキリしないけどどこか躊躇う部分があり、話すかどうか判断がつかない。
「他に何かある?」
「そうですね。葵さんの契約しているロード――レーヴェさんはなぜ地球に来たのですか?」
「えーっとだな、ざっくり説明すると、ロードの世界は争いの絶えない世界だったらしい。その頂点に君臨するのがレーヴェだ。でも、ある日ロードの世界にある敵が異次元から襲ってきた。あ、その敵についてはレーヴェ含めて知らない。……この辺りはもしかしたら後藤さんとカールから訊いてるんじゃないか?」
「はい、ざっくりと訊いています。不明の敵に襲われた際、地球とロードの世界は繋がったと。カールもアンリもそこから逃げてきたと。どちらも戦う力は持たない非力な存在らしいので。すぐに後藤さんと契約したカールと違って、アンリは人を襲いましたが」
へぇ、そうなのか。あの2体のロードはあまり戦うのが苦手なんだ。それは知らなかった。言われてみれば、レーヴェも戦闘が得意ではないロードもいると言っていたな。
「あー、話を戻して。その謎の敵に奇襲を喰らってレーヴェは瀕死になった。そこからレーヴェの体だけをあっちの世界に隠して、命からがら逃げてきてとのこと。そのあとの流れは昨日話したな」
「ありがとうございます。疑問が解けました」
「どういたしまして。ただ、あれだよな、今はここにいるロードをこうして俺ら倒しているわけだけど、ロードの世界を襲った謎の敵についてもいずれ戦わなきゃいかないんだろうか」
ふと思った疑問を口にする。
現状俺らの敵はロードだが、それはロードがこっちに来たからだ。本来人間とロードは相容れない存在。しかし、このように交わるようになったのは謎の敵がいるせいだろう。その存在は果たして俺らに害を成すのかは分からない。いや、間接的には被害受けているんだけどね?
「しかし、私たちがあちらの世界に行くことができないのでは? 10年前、ロードがどのような方法でこちらに来れたのかは分かりませんが」
「それは……そうだな」
それはその通りだ。俺はあちらへの扉を持ってはいるけど、使えないのでは意味がない無用の長物だろう。ん? ここまで話して何か違和感が俺の頭の片隅に残る。何か決定的なことを忘れているような――――
「話は変わりますが、葵さん。着替えてください」
遥の言葉に思考は遮られ、いきなりジャージを投げ渡される。……ジャージ?
「えーっと……」
これどういうこと? 着替える? そういや、戦うとか言っていたような。
「先ほど葵さんの戦いと前に葵さんが狼のようなロードと戦った映像もご覧になりました。戦いに関しては素人と言ったところです。体の運びが上手ではありません 葵さんの契約しているロード……レーヴェさんの力は素晴らしいと思います。ですが、それを上手く使えないようではこの先厳しいでしょう」
うっ、なかなかに図星だ。俺はケンカの経験はないし、ロードと戦うことになってから格闘技やらの動画を見て少しは勉強はしているけど、所詮はその程度。戦闘面に関しては遥の言う通り素人もいいことだ。
契約している状態では多少は色々と向上しているが、あの身体能力に振り回されているのもまた事実だ。
「そこで一度私と戦っておきましょう。恐らく素の状態だと私の方が強いので訓練といきましょうか。場の慣れは必要なことです。経験則は必ず役に立つとは限りませんが、いざというときの判断の助けになります」
「え、経験則って役に立たないの?」
何と言うか、その発言はちょっと意外。
「経験則というのは固定観念が生まれるということです。固定観念に縛られたら、動きが鈍くなることがあるので」
「なるほどな」
そう言われると、納得できるような気がする。固定観念か。
「これは極端な例ですが、ボクシングなどの格闘技や柔道などの武道は基本背中や真後ろへの攻撃はありません。ですので、戦いにおいて真後ろというのは死角、またはそもそも意識外ということになりやすいです。スポーツなら当然反則ですが、実際の戦いは何でもありです。そのような……ここには攻撃が来ないだろうという固定観念があった場合、遅れをとるときがあります」
ロードとの戦いにはルールなんてない。ルールに雁字搦めになってしまえばそれだけで不利になってしまうのか。当たり前のことだが、大事なことだな。
「だから、経験則は絶対的な助けにはならないってわけだな」
「はい。スポーツなどなら経験則はもちろん役に立ちますが、ことロードの戦いにおいては絶対必要とは私は思いません。
そう告げた遥はさっきも着ていた黒いワンピース姿のままで。
「ですが、それは経験をある程度積んだ者の話です。葵さんはまだそれが足りないと思います。そういうわけなので着替えてください。少し外れるのでその間に着替えておいてください」
「遥はそのままでするのか?」
「はい。私はこれが一番動きやすいので」
……ワンピースだから当然動くとヒラヒラ舞うので色々と危ない気がする。主に人目に関して。まぁ、本人が言っているのならいいかな。
遥が部屋から離れて着替えている最中にそんなことを思ってしまう。いやだって、凪がああいう服着て動き回るとかなったら必死で止めるからね! お兄ちゃん許しませんよ! そんな状況になることが皆無とはいえ。
しかしまぁ、どうしてサイズピッタリのジャージを遥が持っているのだろうか。あぁでも、俺と遥はそこまで身長差はないか。俺が172くらいで多分遥は165から167といった辺りかな。女性にしてはかなり高い方に思える。そのくらいの身長差ならサイズもMで共通だろう。
そこまで考えて新たな疑問に行き着く。
「あれ?」
……てことはこれもしかして遥のジャージ?
そう思うと途端に緊張する。いや慶かもしれないし……いつもは知らないけど今日はジャージ着てたし。でも、アイツの身長も多分遥と同じくらいだからサイズも似たようなものだろう。
しかし、この仮説には決定的な穴がある。それは慶の私物はほとんどここにはないことだ。パソコンやらここにあるいくつかの物の1つを慶が借りているらしい。あとはキッチンを自由に使ったりはしているけど、後藤さんが揃えたものだろう。今日の慶の荷物はせいぜいスマホしかなかった。本人曰く入り浸っているとは言うけど、きちんと家には帰っている。
つまり、結論を述べると、慶の私服がわざわざここに置いてある可能性はかなり低い。そして、
「…………」
もう深くは考えない。、無心でいこう。
「着替えたぞ」
外にいる遥に呼びかける。入ってくると同時に。
「はい、では早速行きましょう」
「えっ――――」
――――彼女は軽やかにステップしたと思ったら、一瞬で距離を詰めて俺を蹴飛ばす。
「フゲブッ!」
俺は全く反応できずにもろに腹に喰らってゴロゴロ勢いよく畳の上を転がる。
い、いってー……。お前これマジか。少し吐き気がする。これはあまりにも不意討ちすぎるでしょ。しかも蹴りの威力単純にがかなり強い。さすが今までロードと戦ってきただけはあるか。上から過ぎるか。
「ちょ、ちょっといきなりすぎない?」
まだまだ痛みが残る腹を抑えながら不満をもらす。
「本番でもそう言うつもりですか?」
「……あっはい」
そう言われるともうぐうの音も出ません。遥さん、厳しいです。
「立ってください。まだ始めたばかりですよ」
「お、おう」
立ち上がって改めて戦いの準備をする。構えとかは分からないので、自然体のまま。
遥の動きはかなり素早いが、さっきは不意討ちされただけ。警戒しないれば多少は反応できるだろう。せめて攻撃には当たらないようにしたい。
「行きますよ」
「――――ッ」
今度は回し蹴りで俺の頭を狙ったが、咄嗟にしゃがみなんとか回避。遥の目線でどうにか攻撃される場所を予測できた。
しかし、しゃがんですぐには動けない体勢になったことにより、すぐさま行った遥の追撃に対応しきれなかった。まぁ、普通にまた蹴飛ばされた。腕で防御はできたけど、踏ん張れる体勢ではなかったからな……。
「ぐふっ」
またもや畳を転がる。
「……葵さんは受け身が苦手なのですね」
俺が倒れているせいもあって、遥は俺を見下げながらそう告げるが……その、ワンピースを着ているせいで色々と中が見えそうになるから……えっと、あまり近付かないでほしい。平然としていて羞恥心とか……まぁ、今の遥にはないのかもな。
「苦手っつーか、したことない。柔道とかの経験もないんだ。できるわけないんだよな……」
覗いた云々で咎められる前にささっと立ち上がる。痛いけど、さっきの不意討ちよりマシだ。
「練習してみましょうか。受け身ができれば、ダメージも抑えられますし、体勢も立て直しやすいと思います」
「練習って……どうすんの?」
「今から投げまくるので頑張って練習してください」
「せめて教えて!?」
「体で覚えてください」
そんなムチャな!
「今日はこのくらいにしておきましょう」
「し、しんどっ……」
それから30分、遥との戦闘はようやく終わった。戦闘っていうか、ただただボコボコにされただけだが。
ひたすら殴られ蹴られ投げられ続けて……疲れた。少しは遥の攻撃を避けたり防いだりはできたけど、俺から攻撃は全然できなかったな。
躊躇ったとかじゃなくて、もう素早いのなんの。慶が遥の戦闘スタイルはゴリ押しみたいなことを言っていたけど、マジでその通りだな。動くまでの判断が早い。それに加えて身の軽やかさがスゴい。
俺が殴ろうと腕を伸ばしたときに、俺の腕を支点にロンダートされたときは本気で驚いた。驚きのあまり硬直してそのまま背中に回られて足を払われたという。
受け身の練習ができたかと言うと、微妙なところだ。最初よりかはできるようになったとは思うけど、如何せん初めての経験だからどういう風にそればいいのかはさっぱり分からず完全に独学状態。
「葵さん、思っていた以上に体力ありますね」
「少しは鍛えてるから」
ランニング程度だけど。これは本格的に体鍛えるかな。どうすればいいんだろ。筋トレ?
「それと葵さんはごちゃごちゃと思考する癖があるように感じます。すぐに対処できるよう不測の事態でも動けるようにした方がいいと思います」
「あー、それは薄々思ってた」
どうも想定外のことが起こると固まってしまう。遥はそのタイムラグがほとんどないからここまで動けるんだろうな。そこは経験値の差ってやつか、それとも単純に本人の素質か。
「明日もやりましょうか。放課後時間はあります?」
「あんま遅くならない程度なら。親に心配されたくないし」
「分かりました。それでしたら明日の帰り、ここに寄ってください」
「おう。ジャージどうする?」
「洗っておきます。明日には乾いているでしょう」
「俺もジャージ持ってきた方がいい?」
「構いません。他にもまだあるので心配ないです」
――――そうして、わりと濃い内容だった土日は終わり、明日から新たな日常がやって来る。




