53話 彼女はどこか壊れている
紅茶を飲んでから後藤さんに送ってもらい、俺は慰霊碑のある公園へ移動した。正式名称は『天生市城跡公園』だったか。その昔ここにはお城が建っていたらしい。
広さは学校の校庭のだいたい2倍から3倍といったところ。つまりかなり広い。これといって目立った遊具はなく、だだっ広い草原が広がっているだけの場所。その端の方には地下へ続く階段があってそこから前訪れた慰霊碑へ行くことができる。
今日は休日――しかも見事なまでの晴れということもあり、家族連れや学生同士、はたまた公園の周囲を運動がてら歩いている老人などで賑わっている。
「お待たせしました」
公園の入り口近くで待っていると、朝から捜索に廻っていた遥がこちらに来た。
服装は昨日と似たような真っ黒の長いワンピースにこれまた黒いライダージャケットを羽織っている。長い黒髪も相まって全身黒色た。俺も私服がわりと黒や灰色だったりするけど、ここまで真っ黒な姿はしたことない。そして、そのような服装だが彼女のミステリアスな雰囲気と合わさりとても似合っている。
「おつかれ。首尾はどうや?」
後藤さんが問いかける。
「これといって進展はありません」
「まぁ、せやろな。とりあえず休憩したら葵と協力し。何かあったら連絡寄越して」
「分かりました」
「葵もよろしくな」
「はい」
ここで後藤さんは車に乗りビルへと戻る。つまり、ここにいるのは俺と遥だけになった。……気まずい。
「一旦飯にするか。遥の分も買ったから」
ここに来る途中コンビニに寄り菓子パンと飲み物をいくつか買ってきた。好みとかは知らないから特別味が尖っていない普通の菓子パンを手渡す。
近くに誰も座っていないベンチがあったので腰をおろす。
「ありがとうございます」
そして、俺らは黙々とパンを食べ始める。
人見知りな俺と感情の起伏がほとんど起こらない遥。この2人が揃ったところでこれといってワイワイと世間話などするわけもなく、ひたすら静かだ。端から見ればどう移っているのか甚だ疑問である。恋人のような初々しく甘い雰囲気は醸し出していない。なにせ、どっちも無表情だからな。
しかし、協力するとなった以上コミュニケーションを取らないと何も進まないのも事実。ともすれば、こちらから何か話題を振ろう。話しかけたら返答はくれるだろう。
「さっきまでどこ調べていたんだ?」
「公園近くの住宅街を歩いてました。主に公園から東の地域を。ここにいる人たちを眺めても目的のロードは見当たりませんので他を当たろうかと」
「確かにな……」
ざっと見渡したところでナザリの特徴と一致している人物は見付からない。というか、こんな簡単に見付かったら苦労しない。コソコソどこかに隠れているだろう。
「次はどこ行く予定だ?」
「まだ歩いていない住宅街を歩こうと思います。後藤さんから監視カメラのあるポイントについては送ってもらっているので、カメラがあまりない場所を中心に捜索する予定です」
遥は興味なさそうにそう淡々と告げる。
「なるほど。俺も手伝う」
「はい、ありがとうございます。どう探索します? 別れながらにしますか?」
「そうだな……。いや、別れるよりかは一緒にした方がいい。もしアイツに遭遇してもどっちかが後藤さんたちに連絡とれるようにな」
それを言ったらさっきまで遥は1人で調べていたけどな。
遥が頑張って捜索している間俺らはティータイムしていて……なんか申し訳がたたない。よし、今からはちゃんと働こう。
とはいえ、手がかりか……。もし手がかりがあるとして、それが何なのか今のところ不明だな。扉については特にアイツの居場所を探れるものではなかったし、そう簡単には魔力の痕跡も残さないだろう。
「分かりました。ではそろそろ移動しましょう」
「おう」
ゴミを近くにあったゴミ箱に捨てて俺も遥に続いて捜索を開始する。
遥のあとを追い、周りに気を配りつつ公園から離れる。のんびり2分ほど歩くと、マンションや一軒家など並んでいる住宅街へ行き着く。
大まかな位置関係をまとめると、西から東へ後藤さんたちのいるビル→ショッピングモール→椿坂高校→俺の家→そして城跡公園となっている。その間の距離や位置はまちまちだが、だいたいこんな感じだ。俺の家から城跡公園まで距離けっこう離れているしな。
そして、ここの住宅街は静かだな。人通りが少ない。
「遥は魔力を追えるのか?」
「いえ、アンリはできますが、私にはできません」
「まぁ、俺も似たようなもんだがな」
レーヴェが教えてくれないと分からない。
いくら遥と協力すると言えど、実際問題アイツを探すのにはレーヴェの力が不可欠だ。ちょっと訊いてみるか。遥以外誰もいないよな……? 大丈夫だ。
「……ここに魔力の反応はあるか?」
「――――?」
遥がこちらを覗いて不可解な表情をしているのを横目で見つつレーヴェの返答を待つ。
『……残念ながら反応はない。数日前にはアイツがここにいたらしいが、痕跡はそう易々と残してない。えらく慎重なロードだよ』
「分かった。ありがと。あのときみたいにまた何かあったら教えてくれ」
『了解した。君も周囲を警戒しておいた方がいい』
「だな」
レーヴェの忠告を受けたあと、遥はタイミングを見計らい訪ねてくる。
「葵さん、今のは誰と――――?」
「俺と契約しているロードと話していた。昨日言ったと思うけど、俺と契約しているロードは精神の状態で俺の中にいるんだ。だからまぁ、声は俺にしか聞こえないけども。そこは少し後藤さんと遥と似ているかな」
「そうでしたか。教えてくれてありがとうございます。……では行きましょう」
辺りを見渡しながらナザリ捜索を再開する。
昼頃に加えて周りに家はあるのに人気がない道、マンションの横にある小さな寂れた公園、マンションが高くあまり日が当たらない通路、誰も住んでいない放置されたアパート、ナザリと初遭遇したときと雰囲気が似ている薄暗い路地裏――――スマホで地図を見ながら彼女が歩く場所は段々とマジで誰もいない空間に変わる。そんなこと彼女はまるで構わずに奥へ奥へと進んでいく。
その最中。
「遥はどこの高校なんだ?」
「椿坂です」
「あ、マジか。俺と同じだな」
「そうなのですか?」
「うん。俺も椿坂の2年。今まで会ったことなかったな」
「私は普段学校を休んでいますから。最低限出席日数を稼ぐために学校には行きますが、それだけです。そもそもの話、私は高校も行くつもりはありませんでした」
「それは……あれか、ロードを倒すため?」
「はい。しかし、高卒の資格は持っていた方がいいと後藤さんに言われたため高校は通うことにしました」
世間話……というよりかは遥のことを少しでも知ろうと俺が話しかけているだけ。しかし、予想以上に俺の話に遥も反応してくれる。
「遥は……遥が倒したいロードのこと覚えているのか? どんな姿だったとか」
「はい。忘れたことなどありません。二度と、忘れません」
「――――っ」
それはいつもと変わらない抑揚のない声――――しかし、そこには確かに怒気が含められていた。
遥はロードと戦うための契約としてアンリに感情を奪われるらしいが、どうにも復讐に関する感情だけは例外みたいだ。彼女は復讐の感情は覚えている。それでも、その記憶は数秒後には忘れているのかもしれない。喜怒哀楽の感情は感じた瞬間にそれはなかったことになると遥は言っていた。
人間というのは様々な感情を小さいころから体験して理解して学んで育つ。何を感じるかは人それぞれだろう。しかし、善人だろうと悪人だろうと誰であろうと、その過程は絶対に変わらない。しかし、彼女はその当たり前すら享受できない。つまり、彼女は小さい歳から成長していない。人としてどこか大切な部分が壊れている。
――――遠阪遥という人物は、なんて曖昧で不確実な存在なんだろうか。
「そのロードは……どんな奴だったんだ? 参考までに教えてほしいけど」
そんな彼女だから……どこまで彼女に踏み込んでいいのか距離を図るのが難しい。もし深くまで踏み込んでも彼女は何も思わないだろうが、それでも俺は1人の人間だ。俺が嫌な想いをするのは嫌だ。……そこはロードと契約する前と変わらないな。
「一言で現すなら――――それは龍と呼ぶべきでしょう」
彼女は俺の思考なんて気にせずなんなく返答する。
「……龍? それってあれか、ドラゴンってこと? えーっと、創作上によく出てくる」
「はい。見た目は紅い龍でした。その体躯はとても大きく、眼は黄金で火事の中でも輝き、翼も巨大でした。そこで葵さんにお願いがあります。葵さんと契約しているロードに詳しく訊いてくれますか? 私は少しでも情報が欲しいのです」
「おう。それくらないら。……で、おい、訊いていただろ。今の話で何か分かる?」
レーヴェをしばらく待っていると答えが返ってくる。
『ふむ、龍か。遥ちゃんの言っているロードは知らないが、まぁ、見た目はだいたい想像がつく。君を通して君が見ていた景色を私も見ていたからね。しかし、そんな見た目のロードならあっちには多い種類だった。空を飛ぶモノ、地を這うモノ、そこは様々だがね。だから完全に絞りきることは難しいだろう』
「…………」
遥にとっては吉報にはならない返答だな。
内心そう残念に思ったが、レーヴェの言葉は続いていた。
『――――だが、全く同じ見た目といったロードは存在しない。君たち人間だって、全員顔や身長などが違うだろう? 多少なりと似ているはあれど、一致することはない。そこはロードも同様の話だ。その龍で例えるならば、そうだね……体躯の色だったり、そもそもの大きさだったり。そこで見分けようと思えばできるだろう。狙ったロードに出会える確率はかなり低いと釘は刺しておくがね』
と、長々とレーヴェの話した内容を遥に伝える。
遥は目を閉じ、何かを考える――いや、思い出しているような雰囲気だ。
「紅いと言いましたが、それは若干暗い紅でした。あの日街が燃えていたのもありますが、明るい色ではありせんでした。他に特徴は眼に深くて生々しい切り傷がありました。……なるほど、思い返せば確かに特徴がありました。ありがとうございます」
「だってよ」
『その言葉は素直に受け止めよう』
「……そういや、そのロードはどこに消えたんだ?」
「不明です。恐らくですが、ロードの世界とここを行き来できるゲートらしき存在がまだ残っていたのではないかと後藤さんとカールは推測していました」
なるほどな。当時はそのゲートを伝ってレーヴェも地球に来た。そのゲートからカールも来た。もしかしたらそのゲート……扉は1つではなく複数出現したのかもしれない。過去に行けたらいいんだけどなぁ。
「ここは……」
そして、遥とさらに奥へと歩くこと10分。とうとう海岸に着いてしまった。後藤さんたちと初めて会った工業地帯の場所からはかなり離れているな。何もないなここ……すぐそこに使われているか不明な建物があるくらいだ。
……どこだここ。えーっと、海が見えるってことは……城跡公園から市街地を越えて南にそうとう歩いたってことか。歩いただけだからそこまで疲労はないが、これもう一度戻るとなると、しんどいな。
それは置いておいて、辺りを見渡す。
人影はなし。かなり静かだ。そして、潮風が涼しい。海辺というのは思いの外なかなか心地いい。
「……特に手がかりないな」
「そうですね。別の道を使いながら引き返しましょう」
と、何もないことを確認して2人もここから離れようとしたとき――――
「――――やぁ、久しぶりだね」
突如として、俺たちの後ろから無邪気な悪の声がした。
天生市のモデルですが、だいたいの地理は神戸市をイメージしています。北が田舎、南が都市といったような感じで。
そして、六甲山の部分は川で分断しているイメージです。毎朝葵が走っている河川敷のとこです。そこはFateの冬木市と近いかもしれません。




