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無色透明のトロイメライ  作者: 皐月凉
2章 力の責任
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54話 もう一つの契約

「ナザリ――っ!?」


 俺の後ろにアイツがいる。前に痛い目に遭ってから今日まで散々探してきたアイツが。いきなり俺らの背後から魔力も気配も見せずに現れた。


 ――――どうして? どこから? いつから?


 いきなりの出来事に焦り、鼓動が早くなる。頭に様々な疑問がよぎる。

 しかし、それらを置き去りにするかのように――――俺は思考のスイッチを切り替える。


「ブースト・オン!」


 短い黒髪から長髪になり、銀髪が混ざり潮風になびく。

 視力が、聴力が、触覚がより鋭くなる。とても肌がヒリつく。身体能力も上がっているのも分かる。3度目のこの感覚。ちょっとしかこの姿になってないけど、この姿になったらゴチャゴチャした思考回路がより澄んだかの如く変化する。


 振り向くと、ナザリがすぐそこにいた。なぜかジャージ姿のアイツは汚れを知らない子どものように無邪気で、そしてどこか殺人鬼のような邪悪な笑顔を見せ、こちらを嘲笑う。


「ハハッ! いきなりかよ!」


 ナザリの言葉を無視して攻撃を仕掛け始める。まず俺はナザリに構わず腹に狙いを決めて蹴りにかかる。


「葵さん!」

「遥は連絡を!」


 ゴリッ――とナザリの腹に深く蹴りを決めた直後にこちらへ寄ってきた遥へ告げる。

 どうやら遥はライダースーツの内側からナイフを取り出し加勢しようとしてくれていた。

 チラッと見えたが、あのライダースーツにはかなり武器仕込んでいるみたいだ。様々なタイプのナイフが数本、ドスと呼ばれる武器も――――これはホントに少ししか見れてないが更には拳銃もあった。多分本物だろうな。

えー、遥……スゴいもん仕込んでるね、と少し恐々する。


「いきなり、いったいねぇ……!」

「こっちは散々探してきたんだよ。ノコノコ出てきて見逃すかよ」


  腹の蹴りを決め、次にナザリの顎に掌底を狙う。

 しかし――――


「……本当にそれでいいのかい?」

「――――?」


 最初は不意討ち気味で攻撃に成功したが、今度はそう簡単に決まらない。バックステップで一気に距離を空けられ避けられた。


 あの謎の攻撃さえ気を付ければナザリの攻撃は夢幻によって俺に当たらない。だから強気に追撃するため、殴りにはたまた蹴りにかかろうとした直前――――ナザリは愉快そうに不吉なことを言う。


「どういう意味だ?」

「ここは人がいないけど、このまま逃げれば大きな通りに出るよね。そこには車……と呼ばれるものがあったり、無駄に人がわんさかいたりする。君が戦うつもりなら僕はそこに逃げて誰か襲うよ。今の僕じゃ君に勝ち目ないからね。生き残るためにはとことん汚い立ち回りをするさ」

「……ッ。なら大人しくしとけよ。目立ちたがりか」

「本当ならそうしたいけどねー。でも、君たちがそうやってコソコソしているからこう出てくるしかないんだよ」


 ……不味いな。コイツの言葉で動きが封じられる。確かにナザリは今の俺かそれ以上に動きが速い。前のロードもそうだったし、あの身体能力はロード共通か、それともナザリの身体能力が高いのかは分からない。

 ナザリの言葉からして本気でここにいる人たちを傷付けるつもりは恐らくない。しかし、俺と遥がナザリを本気で仕留めようとすればそうするというある意味での警告。そして、コイツの能力はまだ把握しきてれいない。


 この会話でこれ以上攻撃するのはかなりリスキーとなった。


「――――ッ」


 確かにナザリの言う通り、俺が本気で追いかけても捕まえるまでには通りに出てしまうだろう。

 最初の戦いは木々を乗り移ったりとアクロバティックな動きができたが、あのときはひたすら逃げていただけ。追いかける側となればまた話が変わってくる。必死に逃げれば良かったときと違い、追走するなら絶妙に複雑な地形だとまだ完全にこの身体能力に慣れていない。

 そして、これが最大の理由だが、あの夢幻を突破した謎の攻撃を警戒しながらだと余計に動きが鈍る。今の俺はあれを避けるために神経を最大限尖らせている状態だ。


 クッソ、ここからどうする? どう動くのが最善だ?


「じゃあどうする? 仲良くお手々でも繋ぐか?」

「うへー、君とかい? 気持ち悪っ。それはやだねぇ……」


 身動きが取れずにいるが、平静は保とうとする。

 俺らは冗談を言いつつ、お互い距離を取りながら一旦攻撃の手を止める。


「だからね、これからすることは簡単さ。――――僕と君とで契約をしようか」


 不気味な笑みを浮かべそう提案してくるナザリに困惑する。


 契約……だと? 戦いの最中にコイツいきなり何言ってんだ?

 落ち着け落ち着け。冷静に判断しよう。


「契約……お前に魔力でもやれってか。誰がやるかよ」

「違うよ。内容はごくごくシンプル。僕がここにいる人たちに危害を加えないから君たちも僕に手を出さないでって契約さ」

「……信用できると思うか?」

「信用できるできないの問題じゃない。君も女王から教わっているはずだろう? ロードの契約はある種の縛りだということを。契約する以上、契約を交わした者同士はそれを絶対に守らないといけない。そう易々と契約を破ってしまえば、災いが降りかかるのは自分自身。君も……多分そこの女性も理解しているよね」

「……女王?」


 遥の懐疑的な視線を無視しながらレーヴェの会話内容を思い出す。

 契約の内容に関して確かにナザリと同じことを言っていた。契約という名前の縛り。そこはロードと言うだけあって同じ解釈か。

 それはそうと。

 

「お前、俺のこと狙ってるんだろ? 簡単に契約結んでいいのか?」

「正確には君ではなく女王なんだけど……。まぁ、君の言うことは正しい。だから期限を決めよう。あぁ、僕だってここにいてそれなりだから時間の流れは分かる。3日後の日が変わる瞬間の深夜、さっきまて君たちがいた草原で君を待つ。そこで決着をつけようじゃないか」


 俺たちがいた草原――――城跡公園か。


 どうする? ここで無理をして一般人に被害を出してしまうくらいなら、この契約を結ぶメリットはある。しかし、全てがナザリの掌の上で踊らされているのはどこか納得がいかない。ここまでナザリに良いようにされるのはムカつく。せめて俺も何かナザリにダメージを与えたい。物理的でも精神的でもいい。


 どうすればナザリに効果的だ? 思考する時間は5秒。その間に考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ――――――――


「良いだろう。その契約に乗ろう。今から契約の擦り合わせを行うぞ。俺らは3日後までお前に手を出さない。お前の周りの捜索もしない。その代わり、ナザリ……お前は一般人に手を出さない。それはこの3日間で新たに人間と契約をすることも含めてだ。当然だが、また会うときに人質も作るなよ」


 短い時間で考えた最低限の策。

 しかし、これはホントに最低限だ。ポンコツな俺が今思い付いた考えだ。絶対どこか穴があるだろう。ただ、これで多少は思い通りにいかないはずだ。


「ふぅーん。ま、それで良いよ。ただ僕からも条件を付けよう。3日後、あそこにいていいのは僕と君だけ。君の隣にいる娘も誰もいてもダメだよ。これも契約に追加でね。もちろん、僕も人質も連れていかないし新しく契約者も作らない。これでいい?」

「分かった」

「うん。じゃあこれで――――」

「「契約成立だ」」


 俺とナザリの言葉が重なる。

 その瞬間、比喩的な表現だが心がガチッと掴まれた感覚がする。新たな契約がここに結ばれたのが分かる。これが契約の感覚か。正直最初は細部まで覚えてない。あのときはただただ必死だったからな。それとも精神での会話だったからも理由にあるのか。

 それは置いておいて――――


「あぁそういや、お前現時点で誰かと契約してないよな?」

「してないよ? 信じるかどうかは君次第だけどね」


 このことに関しては確かめたい事柄だったが、やはり喰えない回答だ。しかし、それもそうか。契約で互いに思い通りには事が進まず、この契約は不利になることばかりだ。これ以上、自分が不都合が生じる情報は開示はしないよな。


「じゃあ、僕はここで。また3日後の夜に会おうね。そのときは命のやり取りをしようか」


 それだけ言い残したナザリは軽く跳躍して近くの建物に飛び移り去っていった。


 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……。


「はぁー……」


 ナザリがいなくなってから1分後、レーヴェの力が解けて元に戻り、脱力感が体全体を襲う。


「葵さん、大丈夫ですか?」

「あぁ。色々勝手に決めて悪いな。後藤さんに連絡したか?」

「いえ、していません。葵さんは連絡しろと言いましたが、援護しようと隙を伺っていました。とはいえ、出番はありませんでしたが」


 分厚いナイフをスーツの内側にしまい、ナザリと会ってからは緊迫とし表情が無表情に戻る。


「とりあえず、帰って後藤さんたちに報告するか」

「そうですね。それに、私も葵さんに訊きたいことがあります」

「昨日言ってなかったこともちゃんと答えるよ。――さてと、タクシーでも掴まえるか。どこか停留所あったっけな」

「その必要はありません」

「……ん? というと?」

「今日はバイクでここに来ているので、それで帰りましょう。安心してください。ヘルメットも2つあります」

「えっ、バイク?」

「はい。免許取れる年齢ですので、必要だったから取得しました。もし適正年齢でなくても後藤さんたちが色々誤魔化してくれます。葵さんも望めば免許を取得できるでしょう」

「そうなんだ……」

「では城跡公園に戻りましょう」


 遥、今さらっととんでもないこと言っていたぞ。何それスゴい。

 何て言うか、驚きと困惑が混ざった変な感情だ。まぁ、練習は必要だろうけど俺も乗れるのか。……ちょっと乗ってみたいな。

 最近の俺は昔に比べて欲が出てきたと思う。それが良いことなのか悪いことなのかは知らないけども。人並みの感情ってところかな。


「ん?」


 ……あ、城跡公園に戻るためにあの距離また歩くのか。なんか精神的に疲れたし、なかなかしんどいな。







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