48話 互いの過去を
「質問は最後にまとめるから、話の腰折らんよう頼むわ」
「分かりました」
後藤さんはオホンと咳払いをしてから。
「――――まあ、事の発端は黒江君も知っての通り、10年前。ここ天生市で忌まわしき大地震が起きた日。その日に何の因果があったかは知らんが、一時的にロードの世界とこちらが繋がった。数は多くないけども、いくつかのロードがこちらに流れ込んだんや。当時の人は只でさえ大地震のせいでパニック起きてたから、ロードに気付いた人なんてほぼほぼおらんかったやろう。当時、ロードの存在に気付いたんは、僕と遥と……ここにはいないけどもう1人」
俺はあのとき生きる意味を見出だせずただただ歩いていただけ。当然、ロードなんて認知すらできていなかった。……しかし、俺と同年代の遠坂さんははっきり覚えていたのか。まだ6歳程度だっただろうに。
「僕自身はロードの被害には遭ってないが、ロードを見たんは事実や。……正直何が何だかさっばりやったわけやけど。ただ、見ただけで何かしたわけではない。一時の夢かとも思ったよ」
ま、まあ、普通そうなるよな。
「そして、地震から数ヶ月経ったある日。僕は避難所のお手伝いや瓦礫の撤去を手伝ってたわけなんやけど、10年前は建設会社で働いていたこともあったからな。で、瓦礫を撤去している途中のことなんやけど、僕は1匹のロードに遭遇した」
「――――」
「件のロードは後で見せるとして……そのロードは耳では理解できない言語を話していたが、なぜか僕だけには理解できた。こう何て言うんかな……頭では内容を理解できるけど、何を言っているかはさっぱり分からない。そんなチグハグな感じ。……そこからそのロードと協力関係を結んだ。いわゆる契約ってやつ。僕がロードに……アイツに魔力を提供する代わりに、アイツは僕に知識を与える。そういう契約を結んだ。それにアイツはいかにも死にかけで見ていられんかったからなぁ」
戦闘に関わることじゃなくても契約は結べるのか。
だからレーヴェは曖昧な言い方で後藤さんに関わりがあると言ったわけだな。実際、不思議な形でロードと契約をしていたというのが判明した。これでここにいる人物の中でロードと契約しているのは後藤さんと遠坂さん。……藤原はどうなんだろうか。イマイチ不明だな。
「そこからや。街の復興を手伝いながらロードについて情報を収集。なにせ、ロードが暴れたら僕や街に暮らす人はひとたまりもないもんでな。それを未然に防ごうと必死こいて動いたわけよ。……そんで、その最中に遥と会った。遥の話聞いて驚いたよ。――――遥は大地震の日にロードによって家族を亡くした。しかも後味悪いことに遥の目の前で喰われたらしい。幼いながらもはっきりと覚えていた」
「――――っ」
飄々と語る後藤さんの言葉に驚き……喉に何かが詰まったような感覚に陥る。
横の人物を見る。油の切れた機械のようにゆっくりと首を動かして。
そんな不自然な反応をしていると言うのに遠坂さんは俺に一瞥もせず真正面を向いて無反応を貫く。何も想っていないかのように。
どう……言葉を返せばいいのか…………判断がつかない。まだ6歳のときに、親の寵愛を存分に貰い、きょうだいがいれば、きっときょうだいとの絆を深め、まだまだ希望のある年なのに……大地震が起きて、目の前で家族を喰われて…………希望が絶望に変わった。いとも簡単に。
まるで、俺と似通っている。どこか共通点がある。目の前で家族を亡くしたのも。でも、決定的に違うモノがある。――――それが何なのかは言葉にできないけれど。
隣にいる彼女はどのようにして10年生きてきたのか、似た環境にいる俺でもそこまでは想像つかない。
「…………続けるで。それからはおおざっぱに説明するけど、僕と遥とあと1人……この3人で協力して対ロードの組織を創った。大地震の日からだいたい1年経ったくらいの話やったな。このビルを借りれたんはそのここにいない1人がまあ、かなーり便利な奴でな。色々と僕らじゃ関わり合えないような偉い人たちと繋がっているわけ。――そうそう、君が倒した犬っころの風貌したロードの事件を情報統制したのもソイツ」
なるほど。だから、あんな不自然な形で事件が終わったわけか。疑問の1つが解決した。……俺には、関係ない人のことだが、それだと被害に遭った人の家族や友人が浮かばれねぇな。その辺りのケアもしているんだろうと……勝手ながら信じてはいるが。
いや、初対面の奴らに信じるとか馬鹿馬鹿しいにも程があるな。黙って話を聞くか。
「で、結成してからは細々と活動している僕らに有害なロードを倒していたわけや。まだそんな活発じゃなかったから年間に多くて2匹くらいやったけどな。それに加えてその頃の人的被害……死者はゼロやった。怪我人はちょっとはいたけどな。――――しかし、1ヶ月前のこと。初めて死者が出てもうた」
…………さっきも話題に挙がったアイツか。
というより、普通に他にもロードいたんだな。目立った被害は少なかったらしいけど。
「僕らは対処しようとやけになって捜索したが、のらりくらりと捕捉できずにいた。しかもようやく捕捉できた思うたら、そのロードは倒されていた。――――黒江葵君の手によってな。しかも、君から圧倒的な魔力が迸るのも判った。これは僕らにとって、きっと手助けになる存在かと思ったよ。あのときにもう君を仲間に引き入れようか迷ったけど、こっちもわりとゴタついてたから先送りにしたんやが。――で、いくらか時間が経って今日、君に接触したわけや。どうやらまたロードが出たみたいやもんな。僕らも協力できればと話しかけた……ってところ」
そう語った後藤さんは空になったカップをヒラヒラと傾け、過去を思い出したのを懐かしそうに目を細目ながら一区切りを告げる。
「…………途中、随分とはしょりましたね」
「まあ、重要なのはなんで僕がロードを知っているのか、どうしてロードを追っているのか……そのくらいやからな。詳しい説明はまたその都度するよ」
どうにも納得のいかない説明というか、ざっくりしすぎているような気しかないが、一先ずは不本意ながらもそれで良しとしよう。だいたいの流れは掴めた。
もちろん、疑問点は1つ2つといかず、それはもうかなりあるが。
「で、ここまでで何か質問はあるかな?」
藤原に紅茶のおかわりをもらった後藤さんが今度は俺の番と言わんばかりにそう言う。
「……じゃあ、とりあえず1つ。ここにいるロードは2匹……というより2人? いるんですか?」
「おっ、正解や。僕と遥、今はそれぞれロードと契約しているよ」
「藤原は?」
「……俺は、そこのぶっきらぼうのおこぼれ預かっているだけだ。ま、俺は契約なんざしたくねぇがな」
「どうして……?」
「理由はどうせすぐ分かる」
それはそれは不機嫌そうに宣う。
「で、藤原はどうしてここに? 今のところ話題に挙がらなかったけど」
「……3年前、俺もロードに襲われたことがあった。そのとき後藤のおっさんらに救われた。その名残だ。というが、俺は大して役に立ってねぇぞ。今のところは無表情が全部始末しているからな。あとお前さんもか」
ぶっきらぼう、無表情――――全部遠坂さんがか。実に分かりやすい。分かりやすいが、この人は何故こうも無表情を貫ける? 大地震のときのトラウマで笑うこともできなくなった? そのわりには負の感情すらも見せない、まさに鉄壁。
かなり不可解で、バランスの悪い、何かが致命的に欠けた存在。そんな風に思えてしまう。
「そのロードはどこに?」
「ちょっと待ってな。……おーい、こっちこっちー」
後藤さんがどこか遠くへ呼びかけたと思ったら、次の瞬間――――後藤さんの肩に生物が乗っていた。いつ現れたんだ? まるで瞬間移動をしたと錯覚するほどだ。
そして、俺は現れたロードを凝視する。
――――そこにいたのは白い狐。
体長は猫やそれこそ狐ぐらいの大きさ。体毛は真っ白。汚れなどない綺麗な白い毛に覆われている。しかし、額にはその白い体毛とは似合わない紅い紋様がある。
「…………」
これが……コイツもロードなのか? 少し疑ってしまう。正直なところ第一印象はどこぞのペットといった感じだ。いや、レーヴェとナザリは人の形をとっているが、最初にあったあのロードは虎や狼を彷彿とさせるような体躯だった。獣と似通ったロードがいても不思議ではないかな。
「紹介するで。コイツはカール。だいたい10年の付き合いや」
「キュルルッ……」
甲高い鳴き声。……確かに何言っているかは分からないな。後藤さんには分かるらしい。
「ちなみに何て言ってるんです?」
「特に何も? まだ眠いのにとか起こすとは何事やとか文句ばかり」
えらく庶民的な反応なんだな……。
ここに住み着いているのか随分とのびのびしている。ペットのような立ち位置なんだろうかね。
「……えーっと、そこのロード――カールについては分かりましたけど、もう1匹のロードは?」
「あー、どやったっけ。遥。あれどこにおるん?」
「私の部屋にいます。今は休憩中です」
視線を動かさず淡々と答える遠坂さん。
「私の部屋というと? こことは別の?」
「あー、僕はまた違うんやけど、遥はここに暮らしとるんよ。大地震の日から身元保証人が僕やから。慶はちゃんと家族と一緒に暮らしとる家あるけど、ここにも寝泊まり用の部屋もある。よく入り浸ってるなぁ。ちゃんと暮らせるように改造したし」
「そうそう、ここ俺の部屋よりいい家具やらパソコンやら揃ってるからつい帰るの忘れるんだよ。居心地良くてな。つっても、料理をマトモにできる奴が俺しかいないってのはなかなか馬鹿げてると思うぜ」
「手厳しいな」
藤原も同意してくる。
ここ、ビジネス関係のビルらしいけど、このフロアだけはマンションかのように自由に使われてるんだな。……少しばかし羨ましい気もする。別に金持ってても特に何がほしいとか全然思い付かないんだがな。
「まあ、あとで遥に紹介してもらい。あれってばカールより引きこもりやし僕もそんな見たことないからなぁ。――――それで、僕らの事情は話したし、できれば黒江君の事情も訊いていい? どうやってロードと出会って、どうしてロードと戦っていたのか」
おちゃらけた口調から一転、後半の真剣な調子に変わる。
どこまで話すべきなのか。全部俺のことを話していいのか、そこまで信用していいのか判別つかない。
しかし、後藤さんたちのことを教えてもらったわけだから、ある程度は話さないとな……。まあいい、なるようになれ。
「大まかな流れは後藤さんたちと一緒です。大地震の日にロードと会って……まあ、そのときの俺はそのことに気付いていなくて、ロードがいると気付いたのは1ヶ月くらい前で、けっこう最近ですがね。……最初は巻き込まれただけですけど、色々あって俺もロードと契約して戦うことにしました。で、後藤さんも知ってるあの獣みたいなロードを倒しまして、そこからは……だいたい後藤さんも理解しているんじゃあないですか。また新しいロードと関わりを持ってしまい、今探そうとしていたところです」
「なるほどなるほど。うーん、黒江君もけっこうざっくり話したなぁ」
だってあんなのを赤裸々と語るのは恥ずかしいので……。これ九条さんのときも思ったな。
「後藤さんたちが俺の事情それなりに把握してたっぽいので」
「せやな。……あ、黒江君のロードってどんな奴? どこにおるん?」
「…………」
本当のことを言うべきか迷う。
「何て言えばいいですかね……そのロードの肉体は地球にはなくてその精神が俺の中にいます。俺の中にいるロードが手を貸してくれているっていう状態です」
迷った結果、とりあえずは嘘をつかないことにした。
これから協力することがあるなら、少しは信用した方がいいのかもしれない。
どんな反応をするかと思えば、後藤さんは「へぇ……」と、とても驚いた表情で目を丸くさせ。
「肉体と精神の分離……? はぁー、そんなことが可能なんや。そりゃ初耳やわ。てことは、僕らの会話がっちり訊いとる感じ?」
「今のところこれといってリアクションないですけど、まあ、訊いてると思いますよ」
レーヴェのやつ、車の中では忠告してくれたが、さっきからかなり静かだな。
「事情は何となく分かったけど、今まで何度かここにロードが現れたのには気付かなかったん?」
「俺の中にいるロードはけっこう消耗してまして、10年つぎ込んで回復に時間を使っていたらしいので、俺自身そんなことがあったのは知りませんでした」
「なるほどなるほど……」
それに加えて、もしあの事件現場に行かなかったらレーヴェも俺に話しかけてきたかどうか怪しいところだし……って違うか。あのロードに襲われたからレーヴェは俺にコンタクトを計ったんだったな。
「そういえば、後藤さんたちいつぐらいから俺のことを知っていたんですか?」
「ちょっと話したけど、烏丸の森で君がロードと戦ってた辺りからやな。遠目から見てたんやけど、暗くてよく見えんかったところもあったな。一瞬消えた思ったらまた現れて……と思ったら今度はあのロードが消えて、その辺りで一旦退散したんよ。事後処理もあったしな」
「そうでしたか」
ちょうどアイツが結界を使用した場面か。
ナザリもそうだが、俺ってば色々な奴らに見られているんだな……。
ということは?
「てことは、昨日、俺のとこ尾行してませんでした? ああいや、勘違いならいいんですけど」
「うん? 僕はした覚えないけど。慶のこと?」
「んな、クッソめんどくせぇ真似誰がするかよ。俺ならコソコソせずに真正面からぶつかるっての。あれだろ、どうせそこの鉄仮面だろ」
また新しい呼び名。
「遥、そうなんか?」
「はい」
これまた意外そうな後藤さん。そうか、あそこにいたの遠坂さんか。いや、それにしてもレーヴェがロードじゃないって言ってたけど、ロードと契約している人じゃん。ちょっと伝達やら適当すぎない?
「まあ、それは後で訊くとして――――黒江葵君、改めて僕たちに協力してくれないか?」
「……あなたたちと一緒にロードを倒すと?」
「うん。ここの戦闘メンバーは基本的に遥やけど、僕もできる限りのバックアップもするし、黒江君が動きやすいように情報も操作する。僕としても、これ以上被害がでるのは良しとせん。まだ情報正確に掴めてないけど、あの金髪のロードに黒江君が狙われているんやろ? 僕らと組めば少しはやりやすくなると思うねんけど――――どやろか?」
……黙って考える。
メリットはある。むしろこの説明を受けてメリットしかない。ていうか、プレゼンするのにデメリット話す奴はまずいないか。
「なぜ、俺なんです? 別に今まで俺なしでやっていたんですよね?」
「そりゃあ、さっきも言ったけど、手助けになってくれるかと思ったし、ぶっちゃけたところ戦力は1人でも多くおった方がええやろ。僕らなんてマトモに戦えるの遥だけやで。そんなのいつかガタくるし、遥ばかりに負担はかけられへん。それに加えて、もし問題が起きてもこっちで対処しやすくなるしな」
「……随分ぶっちゃけますね」
「まあまあ。これが僕ら組織の建前で――――僕の本音としては、君に興味が引かれてな。うっすらと君の戦うところ見たけど、全く黒江君に相手の攻撃は届かない、寄せ付けない力……めちゃくちゃスゴかったよ。だからこそ、敵に回ってほしくない、良好な関係を築きたいって思ってな」
返答に迷う。もしここでこの話を受けなくても、別にこれといって弊害があるわけではない。この人たちが敵になることはあり得ない。同じ街で暮らしているし、そんな騒ぎは起こしたくないはずだ。だから、断ってもいい。
しかし、断ったら、この先1人でロードを追うのに限界がくる。ナザリだけでもこんなに苦労しているんだ。1人より2人の方がいいのは決まっている。
迷った末に俺の出した答えは――――




