46話 記憶と転換
――――彼女は独りだった。
――――彼女の足元には常に死体があった。数え切れないほどの、無数の死体が。
多くの者が彼女を襲った。手段を問わず、寝込み、食事中、談笑中。周りがどうなろうと誰もがただひたすらに彼女の首を欲しがった。それだけ彼女の首は彼女と敵対している者たちにとって価値があるモノだった。
しかし、その悉くを彼女は返り討ちにした。
ある者は四肢を引きちぎられた。
ある者はいとも簡単に心臓を貫かれた。
ある者は彼女の意識に入ることすら叶わず、象が虫を踏み潰すかのように殺された。
ある者は暇潰しのために殺された。
ある者は愉悦のために殺された。
ある者は息を吹き掛けられるように弾け、死んだ。
彼女を狙った誰も、彼女に触れることすら敵わなかった。
それほどまでに彼女との差はかけ離れていた。圧倒的だった。例えるなら、それは天と地。月とすっぽんのように。
――――故に、彼女は独りだった。
誰かと心を通わせても、それは一時の幻。所詮は泡沫の夢。最終的には独りになる運命だった。
平穏な時など訪れず、休む間もなく彼女は戦った。自ら仕掛けることは少なかったが、求められれば彼女は応戦した。と言っても、本気を出したことは数少ないことだ。
――――彼女が戦いの末に辿り着いた、彼女の心象となった居場所は何もない、空っぽとなったただ荒れ果てた薄暗い荒野。
そして、彼女は誰もが敵わない存在となり、絶対的な王になった。
そこからは戦うことなく、ひたすら下を見下げる日々。周りがどんな戦いを繰り広げようが、彼女には関係がなかった。もう彼女を狙う者はいなかったのだから。
しかし、王だからと言って、何か指示したり、国を治めたわけではない。他の者たちが彼女をそう奉っただけのこと。基本好きにやらせていた。彼女に火の粉が降りかかりそうなときは動いていたが、それ以外は彼女から干渉はしなかった。
――――どんな気持ちだったのだろうか。空っぽの玉座で何を考えていたのだろうか。
自身の望まない立ち位置に立たされて、今までは気の許せる者もいず、ただ独り佇むのは……。誰にも頼ることをせず、頼られることもない、常に孤独というものは、どのような感覚なんだろうか。
それはきっと推し量れないモノがあるのだろう。
その感情を理解できるなんて言えない。言えるなんて烏滸がましいこと口にはできない。
だから――――――――
「…………ぁ?」
目の前に写る光景は見慣れた天井。俺はベッドに寝転がっている。つまりは寝ていたのか。
朝の光によって意識が徐々に覚醒していく。頭がだいぶスッキリしてきた。……そうか、もう朝か。まだ目覚ましが鳴る前。けっこう早く起きたな。
「――――」
何ともまあ、不思議な感覚だったな。そもそもあれは夢だったのか…………いや、どちらかと言うと、夢ではなく、あれはレーヴェの記憶……?
それは、どこか悲しくもあり、何かを呼びかけているような――――遠い過去の話。レーヴェの、ロードの世界にいたときの戦いの記憶、なのだろうか。
あれがレーヴェの記憶だとして、アイツは誰にも理解されず独りで生きてきたのか……。俺はその一端しか知らないけれど、少し、俺と似ているような気がする。俺だって、色々あって人間不信に陥った。でも家族がいた。俺を受け入れてくれる暖かい人たちが。だから俺は今日まで生きてこれた。
「…………」
そうだよな、レーヴェは俺のことをよく知っている。俺の人生の半数はレーヴェと一緒にいたから。だが、その逆――俺はレーヴェのことをよくは知らない。彼女がどんな人生を過ごし、何を視て、何を感じてきたのか…………全然知らない。
知らないなら、どうする? そのまま? 今まで助けてもらってそれはないだろう。何か話さないと。でも何を話せばいい。何を? そんな簡単に理解できるわけがないと知っている俺が何をできる?
「…………なあ、レーヴェ」
彼女に声をかける。
反応はない。恐らく休んでいるのだろう。
ここで『ブースト・オン』と口にすれば俺とレーヴェは繋がり、話すことができる。
しかし、今は……話したいことが纏まっていない。何をすればいいのか不明瞭だ。とりあえずは休ませておこう。
ちょっと早めに起きたが、さっさと着替えて走りに行くか。
今日も日課のランニングは終え、朝飯も食パン1枚をさっさと平らげた。誰も起きてないからな。それもそのはず。今日は土曜日。つまり学校は休みだ。奏さんも陽太郎さんも休日の午前中は基本起きない。というか、俺しかいないことだってざらにある。凪さんや……。
それは置いておいて……さて、何をしようか。目下の課題としてはナザリについてどうにかしないといけない。倒すなり、話をつけるなり……後者はないな。どんな形でいいにしろ制圧はしないとならない。それにロードが地球にいるという時点で普通に問題がある。
だからまあ、どうにかして探さないといけないわけだ。……しかし、その方法が如何せん思い付かない。火曜日、あの廃ビル辺りにいてくれたら手っ取り早いんだが、ナザリは見付からず、成果は扉と言われたビー玉だけ。正直かなり厳しい。ナザリが回復するまでまだ期間はあるが、のんびりしていられない。
今日は土曜日。ナザリと遭遇したのが月曜日。……かなり期間が空いた。あれから探してはいるが見付かるわけがない。そろそろどうにかしないといけない。しかし――――
「どうしたもんか……」
ランニングしている間も一応は周りに気にかけながら走ったが、特に変わりはなく、普段と同じのどかな朝だった。
天生市をしらみ潰しに探すにしても手がかりがなさすきて、どこから手をつければいいのやら状態だ。ナザリはパッと見、人間の姿をしていたから街中で交ざっていても違和感は恐らくない。……マジで困ったな。
いや、アイツ――ナザリの見た目は金髪長身な外国人だから、下手に街中にいればかなり目立つかもしれない。だから、あまり人が集まらない場所にいる可能性がある。実際、最初アイツと会ったときはあそこにいたわけだし。とはいえ、そこに絞っても探すのは無理あるか。
「あー、もう進まねぇな……」
事態の進展のなさに少しイラつき、頭をガシガシかきむしる。
財布や水筒など荷物をまとめてからリビングのテーブルに『出かけてきます』と書き置きを残し、とりあえず外に出ることにした。
で、外に出たはいいが、どこを目指そうか。ライナー乗って北にでも行くか? あそこほぼ山ばかりだし隠れるには持ってこいとは思うが、広いんだよなぁ。南でも海岸沿いに行けば工業地帯もあるし無人地域もあるにはある。
「…………」
というより、こっちの動きも補足されているのだろうか……。俺がナザリの動きが分からないのに、向こうは俺をどこから監視しているのだとしたら――――後手後手すぎるな。しているとかじゃなくて、前まで普通にされてたしな。今がどうかはさすがに分からないけど。気味悪いな。
時刻は……8時。こんな早くに外にいても店開いてないし、どこ行けばいいのかさっぱり分からない。マジで適当に歩き回るとしよう。一旦、ショッピングモール辺りに行くか。別段、何かしたいとかそういうわけではないが、何となくだ。
まだ朝早いこともあり、日はそこまで高く昇っていないので言うほど暑くはない。5月下旬だが、暑いときはホントに暑い。しかし、朝というのはのどかな時間だ。休日だから仕事へと歩いている人も少なく、街全体が静かで心地いい。
そんなことを噛み締めつつしばらくゆっくりと歩いて10分弱。目的地であるショッピングモールに着いた。……こっちにはちょっとだけ人がいるな。意外だな、ここ近辺の店開くのだいたい10時からなのに。
何しに来ているのかね。俺みたいに散歩……というわけでもなさそうだし、あー、でも、映画館だけは朝早くから開いたりするっけ? あまり行ったことないからその辺の記憶あやふやだな。
で、来たはいいが、マジでこれからどうしよ……。
『何をしているんだい、君』
突如頭に響く声。
レーヴェ起きたのか。いつも通り周りに人がいないのを確認してから小声で。
「前の続きだよ、手がかり探しだ」
『ふむ、なるほど。とはいえ、かなり手探りで難易度の高いことをしているね』
「んなの、昨日から分かりきっているんだよなぁ」
一応昨日レーヴェと話し合ったわけだし。やっぱり厳しいというか、無謀なのかな。
『ふふっ、それもそうだね。それで、宛はあるのかい? まさか本当に行き当たりばったりのつもりかい?』
「いぐざくとりー」
『ん?』
「……ああ、正解って意味」
さすがに俺の適当な棒読み英語は伝わらなかったか。
なんだろう、ちょっとふざけたことも相まって予想以上に恥ずかしいな。滑ったギャグの解説をする芸人の気分はこんな感じなのかな。テレビで見事に滑った若手芸人をたまに見ることあるが、うん、同情する。
「で、マジでどうすればいいと思う? やっぱ手当たり次第って無理あるよな……」
前戦ったあの獣みたいなロードは恐らく魔力やら証拠をたっぷり残していた。レーヴェが九条さんの違和感にも気づいたこともあった。しかし、昨日、レーヴェはナザリのことを隠れるのが上手い奴と称していた。事実として、レーヴェ自身がその痕跡に気付けないほどに。
「……」
――――1つ、思い付いた。
俺の浮かんだ案で全て解決できるとは考えられないが、それでも昨日みたいにほんの少しの手がかりくらいなら、どうにか探せるかもしれない。
「なあ、今まで魔力の反応があった場所に案内してくれるか? 今なくてもいいんだ、過去あった場所に。できれば覚えている限り頼む」
『ふむ、君の言いたいことは理解できた。私が感知できる範囲で言えば、そうだね……君が最初に襲われたとき、私と一緒に戦ったとき、そして昨日の場所を除けば――――』
レーヴェが指した場所は3つ。
1つ目はここから更に南、海岸沿いにある工業地帯にある一画。確かその場所で働いていた会社は昨年倒産になり、中身が空っぽの倉庫が残っているだけだ。今がどうなっているかは知らないし、もしかしたらどこかが使っているかもしれないけど、確かに隠れるならおあつらえ向きだ。
2つ目はライナーに乗って北――――烏丸町にある小さな神社。……烏丸町って初めて言ったかも。普段から北はがりで言い慣れているからな。ちなみに南と呼ばれているこの辺りは椿坂町。高校名がそうだし。で、その神社だが俺は訪れたことないので、言われてもあまりピンと来ない。
3つ目は…………何とここ、ショッピングモール近辺らしい。具体的に言うと、ちょっと外れたところにあるでかいビルなんだが。新聞社やその他諸々といった会社が使っている、一般人はそうそう立ち入ることのないビル。
「ところでお前どこまで感知できるんだ?」
『やろうと思えば天生市全体は見れるよ。もちろん、精度だけで言えば近付けば近付くだけ具体的に分かるものだけれど。かなり遠かったらせいぜい「あ、この辺りかー」程度まで落ちるね。魔力にはそれぞれ固有反応があるが、離れてたらそこまで分からない』
「マジか……。じゃあ、近くまで行けば、ここに誰がいたくらいなら分かるのか?」
『あくまで魔力の反応がうっすらと残っていたらの話さ。君に言われたのは過去反応があった場所だから、細かい情報まではそこに行ってみないと何とも言えないね』
「……なら、あのビルについてどれくらい分かる?」
質問ばかりてあれだな……。申し訳ない。
『――――反応があった場所は屋上。時間はだいたい2週間前かな? 魔力の固有反応で言うと……時間が経っているから自信はないが、ナザリではない。この距離で分かるのはこの程度さ。最も、ギリギリまで近付いても結果はあまり変わらない気はするけれどね』
「なるほど。ありがと」
『いやいや、このくらいならいつでもどうぞ』
レーヴェの楽しそうな声を聞きながら思案を巡らせる。
そして、早めに解決しておきたい疑問が今生じた。本来、もう知識として持っていないといけない疑問。
「…………なら、もう1つ訊きたいことあるんだけどさ」
『何かな?』
「なんかすっごい今さら感が強いんだけど、そもそも魔力の反応ってどういうときに起こるもんなんだ? なんかその辺り曖昧だなって」
『簡単に言えば、力を行使したときかな。例えば私と君の夢幻、あのロードの影を用いた攻撃――このように何かしらの力……能力を行使したときに魔力は用いられる。つまり、私が君に力を貸した時点で夢幻を使っているから常に魔力を発していると言ってもいい。そして、魔力を使ったらその場に痕跡――――反応が残るわけだ。もちろんその痕跡を残さず魔力を用いたり色々と例外があるかもしれないが、反応の大きさは使った魔力に比例する』
なるほど、だいぶ分かってきたぞ。
で、例外ってのはあれか、ナザリがどんな形かは知らんが一般人から少しずつ魔力を徴収したとかいう。
「そういうことか。だったら、あのロードが人を喰ったときは魔力を使ってないってことか?」
『まあ、そのくらいなら魔力を使わずとも問題ない。ただ歩くだけなら魔力は使わないで済む。が、地球にいる場合、ただいるだけで生命を維持するためにそのロードの内にある魔力は徐々に消費される。ロードの世界ならそのようなことは起こり得ないがね』
そこらは前にも教えてもらったからとりあえずは理解できる。要するに、カロリー消費するって話だろ。で、そのカロリーを補充するのに人間を襲う必要があるわけで、その襲う過程において魔力は基本的に使わない。
レーヴェの話を聞き終えて、これからどう動くか考える。
どうしたもんか……。すぐ移動できると言えば、この辺りにあるビルになるんだが、まあ、入ることはそうそうできない。それにレーヴェ曰く、ナザリとは関係が薄い場所みたいだ。一先ず後回しにしよう。とすると……次は海岸沿いに行くか。確かここから5kmはあるよなー。
なんだろう、普段走っている距離だけど、歩くとなった途端面倒になるこの心境。確かライナー使えば近場まで行けるな。ここからだと200円もしないし使うとするか。
――――それから10分程。ライナーに乗って、目的地へと移動した。
まだ朝だが海岸沿いということもあり日差しはそれなりに強い。潮の匂いもする。あまり海の方まで行くことないから少しばかし新鮮だ。加えて、こんな工業地帯ならなおさらだ。
休日だからかここに降りた人は俺だけ。周りにも特にこれといって人影は見当たらない。調べるなら今のうちだな。
「つっても、何を調べればいいんだか」
レーヴェに頼んでここに来たはいいが、どうすればいいんだろうな。
「なあ、レーヴェ。ここにあった魔力の反応ってどのロードか分かるか? ナザリかどうかとか」
『残念ながらもう魔力の反応は残っていないね。君と契約する前の話だったし、かなり時間は経っているからね』
もうしわけなさそうに銀色の髪を揺らしながら頭をフルフルと横に振るレーヴェの幻覚が見えた気がする。実際、夢の中だったらこんな反応をしていただろうと。
過去反応あった場所って俺はレーヴェには言ったから、この返答は当然予想できた。四の五の言ってられない。ここを歩き回って何があるかとどうか少しでも手がかり見付けないと。
「…………ッ」
――――そうやって歩き出そうとした瞬間、こちらへと向かっているのか少しずつ大きくなってきた車のエンジン音が聞こえてきた。
……え、ヤバいヤバい。もしかしてここの管理者とかやって来た? 無断で足を運んでいるわけだし、バレたら絶対ヤバい。怒られるとごろか警察につき渡される? いや、まだ正確には歩道にいるから注意喚起で済むか?
などと、心臓が締め付けられそうな、寿命が縮みそうな感覚を味わう。嫌な感覚だ。
そして、車は俺の目の前で停まる。黒色のワゴン車。
何だ? 誰だ? 中にいるのがここらの関係者ならまだいいが、それ以外の不審者なら御すことも視野に入れる? それとも波風立たせないよういざとなったら逃げる? ……思考が上手く纏まらない。
しかし、俺の予想は見事に裏切られることになる。
俺の予想とは相反する存在が車の中から出てきた。
「――――探しました」
女性だ。それも若い。高校生くらいの年代?
レーヴェと似たような凛とした声。どこか似ている。しかし、まるで違う。レーヴェが相手を魅力させるような、綺麗な音色のような声なら、目の前の人物ははっきりと発音しているが、抑揚のない無感情な声。
俺と同年代くらいか? 黒いストレートな長髪に髪と同じ色の真っ黒なワンピース。かなりの美貌だが、ひたすらに無表情。俺を視界に見据えているのかさえ分からない。
「黒江葵、貴方を探していました」




