45話 何気ない日常を④
「いや、写真って……いきなり何だ?」
凪に部屋へ連れられ何をするかと思ったら……写真? てっきり力仕事かと思ったがどうやら的外れみたいだ。
どう対応すればいいか困っていると、凪はいそいそと引き出しからカメラを取り出す。
「だから、写真だよ? 知らない? 写真。またの名をピクチャー」
「……知ってるわ。WhatじゃなくてWhyを聞いているつもりなんだが」
「んー……」
と、これまた俺が若干困惑している中、人差し指を顎にあてて考える素振りを見せる凪。
「簡単に言うと、モデルになってほしいんたよね」
「モデル?」
「私がネットでイラスト書いてるのは知ってるよね?」
「まあな。何回か見せられたことあるし」
アニメのキャラを描いて反応めっちゃ良かったー! みたいなこと言って喜んでいたな。
あのときの凪は純粋で可愛かった。あ、客観的に見ての話です。
……もうちょい小生意気なことろが減ればなぁ。容姿も相まって可愛らしいと思うんだがなぁ。それにはある程度社交的にならないと厳しいな。……これ俺にも言えるな。いや、俺は可愛くなりたいなんて思ってないのでセーフ。
にしてもこの件り、何回も言っている気がするな。少し控えよう。
「といっても、私基本あんまり人物描いたことなくて。だいたい風景画でちょーっとアクセントにちっさく描くだけで真面目に描いたことホント少ないねんだよぇ。それでも風景画楽しかったから描いてたけど。で! 前描いたイラストがかなり好評だったからこれを機に本格的に人物描くの始めてみようかなーって思ったわけで。新しくペンも買ったことだしね」
「なるほど。よく分からんが分かった」
「一行で矛盾するのどうかと思うよ……」
いやゴメン。
矢継ぎ早にまくし立てて前半は何言っているか聞き取れなかった。
「まあ、あれだろ、絵の練習がしたいってことだろ? それでなに? 俺をモデルに?」
「そうそう。お兄ちゃんには色んなポーズ取ってほしいんだ」
「別にいいけど、そのくらいカメラあるんだしどうとでもなりそうだよなぁ。それ前に陽太郎さんが使ってたやつだし、ちゃんとタイマーもあるんだよな? 旅行行ったときとか使ってた覚えあるけど」
「お兄ちゃんの言う通り、私も最初はそれで頑張ってたんだけどね。カメラ固定させちゃうと斜めのアングルとかいざ撮りたい角度がキツかったりするんだよ。あとポーズもあまり自由度利かないし、何回も失敗しちゃうし……はっきり言うと大変で面倒なんだよねぇ」
「……うむ?」
「絶対分かってないでしょ」
「そ、そんなことはないぞ?」
だいたい要領は掴めた。……はず。
凪のジトっとした目線から逸らしつつ返答する。
「俺を撮ってそれを見ながら絵を描きたいってニュアンスでいいか?」
「うんうん。そんな感じ。お願いしていい?」
ニコッとした可愛い笑顔でそう言ってくる。
「暇だし、そのくらいなら……。あ、これ単純な疑問なんだけど、そういうのってトレース問題とか起こらないのか? たまにニュースで見かけるな」
「あー、それね。それって世間にちゃんと発表している作品だけじゃない? 本でもネットでも。私もそういうの気を付けてるつもりだけど、自分で撮った写真使ってポーズ参考とかなら誰でもやってるでしょ」
「なるほど」
詳しくないからそこらはホントさっぱりだ。丸々ネットで上がっている写真の構図を真似しても引用元を明記すればオーケーなのか……分かんないな。でも漫画とかだといちいち引用元書けないよな。…………つーか、かなり話逸れたな。
なんかこういうパターン多い気がする。本題から外れるっていうか。さっきもこんなこと思ったような……?
傍から見れば、俺がちょっとボーッとしていると。
「じゃ、今から私の言う通りにポーズ撮ってね? 私写真撮るの上手くないからそこんところよろしく」
「はいはい。……悪用するなよ?」
「……………………しないよ」
「何その間」
そして何故目を合わせない。
「大丈夫だよ、ネットには上げたりしないから」
「……まあそれならいいか」
よくはなさそうだが。……凪の言い方的に。不安しかない。
まあ、そこは我が妹を信用することにしよう。
――――そして、凪の言われたポーズをして、それを凪が色んな角度で撮る。この繰り返しを20分。
「まだ?」
「まだ」
いや長くない? そんなに撮るもんなの?
少し恥ずかしいんだが……いや、めちゃくちゃ恥ずかしい。
単純な立ち姿から仰向けまで何から何まで撮らされたような……。それこそ雑誌でモデルが取りそうなポーズまでも。俺のその姿……需要はなさそうだな。ちょっと想像しただけで気分が悪くなる。自分はイケてるだとかナルシスト的な思考は持ち合わせていないもんで。
凪は俺の写真というよりポーズ自体に必要性を感じているから別に俺自身は関係ないか。
一先ずそれで納得するけど、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
「こら、お兄ちゃん。そこ動かない」
「はいはい」
そして凪に協力することだいたい合計で30分経ってから。
「ん〜、このくらいでいいかな」
カメラで写真の出来を確認しており、それらを恐らく全てチェックしてからようやくこの撮影会の終わりを告げた。
「…………」
それにしても、今回のこれで何枚くらい撮ったんだろうか。正確に数えてないけど、多分3桁は撮っているよな。……このカメラの中に俺の写真がそんなにあるのか。想像してみると、ある意味恐ろしいな。
「おつかれー」
「おう。じゃ、俺はこれで」
「あー、ちょっと待って」
「ん? まだ何かあんのか」
「あー、えー、うーん……えーっとね?」
凪の部屋から退出しようと思ったが、何やら気恥ずかしそうにチラチラと俺を覗き見、手をモジモジとさせている。
どうやらまだ頼みたいことがあるっぽいが、それは俺に迷惑かもしれないと思っているのか、純粋に恥ずかしいのか随分と歯切れが悪い。
「どうした?」
「実は他にお兄ちゃんにお願いがありまして……」
「おう」
「それがですね、私では解決できない少々厄介な内容でありまして……」
「で、内容は?」
「――――脱いで」
「は?」
脱ぐ? 何を? 人肌を?
いや、いきなり何言い出すのこの子は。ちょっと困惑。
「こう何て言うか……男の人の肌感を確かめたいんだよね。女の人なら自分で触ればどうにかなるけど、こればかしはどうにもならなくて」
「肌感って……どゆこと?」
「絵を描くのに、男の人と女の人ってやっぱりけっこうな違いがあると思うんだよね」
「そりゃ、性別がそもそも別物だしな」
「そう。でね、違いを確かめるために実際に触りたいなーって思わないでもありまして……」
「何さっきからその口調は」
「お、お兄ちゃんとはいえ、こういうの頼むの恥ずかしいの……!」
顔を真っ赤にしてそう叫ぶ凪。
「それで、脱いでってわけか」
「う、うん。色塗るときとかやっぱりそこが分かってなくてなかなか苦戦したから。本格的に始めるからにはちゃんとやりたいなって」
まあ、絵を描く云々はよく分からないが、やりたいことは何となく理解できた。
……凪も恥ずかしいんだろうが、俺も充分恥ずかしいな、これ。
妹前で脱いでがっつり見られたり触られたり……なんか想像しただけで羞恥心がこみ上げてくる。
「はいはい、さっさと終わらせよう。上だけでいいか」
「も、もちろんっ」
凪のベッドに腰かけ、シャツを脱ぐ。
「おぉ……」
感嘆の声を漏らす凪。
……そうマジマジと見られるとやっぱり決まりが悪いというかどうにも気まずい。
「じゃ、じゃあ触るね?」
「どうぞ」
「で、では失礼しま〜す」
「うっ……」
凪は緊張しながらベッドに身を乗り出しペタペタと俺の体にじっくり触れてくる。
その手がひんやり冷たくてスゴいこそばゆい。そして、くすぐったい。思わず変な声出しそうだ。俺はぐっと堪える。
「ほぉ……。なるほどなるほど。へぇー、男の人ってこんな感触なんだ。ほうほう、なんだか暖かくて……それでいて、お兄ちゃん、全体的にけっこう体硬いね。腕もたるみないし。引き締まっていて私と全然違う。胸もお腹も……くっ、私なんてプニプニしているのに。それに腹筋もわりとはっきり割れてるね」
「ま、まあ、曲がりなりにも運動はしているからな。飯も運動部みたいにそんな多く食べるわけじゃないし」
ちょっと上ずった声で答える。
おやつは多少は食べることあれど、そんながっつり間食を摂ることは少ない。これでも規則正しい生活は心がけている方だ。このような生活を続けて太る方が無理ある話ってわけだな。
「……う〜む、比べるとやっぱり違うんだね。こう、なんていうか……分厚いって感じ?」
――――と、凪がじっくりと俺を触り始めてから3分が経過する頃。
「とりあえずこのくらいでいいか? さすがにそろそろ……な?」
「えー、なんでー。もっと触ってみたいんだけどー。ねぇ、いいよね。ね? ね?」
「ちょっ、おい……」
「ふふっ、よいではないかー。いいでしょ? お兄ちゃんの硬い体もっと触りたいんだよ。ほら、いいじゃん。ね? ね? ね?」
凪がなんか目をやたらキラキラ……いや、ギラギラ? させているんだが……。最初は恐る恐る触ってたが、いきなりスキンシップもより激しくなってきた。めっちゃ触られてる。冷や汗流れそう。
つーか、ハァハァ息を荒げてるの怖い。
あれ、この妹さん変なスイッチ入った? さっきまで乙女らしく恥じらいを持っていたのに、おかしな方向に舵を切っているな。まあ、凪は乙女とは程遠いような気もするけど。……こんな姿見ているとなぁ。というか変な方向に振り切りすぎだろ……。
「おいコラ落ち着け」
「や〜ん」
ムリヤリ泣きましたを引っ剥がす。で、さっさとシャツを着る。
「お兄ちゃんひっど〜〜い」
「喧しい」
「いけず〜。もっと触らせてくれても良かったのに……」
「アホか、もう充分だろ。お前初めの恥じらいはどこにいった?」
ブーブー文句を言い続ける凪に呆れつつも一応突っ込む。
それとそういう言葉外では言うなよ? 誤解されるから。絶対。
「えー、なんかテンションが上がっちゃった、みたいな?」
「あのなぁ……」
「ごめんね?」
それから時間はほんの少しは経ち、ある程度は落ち着いたのか、反省している色を見せる。
「……ちょっと怖かったぞ」
「え、そんなにっ!?」
「途中から目の色変えたからなぁ」
「うーん、そんなつもりなかったけど……。確かにテンション上がっちゃったかなぁ。珍しいもの見た勢いで」
「さよかい……」
と、ベッドから立とうとしたところで凪は不意に俺の頬を触る。
「どうした?」
「いや……お兄ちゃんのその頬の傷。間近で見るとなんだか痛々しく見えると言うか……くっくり傷跡残ってるし、もう治らないんだね」
「ま、まあな。もうかなり経ってしまったし、完全に塞ぐってのはもう無理だろ。最初にもうちょいちゃんと治療してくれたらって思うけど、あのときの避難所かなり慌ただしかったからな」
……というか、さっき俺の体を触ってたときみたいに凪がベッドから身を乗り出しているから……距離が近い。引っ剥がしたはずなのに……。
おまけに凪は俺の頬に触れ、俺の顔の真正面に凪の顔がある。凪の顔の位置は俺の体辺りにあったときと違い、もうホント近すぎる。マジで目の前に凪の顔がある。
「と、とりあえずもう戻るぞ」
「はーい。ご協力感謝ー。……およ、お兄ちゃん、何か落ちてるよ。なにこれ、ビー玉?」
あ、立ったときの勢いでポケットの中に入ってたビー玉――――ロードの世界と地球を繋ぐ扉の能力がある玉を落としてしまったか。
どう誤魔化そうか。
まあ適当でいいかな。
「部屋の掃除してたらたまたま見つけてな。ポケットに入れてたの忘れてたわ」
「ほ~ん。じゃ、お休み」
「おう、お休み」
一先ず回収して凪の部屋から退散したが……。
……誤魔化せたか? さすがに怪しまれてはないだろう。パッと見は普通にビー玉だし。
――――まあ、なんだ、俺も寝るか。なんだかんだで今日はそれなりに動いたし疲れたな。




