38話 Negligence
「……復讐、か。お前レーヴェに何された?」
平静を装いながら訪ねる。
コイツの返答は別に意外ではなかった。復讐、物語ではありふれた話。ただ、ナザリの放つ圧――――プレッシャーが異常だ。
レーヴェの力があっても、それを使う人間は、俺は、ごくごく平凡な人間。思わず気圧されそうになるな。
「別にかなり単純だよ。かつて女王に僕の仲間を殺された。それだけさ」
……そして、この答えも大方、俺の予想通りだな。
レーヴェの過去の話を訊いた。ロードの世界で争いが頻繁だったらしい。それこそどこでもら起こるくらいとのこと。日常茶飯事らしい。
完全な実力主義の世界。レーヴェはその世界での頂点の存在だった。つまり、そこに至るまで多くのロードを殺してきたのだろう。俺では想像がつかないほど。
「何だ、お前の仲間がレーヴェに殺されて、それでレーヴェに復讐するためにわざわざここに来たのか」
「んー、まあね。他にも理由はあるけど、根っこの部分はそこだよ」
笑顔の裏に隠れている復讐心にたじろぐ俺。
他にも理由が……? それも気になるけど、俺の中にいる女王様はどれだけ恨みを買っているのやら。
……ん? ところで、確かに俺はレーヴェの力を借りてるが、多分ナザリは俺の心の中にレーヴェがいることは知らないはずだよな。今のレーヴェは躰と精神を切り離している状態だ。そして、そういうことができるロードは少ないとも言っていた。
……そうだとすると、レーヴェに復讐するなら俺を狙うのはお門違いではないか。
ハッタリかましてみるかな。
「……で? 別に俺を殺してもレーヴェに復讐したことにはならないんじゃないか?」
「そうかな? 君と女王は契約しているんだし、それなりの打撃を与えることはできると思うよ。何せ、ここの環境は僕たちにとってかなりの毒だからね。女王がどこに隠れているかは分からないけど、なんならここに呼び出すくらいはできるかな」
「そうかい。……どっちにしろ、戦うってことになるのか」
この言い草からしてやっぱり勘違いしているな。俺とレーヴェの契約には気付かれていたけど、そこまで考えが行き着いていないのだろう。どうせならこのまま利用しよう。
「うん、そうだね。幸いにもこの付近は人間が少ないから助かる。見られたら口封じのために無駄な魔力を使うことになるし、僕も目的を完遂するまでここでは騒ぎは起こしたくない。僕の目的を果たすためにはありがたい」
「そこに関しては俺も同意だな。こんなの、下手に見られたくないもんな」
「うんうん。じゃあ――――やろうか」
「……ッ」
――――途端に空気が変わる。空気が重い。殺気が伝わってくる。
息が詰まる。何回か味わったこの感覚。未だに慣れない。
そして俺はコイツの攻撃に備えて身構える。
何が来る? 前のロードは影みたいな鞭を介した攻撃方法だったが……コイツは何だ? 今のところパッと見の変化はない。地面など周りも注意を巡らせているが、やはり変わりはない。これは俺――レーヴェと似たような感じでの肉弾戦か?
「…………」
というより、俺に近付くにつれ動きが遅くなる夢幻の力があるから、何が来てもある程度は対処できる……はず。互いにジッとしてても始まらない。俺から仕掛けるか。
地面を精一杯の力で蹴り、5mはある距離を一気に詰める。その勢いでナザリの鳩尾辺りを殴りにかかるが――――
「おっと」
――――躱された。それはもう余裕そうに。ナザリは軽く跳んで俺の後ろに回る。
……マジか。あの狼みたいなロードは不意打ちだったのもあるけど、レーヴェの力を借りた俺の攻撃に反応すらできなかったのに、いとも簡単そうにコイツはあっさりと。
「クッソが」
俺はすぐに振り向きざまの勢いで裏拳を放つ。
「っと、危ない危ない」
今度はしゃがんで避けられた。その姿勢で隙ができた。――――ならそのまま思いっきり蹴る!
「うわっと……。ふー、これまた危ない」
一応当たった。……けど、大して手応えがない。うん? 蹴ったから足応えかな?
ってそうじゃなくて、ナザリはどうやら蹴りが当たった瞬間、蹴りの進行方向と合わせながら跳ばれて威力を殺された。残念ながらこの一撃でそんなにダメージは与えられていないだろう。
この姿になってからの俺の動きはかなり速いのに、それでも一筋縄にはいかないか。まあ、当たり前か。俺は戦い始めてから日が浅い。
「ふーん……」
ナザリはこちらを見定めるような目付きだ。まるで値踏みされているみたい。
その高い身長から俺を見下ろしてくる。……こうしてジロジロ観察されるのは、何とも嫌な気分だな。
「……あ? 何だ」
圧されないように返答をする。
「いやいや、今の一連の流れ……案外戦い慣れてるなって思っただけ。僕が君の攻撃を避けてからの判断が早いなーって」
「そりゃどうも」
「スゴいねー。初めて見たときはただただ逃げ回ってるだけなのに」
「…………」
実のところ、あの戦いが終わってからまたロードと戦うために備えて、一応は戦いに関しての勉強をしてきた。筋トレしたり、格闘技を少し見たり、ドラマや特撮とかで戦闘やケンカをしている映像見たりと。それでその動きを再現してみたり……と。
まあ、ぶっちゃけこんなの付け焼き刃だし、せいぜい素人に毛が生えた程度の出来だがな。
それでも、前よりかは動けるはずだ。だが、今のところ上手いように事は運べない。前回が運が良かっただけだと言えばそうだろうが。
そんな俺の考えなんてどうでもいいようにナザリがうんうんと呟くと。
「じゃあ、今度は僕からいこうか」
と、ナザリは俺と同じように近接戦を仕掛けてくる。
先ずは回し蹴り。その動きは俺なんかより洗練されており、とても鋭い攻撃。普通の人なら避けることは難しいだろう。俺もレーヴェの力のおかげでナザリの動きが見えたから。
その軌道は素早く俺の顔を捉える――――はずだった。
「クッ……」
ナザリの悔しそうな声が耳に届く。
「……ま、やっぱそうなるよね……!」
幾ら優れた攻撃だろうと、今の俺には届かない。寸でのところで止まっている。
――――否。正確に言うならば、ナザリの蹴りは俺にめがけてゆっくりと動いている。
これがレーヴェの夢幻の能力。それは俺の周りに時間の壁を造る。それは俺に近付くモノ全てが遅くなる力。何も寄せ付けない女王の力の一端。
もちろん、ナザリの蹴りも例外ではない。止まっているわけではない。俺に近付く度に遅くなってしまう。つまり、コイツはまだ攻撃の途中なのだ。だから蹴りを繰り出している体勢を元に戻すことができない。その動作の終わりが来ないことには。
「うらっ――!」
ガラ空きのナザリの腹に狙いを定め、精一杯のパンチを喰らわす。
ナザリの攻撃を中断させるには誰かがコイツをブッ飛ばすしかない。そして、その誰かは今この場において俺しかいない。
「ぐっ……」
さっきまで俺の攻撃を避けられ、威力を殺されたときとは違い、ナザリは路地裏の壁際まで大きく後退する。
ようやくマトモに攻撃ができたな。自分から攻撃が当てられないなら、カウンター戦法が決まりやすいけど、大してダメージを負っている様子はない。必ず決まる初撃である程度削らないといけないのに。
「イテテ……なかなか効くね……。参ったよ、これが女王の力か」
ナザリは殴られた腹を抑えつつ距離を取るように動いている。
「――――」
逃さない。そもそももう行き止まりだ。ナザリの後ろには壁しかない。行き場なんてないし、コイツが距離を取るなら俺はその分詰めるまでだ。次こそもっと確実にダメージを与える。そのためにもあのときみたいにもっとスピードを乗せて攻撃する必要があるな。
「僕は女王の力を見るのは初めてだけど、こうも出くわすと、ホント噂に訊いていた以上だ。その時間の操作……厄介だね」
あれ、そうなのか。ナザリはレーヴェと戦ったことはなかったのか。
意外だな。復讐と言うからにはもっと関わりがあるのかと思ったが……そうではないのか。
――――いや、その思考は今は余分だ。コイツの事情なんて気にするな。今はどう仕留めることだけ考えろ。
ナザリにはナザリの事情がある。俺には俺の事情がある。ただそれだけだ。
俺たちの魔力が切れない限り夢幻の力が使える。ならば強気に突っ込む!
そう思った瞬間――――
「ふふっ……」
こちらを見て愉快そうに微笑むナザリ。
な、何だ……? この状況で笑えるのか!? お前の攻撃は俺には当たらないというのに。というよりコイツ……。
『これは……?』
ようやく喋ったレーヴェの困惑の声と同時に……ナザリの雰囲気が変わる。
今までもロード特有の、人間とは違う異質な雰囲気だった。しかし、それとは違う。何だこれは? どう例えればいい……。まるで、さっきとは全く違う生物と相対したような感覚に陥る。
目が違う。光を失っている。全てを喪失したような暗い目。何を視ている?
どうするか迷いほんの一瞬立ち止まっていると、その隙を突いてきてナザリの指が動く。
その刹那何かが光り――――
「――――ッ!」
その何かが、俺の肩を、貫いた。
「アアッ――!!」
『葵!?』
思わず肩を抑える。
痛みは徐々に引いていく。一番痛い瞬間は攻撃を喰らったとき。多分数分もすれば傷跡も塞がり、痛みも治まるだろう。レーヴェは時間を操作して傷も治すことがてきると教わった。
しかし、何でだ……!? どうして夢幻の力が突破された? ……コイツは何をした。
というより、クッソ、完全に油断した。復讐って言ってたからには、誰でも当然何かしらの対策はするんだ。無策で突っ込むバカはいない。何を当たり前のことを。レーヴェの力があると慢心した。
「…………ッ。ハァ……ハァ……」
もし肩ではなく、攻撃を喰らった場所が心臓だったら、治す間もなく死んでいた。
夢幻があるから俺には攻撃は効かない。こんな油断、慢心、不覚、自惚れ、思いあがり、驕り、これらが招いたこと。
まだ痛みは残る。でも、そんなこと言ってられない。追撃は? いつ来る? その前に距離を詰めろ。今度は俺が仕留める。
「……?」
いない? どこに消えた? どこに隠れている?
『……もう魔力の反応はない。逃げられたね』
そうレーヴェの言葉が頭に響く前に。
「――――今日はここまでにしとくよ。これ以上続けると僕も都合が悪いからね。じゃ、また会おうね」
そのふざけた言葉が路地裏に反響した。
けっこう投稿期間が空いてしまった……
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