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無色透明のトロイメライ  作者: 皐月凉
2章 力の責任
37/62

36話 少しずつ変化する日常を

 いつもと比べれば、わりと濃かった土日が過ぎていった。そして、日曜が終われば当然のことだが月曜日がやってくる。つまりは学校だ。社会人なら会社。どちらにせよ休みからの月曜というのはかなり億劫な曜日だろう。

 もちろん俺もその中に入る。普段はランニングがあるから起床時間は変わらない。けれど、何もない休日はそのまま二度寝することが多々ある。その時間がわりと至福なひと時だったりもする。

 それができないとなると――ああ、今週も始まるのか、というブルーな気分にもなる。グタグタと語って何が言いたいかと言うと……。


「学校めんどくせぇ……」

「お兄ちゃん。こっちも気が滅入るから止めてよ、それ」


 珍しく早起きできた凪と肩を並べて登校中。

 今日は若干曇り空だ。天気が微妙に良くないと、ロードに襲われたことを少し意識してしまう。あの日はかなり曇天だったな。


「だってさ、前まではテストあったから多少はやる気あったけど、終わったとなると、途端にやる気なくなるって」


 別に学校が特別嫌いではい。でもなぁ、こう、体が重いというか。


「それは分かるけど。イマイチ乗り気になれないよねぇ。……どうせすぐに期末あるけど」

「我が妹よ、少しくらい現実逃避させてくれ」

「何その言い方。というより呼び方? なに、私の貸したラノベに毒された?」

「いや全く。適当」

「ふーん。……ま、私はお兄ちゃんの妹だからね。うんうん」


 勝手に1人で納得する凪。

 前々から思ってたけど、凪って俺の前ではけっこうあざといよね。素が出てるというか、可愛らしく振る舞っているというか。……まあ、他の人に対して凪がどのような態度で普段過ごしているのか知らないから言えることだけれど。


「急にどうしたのさ。いきなりそんなこと口に出して」

「えーっと、事実確認?」

「だからなぜ今それを」

「さあ? 適当だよ、適当」


 深くは突っ込まないでおこう。俺の精神が削られることになる。

 話題を露骨に変えて。


「そういや、土曜に買ったやつ使ってるのか?」

「もちろん! いやー、新しいペンいいね。すっごい描きやすいよ」

「ほー、そりゃ良かったな」

「そのせいで昨日は徹夜しちゃったね」

「……ああ、3時くらいになってようやく起きてたな」


 寝すぎでしょ。


「お兄ちゃん連れ回した甲斐があったよー」

「そうか? 別に俺いなくても買えたよな」

「でも……私だけだと、その、店員に話しかけるのハードル高かったし……」

「少しは慣れろ」

「な、なにをー。お兄ちゃんだって人見知りじゃん。オドオドしてるじゃん」

「いやまあ、俺も大概だけど、凪よりか幾分マシと自負してる」

「くっ……。お兄ちゃんのくせに生意気な」


 なんて取り留めのない会話を続ける。

 高校と中学で別々になる交差点に付いたところで。


「じゃ、お兄ちゃん、気を付けてね」

「凪もな」


 元気よく駆けていった凪を見送る。


 俺も高校へと足を向け……向け……ああ、やっぱ面倒だなぁ。休みたい。


 授業とかやる気出ないし、おまけに今日苦手な体育もあるし。体力はある方だと思うけど、球技のセンスがからっきしだからな。

 ああ、サッカー嫌だなぁ。なんでサッカーのテスト項目にリフティングあるんだろ。マジであれ全然できない。ボール変な方向飛んでしまう。ぶっちゃけ3回が限度というセンスのなさよ……。


 四の五の言ってられないか。

 今日も1日頑張るぞー、おー。……アカン、独りで言ってて寂しい。なぜに関西弁……。




 ――――時はさっさと流れ放課後。


 夏木先生の号令でHRも終わり、クラスメイト各々が部活へ参加したり、どこか出かけようと話をしてたりといつもの光景が目に映る。それは俺も変わらず。最近行く頻度の高い図書室へと足を運ぶ。

 授業は……いつも通り適当にノートをとって、適当に過ごした。たまにはこんな日もあっなもいいよな。うん、そうそう。ムリヤリ納得させてる感が否めないけど。むしろテスト明けの教室の雰囲気だらけてるよね。


 それはそうと、前に借りてる本の返却期限が迫っている。もう読み終えたのでそろそろ返さないと。テストがあって図書室閉まってたからすっかり忘れてた。


 図書室の扉を開ける。……まあ、誰もいないよな。知ってた。これがテスト週間ならちらほら見受けられたけど、終わった直後なら俺みたいな読書好きでもない限りなかなか寄らないだろう。

 俺以外は……図書委員の人だけか。


「すいません、返却お願いします」


 図書室に1人で暇なのかスマホを操作している女子の図書委員に声をかける。暇なのかってそりゃ暇だわな。


「あ、はーい」


 借りるのに必要なこの高校の図書室専用の貸出カードを渡すと、テキパキと手際よく処理をしてくれる。


「これでオーケーです。本はカウンターに置いといてください。私があとで片付けるので」

「分かりました。お願いします」

「ん? あっ」


 本も返したし家に帰ろうとしたところで、目の前の図書委員は何かを思い出したように口を開き。


「あれですよね。前に閉まるギリギリまでここで本読んでた人」

「……え? ああ……」


 そう言われて俺も思い出す。


 あのロードと二度目の邂逅をしたとき――――あの結界に閉じ込められた前のできごと。ここで本を読んでて、閉まる直前に図書委員の人に声をかけられたことがあった。そうか、あのときの人だったか。うーむ、人の顔を覚えるのは苦手だ。


「本、お好きなんですね」

「えっ、ああ、まあ、はい。そうです」

「……えーっと、何年の人ですか?」


 話しかけてから学年訊くのか。

 にしても、めっちゃキョドった。やっぱり凪のこと言えない気がする。


「2年です」

「あたし1年なんです。てことは先輩ですね」

「あ、そうなんすか」


 椿坂高校の委員会は基本的に1年か2年の各クラス1人で構成されている。3年は進路やらで忙しいから委員会活度はしなくていいとの理由。というよりするなと。俺は委員会には入っていない。うちのクラスの図書委員は……誰だったけな。

 だから、別に1年でも驚きはしない。いきなりこうして話しかけられたのは驚きました。普通に反応できてるよな? おかしくないよな? と、やはりどうしても周りの視線が気になってしまう。


「斉藤凛っていいます。先輩は?」

「……黒江葵です」

「分かりました。よろしくですね、先輩」

「よろしくです、斉藤さん」


 あ、先輩で呼び方通すのね。名前教える必要は……そりゃあるか。

 ところでよろしくとは? ほぼほぼ初対面の俺に何を求めると言うのだ。何だかこれ一部抜粋したら悪役の台詞みたいだ。


「って、先輩なんですから敬語いらないですよ。年上にさん付けは変な感じがします」

「そうですか……じゃなくて、そうかい」

「はい、ではよろしくのところから言い直してください」

「……よろしく、斉藤さん」

「だーかーら、さん付けなしです!」

「…………よろしく、斉藤」


 気怠そうに返答する。

 最近このパターンが多いな。村上さんのときは敬語で押し切ったけど、斉藤さん――斉藤は無理そうな予感がする。ただの勘だけど。


「できれば名前の方がしっくりくるので名前呼びがいいですけど――」

「勘弁してくれ」

「即答とは。全く、仕方ないですねぇ」


 首を横に振りつつやれやれという反応をされた。

 ……なあ、俺らほぼほぼ初対面だよな? 距離詰めてくるの早すぎない? なんでいかにも旧友みたいな態度になるの?


 それと斉藤の声をとても甘ったるく出してると思う。凪とは違うあざとさ。動作1つ1つがまるて計算されてるような……。さすがに気のせいだとは思うが。凪はあれ多分天然ものの反応だと思う。


「……」


 気を取り直して、改めて斉藤がどんな人なのか見てみる。

 髪は……この学校は地毛や色が抜けない限り染める人はいないので、まあ当然黒。校則多少は厳しいからな。髪型はいわゆるボブカット? というらしい。背丈は座ってるから何とも言えんが、多分俺よりかは低いかな。雰囲気は凪と似ていて、客観的な意見だと可愛らしい部類に入るだろう。


「あたしもそれなりに本は好きなんですけどねぇ」

「だから図書委員に?」

「そんな感じです。あ、でもあんまり堅苦しい本は読んだことないです。先輩が読んでそうなやつとかも。あたしが読むのは漫画や文庫本とかですね」

「まあ、別にいいんじゃないか。趣味嗜好なんて個人の自由だし」


 どんな本であれ好きと言われると純粋に嬉しい。


「そうですね。あと図書委員に入った理由としてはあれです、部活サボれるからです」

「おい……。てか、部活やってるんだ。委員会やってるしてっきりやってないかと」

「バレー部です。1年なんでベンチにも入ってないですよ。一応は中学からやってますけどねぇ」

「中高同じ部活って長続きしてるんだ。それなのに、わざわざ委員会に入って……あー、えーっと、部活嫌いなのか?」


 クラスの雰囲気を見た限り、委員会活動はわりと面倒くさがられていた。鬼塚に訊いたところ『部活の時間を取られたくない』や鬼塚の友だちの帰宅部は『わざわざ放課後まで学校に残りたくない』とか言っていたそうだ。

 だからか、あまり委員会活動に対していい印象は受けなかった。内申もそこまで加点されるわけでもないらしい。


「いやいや、嫌いではないですよ。ただ……何と言いますか、サボれる口実って欲しいじゃないですか」

「あー、何となく分かる」


 俺だって朝からランニングをしているが、雨の日は当然休んで二度寝をしている。

 その時間が嬉しかったりもする。いくら日課とはいえ、休めるときは喜んで休みたい。だからその気持ちは分かる。


「ここのバレー部練習けっこう厳しくて、しんどいんですよね。中学はゆるゆるだったんでなおさら」

「ほー」

「朝練ありますし、練習終わるの遅いですし。おまけに休みも少なくて、たまの日曜日くらいしかないんです。だからこそ、合法的に休みがもらえるならもらいますよ!」

「……そうかい」

「あ、言っておきますけど、練習は真面目にやってますからね。手を抜いてると思いましたか?」

「ぶっちゃけそうかなと」

「先輩ひっどーい。あたし頑張ってるのに」


 オヨヨ……とわざとらしく泣き崩れる演技を見せる斉藤。


「おい、あたかも旧知の仲のように振る舞ってるけど、俺らこうやって話すの初めてだろ。……初めてだよな?」


 ちょっと不安になってきた。


「はい、そうですよ? 何言ってるんですか、先輩。当たり前じゃないですかー」


 斉藤はアハハと笑うが……なあ?


「だったら初対面なりの相応の対応とかあるよな。いきなり酷いはないでしょうに」

「だって、先輩が不真面目って言ってくるから」

「そこまでは言ってないし、堂々とサボる宣言しておいて何言ってる」

「さっきは分かるって言ってくれたのに、すぐに手のひら返しですか! やっぱり先輩はひどいです」

「だから言い方……」


 なんだかまるで凪と話しているような感覚だ。

 年下だからだろうか。


「それは置いといて、本の返却よろしく」

「あ、話を強引に切ろうとしてますね」


 バレた。流石に分かりやすいか。

 

「ま、いいでしょう。そこはお仕事なのできちんとします」

「おう」

「今日は借りていきますか?」

「いや、大丈夫」

「はーい」


 図書カードを閉まって荷物をまとめる。この言い回しだと本屋とかで使えるカードみたいになるな。なんて思ったりしている。


「先輩もう帰りですか?」


 その様子を見てか斉藤が。


「え? ああうん。そのつもりだけど」

「予定はあります?」

「今日のか? これ以上は特にないけど」

「だったら話し相手になってくださいよ。暇なんですぅ」

「えぇー……」

「ちょっとー、露骨にイヤそうな顔しないでくださいよー」


 さっき話をムリヤリ打ち切ったでしょ。その時点で俺の限界見抜いてよ。


「てか、なぜ俺」

「だってここに今先輩以外にいないじゃないですか。ほら、周り見てください」


 まあ、俺らしかいないから大声で話しても迷惑はかからないだろう。


「……確かにそうだけど。スマホで暇潰すなり友だちと話すなりしなよ。そもそもここ図書室なんだから本読むとか……いくらでも時間潰せそうだけど」

「うっ、正論ですね。でもでも、もっと先輩と親睦深めたいなーって」

「今日初めてこうやって話すのに随分とスゴいな」

「先輩みたいなタイプあたしの周りにいないので、話してて楽しいんですよね。こんな短い間でも」

「それは……」


 光栄と言えばいいのか。というより、褒められているのか微妙なところだと思う。


「まあいいか。じゃあ、適当に話題振ってくれ」

「はーい。そうてすね。何から訊きましょうか」


 斉藤はうーんとひとしきり唸っから。


「コホン。ではまず先輩って――――」


 そうやって斉藤凛は楽しそうに話を切り出すのであった。


 それから図書室が閉まるギリギリまで俺らは話していた。図書室の鍵の管理があるとのことで俺が先に帰ることになった。というより、図書委員の仕事が終わったら部活にも顔を出すらしい。

 いやはや、委員会活動してからの部活とは、なかなかに大変そうだな。感心するよ。


 にしても、自分でも驚くくらい長い時間喋ったな。

斉藤が話題を振って、俺が答えての繰り返しだったけど、話を繋げるのが上手いのかすんなりと話すことができた。聞き上手というか、いわゆるコミュ力が高い。俺としては、とても話しやすかった。

 話しやすいという点では、先日会話した村上さんと似ているようで似ていない。村上さんは俺や凪が話し終えるまで優しく訊いてくれていたのに対して、斉藤は絶え間なく話題を振ってくれた。


 そんなことを考えながら靴に履き替え、学校から家へと帰路につこうとする。


「…………」


 完全に斉藤のおかげだが、珍しく初対面の人と楽しく? 話すことができて、俺はほんの少し浮かれていた。今の今まで代わり映えない日常を送ってきたからか、普段感じない新たな日常が嬉しかったのだろう。人間不信に陥ってたわりには、我ながら単純な性格をしている。

 これも、前と比べたら少しずつ変わってきた証拠なのだろか。


 ――――しかし、俺には違う世界がある。何気なく過ごした日常とは全く別な世界。


『…………葵、魔力の反応があるよ。どうやらまたロードがいるみたいだ』


 そのことを、レーヴェの一言で思い出した。



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