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無色透明のトロイメライ  作者: 皐月凉
2章 力の責任
36/62

35話 感謝

誕生日に投稿します


「あれ、おはようございます。陽太郎さん、今日は早いですね」

「おー、葵か。おはようさん。それがさ、晩からゲームしてたら寝落ちしてな。変な姿勢で寝てたからか痛くてけっこう早く起きてしまったんだよ」

「二度寝しないんすか?」

「もう目が冴えてるからなー。多分寝れないわ」


 凪と出かけた翌日。

 朝のランニングを終えてシャワーを浴び、一息つこうとリビングに行ったらコーヒーを飲んでる陽太郎さんがいた。

 いつもなら昼くらいまで寝る人なのに、休日の朝に陽太郎さんがいるのは珍しいと思い、テーブルに座りのんびり2人で話しているところだ。


「ま、たまにはいいだろ」

「普段遅いですもんねぇ」

「深夜の3時くらいまでゲームしてるからな」

「……やりすぎでは」

「俺の楽しみなんだよ。日頃仕事で頑張ってるご褒美だ。最近はソシャゲでもコンシューマでも面白いやつが多くてな。……そういや、葵。今日はどうするんだ?」

「あー、特にすることないんで適当に街中ブラブラしようかなと」


 普段なら家で本読んだりして過ごしている。

 もうテストは終わったし、しばらく自由だ。これといって特別な用事があるわけでもないが、ちょっと寄りたいところもある。それに朝走るだけでなく、日が高い時間帯にわざわざ目的を作らず、ゆっくりと歩くのも悪くないだろう。随分と年寄りみたいな感性してるな。


「元気だなー。小さい頃はわりと大人しかった方なのに、今となっちゃ朝からランニング、日中は散歩がてら出かける。昨日も凪と出かけていたし、アウトドアになったもんだな」


 ここに来て間もないころは、自分の立ち位置が分からずに迷惑かけないようにジッとしていたことが多かった。まだ自身の心の傷も完全に癒えてはなく、かなりビクビクしながら過ごしたものだ。

 多分奏さんにしか懐いてなかった。陽太郎さんは気さくな人だが、俺の心の整理は追いつかなくて距離感が掴めなかったと思う。凪に関しても、いきなり俺が兄と言われてかなり戸惑ったことだろう。俺からなかなか話しかけることができず、俺も凪も人見知りなことから仲良くなるまではかなりの時間を要した。


 ……と、過去を思い返してきた思考を打ち切り、陽太郎さんへの返事に行動を移す。


「いやー、確かに走るのは好きですけど、性格的にはけっこうインドア派なんすよね。誰かとワイワイみたいなとこあまりしたことないですから」

「ふむ。それもそうだよな。昔から本好きだもんな、葵は。あまり外では遊ばなかったし」

「そうですね。……お」


 座る前に用意したパンが焼けた。


「陽太郎さん何か付けます?」

「葵はマーガリンだろ? 俺もそれで頼むわ。まだコーヒーあるから飲み物はなしで」

「はーい」


 マーガリンを塗って、牛乳入れてもう一回席につく。

 パンを食べながら。


「あ、陽太郎さん。俺夕飯の残りの食器やら洗うんで洗濯物お願いしていいすか?」

「おう、いいぞ。俺もたまには家事しないとな。他のみんなに任せてばかりはさすがにな」


 いやまあ、陽太郎さんはそう言うけど、おかげで俺はこうして暮らせてるんだよな。普段は仕事で忙しいだろうし、家事くらい苦でもないしで俺は大丈夫なんだがな。むしろ、俺をここまで育ててくれて感謝しかない。


「陽太郎さんは今日どうするんすか?」

「んー、することないな。変に寝落ちしたしゲームの続きでもしようかね」

「好きですねぇ」

「俺の生きがいだ」


 ふと陽太郎さんが操作しているタブレットを見て今さらある疑問が出てくる。


「そういや、めっちゃ今さらですけど、この家新聞ないんですね」

「ん? ……まあな。毎月かかる新聞代思ってる以上に高いんだよな」

「そうなんすか?」

「1ヶ月でだいたい4000から5000ってところか。それをずっと払ってるとけっこうな出費なんだよな」

「それなりにしますね。……じゃあそのタブレットは?」

「ああ、これ本体だけ買ったから、通信量はゼロ。契約はしてないし、家のWi-Fiないとネット繋がらないやつだから問題なし」

「なるほど。毎月払う必要はないってことですか」

「そうそう。あくまで本体買ったらそれっきりだ。それに俺、あまり新聞好きじゃないんだよな。あくまで俺の意見だが、そこまで新聞に価値は感じない」

「ばっさり言いますね……」

「新聞だからって全部正しいわけじゃねぇぞ。全部が全部じゃないけど、わりとデマも多い。デマに金払う気にはなれないな」

「へぇ……。ネットもデマとか多いって訊きますけど」

「そりゃあそうたろ。今どき多くの情報が散らばってるからな。デマの1つや2つくらい普通にある。ただ、そっから情報のすり合わせができたり、その記事を見た人の反応が知れたり、何より早かったりと新聞だけでニュースを知るよりかはメリットもあるってわけだ」

「そう言われると、確かに……」

「葵ももうちょい周りに目向けとけよ」



 ――――などと朝飯を食べつつ陽太郎さんと話し、家事を一通り終えてから外出する。


「…………」


 目指すはだいたい10km先東へ。運動も兼ねて歩くことにする。

 わりと一本道なので迷うこともない。行きは歩きでいいとして、帰りは……バスでも使おうかな。片道10km……走ればけっこうすぐだけど、今はそんな走る格好じゃないからな。まあ、そのときの気分によるか。


 通り過ぎる車、公園で遊ぶ子どもたちの声、風で揺れる木々、部活動に励む学生のかけ声、自転車に乗っている人――――移り変わる景色と音を確認しつつ歩くこと1時間半。

 無事に目的地に着いた。


『……葵、ここは?』


 唐突に話しかけてくるの止めてよ、レーヴェ……。

 毎度毎度びっくりするからさ。


 俺がいるのはちょっと広めの公園。といっても、遊具はなくて草原が広がっているだけ。前にロードに襲われたときの跡地みたいな場所だ。あそこほど木は茂ってないが。

 あの暗いしやけに不気味な跡地と違って、ここは道路にも接しているし、住宅も近くに多い。おまけに黒江家の近くにあるショッピングモールとは別にちょっと大きめのスーパーや家電量販店もちらほらある。

 つまるところ、ここは利用する人も多い。現に家族連れや学生がチラホラ見受けられる。


 ……しかし、この公園にはある特徴がある。


 俺は周りに人がいない場所まで移動して小さい声でレーヴェに答える。


「ごくごく普通の公園だよ。何回か訪れたことあるけど、知らなかった?」

『そうなるね。どうしてここに?』

「大地震の慰霊碑があるんだ。天生市の犠牲者全員のね。もうちょい進んだところに階段があってそこを下ると」


 レーヴェに説明しつつ公園の端にある――異質な雰囲気を漂わせる階段を降りる。


『これは……』


 驚くレーヴェの声が耳に……じゃなくて頭に届く。


 そこには大きな石でできているオブジェがあり、その面1つ1つに人の名前が彫られている。総勢2247名。びっしりと刻まれている。


『なかなか大きいね。ここに君の本当の親がいるのかい?』

「ああ。……実のところ、名前は知らないけどな。前の名字も大地震のショックで覚えてない」

『……うん? あれ、そうなんだ』

「知ろうと思えば知れるけど。奏さんに訊いたり、役所に行ったりと」

『ふぅむ。なら何故?』

「いやまあ、恥ずかしながらこれといって理由はないよ。……ただ、もし名前を知ったら知ったで怖いからかな。前の両親のことを思い出したら、きっとかなりの頻度であのときの記憶がよぎって……苦しくなる。あの感覚は怖いんだ。胸が痛くなるんだ」


 あの炎の記憶。生きる意味を失った記憶。

 今の俺には生きる意味がある。夢がある。……けれど、あの恐怖を克服できたわけではない。今でも充分恐ろしい。


「要するに、逃げてるだけ。俺は臆病だからな。……それでも、前の両親には感謝している。感謝してもしきれない。だから時おりここに訪れて墓参りしているんだよ」


 昨日、九条さんと村上さんに俺が養子だということを話して、前に来てからもう3ヶ月は経ってると思い出した。

 それで、久しぶりにここに顔を見せようと思った。


『……なるほどね。これは君なりの忠義というわけか』

「いや、言い方」


 忠義って、極道じゃあるまいし。


『とはいえ、ここは慰霊碑――多くの人の墓なのだろう? そのわりには全然人がいないじゃないか』


 確かにここにいるの俺だけだけれど。


「さすがに常に誰かがいるとは限らないぞ。大地震が起こった日はまだまだだし、今の時期、何でもない日に来る人は案外少ないからな」

『そういうものか』

「そういうものです」


 もう俺にこれ以上は訊くつもりがないのか静かになる。


 さっきまで喋ってて気付いたことがある。ここで声を出すとわりと声響く。

 今は俺だけだからいいけど、他の人がいたら俺の声も訊こえてしまうな。恥をかきたくなければ気を付けないと。つっても、足音はそれなりに響くし、多分誰か来たら分かるだろう。まあ、用心に越したことはない。


 話も一旦終わったから、俺は慰霊碑の前に立ってお辞儀をする。

 救けてくれてありがとう――と。それだけ念ずる。


「……よし」


 お参りも済んだことだ。戻るか。


 そして、慰霊碑から出て近くにあったベンチで休憩がてらボーッとしていると、またレーヴェの声が頭に響く。

 咄嗟に誰か周りにいないか確認する。……大丈夫。


『……私も感謝しないとね』

「ん? 感謝?」


 頭に響いた言葉はただ独り言を呟くような口ぶりだった。


『君の元の両親に』

「というと?」

『君と私が出会った日はあの災害が起きた日だろう。もし君が死んでいれば、ここに逃げてきた私もしばらくして死んでいたさ』

「……ああ、そういうこと」


 言い方はちょっと変かもしれないが、レーヴェにとっても恩人なんだな。

 これから祈ることがまた増えた。


『君はこれ以上用事はあるのかい?』

「特にはないかな。あとはホント適当にブラブラするだけ」


 よっこいせとベンチから立つ。


 さて、今からどうしようかな。ブラブラするといっても、行き先が……。

 このまま帰ってもいいし、帰る道すがら図書館があるから寄ってもいい。でも、まだ昼飯食べてないよな。今は……11時か。行きにかかった時間を考えると、何とも微妙な時間帯だ。

 ……一旦家に帰るか。そこからまたどうするか決めよう。



 


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